留守田
2026-04-26 23:31:05
4459文字
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慣らされた者の話

本当は怖い宮殿というか、ラストバトル後に色々あってヴァンパイアとしての生き方を受け入れた弊Tavの支配者としての在り方について、みたいな……
アスタリオンは出てきません。ワオ!

※全編通してほんのりと倫理的に問題があります。ご注意ください。

「来い、我が夜の子供達よ!」
 深夜、ザール宮殿の地下牢にて無駄に響く男の声。
「んん……?」
 地下牢に囚われているヴァンパイアの食料たち……家畜と呼ばれる彼ら(或いは彼女ら)は、ある者は吸血に、またある者は奉仕に疲れ切って、みな深い眠りに落ちていた。
 その中でたまたま、ある一人の男が目を覚ます。
 他の牢や同牢の仲間達を起こさぬように寝床から抜け出した彼は、自分を起こした音の在処を探し始めた。
 魔法の鉄格子から抜け出す事は叶わないが、近寄って耳を澄ませるぐらいは出来る。
「うーん……ちょっと違う気がするが、まあいい。右向け、右!」
 家畜はやや遠くから響く声の主人が嫌でも分かった。
 否、分からない家畜など居ない。
 地上では英雄として、そして今では貴人の配偶者として優雅に、どこか親しみ易いように振る舞いながら、地下でその本性を表す怪物モンスター。ギュスターヴ、或いはヴァリスという名で知られる者の声だ。
 宮殿の主人たるヴァンパイアの、油断ならぬ邪悪な片割れ。時に家畜を辱め、慰め、悦ばせ、意志を砕き堕落させる誘惑者でもある。
 ……かと思えば、家畜の牢を回って不満を吸い上げては、寒がる者が居れば毛布を与えたり、食事に不満があれば献立を見直したり、自由になりたいと嘆く者の願いは聞き入れられないと悲しい顔をして、それでも慰める。
 力を持ちながら服従し、支配しながら慈悲とも呼べるような行いを取る、矛盾した得体の知れない存在、なのだが。
「よーしよし……ちゃんと整列しているし、号令にも従うじゃないか……チーズをやろう」
 チーズ? と家畜が首を傾げると、微かにチュウ、と鳴き声のようなものが響いた。
 ……信じたくなくて、暫し瞬きを繰り返したあとにもう一度耳を澄ませる。
「チュ、チュウ」
「チュー」
「なに、意外とグルメだなお前達は……さてはアスタリオンに餌付けされてるのか?」
 どうも〈動物会話スピーク・ウィズ・アニマル〉の出来るヴァンパイアがネズミをわざわざ整列させて、褒美のチーズのことで何かしらネズミに文句を言われているらしい。
 家畜は手で顔を覆った。いたたまれなかった。
 おいおい、シリアスな雰囲気が吹き飛んじまったよ。どうすんだよコレ、と。

「おい、そこで何をしている!」
 巡視のヴァンパイア・スポーンが鉄格子の近くに居る家畜を咎めようと近付いてくる。
「ああ、ヴァリス様の声で起きちまって。あの人なにしてるんだ?」
 すっかり馬鹿馬鹿しくなった男はスポーンにそう告げると、再び声のする方へ首を向けた。
「む、旦那様が降りていらしている? 変だな、今晩は地下へ来る予定はなかったはずだが」
 スポーンは顎に手を当て、それから男と同じ方向を向く。
 ズラリと並ぶ牢には疲れ果てて眠る家畜達ばかりで、廊下に響く舞台役者の声を聞くのはたった二人だけ。
「そんでヴァリス様の声と一緒に、なんかチューチュー聞こえるんだよ。ネズミか?」
「ネズミ? 馬鹿な、ご主人様が病気の元だと捕獲を奨励しているはずだが」
「だよなぁ」
 地上のキッチンでは猫を放って狩られているネズミ達は、地下でも俄然駆除の対象ではある。
 スポーン達はもちろん、時に家畜達も見つけては捕らえ、捕まえたネズミと引き換えに多少の便宜を図ってもらえる程度にはネズミが、正確にはネズミの運ぶ病が地下牢では脅威なのだ。
……なあ、旦那様がネズミで何してるか気になって寝られねえんだけど」
 家畜の一言に、スポーンは頷く。その顔にはネズミを狩らなければならないという小さな使命感と、一体何をしているのだろうという好奇心が滲む。
「そうだな、お前の安眠のためにも……少し、様子を見に行くか」

 男とスポーンは、二人で声の響く廊下を歩く。
 昇降機のある上層への階段近くの空き牢に、件のヴァンパイアは居た。何匹かの見た目に小綺麗なネズミ達の前で両膝を突き、その鳴き声に耳を傾けている。
「白カビチーズがいい? ブルーチーズはそこまで好きじゃない? むう……分かった、出直そう……
 チューチュー、チーチー、と鳴き声の合唱を続けるネズミに囲まれたヴァンパイアはガックリと肩を落とした。
 貴族と、小綺麗にしているとは言えネズミだ。地下牢が背景なのも相俟って、見た目は失墜した貴族が嘆く舞台の一幕のようにも見える。
「アスタリオンのように上手くは行かないな……
 そこで折れちまうからダメなんじゃねぇか? と男は考え、隣に居るスポーンも同じことを思ったのか、その表情は半ば呆れていた。
「しかし、白カビチーズか。私はあまり食べないからな……厨房で聞いてみるか……
「旦那様! ネズミの我儘にまで応えてどうするんです……!?」
 とうとう我慢出来なくなって、スポーンが口を挟む。
 表情には困惑が浮かぶが、その底には……嫉妬が燻っているように見えたのは間違いじゃないだろうと家畜は思った。
 スポーンの声によってネズミの応対に夢中になっていたヴァンパイアも気付いたようで、立ち上がって家畜達の元まで近寄っていく。
「ベレン! マルコフも!」
 隣に居たスポーンだけでなく、家畜である己の名を呼ばれたことにマルコフは驚いて目を丸くする。
 もしかして、このヴァンパイアは“家畜”の名前を覚えているのか?
 ……想像して、マルコフは考えるのをやめた。とても恐ろしい妄想だったからだ。
「二人とも、今のを見ていたのか? い……いつから?」
 肩や頭の上でネズミにチューチューと鳴かれながら、そのヴァンパイアは恥ずかしそうに俯く。
「あー、ええと……ネズミにチーズの文句を言われてたらしい所から?」
 本当はその前から聞いていたが、見てはいなかったのでマルコフはそう答えた。
「旦那様、何故ネズミをお集めになられていたのですか?」
 スポーンが問う。駆除の触れもあるのに、何をしているんだこの人は、という顔だった。
「ああ、それはな……私の力を試してみたかったんだ」
「旦那様のお力を?」
 肩に乗るネズミの頭を指先で撫でて、ヴァンパイアは答える。その仕草が野生の獣を慈しむドルイド僧のようにも見えてしまい、マルコフは頭を振った。
「そうだ。アスタリオンと同じく、私は付近の獣を呼び寄せ己に従わせる事が出来る……らしいと聞いたから、試してみて……だが、大した用事もないのに呼び集めるだけでは良くないだろう? だからチーズを用意したんだが」
 私が想像していたよりも、彼らはグルメで……と途方に暮れるヴァンパイアに、マルコフはもうどんな顔をすればいいのか分からなくなってくる。
「いや、そりゃ下僕ってやつだろ? 貰えるだけ有り難く思え、ってガツンと言ってやりゃあいいんじゃないか?」
「マルコフの言う通りです、旦那様。というか、ご主人様もこの場に居れば似たようなことを仰るでしょう」
 チーチー、チュー、とヴァンパイアの頭上や肩で鳴くネズミ達は、貰えたらしいチーズのかけらを齧っている。
 結局、ネズミなんてのは食えるものだったら何でもいいんじゃないのか? とマルコフは思う。
「うん……まあ、そうなのかもしれないが。だが、蔑ろにしたい訳ではない。私の都合で呼び寄せるからには、彼等にも応えるだけの見返りが無ければ不公平じゃないか?」
「そんなことを言っていてはキリがありませんよ、旦那様」
……そう思うか?」
 ヴァンパイアは笑う。どうしてか、マルコフはその笑顔を見て、背中に薄寒さを感じた。
「私は誰かが満たされている所を見るのが、一番の楽しみなんだ。ネズミ達にしろ、お前達にしろ……飢えもなく寒さもなく、喜びで満たされている方がいいだろう?」
……それは、まあ……そうでしょうけどよ」
 マルコフは言い淀み、口をつぐんだ。スポーンもまた、口を閉ざしたまま立っていた。
 否定できない。否定するには、あまりにも――穏やか過ぎる。
 ヴァンパイアは、ネズミ達がチーズを食べ終えるのを見届けるように、しばし黙っていた。肩の上の一匹が満足そうにひげを震わせると、彼は小さく笑う。
「昔の話だが、私は腹を空かせることも、震えることも、“努力が足りないからだ”と言われ続けて育った」
 独白のような口調だった。
「だから今は……余裕があるなら、分け与えたいと思う。そうすることで、少しでも――あの頃の自分が救われる気がする」
 マルコフは息を詰めた。恐ろしい、というより、危うい。
 淵に立っている人間が、他人を抱き寄せることでしか自分を保てないような、そんな危うさ。
 彼の語る慈悲は全くの偽善だったが、一方で行動が伴っているのもまた事実だった。
……旦那様」
 横のスポーンが、やや強めの口調で言った。
「その優しさが、時に“重荷”になることもあります。家畜も、俺達でさえも、満たされすぎれば、自分で立つことを忘れてしまう」
「分かっている」
 即答だった。
 ヴァンパイアは目を伏せ、しかし否定はしない。
「だから――私に対してどう接するかは、選ばせている。受け取るか、去るか。従うか、逆らうか。私は強制しない」
 その言葉に、マルコフは思わず鼻で笑った。
 確かに宮殿の主人ではないが、それに近しい存在であり、スポーン達が囲っている存在であることは違いない。
 逃げる選択肢だけを渋々奪っている“つもり”なのだろうが、その実、家畜からはそれ以上のものを奪い尽くしている。
「随分とまあ……不釣り合いな暴君だな。力があるのに」
 だが、指摘はしない。
 してどうなる? 今更この窮屈ながらも悪くない生活を手放す気にはなれない。
 スポーン達にもこうして、ちょっとぐらいなら廊下を連れ出されるぐらいの信頼を得たのだ。それを、自分から壊す気にはならなかった。
 少なくとも、下層街の裏路地で気狂いや殺人鬼を恐れながらチンケな盗みで食い繋ぐよりは、やはりマシな暮らしだからだ。
「使えば楽だろう。でも、それは私が満たされない」
 そう言って、ヴァリスはマルコフの方をまっすぐに見た。
「恐怖で縛られた忠誠より、腹いっぱい食べて、それでも傍に居るという選択のほうが……ずっと価値がある」
 ネズミ達が一斉に散り、壁の隙間へ消えていく。
 が、それでも右肩の上に乗った一匹のネズミはそのまま残り、ヴァンパイアは少し困ったように笑った。
「次は、もう少しチーズの種類を揃えるべきかな」
「いやそこは……気にすんなよ」
 マルコフは肩をすくめた。
 ネズミにばかり気を取られてと、スポーン達の“ご主人様”なら皮肉の一つも飛ばすのだろうが。
 事実、自分が大人しくこのヴァンパイア達に飼い慣らされているのは……あのヴァンパイアが気にかけていてくれるからという部分もあるのだろうと、己の首の右側に付いた牙の痕を撫でながら思ったのだった。