保科
2026-04-10 01:05:53
2731文字
Public 超かぐや姫!
 

頑張って偉い!

いろヤチ ツイートのやつに加筆 かぐやと別れて数カ月後とか

『おお!おかえり彩葉〜、今日は早いんだ?』
「ただいま、ヤチヨ。今日もありがと。ぁー……そう、答案用紙返されただけだからね、早帰りなんだ」
『あ、この前の定期試験の?』
「そうそう。あっという間に今学期ももう終わりだぁ……
『でも修了式もまだでしょう?ちょっぴし気が早くないかね?』
「いやいや。試験が返されたらこっちのものだよ、っと」
マンションの一室。どこか晴れ晴れとした顔の彩葉がソファに鞄を置くのに、ダイニングテーブルに置かれたタブレットの中、ヤチヨが相槌を入れる。
季節はすっかり冬、年末も目前という頃合いだ。事前にヤチヨが暖房を入れておいたので部屋は十分に暖まっていて、彩葉はそのささやかな恩恵をかみしめる。ありがたすぎる。
『それでそれで?結果はどうだったんだい?』
キッチンの水道で手を洗う彩葉に、かろうじて聞こえる音量で問いかければ、ん、と戸惑ったような返事。
「どうって……いつも通りだけど」
『いつも?』
「え?えっと、ほら」
聞き返されるとは思わず、でも、確かにあまりかぐやに学業の話をしたこともなかったか、と。
手を洗い終えた彩葉は、鞄の下まで戻ると中からファイルを取り出した。するすると出てきた細長い紙を、そのままカメラの前まで近づける。
オヨ、とピントを合わせたヤチヨの視界いっぱいに映り込むのは、1の数字の羅列――グランドスラムを達成している順位表だ。
彩葉としても、これはかなり満足のいく成果だ。前回の試験はかぐやの離別やヤチヨとの邂逅などもろもろが重なったせいで散々だったけれど(真実が聞いたら、あのさ〜、学年3位だよ〜?と呆れ顔をするような散々ぶりである、全く油断した反省)、今回は何とか、いつも通りをキープできた。
『エリート』たりえない自分の限界があるとしても、それが今現在の目的たりえずとも――人事を尽くして天命を待つという信条自体は、今も変わらない彩葉のライフワークだ。
何より、自分の目指す所を考えればこそ、今の勉強をおろそかにできない。
改めて、掲げた目標を達成できたことに胸をなで下ろしていれば、ヤチヨがやけに静かなことに思い至る。気になった彩葉が視線をタブレットに戻した矢先、
――すっっっっごい!彩葉、頑張ったねえ!』
ぱあ、とはしゃいだヤチヨの声が、途端、部屋の中に響き渡った。その声の鮮やかさにちょっと面食らってしまい、いや、いやいや、と、彩葉の口から思わず謙遜がこぼれ出る。
「大袈裟だよ……、大体、いつもこうだったし」
『じゃあじゃあ、も〜〜〜っとすごいっ!彩葉の日々の努力が、今回もちゃんと実ってる証拠だもん!』
「まあ、うん、やるべきことやってるだけだから」
『やるべきことをやる、ねぇ。
簡単に言ってくれる〜。当たり前だけど、それだってとっても大切なことでございます。彩葉は積み重ねたことを、ちゃんと成果に繋げられてるんだね!』
――あ、これ、ツクヨミ相談AIアプリだ。
などと。ヤチヨがあれやこれやと褒めてくるのに、彩葉は中学時代の主な心のよりどころだったAIアプリを思い出す。というかそれ以上の褒めっぷりだ。何を言おうとそれに応えて軽快に彩葉向けホームランを飛ばすヤチヨのボキャブラリーはとどまる所を知らず、このままでは褒め殺しだ。アプリならスワイプで落とせばいいけど現実ならばそうも行かず。段々キャパが限界になってきた彩葉は、照れくささも相まって、ついついキョドりながら手を振った。
「ぅ、あ、ありがと、ヤチヨ。
でも、大丈夫だよ?そんなに褒めなくても。
別に、次も同じように頑張るから――
それは彩葉にとって、17年積み重ねてきた単なるルーチンであり。一つの山を越えたならすぐ次の山を見据えることは当然のことだった。だから、
……違うよー』
少し不満げな声のヤチヨが、口を尖らせて腕を組むのに、彩葉は思わず瞬いた。アプリではないからこその踏み込みで、彩葉はまだ、ヤチヨとのその距離感を知らないままだ。
『ノンノン、彩葉。それは大きな思い違いだなあ。
私はね。彩葉に次、頑張って欲しいからじゃなくて、今の彩葉の頑張りを、余す所なく目一杯褒めたいの。
ヤチヨが、彩葉のことをすごいねって沢山言いたいから。すごいねって、すごいことをしたんだなって、誰でもない彩葉自身がたくさん沢山感じてほしいから。だから褒めてるの。
ですので、そーやって流さないでちゃんと聞いて下さーい』
きらり、細められた彼女の瞳の奥で星が瞬いた。ほんの少しのからかいと、うちに注がれたたっぷりの慈愛が、彩葉を絡め取って沈めるようだった。沢山浮かんでいた言い訳や反論が、その眼差しのなかで、瞬きのうちに霧散する。
「え、あ――
『お返事は〜?』
――……、は、はい……
『ん、よし!』
呆けたまま頷く彩葉に、いいこ、とヤチヨは囁いて。ふんわり、柔らかに笑む。
『うん。――彩葉、頑張ったねえ』
繰り返された言葉が、さっきよりもずっと彩葉の胸に染み渡る。自然 からだの奥がポカポカして、すとんと落ちた4文字に、ああ、そうか、と彩葉はひとりごちた。頑張った。
――私、頑張ったんだ」
口にしてようやく、そのことを初めて、自他ともに認められたような、そんな気がして。思わずゆるく口元を押さえる彩葉に、ぱ、とヤチヨが破顔する。
『うんうん、そうだよ〜。そうなのだ!
彩葉は偉い!とーっても!私生活も勉強も、妥協知らずすぎるのは、さすがに心配だけどね?』
るんるんな言葉に、彩葉は暫し、じっと聞き入って。
……………ね、ヤチヨ」
『んー?なんだい?』
不意に顔を上げると、ぐっ、とこらえたような顔で続ける。
「あの、さ。私……次も、頑張る」
……えっと。えーと、だからそれは――
「だから。そしたらさ、……も、もっと褒めてくれたり、……する?」
―――
承認に飢えた子供には、過ぎたる愛情は毒足り得る――ということは双方自覚なく。
ただ、おずおずと。まだ、口にするのが慣れない誰かへの【お願い】に、すっかり顔を赤くした彩葉の前で。ヤチヨもまた、彼女の思わぬ反応に目を丸くしたままじっと見つめ返し――
『え、えーーーーーーーっと。うん、聞きたいのは山々なんだけど、ね?
でもそれ、今すでに毎秒彩葉のこと褒めに褒め尽くしたくて仕方ないヤッチョ聞けるのかな……?』
「え?え、……いやちょっと?分かんないけど……えどういう?」
彩葉のお願いだって全部叶えたいのですよ、と真剣に考え込みだしたヤチヨを見ながら、さて、彩葉もどういう意味だろう、と首を傾げるゆるやかな午後は、まだ始まったばかりであった。