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trsmddd
2026-05-03 21:47:23
12035文字
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現パロ師アレ 夜に棲むもの4
これ→
https://privatter.me/page/69e625bd99a4e
のつづき
師弟全く関係ないふたりです
社長クロスとバーテンダーアレンくん
ごはん食べにいくよ〜 ちょっと長くなりました
神田がバイク乗ってるの良くないですか
「アレンて馬鹿なん?!危機感待て!!」
と、ラビは喚きながらアレンの肩をぶんぶんと揺さぶっていた。
「なんっ、で、ですかっ、酔う!酔うから!ラビ!」
アレンは揺さぶられながら顔を青くする。ラビはあーとかうーとか言いながら「やっぱ出禁にしとけばよかったさ!」と叫んで天を仰いだ。
クロスはアレンに電話番号を渡してからしばらく店に姿を見せなかった。アレンは少し心配になって、意を決して空いている日をショートメッセージで送って、クロスから返事が来たことを開店前の雑談でラビにこぼしたのがつい先程のことである。ラビはぱかんと口を開けて、アレンが不思議そうに「どうしたんですか」と言ってからずっとアレンのことをバカアホと言い続けていた。
「馬鹿!大馬鹿!アホ!ド阿呆!」
「なんで?!」
「不審者に自分から近づく奴があるか!!」
「ふ、不審者
……
?」
「どう考えてもお前に気がある奴だぞ!アレンそういうの嫌だって自分で言ってたさ!アホ!」
「いや、断れる雰囲気じゃ、」
「そういうのは常套手段なの!!あー!もー絶対出禁にする!」
「あの、本当に食事の誘いだけで
……
」
「その後ホテルに連れ込むんだよ!」
「ホテル?」
「ラブホだ!!馬鹿!!!」
らぶほ。一瞬アレンは呆けた顔をして、それがラブホテルのことであると気づいて「ええ
…
?」と首を傾げてしまった。ラビは明らかに呆れた顔を隠そうともしなかった。
「まさかここまでお子ちゃまだったとは
……
」
「お、お子ちゃまってなんですか?!ちゃんと成人してますけど?!」
「こないだ成人したばっかだろ。もういい。今すぐ断れ。俺が見てるから。今すぐメールしろ。今!ここで!はい!さっさとやる!」
「え、でも断った後が怖いです」
「怖いって思うならそもそも誘いに乗るな」
「うぅ
…
」
ラビの言うことももっともだったので、アレンはしぶしぶロッカーから携帯電話を取り出す。電源をオンにして固まった。クロスからショートメッセージが届いていた。ロック画面に表示された『店は予約した。キャンセルするならキャンセル料は今度のチップからさっ引く。』のメッセージに、アレンはどうしようとラビを見た。
「誘拐犯かよ」
横から覗き込んだラビはげんなりとつぶやいた。
「どうしようラビ、チップ!減っちゃう!」
「知ってたけどそこで金に汚くなるな自分の心配をしろ」
「ええっ、そんな、チップ
……
」
ラビはさっとアレンから携帯電話を奪った。アレンが慌てて取り返そうとするものの、身長差には勝てない。ぴょんぴょんはねるアレンの頭を押さえながらラビは片手で勝手にロックを解除する。アレンは覚えられないと言ってこの手のパスワードを全部「0000」にしているのをラビはきちんと知っていた。
「俺が返しちゃる」
「ダメです!チップ減るし!来なくなったら貴重な収入源が!」
「ヤバい客は出禁です!」
「マリアンさんマシな方ですよ?!こないだべたべたしてきた人のがヤバいですって!」
「はあ〜?!その話聞いてないさ!どいつだそのクソ客!?」
「いやあの、マリアンさんが追っ払ってくれましたけど
……
え、あれ、言ってませんでしたっけ?」
ラビが動きを止めた瞬間を見逃さずアレンは携帯電話を奪い返して画面を確認してから電源を切った。後ろ手にじりじり後退するアレンを、ラビは本当に微妙な顔で見ていた。
「な、なんですか
……
」
「追い払った?」
「え、はい。あの
……
間に割って入ってくれて
……
」
「なるほどね。それでつい食事くらいは〜とか思っちゃったわけか」
「お、お礼にって、その、ほんとに助かったので
……
」
「わかった」
腕を組んで、ラビはアレンをじとりと見る。それからにっこりと笑みをつくった。
「なら食事に行ってもいいさ。ただしこっちにも考えがある」
「え」
「ユウに尾行を頼みます」
アレンは固まって、それからかわいそうになるくらい絶望した顔をした。
「やだーーー!!!!!」
その日は結局臨時休業になった。
「お前バカなのか?」
神田が呆れ返った顔で言って、アレンはしかし何も言い返せずにしゅんと肩を落とした。ラビとアレンの自宅に召喚された神田は、事の詳細をラビから聞いていたのか、三人でテーブルについて開口一番にそう言った。それからノンアルコールのビールの缶を黙って開ける。神田の前にはおそなえもののようにノンアルビールが並んでいた。全部ラビが買ってきたものである。
「まあ知ってたけどよ。頭の中までモヤシだな」
「アレンです。ちゃんと脳みそはいってますよバ神田」
「今の状況じゃどう考えてもお前のがバカだろ」
「いいよユウちゃんもっと言ってやって」
ラビが頷きながら言って、神田は項垂れるアレンをちらりと見て舌打ちした。
「ほぼ仕事じゃねえか給料寄越せ」
神田は新人警察官である。ラビとなじみで、今は少し遠くの交番に勤務していた。家が近いのでラビがよく連れてくる。本人は不本意らしいがラビのタダ飯が食えるのでそこそこの割合で誘いに応じていた。
「今度飯と酒奢るから頼むって。アレンの貞操の危機だし変態を現行犯逮捕できるチャンスだし?」
「俺はオフなんだが?」
「頼むよオマワリサン」
「ラビが勝手に言ってるだけだから断ってもいいんですよ」
「
……
まあお前の貞操の危機とやらはどうでもいいが」
神田はぐびぐびと遠慮なくノンアルビールを半分ほど飲んで息を吐いて、それからおかしそうな顔でアレンを見た。
「お前に貸しを作っとくのはいいかもな」
「だから嫌なんですよ!あー!もー!断れよ!」
「現行犯逮捕はまだやった事ねえな」
「あのあたりはわりあい平和だもんな〜」
「尾行は何度かあるぞ。どっちかっつーと張り込みだったが」
「へえ!じゃあやっぱお願いするさ。それならアレン好きにストーカーと会ってきていい」
「なんっでこの人に僕のプライベート見られなきゃいけないんですか」
「お前性犯罪の被害者になりたいのかよ」
「違います!違くて、そうじゃなくて
…
」
アレンがさらに項垂れたのを見て、神田は一度口をへの字にしてから真面目な顔をした。
「あのな、このウサギから聞いた限りじゃどう考えても今のお前は犯罪者にのこのこ近付いてくアホだ。相手がただのナンパ師ならまだましだけどな、ガチの犯罪者だったらレイプされるだけじゃ済まねえぞ」
強めの言葉にアレンは顔をくしゃりと歪めた。
「だって
……
」
「だってじゃねえよ。相手につけ込んで断れない雰囲気作って、いい人かもって思わせてこっちから出向いてくるように仕向ける。どう考えてもやり口が臭え」
神田は缶の残りを全部飲み干してくしゃりと潰すと音を立ててテーブルに叩きつけた。アレンの肩が跳ねる。
「俺はお前のことはどうでもいいがそういうやり口で他人を食いもんにする奴は嫌いだ」
「あ、あのひとは、違うと、思います」
「根拠は?」
「
……
か、勘ですけど
……
」
「なら一層怪しい。大体キャバクラじゃねえって騒いでたのお前だろうが。なんで客と連絡なんかしてんだよ。バカだろ」
「うう
……
」
「あきらめな、アレン。ストーカーにお断りの連絡入れるかユウに尾行してもらうかどっちか選べ」
「まあここまできて断るのは後が怖えのは確かだけどな」
「
……
わかりました」
アレンはテーブルに頭をごつんとくっつけて唸った。
「悔しいですが神田の尾行をとります
……
」
「お願いしますだろ」
「く
……
オネガイシマス
……
」
「怪しいと思ったら即割って入るからな」
「あの
……
当日多分
……
その
……
あのひとの車で移動
……
なんですけど
……
」
驚愕した顔のラビと、呆れ果てた顔をした神田がアレンを見て、アレンはやはり唸ることしかできなかった。
「ならバイクだな」
神田がぼやいて、アレンはようやく小さな声で「ごめんなさい」と言ったのだった。
当日、アレンは出来る限りきちんとした格好で店の前にいた。約束の時間にクロスが車で拾いにくる手筈になっていたからだ。神田からはGPSと小型の催涙スプレーまで渡されて「ぜってぇ持ってろよ。手放したらしばく」と言われたので、GPSはポケットに、催涙スプレーはサコッシュに入れていた。アレンにはわからない位置で神田が待機しているはずである。ラビは最後までアレンをバカと言い続けて、それから「酒は飲むなよ、一回席立って目ぇ離したら飲み物も水も変えてもらえ。最悪店の人に言って逃げろ」とありがたいお言葉をくれた。心配しすぎではないか、とアレンは思ったが、冷静になって考えるとやはり自分がおかしいような気がしてきて、そうなると後が怖いけど断った方が良かった気がしてきて、少しだけ楽しみだったのに今はもうどんよりと俯いていた。
確かに退路を断つやり方はえげつなかったけれども、そんなに悪い人じゃない気がするけどなあ、と思いながらも、緊張でじんわりと指先から冷たくなっていく感じがする。夏に近付いているのにアレンは手袋をした手を温めるように擦った。靴の先を眺めてぼんやりしていると、目の前に静かに車が止まった。
「よお。久しぶりだな」
窓が開いて見慣れた顔がこちらを見る。アレンはゆるく笑って軽く会釈した。
「
……
こ、んにちは」
「えらい顔色悪いぞ。どうした?」
「えっと、緊張してて
……
」
素直にそう言ってしまってから、この言い方はまずかったかもしれない、と思ってクロスを見たら、クロスは難しい顔をしてアレンを見ていた。アレンは戸惑ってまた両手を擦った。
「食欲は?」
「た、多分、大丈夫です」
「
……
車酔いは?」
「あー、車、ちょっと苦手ですけど、大丈夫だと思います。多分」
「車苦手なのか?先に言っとけよ」
「ご、ごめんなさい」
クロスは少し考える素振りを見せて、それから「ちょっと待ってろ、車はやめだ」と言った。
「え?」
「そこらのパーキングに停めてくる」
「え、いや、大丈夫です、ほんとに、」
「中で吐かれる方が困る。いいから待っとけ」
そう言い残してクロスは本当に窓を閉めながら車を停めに行ってしまった。アレンは呆然とそれを見送って、携帯電話が震えたのに気がついて慌てて取り出す。『どうした』と神田からのメッセージが入っていて、アレンは『なんか車移動じゃなくなりました』と返信した。
『は?』
『吐かれたら困るって』
神田がなにがしか入力している表示が出ていたが、何度か書いては消しを繰り返しているようで、その間にクロスが欠伸をしながら戻ってきた。一番近くのパーキングが空いていたのだろう。ここから徒歩で5分もかからない場所だ。アレンは返事を待たずに携帯電話をしまった。
「おら行くぞ」
「歩くんですか?」
「それ以外どうやって移動する気だ」
「すみません
……
あの
……
余計な手間を
……
」
「体調悪いんなら言えよ」
「
……
体調は悪くないです」
「ならいい。行くぞ」
「
……
はい」
クロスはのんびりと歩き出した。アレンはクロスの少し後ろを歩いていたが、そのうち隣になった。
「なんで後ろ歩いてんだよ」
クロスが不貞腐れたように言って、アレンはクロスが歩幅を合わせてくれたことに気がつく。
「すみません、歩くの遅くて」
「俺の足が長いんだよ」
「うわあ、それ嫌味ですか?」
「身長差の話だ」
「
……
それは
……
そうですね
…
」
店の中でもしている軽口が出来たことにアレンは少しだけほっとした。クロスはペースを崩さないまま歩いていて、アレンも早すぎもせず遅すぎもしないそのペースについて行くことができた。ちらりと見上げると、クロスは前を見ながらもこちらを気にしているようで、時々目が合った。目が合うと途端にまなじりがやわらぐ。アレンはその反応に困ってしまって、さっと目を逸らした。死んだ両親を少しだけ思い出した。思い出したらクロスの顔を見れなくなってしまって、アレンの視線は自然と下の方に落ちていった。クロスは別にそれを咎めるようなことは言わなかったし、ぽつぽつと軽口の応酬をしながら歩くのはそれなりに楽しかった。
駅まで歩いて、目的の店の近くまで電車に乗ることになった。ICカードの残高が足りずに改札に引っかかったアレンをクロスは笑いながら見て、さっさとチャージしてこい、と手を振った。アレンは恥ずかしくて赤くなりながらもチャージして改札を通る。待っていたクロスは走り寄ってきたアレンを笑ったけれど、怒ったりはしなかった。
「自動にしてねえのか」
「紐付けしてなくて
……
電車もあんまり乗らないので」
「へえ、じゃあいつもはどうしてんだ?」
「
……
あんまり外出しないんです。お店と家の往復くらいしかしないから」
「ふうん、店で働くのそんなに好きか?」
「好きとかは
……
あんまりわかんないですけど
……
僕が働けるの、多分あそこしかないので」
「なんでそう思う?」
「
……
だって、こんな見た目でふつうの会社で働けるとは思えないし」
アレンは無意識に髪に触れた。ラビにしらがと言われた時は喧嘩になった。あれがラビとの初めての喧嘩だった気がする。自分の見た目がふつうではないことをアレンは重々承知していた。それに勉強も苦手だし、学歴も散々なものだ。一般職で働く想像などできなかったし、したこともなかった。ふつうの社会の中に自分の居場所はないと思っていた。
「そうかよ」
黙ってしまったアレンにクロスがそう言ったころ、電車がホームに滑り込んできた。共に乗り込む。そこそこ混雑していて座れそうにはなかったので、電車の端に寄って立った。がたがたとうるさい電車の走行音が久しぶりで、アレンはわずかに眉を寄せた。
「うるさいの苦手か?」
クロスが少し屈んで言った。
「久しぶりなだけです」
アレンも少し大きな声で答える。クロスはそれもそうか、という顔をして、車両が揺れるたびによろけるアレンを壁側に立たせて「腕つかまってろ」と言った。吊り革を掴めばいいのではとアレンは思ったけれど、別に反論する気もなかったのでアレンは黙って頷く。うるさくて会話はなかったが、居心地の悪さはあまりなかった。アレンはそんな自分に少し驚いていた。この間までちょっとヤバいひとかもしれないと思っていた人に、うっすらとだが安心感さえ感じている。クロスは無理にアレンに喋らせようとはしなかったし、アレンも場を取り持とうと話さなくても良いのが心地よかった。お店で接客している間はどれだけ話をするのも苦痛ではなかったけれど、店を閉めた後にとても疲れているのは確かだった。バックヤードの仕事を片付けたらアレンは大抵そのまま部屋にこもって寝てしまう。開店までに体力を回復しなくてはならないし、別にこれといって外出しなくてはいけない用事もないからだ。日々の買い物はラビが外に出るついでにやってくれるし、なにより迷子になるから外出自体あまりいい顔をされない。思い返せば店で働き始めてから、アレンは遊びに出たことがほとんどなかった。両手で足りるくらいしか遠出はしていない気がする。不満に思ったことは一度もなかったけれど、そう思うと店のお客さんと一緒に電車に乗っているこの状況がなんだかひどくおかしいような気がした。
ぼんやりと考え事をしていたアレンの肩をクロスが軽く叩いた。
「次で降りるぞ」
アレンは頷いて、駅名を見た。知らない駅だった。
一緒に改札を出て、またのんびりと店まで歩く。GPSはポケットに入れたままだったので、神田はバイクを飛ばしているか別の車両に乗るかしているのだろう。プロだからか知らないが、アレンには全く神田の気配が分からなかった。
「あの、お店、予約時間とか大丈夫なんですか?」
歩きながら思いついて尋ねると、クロスはなんでもないように言った。
「キャンセルした」
「えっ?」
「今から行くのは別のとこだ」
「え、えっ、あの、ごめんなさい」
「気にすんな、電車じゃ間に合わねえから仕方ないだろ」
「あの、キャンセル料は
……
」
「チップからさっ引く」
「うう、ですよね
……
」
「嘘だ。別にたいした額じゃない。それにまあ、今から行く店のが俺の好みだからかまわん」
クロスの好み、とアレンは首を傾げる。最初の店の詳細も聞いてはいなかったが、よく見ればクロスはかなりフォーマルな格好をしていた。メッセージでもできる限りフォーマルな格好してこいと書かれていたので、アレンも手持ちの服でできるだけフォーマルなかんじを目指したわけだが、クロスのそれは高級レストランに入ると言ってもおかしくない格好だ。対してアレンは正直背伸びをしている感が否めない。どうしよう、とアレンは手を擦り合わせた。もしかして時間に間に合わない以前に自分の格好のせいでキャンセルしたのではないだろうか。これだとお店に入れないと思われたのかも。
「あの、本当にごめんなさい」
アレンが俯いて言うと、クロスは少し黙った。それでさらにアレンは小さく肩をすくめる。
「今日は謝ってばっかだな」
「
……
すみません
……
」
「店にいる時はもっと強気な奴だと思ってたが」
「
……
」
返事ができないでいるアレンに、クロスはふん、と息をついた。
「気にするなっつってもどうせ気にするんだろうから言っとくけどな、俺は別にそこらのファミレスでも構わねえんだよ」
「
……
えっ、と」
「お前と飯を食うのが目的だから、それがどこでも別に構わん。ただ美味いもん食った方がいいだろ」
「おいしいもの」
「そうだ。食えるなら美味いもんを食う。値段はどうでもいい」
だから気にするな。クロスはそう続けて、それから「ここだ」と言って地元の食堂のような、こぢんまりとした店の前で止まった。扉を開けて待っているのを見て、アレンは慌てて「ありがとうございます」と言いながら店に入った。扉を閉めて、クロスは何も言わずに窓際の席にどっかりと座った。他に客はいなかった。小さなテーブル席が4つだけの本当に小さな店だ。アレンはどうしたら良いかわからずに、おずおずと向かいの席に座る。店員と思われる老齢の女性がのっそりと顔を出して、クロスを見てにやりと笑った。
「なんだい随分めかしこんで」
「うるせえ、いつもの」
「はいはい、で、お向かいのこちらさんは?」
「あ、えっと
……
」
テーブルの端に置かれた手書きの簡単なメニュー表を見て、アレンは戸惑った。ほとんど家庭料理のような名前が並んでいる。ここが本当にクロスの好みの場所なのだろうか。
「えっと
……
じゃあ、オムライス
……
お願いします」
「ガキくせえな」
「う、うるさいです」
「いつものがホワイトシチューのあんたが何言ってんだ。バーバ!ホワイトシチューとオムライス!」
奥から「はーいマザー!」と元気な男性の返事がした。マザーと呼ばれた女性がグラスと水差しを持ってきてテーブルに置く。セルフ方式らしく、クロスは勝手にグラスに水を注いだ。ひとつをアレンの方に押しやって、もう一つの方に注いだ水を音をたてて一気に飲む。アレンは混乱しながらもグラスに口をつけた。
「
……
意外でした」
アレンがぽつりと呟くと、クロスはまたふん、と息を吐く。
「何がだよ」
「だって、もっとこう、お高いところがお好きなのかなと」
「仕事で散々行ってるから飽きた」
「あ、そう、ですよね。社長さんですもんね」
「仕事で食う飯は不味くてつまらん」
本当につまらなそうにクロスは吐き捨てる。アレンにはよく理解できない感覚だった。アレンは食事を不味いと思ったことがほとんどない。自分の燃費が悪いことは自覚していたから、食べられる時にはひたすら食べた。美味い不味いはもはや関係なく、どれだけカロリーがとれるかの方が重要だったのだ。ラビの作ってくれるまかないは美味しいと思うけれど、味を楽しんで食べているかと言われるとあまり自信がなかった。食べないと空腹で死にそうになるから食べる。腹が減っていればなんでも美味しいのだ。だから自分は料理が苦手なのかもしれない、とアレンは思った。美味い不味いがよくわからない。馬鹿舌と言われたこともある。
アレンはようやく視線を上げた。クロスはまたひとつ欠伸をした。それから頬杖をついてアレンを見る。
「眠いんですか?」
「昨日も残業だったからな」
「お忙しいんですね」
「そらな」
アレンは眉も視線も下げてしまう。クロスはじっと俯くアレンの様子を見ていた。
「
……
僕なんかほっといてちゃんと休んでくださいよ」
「はあ?連絡寄越せっつったのは俺だぞ。ほっとくわけねえだろ。それに休みの日に飯食いに出るのも休んでるの内だ」
「でも、お店
……
キャンセルさせちゃったし、歩かせちゃったし
……
」
「
……
お前、やっぱ体調悪いだろ」
クロスは腕を組んで椅子の背もたれにぎしりともたれた。アレンは萎縮したまま、なんだか泣きそうになってしまって唇を噛んだ。
「わるくないです」
「じゃ、店の方が気ィ張ってんだな」
「
……
わかんないです」
「そうか」
話している間に料理が運ばれてきた。「はいよ〜」と明るい声と共に現れた男は先ほどバーバと呼ばれた料理人だろう。本当に小さな店なのかもしれない。アレンは目の前に置かれたオムライスにようやく顔を上げた。
「久しぶりだあ先生」
「あー、しばらく来れてなかったなそういや」
「こっちの子は?えらいべっぴんさんだなあ」
「今はそういうのダメだろ」
「あっそうか、ごめんお嬢さん」
「男だぞ」
「ええっ!」
バーバは驚いた様子でアレンをまじまじと見たけれど、それは本当に驚いただけの他意のない視線だったので、アレンは少しだけ口角を上げた。
「こ、こんにちは
…
」
「こんにちは。先生がここに人連れてくるのほんとに珍しいんだ」
「余計なこと言うな」
「バーバ!無駄話してないで仕事!」
厨房の方からマザーの声がした。
「はあい、じゃあ楽しんで」
バーバが奥に引っ込んで、クロスは「まったく」とか「余計なことを」とかいろいろぶつくさ言いながらもカトラリーを手に取った。
「食欲ないなら無理すんなよ」
そう言ってからホワイトシチューにスプーンを突っ込んでゆるくかき混ぜる。さましているのだろう。その仕草が少し子供っぽく見えて、少しだけ面白くてアレンは笑った。
「いただきます」
アレンは言ってからそっとスプーンを入れた。いつもなら大口で食らいつくところだが、やはりさすがに人前でそれをやるのは恥ずかしかったし、正直食欲もそこまでなかったので端の方を少しすくって口にする。美味しかった。
「美味いだろ」
目の前のクロスが笑って言った。アレンは黙って頷いて、泣きそうになりながら無心でスプーンを動かした。おいしい、とちゃんと思った。それがびっくりするほど胸の奥をじんとあたためて、気がついたらアレンは泣いていた。クロスはぎょっとした顔をしたものの、一度テーブルを離れて奥に向かうとそのまま冷たいタオルを持ってきて食器の横に置いた。
「冷やしとけ、腫れるぞ」
「あり、がと、ございます
……
」
「
……
泣くなよ」
「お、おいしくて」
半分ほど食べたところで、アレンは一度スプーンを置いてタオルを目に当てた。
「両親の料理を、思い出して、」
クロスは黙っていたので、アレンは目にタオルを押し付けたまま続けた。
「もう食べられない、から、それで、」
「
……
亡くなったのか」
アレンは頷いた。そうしたらまた涙が出てきて、うう、と唸る。
「まあ、ゆっくり食えよ。時間はあるしな」
クロスは静かに言って、ホワイトシチューの続きを食べ始めた。アレンはしばらく泣いて、落ち着いてからはもう何も気にせず大口をあけてもりもり食べた。先に食べていたクロスより先に完食してしまって、顔を赤くしたままそろりとクロスを見る。クロスは驚いた顔で固まっていた。
「あの、
……
おかわり、しても、いいですか」
アレンが小さな声で言うと、クロスはひくりと頬を動かして、けれど黙ってメニューをアレンに押しやった。
アレンは結局ハンバーグとスパゲッティを追加で注文して、クロスはハンバーグが来たところで既に食事を終えていたので、それからはずっとアレンがもぐもぐと食べているところを見ていただけだった。あからさまな「マジかよこいつまだ食うのか」という視線に気付きながらもアレンはひたすら食べた。マザーとバーバが奥からちらちらこちらを見ているのにも気がついていたけれどもおいしい食事の前では瑣末なことだったので、アレンはとにかく食べた。スパゲッティを完食して、
「ごちそうさまでした!」
と顔を上げた時には、アレンは満面の笑みを浮かべていた。クロスは本当にもう注文しないだろうなと怪しそうな顔でアレンを見ていたけれど、お冷を飲み始めたアレンに安堵した顔になる。
「どこに入ってんだ
……
」
とぼやいたクロスに、アレンは笑うしかなかった。
「燃費悪くて
……
」
「燃費とかそういう問題なのか
……
?」
クロスはあごをすりながら眉を寄せた。が、考えても仕方ないと思ったのか一息ついて腹がくちくなってにこにこしているアレンに「行くか」と声をかける。
「はい。あ、あの、お代はちゃんと出します」
「馬鹿たれ。いい顔させろ」
「え、でもお店のキャンセル料も持ってもらったのに、だめですよ」
「うるせえそんならチップだと思え」
「
……
これはお仕事じゃないので嫌です」
アレンが固い声になったのに気づいて、クロスは半分上げかけた腰を下ろした。
「アレン」
クロスは静かに名前を呼んだ。アレンは口を引き結んだままクロスを見た。いつもの暗い店内では見えないところまでよく見えた。先程まできちんとクロスの顔を見ていなかったことに気がつく。移動中は顔が見れなかったし、食事中は顔を上げなかった。眼鏡の奥のクロスの目はなぜだか優しく見えた。クロスが視線を外さないので、アレンも意地でクロスを見る。だんだん恥ずかしくなってきたけれどなんだか癪だったので少し睨むように視線を向け続けた。
「お前はプライベートで俺の誘いに応じたってことでいいのか?」
静かな声のまま、クロスが言った。アレンは視線を逸らさないまま「そうです」とこたえる。それから少し迷って、
「最初は仕事の延長のつもりでしたけど、今は違います」
と正直に続けた。クロスはふうん、といつものようにつぶやく。
「他の客にも同じようなことするのか?」
「しません」
「じゃあなんで俺の誘いを蹴らなかった?」
「
……
蹴ったら後が怖そうだったから」
「怖いなら誘いに乗らなければよかっただろ」
「逃げ道塞いだのはあなたじゃないですか」
「それでも今日の時点で体調が悪いからって断れたはずだ」
アレンは黙った。クロスは両手を組んであごを乗せると、顔をアレンに少し近づけた。
「アレン」
また名前を呼ばれる。アレンはわずかにたじろいだ。
「今日の飯代は俺が持つ。今回の言い出しっぺは俺だからだ。お前は誘いに乗っただけ。奢られるのには十分な理由だろ」
「でも」
「いいから聞け。だから次はお前が飯代を待て」
アレンはぽかんと口をあけた。クロスは少し意地悪そうに笑う。
「俺たちは今日から客と店員じゃない。ただの"友人"だ。だからプライベートで飯を一緒に食う。奢るときも奢られるときもある。おかしくないだろ」
「
……
えっ、あ、えっと」
「不満か?」
おかしそうに言うクロスに、アレンは視線をうろうろさせて、それか困ったように眉を下げた。
「僕、と、ともだちいないのでわかりません」
今度はクロスが口をあけた。それからくっくっと笑い出した。
「お前、やっぱり面白い奴だよな」
「わ、笑わないでください!」
アレンが赤くなって語気を荒げてもクロスは笑ったままだった。
「ま、とにかくそういうことだ。今日は俺の奢り。次はお前の奢り。それでいいだろ」
それでこの話はおしまい、というようにクロスは席を立った。アレンは慌ててその後を追って立ち上がる。待ち構えていたマザーに金を渡して、それから「また来る」と言って扉に向かっていくクロスとレジのマザーを交互に見て、アレンは慌ててマザーに向かって会釈した。
「すっごく美味しかったです、ありがとうございました」
「そりゃよかった。けどあんた、面倒なのに好かれたね。がんばりな」
笑いながら言われた言葉にアレンは曖昧な笑みを浮かべて頷いてからクロスの後を追う。
外に出て、駅までの道を一緒に歩きながらアレンは思った。こんなに自分の話をしたのはものすごく久しぶりだ。こんなにおいしいごはんを食べたのも久しぶりだ。なにより、こんなに明るい時間に外にいるのも久しぶりだ。
「あの、マリアンさん」
アレンは顔を上げた。クロスがこちらを見て、その表情を見て、断らなくてよかった、と思った。
「ありがとうございます、誘ってくれて」
「
……
おう」
クロスは少しだけ意表を突かれたような顔をしたけれど、アレンにはその理由は分からなかった。
「
……
お前、もう少し危機感持った方がいいぞ」
視線を逸らしたクロスがぼそりとつぶやいたそれの言葉に、アレンは首をかしげた。
「それいろんなひとに言われるんですけど、なんでですか?」
「
……
その顔他の客の前でするなよ」
「えっ、そんなに変な顔してました?」
「
……
してた」
「わ、す、すみません」
二人はそのまま同じルートで店に戻った。少しだけ立ち話をしてクロスを見送った後、結局使わなかった催涙スプレーのことを思い出して、アレンはなんだか少しだけ良い気分になった。自分の勘だってたまには当たるのだ。
…
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