蝋爛
2026-04-08 18:34:28
8245文字
Public B
 

やきにくこわい

2026/04/08 初版

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トームストーンを眺めて、と言うよりは視界に入れた状態で何をするでもなくぼんやりとしていた昼下がり。めぼしい情報も得られず、ただ流れる川を眺めている方が有意義だったのではと思える様な……そんな休日の過ごし方をしていた。
それでも、他にすることがない以上は温まってきたコレに頼る他なく。今も変わらず温度を上げようとしている。

「何か面白いこと、無いかなぁ」

温まるばかりであったトームストーンに、今度は意欲的に触ることにした。情報が流れる速度はやや速くなり、先程よりは目が留まるものも幾つか出始める。そうしているうちに、一つの写真が退屈な自分の興味を引く。
写真の横にはこう書かれている。 

「新規オープン、肉食べ放題の酒場!普段使いの部位は当たり前。希少な部位もなんだってあります!今こそ全てを堪能しよう!」

“食べ放題”……見慣れない文言だ。一般的には何かを注文して、それを食べるという仕組みの酒場がほとんどだろう。それが、食べ放題?文字通りそうなのだろうか。気になる。
せっかくなので、いつもの様に巻き添えを作ることにした。運よく出かける前のクレールくんを捕まえることに成功し、攻防の末に渋々という顔をしながらもついて来てくれることになった。ただ、問題としては……

「ねぇ、お肉食べられる?しかもたくさん」
「は?食うわけねえだろ。いつも見てんだろうが」
「だよねぇ……

同行してもらったはいいが、この様である。普段の様子からわかりきっていたことであるだけに最初から期待はしていなかったのだが。
どう食べさせるか悩んでいるうちに目的地が見えてきた。街から程なくした位置にあり、歩いていけない距離ではなく。どうやら広い牧場のその隣に居を構えている様だ。

「ごめんくださーい、お邪魔します」

入ってみたがごく普通の酒場と変わりない作りをしており、まぁ強いていうなら店主らしき人物がやけにたくましい体つきをしているということが気になるくらいだろう。客は……思いの外少ないらしい。

「いらっしゃい!二人だね。飲み物はどうするかい?」
「では、僕は……グレープジュースを」
「俺はエールをくれ」
「はいよ!好きな席に座って待っててくれ」

奥へと戻る店主を見送り、やや広めの二人がけテーブルへと着席する。テーブルには植木鉢のような見慣れないものが鎮座していた。その中にはころころとした炭らしきものが入っており、網で蓋をするような造形をしている。
これは何かと観察をしているうちに頼んだ飲み物が到着したようだ。

「お二人さん、もしかしてアレかい?」
「食べ放題、とやらが行われていると見ました。本当ですか?」
「そうとも!ウチで育てた牛や豚達の全てを味わって欲しくてね。……それでいいかい?」
「はい、お願いします」

ガハハ、と大きな声で戻っていく様にやや驚きつつも、流れていた情報が嘘ではなかったことに安心する。
しかし先程から横にいる男の様子がおかしい。どうしたのかと尋ねれば小声でありながらも強く返って来た。

「聞いてねえぞ!……言っておくが俺は食わねえんじゃなくて、食えねえんだからな。お前が責任持てよ」
「えぇ?せっかくだからたまには、ね?」
……チッ、仕方ねえな。まぁ、つまむだけならいいだろう」
「やったー!」

お叱りは受けたものの、やはり優しいのか付き合ってくれるらしい。ありがたいことである。
飲み物を飲みながら待つこと数分……最初の料理が出来上がったようだ。 

「お待ちどおさま!とりあえず幾つかを2人前で持ってきたぞ。あとはメニューを見て好きなものを頼んでくれ」

出て来たのは──生肉?小ぶりにカットされソースがかかっているものの、どう見ても火が通っている様子はない。ぶにょぶにょとしたものもある……
植木鉢のようなものに焼けた炭を足している店主に確認を取る。

「あの、これは?生のようですけど」
「おや知らなかったか。これは焼肉といって、この七輪の上で自分で焼いて食べるスタイルなんだ」
「やきにく、しちりん」
「初めてのようだから俺が試しに焼いてやろう!」
「ありがとうございます」

皿に乗っている肉を2切れ、カニカニの鋏のようなものでつまんでは網の上に並べていく。じわ、と焼け始めるいい音がした。

「生肉を触る時はこのトングを使うんだ。カトラリーで触るんじゃないぞ。こうして片面ずつ焼いて、できる限り中まで火が通ってから食べてくれ」
「はぁい、わかりました」

段々と漂ってくる肉の香ばしい香りを堪能しながらその様子を眺めていると、焼けたぞ、と取り皿にまで乗せてくれた。
一口程の大きさに縮んだ肉は、じゅわじゅわと音を立てながら転がっている。

「これは牛のバラ肉カルビだ。卓上に岩塩やタレもあるから、好みでかけて食ってくれ!」
「なるほど?いただきます」

まずはそのまま、焼きたての肉を一口で頬張る。
……あっつい!でも、おいしい!

「おいひいれす!……むぐ。えぇと、むにゅとした歯応えで、噛む度にじゅわ〜と染み出してきますね」
「おぉ!それならよかった、あとは自由に楽しんでくれ!」
「はい、ありがとうございます」

背中側の肉、横隔膜、ほほ肉、大腸など、ひと通り肉の説明をしてくれた店主は奥へと戻っていった。どうやら様々な部分をそれ毎に切り分けてやきにくとして提供しているらしい。調理師として色々な素材は見るけれど、肉の細かな部位についてはあまり意識したことがなかったので新鮮な気分だ。
さて、隣の肉嫌いは……未だに肉と見つめ合っているようだ。冷めてしまいそう。

「いい加減腹括って食べてみては」
「うるせえな……こっちにも準備ってもんがあるんだよ」

ぶつくさ言いながら、口に入れようとしては止まり……それを二度ほど繰り返してからようやく中に放り込んだ。
眉間に皺を寄せながら、むいむいと口を動かしているクレールくんをじっと見つめる。……おや、様子がいつもと違うぞ?

……悪くねえな」
「わぁ、よかったねぇ!」

ぐびとエールを飲み、肉を流したようにも見えるが……本人がおいしいと言うのならばおいしいのだろう。連れて来てよかったと思った。
さて、待ちぼうけている肉たちを焼いていくことにしよう。

肉は何種類かを持って来てもらったが、一度に全てを並べてもよくわからないことになりそうなので一種類ずつ焼いていくことにした。
まずは、背中側の肉ロースから。よく熱されている網の上にそっと置く。じわじわと音が鳴り、脂が落ちて煙がもわと上がっていく。焼けていく様を見るのはとても楽しい。隣では煙たそうに顔を背けているが、その様子を眺めているのもまた楽しい。
肉の側面がやや灰色に近づいてきたのが見え、そろそろ片面が焼けたことを教えてくれる。網にへばりついた肉を剥がし裏返す。再びじゅわと良い音が鳴った。表側にはこんがりと網模様の焼き目が付いており、脂がじわじわと溢れつややかになっている。焼き上がるのが待ち遠しい。
そういえば、と思い出しメニューを眺めることにした。そこには様々な肉の種類に、おつまみやサラダ、デザートまで書いてあった。

「クレールくん何かいる?」
「追加のエールと、そうだな……野菜のつまみは無いか?」
「お野菜……うーん、キャベツのしおだれあえってやつとか、ごましおきゅうりってのがあるよ」
「よくわからねえがそいつらをもらうか」
「はぁい」

注文をしているうちに、先程裏返した肉は焼き上がったようだ。全てを均一に取り分ける。そんなにいらねえと聞こえたが無視をしておく。
網が空いているのも寂しさを感じるので、別の肉も焼いておくことにした。今度は横隔膜ハラミとかいうらしいもの。しゃっくりのところかな。
たくさん乗せて、焼き上がるのを待つ。その間に焼き上がったロースを頬張る。

「むむ、もぐぐ」
「だから食いながら喋んな」
「むぐぐ……もぎゅ、とした歯応えにほわほわとしてて……じんわりと滲み出てくる旨み!」
「なに言ってるかわからねえがうまいんだな」
「うん!食べてみてよぉ」

クレールくんは本当に肉が苦手なんだろう。つついては転がし、じろりと睨め付け、そうしてから口に運んでいる。ちょっぴり苦しそうな顔をしている……けれど、ちゃんと咀嚼して飲み込んでいるようだ。

「まぁ、不味くはねえな……
「うんうん!いいねぇ、いっぱい食べてね」
「いや、もういい……残りはお前が食え」
「えぇ……

自分の取り皿へほいほいと放り込まれていく肉たち。一切れしか食べていないので当然たくさんある。おいしいお肉がたくさん食べられるということでもあるが、苦手と言いながらも食べてくれると思っていたので少し残念でもある。
焼けつつある肉を裏返し、もらった肉を食べ進める。おいしいなぁ、と思っているうちに頼んでいたおつまみも来たようだ。

「エールにキャベツの塩ダレ和えとごま塩きゅうり、お待ちどお様!」

ボウルにこんもりと盛られたキャベツには半透明のソースがかけられており、もう一つ……キューカンバーのことか!こっちには茶色で透明なソースがかけられている。生野菜なのに香ばしい香りがした。セサミのような香りだ。
届いたものはクレールくんへと渡し、焼き上がった肉を取り皿へと移していく。とりあえず一切れは食べてもらうようこっそり乗せておいた。小気味いい音を立てながら食べていると思っていたら睨まれたのでこれはバレている。でも返ってこなかったということは良いということだろう。
これまた次のほほ肉ツラミとやらを並べておき、新しい焼きたてハラミを堪能することにした。

「これは〜、もそとして食べ応えあるけどほろほろとしていて……なんだろう、干し肉のようにぎゅぎゅと詰まっている味がする」
「つまり?」
「おいしい!」

なるほどな、と呟いた後に口に放り込んでいた。今度はすぐに食べてくれたようだ。……む?もしかして僕の様子を見てから食べているのか?どんなものか分かってから食べているのかもしれない。まるで毒味をさせられているみたいだ。まぁそれはいいんだけどぉ……

「こいつは、脂が少なくていいな。肉の味は濃いが……食えなくはない」
「そっかぁ、ならまだ食べる?」

取り分けたものを移そうとすれば首を振られたので、ちぇ〜と思いながら自分の口に運んだ。おいしいのにね。
クレールくんはキャベツやキューカンバーをぽりぽりとつまみながらエールを飲んでいる。自分はすっかりお肉担当になってしまったらしい。独り占めできちゃう!
店主に教えてもらったように岩塩をかけたりソースをかけたりして色々と試しながらうきうきとした気分で頬張っていたら、さっきのせたツラミがもう焼けたようだ。

「ひらひらのお肉だ。あむ、むぐ……きゅむきゅむとした食感。薄めのお肉なのに噛めば噛むほど旨味が溢れてきます」
「そうかい」
「はい、食べようね」
「チッ……

渋々といった様子だけどやっぱり一切れは食べてくれるらしい。噛み切れないのかなかなか苦戦している。またエールで流し込んだようだ。

「俺は当分つまみを食うから、お前だけで食ってろ」
「えぇ……まぁ、わかりました。無理はよくないですからね」
「そういうこった」

再びおつまみに手を伸ばし始めたクレールくんを尻目に、今度は大腸シマチョウを焼こうとする。ぶにょぶにょしているけれど……大丈夫かな……と内心困りながら、どうにか網の上に並び終える。くにょくにょと踊るようにふちっこが少しずつ縮んでいく様が面白い!
ただ、一度に置かれた肉から溢れた多くの脂のせいか七輪は炎上してしまう。

「あわあああ!もえてる!もえええ!」
「何してんだ馬鹿!一旦下ろせ!」
「あひ、ひぇ〜ん」

焼きかけで下ろされた肉達はじりじりと音を立てているし皿はつやつやになっていく。ものすごくたくさん脂が出る部位らしい。これは燃えなさそうな数だけ焼くことにしよう。
改めて焼き直ししてからは無事炎上することはなかったものの、果たしてどこまで焼けばいいのか悩ましくなってきた。色が分からない。でも焦げはつき始めたから多分もういいのかもしれない。炭にしてしまうのは勿体無いので手元へと置いた。ちんちくりんになってしまったな……
これまでの肉とは違い、焼いてもぶにぶにとしていて不思議な感触である。いざ、実食。

「むぁぐ、……じゅわわとしていて、……うぐぐ……ぐにぐにで……これいつまで噛んでたらいいの!?」

まるでレザーコードやラバーを噛んでいるかのような、食べ物とは思えない食感!味はおいしいのに、噛み切ることができない。いつまでも口の中に残り続けているので、噛み飽きた頃に飲み込みはした。顎が疲れた。……一応聞いてみるか。

……食べ」
「食わん」
「まだ言い終わってないでしょ!」

目を合わせようとしない。だめだ。これは自分でなんとかしよう。
ふわふわぷりぷりとしたところは甘みと旨味のあるみずみずしい脂が溢れてきてとてもおいしい。平たいところは、固いというか弾力がすごくて、これは食感を楽しむものなのかな。ある程度噛んだらもう飲んでいいのかもしれない。腸はソーセージに用いることが多いけれど、これだけだとこんなに不思議な食感なんだなぁ……などと考えながら食べ続けているうちに、段々とぐにぐにの食感もなんとなく楽しくなってきた。気づけば皿の中身は空っぽになっている。

「どうしよう。何を持ってきてもらおうかな……
「種類取るなら少なめにしておけよ。俺は野菜が食いてえ」
「はぁい」

じゃあオニオンとピーマンにマッシュルームと、あと気になるお肉は、タン……豚も美味しそうだから、それのバラ肉カルビ首周辺の部位トントロと書いてあるもの……さっきソーセージのことを考えたしそれも食べたいな。そんなこと言い出したら鶏だって美味しそうだ。もも肉ももらおう。少なめと言われたので、一人前ずつで!
オーダーをして間もなく、店主は新しい網と七輪を持ってきてくれた。さっきまで焦げ焦げの網だったせいか何を焼いてもやや焦げっぽくなっていたので、おいしい肉の味が楽しめそうで嬉しい。もう一つは多分、量が多いから持ってきてくれたんだと思う。だけど、こっちは野菜が食べたい人専用にしてしまおう。それなら喧嘩にならないし、彼も自分のペースで焼くことができるだろう。
網が温まってきた頃に、第二陣が到着した。

タンは先に、この牛脂を塗ってから焼いてくれ!そうすれば引っ付きにくいからな」
「わかりました、ありがとうございます」

牛脂だと言っていた塊を掴んで擦り付ける。どのくらい塗ったらいいか分からないけど、網がつやつやになったので多分大丈夫だろう。
ひらひらと薄く丸い肉を広げる。これはすぐに火が通りそうだ。目を離さないでおこう。ふにゃふにゃと肉の縮んでいく様は何度見たって面白い。
炙っただけのような速さで焼けたタン。果たしてどんな味なのだろう。

「ぁむ。しっかり目の歯応え、きゅっと詰まっている感じ。脂は少なめで、ほんのりお肉のクセがあるかも?」

感想を述べているうちに横からカトラリーが伸びてきた。珍しい。
だけど、最初は軽快に食べていたその様から……口が止まった。何かだめだったのかな。慌ててエールを飲みオニオンを摘んで、口を誤魔化しているようだ。それ焼いてないやつだよ。

「落ち着いて食べようね」
「チッ、お前には言われたくなかったな」
「わはは」

からかっているうちにすぐに焼き終えてしまったので、もう網が空いている。今度は首周辺の部位トントロと豚のバラ肉を……としたところで一旦考える。見たところ脂が多そうである。ということは、また炎上しかねない……。落ち着いて、一種類だけ乗せることにした。見たことない柄のこっちが首の方かな。
焼き始めてしばらくした頃、肉がそっくり返り出し網の上で転がる。もう片面を焼こうにも上手く乗せられない。いい感じに押さえながら焼き上がるのを待つ。
案の定脂がよく落ち、炭から時々火が昇ってくる。あちちだけど、まぁ耐えられなくはない。ふちに焼き目がつき出したし、そろそろ頃合いかな。
これもじゅわりと脂が滲んでつやつやとしている。早速いただきます。

「しゃきとした変わった食感!じわ〜と旨味がいっぱいでおいしい〜!」

これ好きかも、と思ったら手が止まらない。ぱくぱくと食べ切ってしまった。おいしいなぁ。
隣ではじっくりと野菜を焼いている姿。あれ、いつの間にかエールじゃなくなっている。東方で見かける酒瓶……なんだっけ、とっくり?とかいうやつがもう3本も並んでいる。はやすぎ!いつの間に飲んだの!?

「なんだ、お前も飲むか?この酒うめえぞ」
「お酒は……うーん、ちょびっとだけ……

おちょことか言われるやつを向けられる。もうすでに入ってる!
苦手な肉を勧めた以上、勧められたものに手をつけないのは平等じゃない気がする。ちゅび、と啜り味わう。うぅ、お酒だぁ……

「どうだ?たまにはこういうのもいいだろう」
「お酒、味わかんないよぉ」
「はは、お子様には早かったな」
「おこさまじゃない!」

さっきまでからかっていた分こっちがからかわれるようになってしまった。でも賑やかに過ごしながらご飯を食べるのはとてもたのしい。特にクレールくんとはこうしてゆっくり話をした回数がとても少ないかもしれない。いや、遊びに行ってるからそうでもないかも?でもやっぱり、なんとなく、これまでにちゃんと一緒にいれたことは少ないと思う。昔のことはあまりよく分からないけど、そんな気がしている。
誰かと一緒に過ごすというのはこんなにも楽しくて嬉しいことなんだと、久しぶりに気づいてほんのり温かい気持ちになった。