冥土うさ
2026-05-16 13:12:43
Public 光鱗の逃亡者
 

目覚め

FF14二次創作 / 記憶のない冒険者は簡素な宿屋で目覚める


 目が覚めると、私は見知らぬ寝台の上で横たわっていた。

 宿だろうか。簡素な木製フレームの上に薄いマットレスが載っている。寝心地がいいとは言いがたい。
 足を下ろすと、薄い肌着からほっそりとした手足が伸びていた。私の四肢はこんなに細かっただろうか。
 だめだ────ここで寝る直前のことですら、記憶にもやがかかっていて思い出せない。
 私はだれだろう。
 名前や自分の正体だけではなく、とても大事なことを忘れてしまっている気がする。それでもただひとつだけ、何度も叩きつけるように頭の中で響く言葉があった。
 ────「逃げろ。絶対に見つかるな。」

 部屋の中は薄暗く、壁紙はところどころ剥がれているし、隅の方には綿埃や蜘蛛の巣がある。窓ははめ殺しのものが一枚だけ。カーペットも敷かれていない床板には傷が多くみられた。調度品は、部屋の真ん中の丸いテーブルと私が寝ていた簡素なベッドだけ。テーブルの上に、誰かの荷物とオイルランプがちょこんと置かれているが、あいにくとオイルは切れている。
 そんな宿と呼んでいいのか疑問の残る室内に、場違いに美しい薬瓶が転がっていた。金の装飾が美しい丸みのあるガラス瓶だった。中身は空っぽなのに、王冠のような形をした蓋で律儀に栓をしている。
 しかし、これにはふしぎと覚えがある。含んだわけでもないのに、口の中によみがえる苦味。これが薬品であることも知っている。私はこれを何度か服用しているはずだ。
 荷物の重みのせいか、テーブルはすこしだけ傾いていた。
 おそらく私のものだろう荷物────薄汚れた白いショルダーバッグと使い込まれたショートボウを、他人のものを物色するような気持ちで手に取った。
 小さなそのバッグの中には、少額のギルがつまった巾着袋とふしぎな輝きを放つ鱗のような物が入っていた。黒や白にも、七色にも見える。きれいな布でていねいに包まれているところを見るに、大事なものなのだろう。
 それだけだった。
 宿に泊まるような旅をする者にしては、少なすぎる荷物だ。


「おはよう、旅人さん。硬くてもよければ朝食にパンでもどうだい?」
 部屋から出るとすぐ向かいに受付が見えた。出てすぐ宿屋の主人と目が合うのは気まずいが、なるほど客に逃げられる心配はなさそうだ。
 人の良さそうな彼なら、記憶を失う前の私と会話くらいはしていそうだ。近づいて声をかけると、主人は一度怪訝そうな表情を作ってから私の頭からつま先をざっと見た。
……なに? あんたの名前を知っているか? 変なことを聞くなぁ。宿帳に名前を書きたくないって言ったのはあんただろうに。」
 呆れたように笑う彼が見せてくれたのは、名前の欄に「×」と大きく書かれた宿泊者名簿だった。これを良しとして泊まらせてくれた主人は人が良すぎる。
「なんだって? 記憶がない?! そいつは大変だったなぁ! 何かに追われてるようでもあったし、こんなボロ屋でも休めたようでなによりだよ。そういえば、来た時より少し縮んだか……? いや、聞いても覚えていないか。」
 宿屋の主人は私の話を聞くと、そう言ってから慌てて地図を広げて見せた。

 ────惑星ハイデリン、神々に愛されし大地、エオルゼア。
 さすがにそこまで忘れてはいないが、主人はこの世界について細かく説明してくれた。
「この村には自警団も何もないから、もう少し大きな町に行くといいだろう。古都グリダニアに行けば、冒険者ギルドがある。そこであんたのことを聞くのもいいんじゃないか?」
 ちょうど村の特産品を買い付けにくる商人がチョコボキャリッジで寄っているという。それに乗ってグリダニアに行けば、私を知る人物がいるかもしれない。
 何かに追われていた、という私の事情も気にかかるが、私自身のことを知るには良い手段のような気がした。行かない理由はない。

……さん。……なぁ、お前さん。うなされていたようだが、大丈夫か?」

 記憶のない私の旅は、ここから始まる────


END..


あとがき以前投稿した旅立ちのひとコマを加筆修正しました。
キーワードは、記憶、幻想薬、鱗、です。
商人のセリフを引用していますが、この主人公は光の戦士ではありません。