アカネ/シンク
2026-05-25 22:38:44
8393文字
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ヴァレ主♀『キスの日』

※ED3時空、ネタバレにご注意
大遅刻したので、「どうせだから色々付け足したり加味してやる!」ってしたらこんなんなっちゃった……ちょっと癖とユヅキ⇒ヴァレへの感情について、ちょっとだけ書き込んだだけなのに……!でもキスはしてもらいました。はよキスしろお前たち。ちゅーしろちゅー!!!



 例の一件のあと、相変わらず多忙を極めるヴァレンティンの負担を減らしたくて、思い切って手伝いを申し出た。終わりが見えそうになかった書類にも、光明が見えてきた。ただマグメルのロビーではなく、彼の私室で溜めに溜めた書類を消化している最中。

 正直、ここまでとは思わなかった。ヴァレンティンがこの100年間でどれほど仕事を増やしたかは分からないが、私室にまで山を築いているのは尋常じゃない。言い出しておいてなんだが、吸血鬼ハンターとして活躍しているせいで、こういった事務仕事は苦手で……けれどヴァレンティンがあまりにも疲労困憊で、気づけば今に至る。

 慣れた様子で愛用の万年筆を使ってサインをしたり、研究資料にメモを取ったり。器用に仕事を同時に進行させる様子を見て、私も頑張らねばと意気込む。

 ふと、声をかけられる。

「ところで、ユヅキ」
「うん」
「今日は『キスの日』と呼ばれてるらしい」

 手にした万年筆を思わず落としてしまった。と、いうか。今、なんて言われた? 聞き間違いじゃなければ、『キスの日』って言ってなかった? あのヴァレンティンが?

 ほぼ反射的に顔を上げるも、言い出した張本人は未だ筆を動かしていた。むしろ書類をさばきながら気軽な話題でも持ち出したような雰囲気で、自分の耳がおかしくなったんじゃないかと疑いたくもなる。

 本当になに? なんでこんなタイミングで? そもそも仕事してる最中なのに?

「そ、れで……?」

 何徹だっけ、この人。少なくとも私が3回ほど寝て起きても起きている。なんならエナドリの空き缶が増えている。3徹は逃れられない。絶対に正気じゃない。私やノア、ルゥが助っ人をしても改善されないのは疑問だったが、彼の尋常でない仕事量を考えたら妙に納得してしまう。

 だからって脈絡もなく『キスの日』を口にする? 普通に考えたら絶対にあり得ない。だが常識で考えていけないのが吸血鬼。まともなはずが、舵を切ったら全力で変な方向へ突っ走る。それがヴァレンティン・ヴォーダという男。今だってそう。徹夜日数を現在進行形で更新している男の言葉を信用してはいけない。特に術式研究所を率いる所長、兼法務官、兼……

 私の、恋人。

 思いつく限りの肩書きを述べたものの、やっぱり、まだ受け止めきれない。

「思えば、君と交際を始めてから……接吻をしたことがない、と気づいてね」

 ペラリ──書類が一枚、めくられていく。ペン先を走らせる音が続く。

 た……たしかに。ヴァレンティンと付き合ってから、キスは、してない。それどころか、手さえ繋いだことがない。戦闘や緊急時の場合を除けば、一切ない。意図してくっついたりもしない、隣に立つことさえ難しく感じる。別に、ヴァレンティンが嫌いになったとかじゃなくて。ただ、ただ……この関係の変化に、どう、向き合うべきか。

 戦い続きで、休む間もなかった。分散封印が成功して、100年の眠りから目覚めた私にも、目まぐるしい日々が訪れたから。ノアも、ジョゼも、クレイグやライルも、ホリーも、ゼノンも。みんな各々の役割を持ち、より良い世界を目指すために尽力している。

 ヴァレンティンも、そのうちの一人。

 分散封印計画を進めるために各地へと奔走し、交渉を続けてきた彼こそがいちばんの功労者かもしれない。もちろん提案したのはゼノンで、技術面でも文句なしの最高功労者。それでも、ヴァレンティンはきっと、苦しかったはず。

 抱える必要のない重責、交渉に難色を示す吸血鬼の説得、増えてしまった術式研究の数。どれも彼が有能で、器用がゆえにできて、かつすべてを抱え込んでしまうこと。

 私が勝手にみんなの歴史を捻じ曲げて、身勝手な『良い未来』を押し付けただけなのに。それでも、こんな私に交際を申し込んでくれた。

 どうしようもなく嬉しくて……どうしようもなく、申し訳なく感じてしまう。

……寝たほうがいいよ、ヴァレンティン」
「もうすぐ終わるとも。君のおかげだ」
「変なことを口走ったのに?」

 ガリッ──紙を引っかき、硬いものが引き摺ったような音。幸い、ヴァレンティンが手にしている万年筆に破損は見られず、おそらく亀裂も入っていない。一体いくらかかる高級品か、あるいは骨董品か。もし壊れてしまったら……なんて、想像すらしたくない。

「変、とは? 君が変と思う定義を、説明してくれるかな?」

 妙なところを突くのも、ヴァレンティンらしい。徹夜してるせいもあるけど、いつもより様子がおかしい。

 がっつり視線を向けるのは気が引けて、床に落としてしまった万年筆を拾うついでに、という形でヴァレンティンのほうを一瞥。

 サングラスを取り払ったヴァレンティンの赤い目が、こちらの姿を捉えている。ただ一点のみわたしを見つめ、逸らすそぶりもなく。捕食者に睨まれた獲物、という表現をこれほど切実に体現できるとは思わなかった。

「恋人として、接触を求めるのは、変……と?」

 黙り込む私を、ヴァレンティンは裸眼のまま見つめ、食い下がる。質問のはずが、尋問のように聞こえる。清々しい顔で仕事をしていたくせに。この豹変っぷり、やっぱり徹夜でおかしくなってる。正常な判断ができてない状態だ。なのに書類は正確に目を通して、サインまでしてのけた? なんでこの人、変なところで器用なの?

 でもそこじゃない、大事なのはそこじゃない。彼とこれ以上の問答をすべきじゃないし、迫ってこられたら困る。私が。

 拾い上げた万年筆を机に置き、椅子から腰を上げる。同じ部屋にいたら、悪いことが起きかねない。本能で感じ取り、けれどヴァレンティンに悟られたくなくて「ノアに温かい飲み物を頼んでくる」とそれっぽい言い訳を告げる。

 これは逃げじゃない。逃げじゃなくて……そう、一時退却! ヴァレンティンが頭を冷やせる時間を作ってるだけ。気づかれない程度の早足で扉の前までたどり着き、ドアノブに手をかけ──

 ドンッ!

 大きくて鈍い音が、頭上から降ってくる。完全に油断したせいで、肩が跳ねてしまった。傍から見れば、絶対に『ギクッ』ってなってる。もしかしたら軽く飛んだかもしれない。恐る恐ると顔を上げる。開こうとしている扉を、黒く長い袖の先に、露わになっている金色の義手が押さえていた。

 塞がれたのだ、逃げ道を。つまり、真後ろには、ヴァレンティンが……

 振り返る勇気は、ない。本当に後ろにいるのかも、よくわからない。でも、でも腕の長さを考えたら。ヴァレンティンの行動パターンを思い出したら。彼との、関係を、意識したら──

「ユヅキ」

 低い声が、頭上から。怖いわけではない。脅している声色でもない。なのに、顔を上げられない。俯かずにはいられない。肩を窄め、伸ばしていた手さえも引っ込めて、胸の前でぎゅっと握りしめてしまう。

 ちかい、近い近い近い……! なんで、いつの間に? こんな、近くに。そんな必要ないのに。休んでほしいだけ、疲れてるなら無理しないでほしい。それだけなのに。ただ、ただそれだけ。でも、だけど。本当は……少し、ちょっとだけ。

 ……ちょっとだけ、なに?

「怖がらせてすまない。だが、一つ聞かせてくれ」
……な、に?」
……君は、どうして頷いてくれたんだい?」

 頷いて……? いつの、なんの、話? 全然わからない。頭が回らない。真っ白。

「私との交際に頷いた君にとって……それは、ただの社交辞令だったのかい?」
「ちがっ……そんなわけない! 私、わたしはヴァレンティンのことすっ──き、嫌いじゃ、ない……です、け、ど……

 咄嗟に振り向いて、反論する。距離を見誤りそうになって、ぶつかりそうになる。でも、勘と慣性で踏ん張った。なのに、言葉は途切れぎみ。最後なんて、音にもならなかった。ぎこちなさすぎて、かえって自分がみっともなく見える。

 ちがう。ちがうの。社交辞令じゃない。そんなわけない。ヴァレンティンのことは……す、すき。だけど、私と出会ったせいで、ヴァレンティンにいらぬ苦労をかけた。分散封印計画を進めるために仕事を増やさせ、私が封印から目覚めた直後のリハビリにも付き合わせて。

 たくさん、たくさん面倒をかけて、迷惑をかけた自覚はある。なのに、ヴァレンティンは私を嫌ったことも、憎んだことも、なかった。ただの一度も。あまつさえ、交際まで、申し入れて。

 夢を見てるのかと思った。まだ『融和の月』で眠っているんじゃないかと。目が覚めたら、すべてが泡沫の夢ではないかと。うれしくて、しあわせで……こわい。私には、到底受け止めきれない。

「ヴぁ、れんてぃん、こそ……吸血鬼と人間の共存で、そう言ってくれたら、って考えた、だけ、で……

 いらんことまで喋ってしまう。なんて情けないんだ、私は。言わなくてもいいのに。ヴァレンティンは知らなくていいのに。これ以上彼の負担を増やしてどうする。これは私の問題、悪いのも私だけ。

 迷惑をかけるな。手間をかけさせるな。これ以上ヴァレンティンを縛り付けるな。手放すべきなんだ。

 ……でも、でも。ほんとうは。

「ヴァレンティンが……生きてるだけで、うれしかった」

 自分自身を差し出す代わりに、リンネの封印が成功した。そのおかげで、ヴァレンティンは最悪の道に進まなくて済んだ。生き延びてくれた。たとえ『融和の月』で眠る私とルゥを起こすために苦しい100年を過ごしたとしても……ヴァレンティンが生きて、呼吸をして、笑っている。それだけで、私は満足だった。

 たとえ、彼のそばに私がいなくても。隣にいるのが、私じゃなくても。

「恋人に、って言ってくれたのも、うれしかった。でも、おこがましくて……これ以上、受け止めたら──」
「君に受け取ってもらえなければ、意味がない」

 言い切る前に、遮られてしまった。体が突然浮き上がって、訳も分からず慌てて両腕を伸ばしていく。咄嗟に近くのものを掴んで、腕を回す。

 足がつかない。黒くて暖かいなにかに密着して、身動きも取れない。視界の端に、キラキラと光を反射するものが。なんとか顔を上げる。すると、真っ赤な目が、目と鼻の先に。ヴァレンティンの端正な顔が、すぐ目の前に。

 私は彼の首に、腕を回していた。抱き上げられていた。腰に彼の腕が回されて、支えられていた。じっと、見つめられている。

「いかないでくれ。ここに、残ってくれ……

 息を呑まずにはいられなかった。だって、こんな。なんで、そんな悲しそうな、顔を。傷つけて、しまった? そんなつもりじゃないのに。私が口下手だから? うまく、伝えられないから? 私は本当に、ヴァレンティンが嫌いじゃなくて。でも、でも私なんかが受け止めたら。

 彼の隣にはもっと、相応しい人がいるべき。私なんかじゃなくて、彼と同じく気品があって、優しくて、優秀な人が似合う。この人が幸せなら、それ以上はなにも望まない。望むことすら、図々しく思う。

 でも、でも……もし、叶うことなら──


 ほかのだれでもなく、わたしだけを、みてほしい。


「君が好きだ。君が、君だけが好きなんだ。どうしようもなく……愛しているんだ」
「ぇ」
「もし、本当に嫌なら……突き放してくれ。距離も、取ろう」

 距離を、取る。ヴァレンティンが、離れてしまう? ……いやだ。そんなの、いや。ヴァレンティンが離れるなんて、そんなの。絶対、ぜったい。

「や、だ……やだ! すき、ヴァレンティンが、……好き!」

 焦って、自分からヴァレンティンにしがみついてしまった。彼が固まっているのを感じながら、それでも焦りが勝る。

 なのに、待っても待っても、ヴァレンティンからの反応がない。私が叫んだ直後、息を呑む音が聞こえたのに。あからさまに、固まった感覚がしたのに。

 嗚呼。やってしまった。言うんじゃなかった。絶対に、幻滅された。もっと、もっと余裕のある告白、したかったのに。散々迷って、迷惑までかけて、おこがましいとか言っておいて。初めてヴァレンティンに届けた『好き』がこんなに拙くて幼稚なものなんて……

 すぐに撤回しないと。いや、その前に、離れたほうが。

 急いでヴァレンティンから離れて……いきたかったのに、びくともしなかった。むしろ、さっきよりもがっちりホールドされている。状況がつかめなくて、困惑したまま「ヴァレンティン?」と彼の名前を呼ぶ。我ながら、頼りなくて弱い声だった。

 でも、構っていられない。何かあってからじゃ遅い。ハッ! まさか徹夜のツケが回って、立ったまま気絶した……!?

「ヴぁ、ヴァレンティン……? 大丈夫?」
……ユヅキ」
! なに?」

 ようやく反応が返ってきて、ホッとした。名前を呼んでくれるのが嬉しくて、彼の首から少し顔を離す。しがみついていたせいで顔が見られなかったから、ひとまずヴァレンティンの顔色を確認し、て……

 パチリ、と目が合う。真っ赤な目は、爛々と輝いていて。眉をしかめていて。なにかを、我慢しようとしている顔。

「口づけをしても、いいかい?」
「ぇあ。は、ひゃい!」

 反射的に返事をしたせいで、無様なものを返してしまった。なのにヴァレンティンは不機嫌になるどころか、私のうなじに手を添えて──ぐいっ、と引き込まれていく。

 息を呑む間もなく、柔らかなものが唇を塞いだ。ちゅ、ちゅっ。間近で響くリップ音と、微かな水音。熱っぽい息が顔にかかって、唇に触れて、離してを繰り返される。唇を食まれて、ハッとしてヴァレンティンの胸板を押し退けた。一瞬だけ、うなじを支える手の力が緩む。

 隙を見逃さず、ヴァレンティンの肩に手を当てたままぐっと距離を取る。だけど抱き上げられているせいで、離れることすら許されない。

 なに、今の。なにが起きた? 唇、柔らかかった。バラの香りもした。でも、え。これ、って……キス? キス、された? ヴァレンティンに……!?

……ぇ、……!?」
嫌、だったかい?」

 嫌、じゃなかった。確かにびっくりしたけど、悪い気はしなかった。怖くもなくて、ちょっとだけ、気持ちよくて。強引だけど、優しい。

 目を丸くしたままヴァレンティンを見る。薄く形のいい唇から、目が離せない。離したくもなかった。今の私は、おかしい。キスしてきたヴァレンティンよりも、数倍おかしい。たかがキス一つ……されど、キス一つ。

 ただ、すごかった。生まれて初めての、キス。すごかった。だから、慌てて首を振った。

「う、ううん……
「感想を、聞かせてくれるかな?」

 感想。感想? 何を言えばいいの? どんなことを言えばいい? さっぱりわからない。経験なんてないのに。うまい表現も、できないのに。でも、しいて言うなら、一つだけ。

 ヴァレンティンとのキスは、彼との初めてのキスは。

……すき。だいすき」

 口からついて出たのは、お世辞にもうまい表現ではなかった。率直な感想。キスは、よくわからない。でもヴァレンティンとのキスは、大好き、だと思う。唇を触れ合わせるだけの行為が、こんなにも嬉しくて、幸せで……胸を締め付けられることなんて、知らなかった。

 彼がおかしな状態なのも、彼から離れたかったのも、全部忘れてしまうくらい。泣きそうなくらいに、幸せ。

 ヴァレンティンは息を呑んだまま、動かない。口も小さく開けて、呆けている。きっとお返しをするなら、今しかない。ヴァレンティンからもらってばかりじゃなくて、私からも、なにか返さないと……

 彼の肩に手を当てたまま、顔を近づけていく。私よりも遥かに美しい形の唇に、ちゅっ、と自分のものを押し付ける。柔らかな感触が伝わる。自分が起こした行動、自ら接触したのだと思うと……途端に、顔が熱くなってしまう。

 触れて、すぐに離れた。自分からの、初めてのキス。下手かもしれない、テクニックもない、勢いがあり余った成果。それでも今の私にできる、ヴァレンティンへの気持ちの表れ。彼への、好き。

 伝わった、かな……? 嫌いだったら、どうしよう。

「ど、どう?」
「──もう一度、したい」

 彼に問いかけて、数秒。眉尻を下げ、困ったような、悩んでいるような顔で頼み込まれる。疑問形ですらないのに、なおも許しを請うところはヴァレンティンの人となりを反映していた、ように思う。ただ、さすがに面と向かって頼まれると、恥ずかしい。

 でも、逃げられない。いや。そうじゃ、なくて。私が、逃げたいなんて思っていないだけ。けれど、恥ずかしい。二度目は無理。私からは無理。ヴァレンティンからでも耐えられない。

 悩む私を見抜いているか否か、腰に回している腕に力がぐっと入って、ヴァレンティンとさらに密着してしまう。

 ずるい。答えなんて、わかってるくせに。わざと困らせてる。恨めしげに睨むと、くすくすと笑われてしまった。

「どうか、許してくれ。お願いだ、ユヅキ」
……もう一回、だけ」

 こくり、と頷く。そして、一言。たったそれだけなのに、さっきよりも柔らかな微笑みでこちらを見つめた。「目を閉じて」なんて、吐息交じりの声で言われて……拒めるはずなんて、ないのに。

 再び重ねた唇は、やっぱり柔らかくて、バラの匂いがして。胸がポカポカして、満たされる。

 だけど、一回止まりなんて叶うはずもなかった。ヴァレンティンとの初めてのキス、二度目、三度目のキスまでしてしまった。回数を重ねて、途中から目を閉じ、数えるのも忘れてしまうくらいに堪能しあった。熱っぽい声で「ユヅキ」と呼ばれるのも、何度も触れるだけのキスを落とされるのも。全部愛おしくて、どうしようもなく、幸せだった。

 散らばった机の上で、手を押さえられたまま机に押し付けられ、指を絡め取られる。足は、やっぱりつかない。おまけに、長身の彼が逃がさないように押さえてくる。さらりと落ちる黒い髪が、片耳につけた赤い耳飾りが、顔に触れる。頬に、吐息がかかる。ぼんやりと視界に映る彼の、見下ろしてくる赤い目が、ギラギラと輝いていた。

……ユヅキ」

 名を呼ばれた。たったそれだけで、どんなお願いなのか、すぐにわかってしまった。わかるように、散々受け止めさせられたのだから。

「う、ん……いい、よ

 ゆっくりと瞬き、若干の酸欠で途切れる言葉。返されたのは、柔らかな唇の訪れ。

 繰り返される口づけに、時間の感覚すら狂わされてしまい、いつ息を整えればいいのかすらわからなくなる。唇だけじゃなく、額、目じりにも唇が触れる。あまつさえ耳や耳の裏、首にまで。

 ふと時計の鐘の音が鳴り、時刻が夜を回していることにようやく気づく。そんなに経っていたなんて、知らなかった。ふわふわして、ぽやぽやして。優しく包み込まれて、逃げられないように囚われてしまったから。いっぱい、いっぱい口づけをされてしまったから。

 机の上で座りなおされ、姿勢を正してくれたヴァレンティンの右手はなおも私の手を握ったまま、離さない。

……すまない。どうかしていた。どう、詫びればいいか」
「ちゃんと休んで。あと……キス、してくれたら、許す……します」
「ユヅキ……!」

 頭を冷やし、首に提げていたサングラスを改めてかけ直したヴァレンティンの顔は明らかにしゅんとしていた。3徹か、それ以上に徹夜したのだから無理もない。暴走しかけたのは危なかったけど、冷静に戻ってくれてよかった。ただ、こっちもこっちで心臓に悪い出来事ばかりだった。だから、き、キスを要求するのは、許されるはず。

「君が望むなら、何度でもしよう! なんならベッドで──」
「だ、抱っこで十分です!!」

 ……やっぱり、徹夜明けの人って恐ろしい。でも、最も恐ろしいのは、それを昇華させてしまった『キスの日』、だったのかもしれない。

 その日は結局、未処理の書類を完全に消化することができなかった。代わりにヴァレンティンを寝かせることには成功した。

 なのに、キスとは別の『相談』を持ち込まれるなんて、知る由もなかった。

「式はいつにしようか」

 やっぱり、ヴァレンティンは常識で考えてはいけない男だ。特に、恋愛方面では。