保科
2026-04-13 02:08:09
4481文字
Public 超かぐや姫!
 

また会える?

かぐやとモブのちみっこの話

「やっほ。なーにしてんの?」
……、ありさんみてた」
「あー、確かにいっぱいいるもんね。マジでこの星って虫多いよなー、ヒトよか全然いるし」
カーテンみたいにさがる金の長いかみがさらさらで、最初は外国の人なのかな、と思った。でも、しゃべっているのは日本語だ。言ってることは、よくわかんないけど。
ぼーっとみている私の前に座り込んだ女の人――私よりずっと背が高くて、中学生……高校生とかなのかも。かわいいワンピースを着たその人は、ぉー、と、ふにゃふにゃした声で私と同じように、ずらずらつらなるありの行列を見る。
「こんなちっこいものにもさ、それぞれ意思があるって面白いよねえ」
……?」
「いや、分かんなくね?理屈。かぐやも分かんなくて、だから知りたいんだけど、……あー、話逸れた。じゃなくて」
足元を見ていた目が、ぐるりと私に向けられる。真っすぐなまなざしは、なんだか、ちょっとだけ怖い。
「みんなとは遊ばんの?キミ」
……
わかんないことをずっと言っていたのに、急にわかることを聞かれて、困った。とまどったまま、思わず答える。
……そうしたいけど、いっしょのあそびかた、わかんない」
横を見れば、わぁわぁ、同じ2ねん1くみのクラスの皆が、楽しそうに公園を走ってる。お母さんには、いっしょに遊んでくる、って伝えて家を出て、でも、それができなくて。
「えー。あれじゃね?入れて混ぜてーって言えばいいんじゃない?」
………
かんたんに言うな。にらみつければ、あーごめんごめん、と、何だかなれたみたいにあやまられる。
「いや、かぐや、いっつもなんかひと言多い……的な?よく怒られんだよねー。
キミ、だから……名前……あれ?なんか名前言うのってよくないんだっけ?彩葉言ってたな……
えと、えと、と、話しかけたりひとり言を口にしたりをくり返すお姉さんは、なんだか、話せば話すほどチグハグだった。見た目はオトナっぽいのに、なんだかしゃべることはちょっとぎこちなくて、子供みたい。それが、誘うことができない自分に重なって、つい口を開いた。
……ゆうか」
目を丸くしたお姉さんが、ぱ、と顔をきらきらさせる。
「ゆーか!ゆーかね、覚えた。かぐやは――あっ、これもう言ってら。かぐやってんだけど」
それは、前に図書室の絵本で読んだ、おひめさまと同じ名前だった。なんか絵の中とぜんぜんちがうけど。変な名前だなあ、と見ていれば、かぐやちゃんもふしぎそうに首を傾げた。
「ゆーかは、みんなと一緒に遊ぶの嫌なの?」
「やじゃ、ない。……でも、最近、引っこしてきたから。みんな、もう、友だちできちゃってる。一人で声かけても、みんな、困っちゃうかも」
「ふーん」
モゴモゴと答える私に、口元に手を当てたかぐやは、そうやって考えるみたいなそぶりをして。
「ならさ。2人ならよくない?」
「え?」
どういう意味。顔を上げたとたん。手を握られて、そのままぐいっと立たされる。じしんまんまんな顔に、私はあっけにとられたままだ。
「二人で声かけて、もし困ったなあってされたらさ、そん時はかぐやと二人で遊べばいいじゃん。ね!超名案!そうしよ!」
「え、あ」
まごついたまま、うまく喋れない私を引っ張って、かぐやちゃんは、びっくりするくらい大きな声で言う――
「かぐやたちもいーれーてー!」
きらきら。風になびくかみが、ひかる目が、なんだか、まるでお月さまみたいだな、と思った。


結果。あっけなく、私とかぐやちゃんは仲間に入れてもらえた。なんなら、ゆうかちゃんはいっしょに遊びたくないのかも、とえんりょされていた事を知って、びっくりした。ね、言ってみるもんだよ、とドヤ顔でいうかぐやちゃんに、はずかしい私は小さい声でありがとうと言って、でも、うれしそうに、どういたしまして!と返してくれた。うれしかった。
かぐやちゃんは、すごかった。信じられないくらいよく動いて、はしゃいで、空中でくるくるまわって鬼ごっこチートするから、みんなからたくさん禁止令を出されてぶうぶう文句をいっていた。でも最後は面白くなってみんなでケラケラ笑ってた。
「あんたいつまで散歩……いや、小学生に混ざって何やってんの……?」
「あ、彩葉じゃ〜ん。見て!今こおりおにで無双中!くっくっく、ヤチヨカップならずとも最強の座を欲しいままに……!」
「おいこらやめろ大人げ……なくもないか。
……てか、そろそろ配信の時間じゃないの?」
「え、あ!やべ!」
途中、学生服を着た、かぐやちゃんと同じくらいのお姉さん――かぐやちゃんよりずっとオトナっぽいし真面目そうな人だ――が来ると、かぐやちゃんはあわてた様子で帰りじたくを始めた。
「えー?かぐやもうかえんのー?」
「まだチャイムなってないじゃん」
「かぐやちゃんもやることあんだよー。
じゃあな!また遊びにくっから、せいぜい待ってな!」
「うーん、小学生に混ざって無双する宇宙人て……これ止めるべきなのかな……どうなんだ……
なやみ事があるのか、みけんにシワを寄せるお姉さんの手を、かぐやちゃんはひときわ楽しそうにぎゅっとにぎって。周りの皆に手をふった後、最後に私を見て、
「じゃーね、ゆーか!」
に、と笑う顔は、もう、どうしようもなく私の特別だった。まえのめりにうん、とうなずいて、また明日があるんだってうれしくて。
――小学校2年の夏休みは、そうやって、かぐやちゃんとの思い出がいっぱいだった。
鬼ごっこしたり、プールに行ったり、コンビニ行ったり、かくれんぼしたり、ジャングルジムであそんだり、砂場でお城を作ったり。毎日じゃない。かぐやちゃんは時々ひょっこり現れては、私たちとたのしそうにあそんでくれた。
時々、かぐやちゃんの友達のお姉さん――いろはさんもきてくれた。課題が、講習が、となんかかぐやに色んな文句をたくさん言ってる割に、いろはさんも、すごかった。つうしんぼのたいいく、5なんだって。何でもできるけど、なにより足がすごく速くて、いろはさんがいっしゅんでかぐやちゃんを抜いて皆の中のナンバーワンになって、それで不満そうなかぐやがジタバタするのにみんなで笑って。
だから。夏休みの最後の日になったって、きっとまた、かぐやちゃんと遊べるんだろうなって、私は当たり前のように思って、――
――いやぁ、そうもいかんくてさ?」
――ゆーかにだけね、と。しゃわしゃわ、せみの声が鳴る木の下で、かぐやちゃんは困った顔で笑って教えてくれる。もうすぐ帰らないといけないんだよね。帰るってどこ。えーと、実家?実家ってどこ、はちおうじ?うわ近いなー。もうちょい遠いよ。
そう言ったかぐやちゃんが見上げた先には、夕方だけど、もう月が浮かんでいる。かぐや。お月さま。わたしは、その意味をりかいできない。
「ごめんねー……って、ま、謝るのも変だけどね」
……ね、かぐやちゃん、また会える?」
私は、行かないでも、嫌だもいえなくて、ふるえる声でそれだけ問いかけた。かぐやちゃんは何も言わないで、でも、笑って私の頭を優しく撫でた。その手の柔らかさに、初めて会ったときと違って、ああ、かぐやちゃんは本当は、大人のお姉さんなんだ、って、そんなことをぼんやり思って。――そうして、ぷつりと途切れた彼女との記憶は、




――鮮烈再デビュー!あのツクヨミの『かぐや姫』が今再び――!』
――思いがけないカタチでつながった。
「ねー優花、今日ツクヨミ行く?」
「おっけ〜、いいよ。集合場所、いつものチルルームなら、家帰ったら連絡するから」
「ん、もんだいなーし。よろしく!」
高校の友人と、交差点で手を振って別れる。開いたスマホの広告にはライバー『かぐや』の復活ライブの情報がデカデカとポップしていて、もう申し込み済みだよ、とつい苦笑する。閉じはしない。
――あの夏に出会った少女と同じ面影を持つこのライバーが、本当に本人なのか、私には分からないけれど。でも、その笑顔も、優しさも、元気も――虜になった物すべてを持っている彼女は、スマホをもらったその日から、アーカイブの存在だとしても、私の推しになった。引退したとされていた彼女が復帰するという情報を聞いたときは、それはもう目を剥いたものだ。
片耳にかけたイヤホンから、いつものように、彼女のカバー曲を流して歩く。高校になっても、家までの通学路は、途中から小学校の道とかぶさる。変わらない。通りかかった公園では昔の自分のように小学生が遊んでいて、懐かしいなあと目を細めた。
思わず足を止めて、
「わ、」
「お」
どん、と、背中にぶつかる感覚。しまった、通行の邪魔だった。
「す、すみません」
「や、こっちこそごめん――
振り向いて、立っていた同い年くらいの女の子に頭を下げて謝った。そのまま道を譲るように半歩ズレて――でも、どうしてか、女の子は動かない。なんだろうかと、つい、その姿を観察する。
サングラスに、深めの帽子と、まるで顔を隠すようだ。目立つ長い金髪は一つに結かれていて、背丈は私より少し低いくらい。そのレンズの奥が、なぜか私をじっと見つめるばかりでなく、
……え、ゆーか?」
突然、私の名前まで呼ぶものだから。
「ゆーかじゃん、うわ、でか!めっちゃでっかくなってる!やっぱり人ってマ〜ジででかくなるな、えーでもめっちゃ美人さんじゃん!可愛い!」
すわ、親戚の集まりでお年玉をくれる叔父のような言葉の数々に、私はたまらず半歩下がる。――よし、不審者だ。通報しよう。
スマホに手を這わせる警戒を感じ取ったのか、女の子がうええ、と露骨に焦り出す。
「あ、待って待って!わたくし、不審なものじゃないのよ〜ってか、いやそりゃね、バリバリ不審なんだけどさ!?
ごめんその、た、たぶんゆーかは覚えてないと思うけど、だから、」
わたふた、手を振って意味のわからない言い訳をするその声や言い回しは、不思議と覚えがある――というか、なんなら、今、耳元で鳴ってるような、そんな、
――ちょっとあんた、女子高生相手に何してんの」
「あだっ!い、ろ、……いやすごい説明しづらいんだけど、あの、だから……ゆーか!ゆーかなの!ほら!」
更に後ろから、白衣を着た大人の女性がやって来て、呆れたように女の子の頭をチョップする。けれど女の子は止まらないまま私の名前を連呼して、は?と呆れた顔の女性が何の話と問い直し――どうしよう、その声も知っている。アーカイブで散々聞いた。どうしよう。
心臓がうるさい。まるで、夢を見ているようだ。喉がカラカラに渇いて、頭の中はぐちゃぐちゃで、でも、今、口を開かないのなら。――あの日、引いてもらった手が嘘になる。
……かぐや、ちゃん?」
半信半疑、震えた声のつぶやきに。
――言葉より早く抱きしめられたのが、きっと何よりも雄弁な答えだった。
また会えたよゆーか、って、返事が10年越しなんて遠すぎるよかぐやちゃん。