送る季節に想いを贈る

──大切な人だから、自分の力で何かを贈りたくて。

この作品は2026年4月4日・5日に開催された、ぐだぐだ鯖WEBオンリー「ボイラー室横より愛をこめてW~二回目~」での白殊独自のリクエスト受付企画【白殊に歳勇小説リクエストを投げつけよう:vol.2】でリクエストいただいたものです。

◆リクエスト内容◆
『夢の語り部』( https://privatter.me/page/69566231a7634 )の設定で、土方さんにプレゼントするためにアルバイトを頑張る黒剣近藤さんのお話

現代転生パロディ、近藤さんに記憶はなく、土方さんより年下で黒の剣士の外見です。
近藤さんは高校1年、もうすぐ2年になる頃のお話。
アルバイト先の喫茶店店主の奥さんが結構喋ります。

 俺に、何ができるだろう?
 スマートフォンと雑誌を前に考える。

 自慢じゃないが料理はできない。
 それほど器用な方じゃない。
 愛想も良くない。
 加えてこの容姿だ。
 まず表に出ることは避けた方が無難だろうとは思うのだけれど。

 一月の始め。
 世間の学生はお年玉で懐が温かいのかもしれないけれど、俺はそれほどでもない。
 何故かというと親戚というものに縁が薄いからだ。
 生活費や学費は両親が出してくれているけれど、父親は海外出張で長期間家にいないし、母親は忙しいからと職場の近くに部屋を借りてそこから通勤していて滅多に帰ってこないから、家には大抵俺一人だ。
 そんな俺の暮らしが何故成り立っているかというと──歳のおかげだ。
 歳は朝、学校に行く前に俺の家に寄る。
 そして昼の弁当を置いていってくれるのだ。
 朝食はパンとかで済ませて、昼はそれを食べる。
 夜はコンビニやスーパーで出来合いのものを買ったり、歳が自宅での夕食に誘ってくれたりする。
 無理はしなくていい、と言っても『どうせ部活の朝練で早いから気にするな』と微笑まれる。
 俺は知っている、歳の持ってきてくれる弁当は、歳が作っていることを。
 そんな歳に何か報いたい。
 歳はあと数ヶ月で高校を卒業して大学に行く。
 俺はそれまでに自分の稼いだお金で何か贈り物をしたいと思ったのだ。
 幸い、と言っていいのかはわからないけれど、歳は毎日の部活で帰りは遅い。
 高校はアルバイトは禁止されていないし、俺は帰宅部なので時間はある。
 そして問題は冒頭に戻る。



……いらっしゃいませ」
 ぎこちない笑顔で客を迎える。
 結局俺は喫茶店でウエイターをすることになった。
 喫茶店といってもチェーン店とかの大きなところではなく、駅前の商店街にあるこぢんまりとした初老の夫婦が経営する店で、以前歳と駅前に買い物に来た時、一休みしようと入ったこの喫茶店の『アルバイト募集』の張り紙を見かけたのがきっかけだ。
 その時過ごした雰囲気が良かったので、接客業だからダメ元で申し込んでみたのだけれど、面接をしてくれた店主とその奥さん、特に奥さんが妙に俺を気に入ってくれたらしく、まさかの採用となった。
 最近のレトロ喫茶ブームで、こだわりのコーヒーや軽食、品のいいスイーツを提供するこの店は結構忙しい。
 調理関係は店主と奥さんが全てするので厨房には入らなくていいのが俺にとっての利点だ。
 ちなみに服装は支給してくれた制服で、白のシャツに蝶ネクタイ、カマーベストという黒色のベストに黒のズボン、腰からの黒く長いエプロンと、世間が想像するウエイターそのものだ。
 左右に垂らした髪だけは後ろで束ねて、前髪はそのままでいいと店主は言ってくれたのでその言葉に甘えている。
 品のいいクラシックが静かに流れる店内で、忙しいながらもゆったりとした時間が流れる。
「近藤さんが来てくれてから、若い女の子のお客さんが増えたのよ」
 ある日、奥さんにそう言われた。
「なんでですか?」
 理由がわからず聞き返す。
「あら、だって。近藤さんは素敵ですもの、見る目のある子なら放っておかないでしょう」
 お仕事の覚えは早いし、サーブも丁寧だし、細かいお掃除もちゃんとこなしてくれるし、それからそれから、と手放しで褒めてくれる奥さんに恥ずかしくなってもういいです、と背を向ける。
「そういうところも、奥ゆかしくて可愛いわ」
 とどめとばかりに言われて、俺は顔が真っ赤になるのがわかった。
 そんな状態では接客もできないので、レストルームで顔を洗う。
 出てきたところで客が数人増えていた。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
 お冷やとおしぼりを提供して、答えを待つ。
 同い年とおぼしき女性の二人客だ。
 覚え間違いでなければ以前にも来店した事があるような気もする。
「ホットコーヒー二つと、今日のおすすめのケーキを二つお願いします」
 片方の女性が落ち着いた声音でオーダーをした。
 もう一人の女性は、どこかそわそわした様子を見せている。
「かしこまりました」
 何か相談事でもあるのかと思うので、そっとしておこうと思った。

『ほら、貴女の為に来たのよ?』
『でも……

 今日のおすすめのケーキは奥さんお手製のアプリコットのタルト。
 爽やかなアプリコットの甘みと酸味が、タルト台とマッチした自慢の逸品でもある。
 歳も美味しいスイーツを作ってくれるし、俺も大好きだけど、それに劣らずの美味しいスイーツだ。
「お待たせしました。今日のおすすめのケーキはアプリコットのタルトです」
「ありがとう」
 また、片方の女性だけが答えた。
 もう一人の女性は俺の顔をちょっと見て、目が合うと慌てたようにそれを逸らした。

「あの方達、前にもみえたわね。お目当ては近藤さんかもよ?」
「え?」
 奥さんは呆気にとられた俺をみて、くすりと笑った。
「でも、近藤さんには大事な人がいるのでしょう?」
 言われて、どきんと胸が鳴った。
 確かに俺には、誰よりも大切な人がいる。
 でも奥さんにそれを言ったことは一度もない。
「なんで……?」
「ふふ、この歳になるとね、いろいろわかるの。このお仕事も、その人の為。違うかしら?」
…………
 何もかもお見通しで、奥さんがまるで映画か何かに出てくる白い魔女のように見えてしまった。
「お給料ははずむから、ずっとおつとめしてくださると嬉しいわ」
 そうこうするうちに先ほどの二人客が会計に来たので、出ようとしたら奥さんがさっと先に立って相手をしてくれた。
 落ち着きのなかった方の女性は少し残念そうに俺の方を見たが、もう一人の女性に促されて店を出て行った。
「あ……ありがとうございます」
「間違いなくあの子のお目当てはあなたね。でも近藤さんは女の子のあしらいは苦手よね?」
「はい」
「じゃあ、あの方達が次にみえるまでの宿題。どうすれば傷つけずに諦めてもらえるか!」
「それは……
 悪戯っぽく笑う奥さんに俺は絶句した。
「その答えが出るまでは、うちでおつとめしてちょうだい?」
「えぇ……
 その条件だと、俺は多分高校を卒業してもここでアルバイトをしなくてはならないだろう。
 まかないとして夕飯も出るから、歳に負担をかけることが少し減るのはありがたいけれど──。
 奥さんは考え込んだ俺の頭を優しく撫でてお客様よ、と囁いた。
「いらっしゃいませ」
 まずは、目の前の仕事をしよう。
 次がいつ来るかわからないけれど、答えはそれからだ。



 卒業式の日、式を終えた歳に会いに高校へ行くと疲れ切った顔をしていた。
「随分疲れた顔してるけど、どうしたんだ?」
「あぁ……女子がやたらと呼び出してくるから、何事かと思えば、最後だから告白しにきたと言われまくってな……
 さすが高校一の色男、少し遠い大学に行くとて諦めきれない女子がチャレンジをしてきたようだ。
 うちはブレザーだからあまり関係ないかもだが、学ランだったらボタンを全部むしられていたかもしれない。
 全く以て女子はタフだと思った。
 ちなみに少し遠い大学、といっても歳は大学の近くで一人暮らしをするわけではなく、実家から通うことにしたと聞いている。
「なんて、答えたんだ?」
 ちり、と胸の奥が疼く。
 俺だって女の子だったら少しの望みをかけて告白をしていたかもしれない。
──あんたは俺にとって特別だ。
 そうは言ってもらっているけれど、それがどういう意味なのかは俺にはまだわからない。
「全部断った。俺にはもう特別な人がいるからな」
 歳はにこりと俺に微笑みかけた。
 女子の告白を全部断るくらいだ、それは歳が大切に思っている人のことだろう。
 俺に言ってくれた『特別』の意味と、その『特別』が一緒ならば、これ以上嬉しいことはないのだけれど。
「そうなんだ……
「あぁ」
 歳はちょっと不安げな顔をした俺の背をぽんと叩いて、帰ろうと促した。
「そうだ、歳。買い物に行こう!」
 そこで俺は会いに来た目的を思い出した。
「ん? 何か欲しい物があるのか?」
「そうじゃなくて……
 とりあえず高校を卒業するまではあの喫茶店でアルバイトを続けさせてもらうことにして、先月末初めての給料が振り込まれた。
 俺にとって自分で稼いだ初めてのお金。
 宣言通り歳の卒業祝いを買おうと思ったのだが、何がいいか思いつかず、ならば歳に決めてもらおうと思い至ったのだ。
「俺は、歳に卒業祝いを贈りたいんだ」
「近藤さん……
 歳はぽかんとした顔をして俺を見つめる。
…………
 その歳の顔を見つめ返して返事を待つ。
「ふ、あはははは」
 やがて脳に理解が至ったか、歳は声を出して笑った。
「ありがとう、近藤さん」
 その声と笑顔に、俺はほっと息をついた。
「何がいいか悩んだんだけど、思いつかなくて……。歳が欲しい物を選んでくれればいい」
「俺の今欲しい物、少々値が張るが大丈夫か?」
 おずおずと言う俺に、歳はすこし首を傾げてはしたが嬉しそうに言った。
「大丈夫だ! その為にバイトしてるから!!」
 前のめりに言う俺に、ちょっと驚いた顔をしたけれど、歳の表情は柔らかいままだった。



 歳の欲しい物があると着いた場所は、駅前の雰囲気のある文房具の店だった。
「この辺りなんだが」
 示された棚には質のいい革製のシステム手帳が並んでいた。
「いまじゃスマフォもあって便利でいいが、俺はやっぱり手書きが良くてな」
「歳らしいな」
 一つ手を取って中を吟味する歳に習って、俺も一つ手に取った。
 しっかりとした造りの手に馴染む感覚に、流石いいものを知っていると思った。
 中のリフィルにも種類がたくさんあるようで、好みのものを組み合わせて使えるらしい。
 質のいいカバーがあれば、新しい年度が来たら中身を取り替えれば済むから、長く使えるだろう。
 迷う様子の俺たちに博識そうな店員が声をかけてくれた。
 新年度から大学生になる歳が使うものだと伝えれば、リフィルやペンも含め案内してくれた。
 最終的に赤みがかった茶色(昔の言い方で紅殻色べんがらいろと言うらしい)の手帳を歳は選んだ。
「江戸の頃流行った色でな、少し憧れていたんだ」
 照れ臭そうに笑う歳の顔を見て、俺も嬉しくなった。
 中身のリフィルとペンも選んでプレゼント用の包装をしてもらう。
 確かにそこそこの値がしたが、全然苦にはならない値段だった。



「少し早いけど、夕ごはん食べていこう?」
 迷う時間が長かったから、昼食には遅く、夕食には少し早いが、俺はそう提案した。
「あぁ、そうしよう」
 俺たちは学生だからそう気取ったレストランとかに行くわけではないので、近くのファミレスに入った。
「今日は俺のおごりだからな!」
「了解だ、存分に甘えさせてもらう」
 サラダにメインの料理とデザート、そしてドリンクバー。
 代わり映えはしないけれど、歳と一緒というスパイスは食事を楽しくさせてくれる。
「卒業おめでとう、歳」
「ありがとう、近藤さん」
 まだアルコールじゃないが、飲み物の入ったグラスをこつんと合わせ、俺たちは乾杯する。
「手帳、大切にするからな」
「うぅん、たくさん使って。使えなくなったらまたプレゼントする」
 目を細めて言う歳に、そう返す。
 本当なら毎年のリフィルやペンの替えもその都度プレゼントしたいくらいだ。
「そうか。なら、二人の予定でいっぱいにしよう」
「うん」
 あぁ、俺は歳が好きだ。
 蕩けるような歳の笑顔を見ながら、俺は改めてそう思った。
──それが、恋人同士のデートの予定ならいいのに。
 でも、俺たちは男同士。
 女性にめちゃくちゃモテる歳が、俺を選ぶ可能性は低いだろう。
 今は、友人──ちょっとランクを上げてもらって〝特別な〟親友でいいと思う。
 いつか、俺に当たって砕ける覚悟ができたら、告白をしよう。
 それができるのは、歳にパートナーができた時かもしれないけれど──。