保科
2026-04-12 11:33:38
2921文字
Public 超かぐや姫!
 

よく眠れましたか?

かぐいろ 疲れ切って寝覚め最悪な彩葉さんの話

部屋の眩しさと鳥の声に、ぼんやりと目が覚めた。
ゆるく息を吐く。首を回せば、開かれたカーテンから日差しが差し込んでいる。壁際を囲うように所狭しとばかりの雑多なものの置かれ方は、ここが自室ではなくかぐやの部屋で、私が一人で寝ているということを示していた。かぐやはいない。それがちょっと物足りなくて、――すぐに違和感に塗りつぶされる。
まず感じたのは全身の気怠さだ。最近は、徹夜した翌日なんかは年のせいか疲れが残りやすい時はあるけれど、これは、どうにもその比じゃない。
「何……?」
なんでこんなことに。思わず口をついた疑問はざらっざらに掠れている。喉もやられている。風邪?いや、それにしては熱とかはない。なんだろう、とぼーっと天井を眺めていると、ふと、体のいたるところがじくじくと痛むことに気がついた。腕も、背中も、胸も、腹も、足も――何より腰が。悲鳴を上げるほどではなく、けれど無視もしがたい痛さだ。
この、すべての違和感の原因は何なんだ。億劫になりながらも、被さったシーツから腕を引き抜いて――流石に、口元が引き攣った。
そこは、なんと、ガーゼまみれだった。素肌の上から部屋着にしているシャツが着せられていて、そこから覗く腕に大袈裟なくらいに大小のガーゼがベタベタ貼られている。どれもきっちりテーピングがされているものの、いくつか小さな傷跡はそのままだ。感覚を確かめれば服の下も同様に、足も同じように。即ち、それらは――ガーゼの下も含め、付けられている傷が全て歯型にキスマークであることが伺え、いやどうすんだこれ。
何があってこんなことに?とか、そんなのは分かりきっているというか、寝ぼけ頭でも即思い出した。――忘れるはずもない。
かぐやだ。
こんこん、と、控えめなノックの音がする。その音に応えるように、私は腕を付きながら上体を起こす。いや、指も痛いなこれ。見れば関節に絆創膏が張られている。徹底的だ。
……どーぞ、っけほ」
静かに開けられたドアの向こう、居心地の悪そうな諸悪の根源かぐやが、私の咳き込む声に露骨に肩を跳ねさせる。
「ぅあ、大丈夫!?お、起きてたんだ彩葉、よかった……、」
安堵とは程遠い泣きそうな顔で呟いたかぐやは、さて、私が次に口を開くより早く、
――すんませんしたぁっ!!!!」
……うわ。何!?」
ベッドの横まで駆け寄ると、床に勢いよく土下座した。あまりにも華麗な謝罪の心意気に私もドン引きである。
「か、かぐやが……かぐやがやりすぎました……彩葉が嫌だって言ったのに、ぜーんぜん止まれず……
――いひ。やぁだ。やめない。
……ちゃんと彩葉が誰のものか、彩葉に教えてあげないとだもんね?』
昨夜、ぐちゃぐちゃに乱れ涙をこぼし懇願する私に、舌舐めずりをしながら、嗜虐的な笑みを浮かべ噛み付く女は、さて、どこに行ったのでしょう。たまらず、散々にはまれた唇を撫でる私を、顔を下げているかぐやは見やしない。
「うおぉ……ごめんなしゃい……許してぇ……
ふざけてるともとれなくない謝罪だけど、まあ一応、態度ばかりでなく心から反省はしているんだろう……と思う。カーペットでぺちゃぺちゃに溶けた体の涙声は情けなさすぎて責めるに責めづらい。……というか、責めるったって、そもそものきっかけは私だと知っているし。
どうしたものかと考えあぐねる最中、体重を乗せていた左手がよく痛んだ。見やった薬指の第二関節には、他よりも多めにぐるぐると絆創膏が巻かれていて、それを見ていると、ぜったいにはなさない、と、ドロドロの飴みたいな甘ったるい声で私の耳元を喰んだ彼女の声が鮮明に思い出せる。ヤバい、内側の熱がぶり返しそうになってやむを得ず思考をシャットアウト。どうもこうもなかった。
「ぁー……かぐや」
痛んだ喉のせいで意図せず低い声が出る。顔を上げ、怯えた様子で目を揺らすかぐやを、私はそれ以上喋らずに、ボロボロの手で手招きする。
「え、と」
招かれるまま、そろ、と立ち上がったかぐやに手を伸ばす。おずおずと、手を握られた瞬間、それを強く引き寄せた。
「わ、」
「っ痛」
抱きとめ――きれずに布団にもろとも倒れ込む。義体の体は軽量化に努めた所で少しばかり重くて、無理な衝撃に触れた肌がズキズキと痛む。私のうえにのしかかるようになったかぐやが、悲鳴に近い声で抗議する。
「い、彩葉大丈夫!?なんで急に、危ないって!?」
……ね、なんでいなかったの」
被せる問いに、私の胸元に顎を置いたかぐやが言葉を詰まらせる。「……し、シーツの洗濯とか、片付けとか、してた……
………」ああもう、これも怒るに怒りづらい。確かに外の天気はいい。そもそも昨日、確かに事の最中は自室にいたはずなのに、かぐやの部屋で寝ていたのはそういう理由か。
悪童めいた振る舞いが冗談の内側だけになってしまった今のかぐやは、基本、暮らしにおいてはやることなすこと真っ当だ。それが偉くて可愛くて、そこがちょっと面白くないのは、いつもは内緒だけど。今日くらいはいいだろう。頭をなでるように、かぐやの髪に指を通しながら、ふうん、と、精一杯つれなく返す。
「これだけしておいたくせに?放置なんだ、私」
「え、えーーーとぉ、彩葉サンのこと、蔑ろにした訳じゃなくですね?あの、かぐやは、その、一応、手当とかも、えっと……んと……ごめん……
太陽の上がり具合から、今の時間はきっと昼少し前。私が目覚めるまでの間に、彼女が様々尽くしてくれたのだということは想像に難くなく、でもそれを強く主張しきれない負い目が可愛い。思わず腕を回して抱きしめて、身体が痛んで、それが彼女の愛なんだなと思って口元が緩む。
「冗談だよ、分かってる。
でも、寂しかったなー」
「お――怒らないの、彩葉……?」
「ん?うん、怒ってるよね、ごめんかぐや。
次は気を付ける」
………
そうじゃない、と言うように、ぐり、と肩口に頭が押しつけられた。研究所の関係で会食があって、参加したうちの1人の男性に強めに言い寄られたのだ、ということを何の気なしに話したのが、まずよくなかった。かぐやの退屈そうな相槌のトーンが低くなったのを知りながら、その嫉妬心を煽ったらどうなるんだろうという好奇心も、同じく。……まあ、私のせいだ。
……酷いことした、のに」
ぐず、と喉が鳴る。涙をこぼすかぐやの指が、手の届く鎖骨のあたりの鬱血痕をなぞる。くすぐったい。
「確かに酷いね。でもまあ、いつか治るし?
あ、誤魔化し方はあんたも考えてね。犬猫じゃどうにもなんないよこれ」
「考える、そりゃ考えますけど、……彩葉、かぐやにチョロ甘いよぉ……
「今更〜」
そりゃそうだろ。ずっとそうだ。
………次は、気をつける」
と、かぐやは私の言葉を繰り返すように、神妙につぶやいた。次、次ね。次かあ。
私の筋力よりもちょっとだけ上に設定したパラメーターは、このまま変更しないで良さそうだ。ふ、と、笑うにとどめる私に、なんだよぉ、と不満げなかぐやはやっぱりかわいい。左手薬指の絆創膏で目元の涙を拭えば、染みてちょっぴり痛かった。