もち粉
2026-05-12 00:00:00
4635文字
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最適解と不合理(前編)「最適解を、君に」


カブミス
八年越しの告白(回答期限あり)

「がむしゃらな恋」ってしたことあるかい?
俺はあるよ、今もしてる。

相手? 年上。それもかなり。
二十二歳の春に出会ったその人の事が俺はもう好きで好きで。
自分が百八十五歳のエルフの恋愛的な射程に入ってないことはわかってた。そもそも、彼は恋愛どころか生きるための欲すら、一度は失った人だったし。

でも少なくとも彼は自分を「特別」の範囲に入れてくれていた。
だから俺は、年下の特権をフル活用して甘えたよ。数え切れないほど告白したし、時には戯れにその薄い唇にキスを仕掛けることもあった――あわよくば、その先だって狙ってなかったわけじゃない。

「こら」と俺を嗜める指先はいつも冷たくて、軽いキス以上を許してくれることはなかった。
けれど、俺を拒絶しきれない彼に、どこかで安心してさえいたんだ。


だが、俺も次の誕生日で三十歳になる。
いつまでも年下ムーブを貫くには、鏡の中の自分は少し落ち着きすぎてしまった。
五月の風が若葉の匂いを運んでくるたび、あの人と半月違いの誕生日を迎えるたび、自分ばかりが年をとっていくように感じる。あの人は、ちっとも変わらないのに。

トールマンとしては人生の折り返し地点。認めたくないが、中年と呼ばれても文句は言えない。役職も責任も増え、周囲は当然のように「家庭」の話をする。

いつまでも軽いキスだけに甘んじていられるほど、若くはない。

そろそろ決着をつけてもいいころだ。
若造の血迷いごとじゃないって、知ってもらいますよ――ミスルンさん。


✢✢✢

〈五月十二日〉

それはミスルンの百九十三回目の誕生日の夜だった。

エルフはその長い寿命ゆえ、ある程度の年齢になると節目の年にしか改まった祝いはしなくなる。
だがこの日にカブルーがミスルンを祝いに来るようになってから、ミスルンは己の誕生日というものを楽しみにするようになった。

例年通り上質なワインとケーキを下げてやってきたカブルーだったが、今年の彼はどこか様子が違った。普段の饒舌さは鳴りを潜め、その双眸には揺るぎない覚悟が宿っていた。

そうして今――ミスルンは、カブルーの放つ熱に追い詰められていた。

「俺は、貴方を、愛してます」

出窓に腰を掛けてワインを傾けていたミスルンを閉じ込めるように、窓ガラスにカブルーが手を付いている。
逃げ場を失い、身を引いた後頭部へ、ガラス越しの夜気が冷たく伝わってきた。

「答えが欲しいんです。他の人を選べなんて言葉は聞き飽きました。
俺が聞きたいのは、貴方が、俺を、どう思っているのか。それだけです」

ミスルンの唇はわずかに震えたが、喉はカラカラに渇き、舌が喉に貼り付いたように言葉は何も出てこない。

(何を――黙っているんだ私は)

カブルーが戯れのように愛を囁いてくるのはいつものことだ。
それは、手習い所の教師に野辺の花を差し出す少年のような、軽やかで悪戯めいたものだった。

だから私も、いつものように「ありがとう」と微笑んで、年長者の余裕を見せればよかったはずだ。
「こんな不具のエルフにかまけていないで、若く健やかな伴侶を見つけなさい」と。

「ち、違う……
やっと絞り出した言葉は、妖精の羽音よりも小さく、ひどく頼りない。

「なにが?」

強く、短く尋ね返してくるカブルーの青い瞳は、若さゆえの情熱と甘えを宿していたはずだ。
しかし今、代わりにあるのは彼の望む答えを返さない私をゆっくりと見守るように、しかし欺瞞は許さないとばかりに冷徹なまでの真剣さだった。

「おまえは、若いから……そんな風に……一時的な、錯覚だ」

今までならじゃれるように私に巻き付けられたはずの褐色の腕は、今は触れるか触れないかの位置で熱を伝えてくるのみだ。

その微かな熱に、抑えようとしても煽られる。

かつてなら、彼が真剣なのはわかった上で、くすぐったくも微笑ましく「可愛らしい」としか思わなかった。

だが今日は――

「俺は、もうすぐ三十です」
静かな声。
覚えていたものよりも、ずっと重い。
こんな声だっただろうか?

「いつまでも若いままじゃない。
あなたが思ってるより、もうずっと前から」

みずみずしかった肌はわずかに乾き、まろやかな頬は削ぎ落とされるように精悍さを増していた。
私は目の前の男の、雄弁に動く喉仏から目を離せなかった。
自分の喉が、ごくりと鳴ったのがわかった。

ああ可愛いカブルー。
いつの間にこんな――大人の男になったんだ?

「逃げないでください」

すいっと長い指で手を取られて甲に口づけられる。――熱い。

「俺を、選んで」

もしもこのまま、この指が、唇が、服の隙間から肌を這い、私を暴いていったなら――

(何を馬鹿なことを考えている)
こんな、肉の熱を伴うような昂ぶりは、一体何十年ぶりか。あの迷宮の奥に全てを置いてきて以来、初めて感じたものだった。

……今日は、私の誕生日だ」

誕生日は、甘やかされていい日だと私に教えたのはおまえなのに。
なのに、どうして今日は私をこんなにもかき乱して追い詰めるんだ。

受け取る準備など、なにも出来てはいなかった。

「少し、時間をくれ」

それが、精一杯。

……分かりました」

すっと離れたカブルーの体温を惜しく感じてしまった自分が恐ろしかった。

「でも、待つ期限は決めさせてください。
五月二十八日の、俺の誕生日に答えを聞かせて下さい」
そう言い残してカブルーは去っていった。


ミスルンはただ、出窓に腰掛けたまま夜闇に消える男を見送ることしか出来なかった。