華雨に思へば

近藤の大学への合格祝いにと花見に繰り出す二人。
だがその日はあいにくの雨で……。

この作品は2026年4月4日・5日に開催された、ぐだぐだ鯖WEBオンリー「ボイラー室横より愛をこめてW~二回目~」での白殊独自のリクエスト受付企画【白殊に歳勇小説リクエストを投げつけようVol.2】でリクエストいただいたものです。

◆リクエスト内容◆
『夢の語り部』の設定で雨の日の桜で花見をする歳勇

社会人になってからのお花見は書籍化する時の書き下ろしとしてあるので、その少し前、近藤さんの大学合格時で書かせていただきました。
桜は雨の中でも綺麗でいいですね。

『夢の語り部』( https://privatter.me/page/69566231a7634 )設定
現代転生パロ。
近藤さんのが年下設定(二歳差)で、1臨・黒の剣士の外見。
土方さんには記憶がありますが近藤さんには記憶無し。

華雨かうに思へば



 時間だ。
「あんたなら大丈夫さ」
 スマフォを握りしめて固まっている俺に、歳が優しく声をかけてくれた。
「うん、手応えはあったから大丈夫……だと思う」
 今日は歳と同じ大学に行くと決めた俺の合格発表。
 滑り止めも受けているけれど、ここに受からなければ大学に行くのはやめて就職をしようかとも考えている。
 歳はもう春休みに入っている。
 そんな中、俺を心配してわざわざ家まで来てくれたのだ。
「──んんんんん……
 なかなか合格発表のサイトを開く勇気がなくてテーブルの上に突っ伏してしまう。
「ふふっ。まぁ、時間はある、ゆっくり開けばいいさ」
 そんな俺にコーヒーを淹れてくれながら歳は笑った。
「開く……!」
「おう」
 やはりアクセスが集中しているせいかなかなか表示がされない。
 心臓が高鳴り、目をぎゅっと閉じてしまう。
「!!」
 覚悟を決めて目を開けば、そこには──合格、の二文字があった。
 何度見返しても間違いはない。
「歳! 受かった、受かってる!!」
 スマフォの画面を歳に示しながら、俺は歳に抱きついた。
「おめでとう近藤さん!」
 歳は俺を抱き留めて背を何度も撫でてくれた。


 数日経って歳にも手伝ってもらって諸々の手続きが済んだ頃、歳から提案があった。
『合格祝いも兼ねて、よければ花見に行かないか』と。
 行かない訳がない。
 今年は開花が早いとかで、いろんなところで桜は開きはじめているという。
 地元から車で一時間ほどの所には有名な花見スポットがある。
 運転免許を持っている歳が親から車を借りてくれるということで、そこに行くことになった。



「さて、どうしような」
 約束の当日、その日は雨だった。
 俺の家まで迎えに来てくれた歳は腕組みをして考える顔になった。
 車を借りられるのが今日だけということで、これを逃すとこの雨も手伝って桜が散ってしまうかもしれないと悩んでいるのだ。
「雨でもいいよ、行こう?」
 むしろ雨の方が人出が少なくて二人で歩くにはちょうどいいかもと俺は思った。
「そうだな。雨の日の桜も綺麗かもしれない」
 弁当は帰ってきてから食えばいいか、と歳は笑った。



 桜は満開の一歩手前で、多少の雨ではまだ散る気配はない。
 しっとりとした空気の中、雨に濡れながらも盛りと咲く花はなんともいえない風情があって美しかった。
 微かに空気がけぶる中、それぞれに傘をさしてゆっくりと歩く。
 人影はまばらだし、屋台やキッチンカーもほぼ出ていない。
 それがまた雰囲気をよくしている。
 二人だけの桜花の宴。
 こうして並んで歩いていると、まるで恋人同士のような気がして、本当にそうならいいのにとの思いが胸に迫った。
「綺麗でよかった」
 歳が少し傘を上げて一際花付きのよい樹を見上げる。
「うん、むしろこっちのが好きかも」
 上を見上げて歩いたせいか、少し足元がフラついた。
「近藤さん」
 その俺を歳のしっかりとした腕ががさりげなく支えてくれたが、その時腰に回った腕が一瞬強められて、抱きしめられたように感じた。
「大丈夫か?」
 その時間は刹那のようにも感じたし、永劫のようにも思えた。
「大丈夫。ありがとう、歳」
 しばらくして歳は俺の身体を離しにっこりと微笑んだ。
 俺には真似できない紳士的なエスコートに、つい頬が赤くなった。
 きっと抱きしめられたと感じたのは気のせいだろう。
 そう、足元の怪しい友人を支えただけ──。



 現地に来れば、雨でよかったと思った。
 でなければこんな風にゆっくりと二人で過ごすことなどできなかっただろう。
 桜霞さくらがすみに包まれた幻想的な風景はそれだけで特別な世界のような気がする。
 近藤さんと俺だけの静かで穏やかなこの光景は、前世にはあったかどうか……あっても、俺が壊したものかもしれない。
 近藤さんはいよいよ俺のあとを追って、自分の人生に俺の存在を刻みつけていく。
 その瞳は常に俺を求め、縋りついてくる。
 その瞳を俺はまだ直視できない。
 優しい態度で期待を持たせそして裏切りを続けている。
 もう近藤さんの今の人生から俺を取り除くことができないのはわかっている。
 だが俺はまだ怖れている──近藤さんが記憶を取り戻すことを。
 もし記憶を取り戻したのなら、今世の記憶のあるなしに関わらず、俺を縛っていると罪の意識に駆られ、そして容姿に苦しみきっとまた自分を消そうとする。
 何があっても護ろうという俺の想いは変わらない。
 自分勝手なのはわかっている。
 けれど、できることなら記憶を取り戻して欲しくない。
 桜を見上げながら物思いに耽っていたところに、近藤さんが足をフラつかせた。
「近藤さん」
 咄嗟にその身体を支え、思わず腕の力を強め抱きしめた。
「大丈夫か?」
 それはほんの僅かな時間だったから気付かれなかったはずだ。
「大丈夫。ありがとう、歳」
 少し頬を染めた近藤さんはどこか何かを諦めたような寂しげな表情を浮かべた。
 俺は──また。
 もう少しの時間が欲しい。
 どこまでも護るから、どこまでも一緒にいるから──。



「歳?」
 どこか遠くを見るような表情かおをした歳に声をかける。
「あぁ、すまん。少し考え事をしてた」
 俺が時々不安になるのは、この表情の歳だ。
 俺の知らない遥か昔を、または遠い場所を見るような、俺から離れてどこかへ行ってしまいそうなそんな表情。
 果たしてそれを、俺は引き留めることができるのか、引き留める──権利があるのか。
「そろそろ、帰ろう?」
 歳の服の裾をそっと掴んで促す。
 どこにも行かないで、俺の傍らにいて。
 自制心がなければそう叫んで縋りついていたかもしれない。
「そうだな。少し冷えてきた」
 その時バラッと一瞬雨が強くなり突風が吹いた。
「歳!」
「近藤さん!」
 まだ散るはずのない花びらが降り注ぎ、歳の姿を隠すかのように見えて、俺は思わず歳にしがみつき、歳は自分の傘をかなぐり捨てるようにして俺を抱き留めた。
 期せずして抱き合うような形になった俺たちは、互いに顔を見合わせる。
「すごい、風」
「そうだな……
 だけどすぐに身体を離し気まずげに目を逸らす。

──あぁ、どうして俺たちは別たれて生まれたのだろう。
 なんで一つの存在ものとさせてくれなかったのだろう。
 静けさを取り戻した桜の園で、俺は天にそう問いかけた。

「天候が静かなうちに帰ろう」
 歳は少し離れたところに転がる傘を拾い上げ、俺に微笑んだ。
「うん。帰って、歳自慢のお弁当をご馳走して?」
「了解だ。腕によりをかけたからな」
 俺たちは来た時と同じようにゆっくりと桜の森を歩き帰途へとつくのだった。