ながひさありか
2026-05-14 00:26:40
10073文字
Public STR-Phaidei
 

MOONLIGHT MILE1

機長とロッカー。
※各種調べてはいますが、あえて嘘を書いていたり無視している事柄もあります。これは二次創作、なんでもご都合と唱えてお読みください。


「村の案内?」
 食後のデザートとしてはちみつクレープを頬張っていると、母さんが「あなたにお願いがあるんだけど」と切り出した。なんでも、来週の収穫祭に合わせてやって来る旅人に村の案内を頼まれていて、それを僕に頼みたいと村役場から依頼があったらしい。
「そう。普段、旅の人はあまりこの村に来ないけど、あなたが子どもの頃も、お祭りの時だけ旅の人が来たのを覚えてる?」
「そうだっけ? あんまり覚えてないな……。そういえば、ペソも恋人を連れて来るとか言ってるっておじさんに聞いたけど、そう言うことじゃなくて、旅の人?」
 僕のように村を出て行った人が、収穫祭に合わせて帰省ついでに都会で出来た家族や恋人をつれて来ることはあったが、旅行者はあまり記憶になかった。定期船でやってくる商人やフィールドワークをしている学者なんかが村に数日滞在することは確かに子どもの頃にあって、彼らが外の世界のことを教えてくれるのをわくわくしながら聞いていた。エリュシオンにはものすごく小さな飛行場が一応あるが、村の外から来る人は航路を利用するのが一般的だ。
 ところが、件の旅人は小型のプライベートジェットで村にやって来るらしい。プライベートジェットでわざわざこんな田舎に? と思ったが、詮索は止そう。お金持ちの考えは僕のような庶民にはわからないことも多いんだから。
「うーんまあ、案内は構わないけど、どうして僕に? お祭りを見にきたなら、それこそ村役場の人が適任だと思うけど……
「それがね、大陸共用語を流暢に使える人が村にいなくなっちゃったのよ」
 母さんが困ったようにため息を吐く。なるほど、そう言うことか。
 エリュシオン語は大陸共用語とはあまり似ていない。そう言う理由で時々言語学者や物好きが村を訪れたりするわけで、村の人たちは言葉のあまり通じない旅人の応対に慣れているけれど、案内となると確かに全く通じないのは問題があるかもしれない。
 以前、村には都会で長いこと教師をやっていたおじいさんがいて、村でも教師をやりつつ、旅行者や商人、旅人の相手をしていたが(航空大学への入学には大陸共用語の習得が必須だったので、子どもの頃、僕も彼に基礎を習った)、彼が亡くなってからは教える人がいなくなってしまい、すっかり村では共用語は使われなくなってしまったらしい。
「宿の予約とかはこっちの言葉がわかる人がやったそうなんだけど、旅人さんはオクヘイマの人みたいで、一日だけでいいから通訳として雇わせてくれないかって。母さんも多少はわかるけど、それはちょっと文字を読めるくらいで話せるわけじゃないから……。勿論、本来はお休み中のあなたに頼むべきことじゃないし、無理して引き受けなくていいわ。旅人さんも無理ならいいって言ってくれてるそうだし」
「うーん……、仕事柄色んな案内に慣れてるから、村の案内くらいは大丈夫だと思う。面倒なゲストも対処してきたしね」
 医者の言うことに従うのであれば、案内を——仕事を引き受けるべきではないとわかっていた。ただ、こんな風に日々、何もせず休んでいていいのか? と言う不安と焦りを実のところ抱えていた。帰省して二週間の間、時々全く起き上がれなくなる日もあるので、医者の診断は正しくて、健康というわけではないのだろうと言う自覚はあるが、そんな僕でも誰かの役に立てるのであれば手伝いたいと言うのが本音だ。
「そう? じゃあ、役場の人には伝えておくけれど、本当に無理はしないでね。当日どうしてもだめだったら母さんが行くから」
 申し訳なさそうにため息をついた母さんの表情に、大人なってもこんな風に心配をかけていることに罪悪感が芽生え、胸がちくりと痛んだ。家族や同僚が同じように心に風邪を引けば僕も心配するに決まっているが、心配するのとされるのは全く居心地が違う。
 なるべく明るく「心配しないで」と笑って食卓を片付けると、自室へ入る。
 部屋の灯りをつけ、自室を見回す。棚の上や学習机の上には飛行機の模型や地球儀が所狭しと飾られ、壁には日焼けして色褪せた世界地図の類が沢山貼られている。子どもの頃の僕が収集していたコレクションは僕が村を出て行っても部屋にそのまま残されていて、定期的に両親が掃除をしてくれていたらしい。
 ベッドに横になり、腕を枕の代わりにして天井を見つめる。懐かしい天井だ。

 帰省したその日、僕自身はかなり元気なつもりでいた。母さんに電話で言われていた通り、実家から歩いて五分程離れた空き家に一人暮らしをしようと思っていたし、掃除も修繕も一人でやろうとしていた。だけど、小さな船着場で僕の顔を見た両親は「こっちにいる間は一緒に暮らした方がいい」と少し青ざめた様子で口にした。いまだに両親はその真意を教えてくれないけれど、もしかすると僕は死にそうな顔でもしていたのかもしれない。
 そう言うわけで、子ども時代を過ごした部屋で、結局今は過ごしている。ベッドは流石に成人用のものに変えられていたけれど、それ以外は出て行ったその日のままのように思えた。
 ぼんやりと天井を見つめていると、なんだか突然人生が虚しく思えてきた。せっかく夢を叶えて輝かしい毎日を送っていたはずなのに、結局僕は故郷に帰ってきてしまっている。
 別に故郷が嫌いだとかそんなことはないが、必死の努力で何かを成し遂げたつもりでいたのに、それが全て崩れ去って、未来もなにもなくなってしまったかのような気分だった。
 勿論それは錯覚だし、心が弱っているからそんな風に考えてしまうのだろう。そう、何度も自分に言い聞かせているが、ふとした瞬間に冷たいナイフを胸に突き立てられているような、ヒヤリとした感覚に襲われる。
 あの時メンタルチェックに引っ掛からなければ、僕は今も日々忙しく空を飛んで、大勢の人を運んでいたはずだった。心が弱ることなんて大したことじゃない。ちょっと疲れていただけだ。休暇を数日きちんと取れば問題なかっただろうに、何故誤魔化しきれなかったのだろう——
……誤魔化そうなんて考えてる時点で、僕はおかしくなってる」
 自分に言い聞かせるために声に出し、深呼吸をしながら目を閉じる。
 操縦士のメンタルチェックが厳しいのは、大勢の命を預かっているからだ。天候が荒れている時や機械トラブル発生時は勿論、そうでなくとも判断ミスで大勢の人々を死なせてしまう可能性と隣り合わせの職業で、そのプレッシャーに耐えられない人には務まらない。副操縦士時代には機長の隣で何度か死んだかと思うような事もあったが、それら全てを乗り越えてきたのだと自分に誇りを持っていた。
 僕のようにメンタルヘルスの不調を隠した挙げ句、致命的な事故を起こしてしまった人の例は勿論知っているが、いざ自分がそうなるとやっぱり受け入れ難さを感じていた。復帰プログラムの話に嘘はないと信じたかったが、それでも「もう二度と飛べないんじゃないか?」と日々不安だった。
「やめよう。こんなことばっかり考えてたらますます復帰できなくなる……
 ベッドから起き上がると、今や目覚ましとダウンロードしていた音楽を聞くだけの機械になってしまったスマートフォンを操作し、一番小さい音量で音楽を流す。実家の壁は薄いので、母さんたちの寝室に音が漏れてしまう懸念があったからだ。
 本当はイヤフォンを耳に突っ込んで爆音のまま眠りたい気分だったが、充電を忘れていてそれは叶わない。
 やることなすこと上手くいかない。ささくれだった気分で舌打ちをし、イヤフォンが充電され始めたのをちゃんと確認してから、大人しくベッドに潜り込む。
 昼のうちはのんびりすればするほど気が紛れるのに、夜になると悪い考えばかりが頭を巡る。

   *

 翌朝、目覚ましのアラームを全て無意識に止めていた僕は、昼過ぎにようやくベッドから這い出ることに成功した。
 早朝から畑仕事に出ていた父さんは今は昼寝をしていて、母さんは夕食用のパンを捏ねている。僕は昨晩寝る前に考え込んだのが良くなかったのか、軽い食事を摂った後、陽当たりと風通しのいいソファに横になって動けなくなっていた。麦のいい香りが風に乗ってくるのを感じながら、横になっているのは気持ちがよかった。
「旅人さんの件なんだけど、モーディスって名前の男の人みたい。オクヘイマで会社員をやってるらしいわ」
 午前のうちに役場に行ってきた母さんから旅人の名前を聞いた時、聞いたことがあるような、と妙な引っ掛かりを覚えた。しばらく口の中でモーディス、モーディス、と呟いてみるが、結局記憶には引っ掛からない。
「会社員って、輸入関係とか?」
「どうかしら。詳しいことはわからないけど、世界中あちこち飛び回ってたみたい。ちょっと仕事に疲れたから、休養がてら自然豊かな田舎で過ごしたいんですって。それにしたってこんな何もない村に来るなんて物好きよね。あなただって帰って来た日は『電波って本当に今も全然ないんだ』って言ってたくらいだし」
……もしかしたら僕みたいにデジタルデトックスがしたいのかも?」
 母さんの指摘に妙な恥ずかしさを覚えた。
 そんなこと言ってたっけ? と思ったけれど、多分言っていたのだろう。この村で常時電波を捕まえたければ宿屋に行くしかないし、別に「電波を借りたいんだけど」と宿の人に言えば快く使わせてもらえるのはわかっていたが、それで何をするかと言えば無意味に仕事の復帰について調べたり、一日ぼんやりSNSを意味なく眺めてしまう気がした。
 心の風邪については週に一度「昏光の庭」と言うボランティアの医師が村にやってきて、僕を診てくれることになっていた。ヒアンシーと名乗った彼女は、僕には明るく小柄な女性にしか思えなかったが、診察前に村に電話をしてきた産業医が言うには、業界ではかなり有名な医師らしい。

 数日、朝から起き上がれたり起き上がれなかったりを繰り返していると、とうとうゲストが村にやってくる日になっていた。
 祭りの準備は着々と進んでいて、ゲストを案内するならちょっと慣らしておこう、と帰省してきた懐かしい顔や、知らない人々と顔を合わせるようにしていると、少しだけ気分が前向きになって来ているような気がした。もしかするとこれは空元気なのかもしれないが、とにかく今は、ゲストに村を案内する一日だけ元気が保てばいいと考えていた。
 恋人を連れて帰省したペソに「ファイノンの兄貴、すっかり都会の顔になっちまった」なんてよくわからないことを言われて戸惑ったり、赤ちゃんを抱いたリウィアが旦那さんや二人の子どもと一緒に帰って来たのを見て、時の流れを感じていた。
「兄貴は恋人向こうに置いて来たの? 連れてくればよかったのに」
「はは……、恋人はいないよ。ずっと仕事が忙しくて、そんな暇がなかったんだ。それに生活も充実してたしね」
 僕の帰省理由を知らないペソに、田舎特有の嫌な会話を振られてどきりとした。いないよ、と答えた僕に「えっ!」と大袈裟に声を上げたペソは、旦那さんに赤ちゃんを預けたリウィアに思いっきり背中を叩かれている。
「そんなに驚かなくてもいいだろ? 別に、誰しも恋人が必要なわけじゃないからさ」
 子どもの頃のように言い争いを始めた二人を宥めて苦笑しつつも、最後に恋人がいたのっていつだったっけ? と、何年も忘れていたことを考えてしまった。少なくとも五年はいない。
 人肌恋しい時期もあったような気がしたが、もうそんな感覚は思い出せなかった。結婚願望も恋愛願望も昔は持っていた筈なのに、いつの間にかすっかり不要なものになっていたらしい。それだけ日々が充実してたってことだろう。多分。最後に別れた恋人には「スケジュールを空けてくれない」とかなんとか詰られたような気がするが、あまりよく思い出せなかった。
「そう言えば兄貴、オクヘイマから旅人が来るって本当?」
「本当だよ。共用語しか喋れないらしくて、僕に村を案内してほしいって言われてる」
 その言葉に、ペソがちぇ、と小さく子どもっぽく舌打ちをした。ペソは恋人とヤーヌスあたりの言葉を話しているので、どうやら共用語は得意ではないらしい。リウィアが「粗相をしかねないから話せなくてよかったんじゃない」とぼそりと呟くのが聞こえたが、僕もペソも聞こえなかったフリをした。
「村には祭りの間だけいるんだっけ?」
……そう言えば期間は聞いてなかったな。だけど多分、そうじゃないかな? 大した観光地もないし、祭りの後は見るものもやる事もないだろうから」
 宿屋に確認をしておこう、と決め、ペソたちと別れる。

   *

「今のところは一ヶ月って聞いてるよ」
「一ヶ月も?」
「それものんびりしたいから二人部屋を一人で使うって言って、前金もきっちり半月分」
 宿屋のおかみさんにゲストについて尋ねると、彼女は膝の上に乗せた赤茶色の毛並みの猫を撫でながら、ホクホク顔で答えた。
 宿屋に看板猫は四匹いて、それぞれ黒、灰色、白、赤茶色をしている。おかみさんの膝の上でごろごろ鳴き声を上げている一匹以外はねずみを取りにでも行っているのか、宿の中にはいないようだった。
「本当に物好きだな」
 赤茶色の猫——おかみさんの好物の名前がつけられていて、本当はハニーフルーツスープと言う長い名だが、村の人からはもっぱらハニーだのハニちゃんだのと呼ばれている——を僕も撫でさせてもらう。村を出た時には宿に猫はいなかったので、ここ十年で飼い始めたらしい。
 目を瞑ってごろごろと鳴いていたハニーは僕が額を撫でるとぱちっと両目を開け、しばらくじっと見つめていたが、すぐに興味をなくしたようにまた膝の上で丸くなる。嫌われたか? と思ったけれど、おかみさん曰く、旦那さんのことは嫌いでひっかくらしいので、嫌われたわけではないのだろう。
「アタシも共用語の簡単な会話はわかるけどさ、滞在中に困ったことがあれば翻訳機通してくれって言ってあるから、もし宿の回線が落ちたらあんたを頼るよ」
 多分大丈夫だと思うけどね、と続けたおかみさんの表情には僕への気遣いが滲んでいて、それに居心地の悪さを覚えた。田舎の小さな村だから、僕が帰省した理由はうっすらと伝わってしまっている。
 村の人たちは腫れ物を扱うように僕に接してくれていて、そういう繊細さはあるのに、ゲストの案内は頼むのかよ、とちぐはぐな現実にちょっとだけ文句が浮かぶ。まあ、大袈裟に病人だのなんだのと騒がれないだけ多分マシだろう。
「できるだけ力になれたらとは思うよ。のんびり過ごすのが目的なら、放っておかれるのが一番の気がするけどね」

   *

 そうして翌日、普段は半ば居眠りしながらぼんやりと仕事をしているような職員しかいない小さな飛行場には、僕と役場の人、宿屋のおかみさん、それから好奇心を抑えきれない村の人たちが数人集まっていた。プライベートジェットが物珍しいのもあるだろう。
 飛行場に降り立つ小型ジェットのエンジン音や風の音を聞き、明確に胸がざわついて心がささくれ立つのを感じたが、仕事仕事、と言い聞かせた瞬間、スイッチが入ったように気分が切り替わる(本当は仕事をしてはいけない)。
………………?」
 小型ジェットから降りてきた彼を見た時、村の人たちがざわついたのは、彼が明らかに一般人ではない、とわかるオーラを放っていたからだろう。鍛え上げられた長い体躯に、金色から朱色へと流れる夕焼けの髪、ギターケースを背負っている彼の指先は黒く塗られていて、ぴかぴかと光っている。
 エージェント、と言うよりきっとマネージャーだろう初老の男に二言三言話しかけた後、サングラスを外した彼は村長に丁寧に——片言のエリュシオン語で——挨拶をした。しばらく世話になる。言葉で迷惑をかけたらすまない。そんな風に。
 村の人たちの好奇の視線を一身に浴びても、彼は全く居心地の悪そうな素振りも見せず、堂々としていた。まるで後光がさしているかのように眩しいオーラを纏った彼は、田舎じゃそうそうお目にかかれない美丈夫で、誰もが一瞬で惚けた表情をしていた。
 黒いライダースなんてエリュシオンみたいな農村地では完全に浮いている。だけど、その格好が本当によく似合っていた。
「お前が案内人か?」
 初老の男が村長の言葉を通訳している途中で、彼の視線が僕に向く。
 金色の瞳が真っ直ぐに僕に注がれたその瞬間、心臓が大きく跳ね、全身に電気が走ったような感覚がした。
 彼が信じられないほどの美人だったからじゃない。勿論それも一因ではあったが、村の人たちが全く気づいていないらしい事実に気付いてしまったからだ。
「あ、ああ……その、よろしく。ファイノンだ。えーと、モーディスさん?」
「モーディスでいい。迷惑をかけるな。滞在の間なるべく世話にならんようにはするが、頼ることも多いだろう」
 握手を求められて、え、触っていいのか? と瞬間的に戸惑う。しないと逆に目立ってしまうか、と気付いて慌てて握り返すと、彼——モーディスは僕が気付いたことに「気付いた」のか、瞳をすっと細めて、口角を持ち上げる。
 何か言葉が続くかと思ったが続かず、初老の男が来月また、と口にして去って行き、村長が村の人たちを散らして、宿屋のおかみさんが「荷物は運んでおくからね」と何人かのスタッフに荷物を持たせて去って行く。
 飛行場には僕とモーディスだけが残され、僕は気まずさから「えーと」と意味のない声を上げた。
「なぁ君……、その、違ったら申し訳ないけど」
 そう尋ねた瞬間、強い風が吹きつけた。
 目を伏せてやや首を傾げたモーディスの、金色の髪が風に舞う姿が、まるで映画のワンシーンのようだった。
「もしかしなくともロックスターのメデイモス……で合ってる?」


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