針本
2026-04-06 17:19:01
10121文字
Public
 

お前を見つけた(後編)



翌朝、レオナは苛立たしげに尾を揺らした。

まず最初に、今朝はアラームが鳴る前にぱちりと目が覚め、トレイが寝ているアクセサリーケースに目をやった。
すやすやと眠るトレイは朝日を浴びて、夜に見た時とはまた違う輝きを纏っていた。


しかし、静かすぎないか?まさか死んでないだろうなと指先で肩の辺りを軽く触れる

「オイ、トレイ、起きろ」
……
「おい!」

るさい……
「あ?」
うう……んん……うるさい……
「おいテメェ……

「あ!?」
ガバッとおきたトレイは青筋を立てた俺と目が合うと顔をサッと青ざめさせ、やってしまったと声が聞こえてきそうな気まずい表情で視線を逸らす。

「命の恩人様にずいぶんな朝の挨拶じゃねぇか」
「ちがっ……レオナ、すまない
昨日夜なかなか寝れなくて、
俺、寝起きがちょっと……ごめん」

恥ずかしそうに申し訳なさそうに布団に顔を隠して縮こまるトレイを見たらなぜかすんなりと怒りはおさまり、愉快な気分になってきた。
ひとからかいしてやろうと口を開きかけたところで、部屋の扉が静かにノックされる。
クルーウェルとクロウリーが揃って部屋にやってきたのだ。

「おはようございますキングスカラーくん!」
「クローバーは元気か?」

「朝早くから揃ってのご来訪とは、ご苦労なことで。もちろん戻せる算段がついたってことだよな?」

俺の言葉に二人は顔を見合わせ、クローリーがごほんと咳払いをする。

「それがですねぇ、クローバーくんは厄介な妖精に呪いをかけられたようです」


***


クロウリーの長話を要約するとこうだ。

トレイの助けた妖精は非常に珍しい種類で、その詳細は文献も少なく謎に包まれている

時間で解ける類の呪いではなく、何かしら解呪の条件をクリアする必要がある

朝っぱらから長々と話を聞かされた上、何ひとつ解決していない事実にレオナはブチギレる寸前だった。

学園長のいやー私たちも夜なべして調査していて大変なんですよ、各所にも連絡しなきゃいけませんしと言い訳を並べているところにクルーウェルが口を挟む。

「というわけでキングスカラー、今日一日お前の授業を免除する。代わりにクローバーと二人で、呪いの構造を詳しく分析していけ」
「具体的には何しろってんだ?」
「昨日俺と確認したことの続きだ。日常生活がどの程度できるのか、魔法がどの程度使えるか、普段と違うところはどこか。妖精について記憶に残っていることも、逐一記録して提出しろ」
「めんどくせぇ」
すると、クルーウェルはトレイに見えない角度で、俺にだけ空中に文字を書いた

[現状、クローバーの命に危険がないとも断定できない]

「しっかりやれよ、仔犬」
「頼みましたよ、キングスカラーくん」

さて、と教師二人が机の上に視線を移す。
「クローバー!少し時間がかかるかもしれんが、心配せず貴様はいつも通りにしていろ」
「クローバーくんの授業も特別に出席扱いにしますからご心配なく!ああ、私ってなんて優しいんでしょう!」

言うだけ言って魔法で消え去さった奴らの跡を見つめるトレイ

「なんだか大ごとになってしまったな、本当にすまないレオナ」
しょぼくれるトレイは耳と尻尾があれば力なく垂れ下がっていただろう。

「フン、まあいい、授業よりは楽しめそうだ」

するとちょうど朝食を持ったラギーが様子を伺いに顔を出した。
「あっ ちゃんと起きてる!
トレイさん様々ッスね〜!」
「うるせぇよ」
ラギーに事のあらましを伝え、朝食のベーコンが挟まったパンを受け取る。
昼飯も部屋に持って来いと財布を渡した。

昨日と同じように食事を分けてやり、食べながら気になることを確認していく。

「まず、魔法自体は使えるんだったな」
「ああ、でもサイズに比例してるのか、小さなものを出すくらいだな。
この家だってレオナにとってはドールハウスだけど、俺にとっては一軒家だから、いま作り出そうとしたら相当な魔力を使うと思う」
「ユニーク魔法は?」
「使えなくはないけど、やっぱり魔力がサイズに比例してる気がする。普段は食べ物の味を変えたりできるんだが
と言って、俺が皿の端に避けていたサラダに魔法をかける。
「食べてみてくれ」
「やだね」
「肉の味がするかもしれないぞ?」
半信半疑でレタスのほんの切れ端を口に含む。
すると口に入れた一瞬、ローストビーフの味がしたが、一口噛んだときにはもう青臭い葉に戻っていた。
「オイ……」俺が唸りながらジト目で見れば
「ごめんごめん、飲み込むまでは持つかと思ったんだが、今はこれが限界みたいだ」なんて悪びれもなく言ってくる。
「お詫びに身体が元に戻ったら、ミートパイをご馳走するよ。レオナの口に合うかはわからないけど」

コイツのミートパイは前に食べたことがある。なんの気まぐれか、俺の誕生日祝いにわざわざ寄越したのだ。
「前に食ったのも味は悪くなかったが、もっと肉を丸ごと使ったもん食わせろ」
「そうか!じゃあレシピを考えておくよ」料理の話をするトレイは実に楽しそうで、本当に好きなんだなと伝わってくる。

魔法で会話をノートに自動書記させながら、
その後も様々なことを試してみた。

運動能力はサイズに比例しているが、特別何かができなくなったことはない。
学力や記憶も変わりない。

もしかしたら効果があるかもとトレイが魔法薬の名をいくつか挙げる。
名前と効能は俺でも分かるが、材料も手順もあらかた暗記してどの本に作り方が載っているかもスラスラと答えるあたり、伊達にサイエンス部員じゃないようだ。
「作りたいんだけど材料も器具もサイズがな」
「んなもん、サイエンス部員どもにやらせろよ。喜んで協力するだろ」
サバナクローにもサイエンス部は居る。そいつに薬品名を並べて今日中に用意しろとメッセージを送る。

「そういやスマホはどうした?」
「あぁポケットに入れてたから一緒に小さくなったんだけど、動かなくなってしまった」
やっぱり使えないと不便だよなぁ
あ、でも、トラブルの連絡も来ないから、静かでたまには良いかもしれない。なんて笑う。
なんでも良い方向に持っていこうとするのがコイツの性格なんだろう。

「ちはー、レオナさん、トレイさん、昼飯ッスよー」
もうそんな時間か。
いつもの長くて退屈な時間が、あっという間に過ぎる。

食事を終えてひと休みしていると、ふぁ、とトレイがあくびをした。
「眠いのか?」
「ん、夜寝付けなかったからすこしな。でも大丈夫だよ」
「いや、無理はするな。どう負担が掛かってるかわからねぇ。昼寝しようぜ」
「それお前が寝たいだけだろ」とおかしそうに笑うトレイを見ていると、なぜか胸の辺りがふわふわして自然と口角が上がる。

結局二人は少しだけのつもりが夕方まで爆睡し、訪れたクロウリーとクルーウェルに何をやってると絞られた。

現状トレイから目を離すことができないし、唯一見えるのはレオナのみ。
とはいえ、二人とも何日も授業を受けられずこのまま過ごさせるのはまずい、ということで、
レオナの部屋に鏡を持ち込み、その鏡に教室の風景を繋いで遠隔授業を受けることになった。
鏡越しでは受けられない授業の合間に、呪いの解除を試みる。
トレイは授業に置いて行かれず良かったと安心していたがレオナとしては面倒この上ない。

この日はクルーウェル監修のもとサイエンス部が作成した魔法薬を試し、いずれも効果がなかったことを確認して実験は終了した。
朝の報告から、簡単には戻れないだろうとは思っていたがそれでも多少の落胆はある。
それでもトレイは自分の気持ちを表に出すことはなく「わるいなレオナ」と笑った。

「今日もそこで寝るのか」
夕食と夜の身支度を終えて各々の時間を過ごす中、トレイがアクセサリーケースの中で布団を整え出した。
「うん、せっかく布団を出してもらったし、いいか?」
「好きにしろ」
「レオナの部屋、昼は日差しが明るいし、夜は満天の星が見えて気持ちがいいな」と窓の外を眺める。
そう言われてレオナも机の上にいるトレイ越しに窓の外を見る。ここからの景色はこんなにも星が輝いていただろうか?
変わらないはずなのに、いつもよりずっときれいな星空に見えた。


***


朝起きて、小さなトレイと挨拶を交わす。ともに食事をとり、鏡越しに授業を受ける。そして解呪のきっかけを探す。
それからもうひとつ、レオナの生活で変わった部分と言えば、
トレイが小さくなった翌日から、トレイの友人たちがレオナの部屋に代わる代わる押しかけるようになったことだ。

「オーララ!そこに居るのかい薔薇の騎士!キミの新緑のように爽やかな笑顔が見れないなんて悲劇だ!」
「本当に居るのよね?ふざけてるのならタダじゃおかないわよ」
ヴィルとルークで作ったという特製の魔法薬が10本以上ずらりと並べられる。
これ全部飲むのか?と頬を引き攣らせるトレイ。
「呪いに効きそうな魔法薬はこの3本で、こっちの3本は栄養剤よ、レオナとの食事なんて肉ばっかりに決まってるもの。それからこちら側の瓶は化粧水と乳液と美容液。この非常事態でケアが疎かになってるでしょう。戻った時に肌荒れしてたら最悪よ。きちんと使いなさい」

呪い解除の魔法薬はその場で試したが、残念ながら効果がなかった。
「ヴィル、ルーク、忙しい中こんなにたくさん、本当にありがとう。栄養剤と化粧品もありがたく使わせてもらうよ」
「トレイはなんて?」
「ありがたく使わせてもらうとよ」
「もっと間があった気がするけど、まぁ良いわ」
「トレイくん、早くキミが元に戻れるようまた魔法薬を届けるよ!」


「おいトカゲ野郎、誰の許可を得て入ってきやがった。とっとと失せろ」
「僕はクローバーを見舞いに来ただけだ。キングスカラーに用はない。下がっていいぞ」
「テメェその角へし折られてぇのか?」
「これレオナよ、そう威嚇するでない。妖精の呪いならマレウスが解けるやもしれん」
……さっさと治せ。そんで消えろ」

「ふむ」マレウスはトレイのいる机を眺める。
「確かにクローバーの魔力をかすかに感じられるが、まるで残り香のようで本体の位置ははっきりとわからないな」
「うむ、わしにも見えん」
「チッ使えねえ奴らだな」
「クローバーは以前僕に氷菓を贈ってくれた。その礼に手助けしてやりたいと思ったが
は?トレイのやつ、コイツにまで菓子やってたのか?レオナは気分が一気に急下降したのを感じた。
「この類の呪いは、当事者以外は解けないものが多い。無理やり魔法で解呪すれば呪いが悪化する可能性もある。クローバーに届くかはわからないが、せめて健やかな気分で過ごせるよう、祝福を授けよう」

「ありがとうマレウス。リリアも。元に戻れたらまた氷菓を作って届けに行くよ」
「話は終わったな、さっさと帰れ」
「レオナ頼むからちゃんと伝えてくれよ


「う~ん、トレイってレオナにしか見えないんだよな?触ることはできるのか?オレも試してみてもいいか?」
カリムが指をトレイに伸ばした瞬間、レオナが間に手を挟んで止めた。
指がトレイを通り抜けるだろうと直感でわかったこと、それにトレイがショックを受けるだろうこと、通り抜けるとしてもトレイに触れさせたくなかったこと
いろんな理由が一瞬でレオナの頭の中を駆け巡り、自分の感情も行動も意味がわからなかった。
「ごめんごめん!突然手を出したら危ないよな!そうだ、オレは動かさないから、トレイから触ってもらうのはどうだ?」
「そうだな、そういえばレオナは普通に触れられてたけど、他の人は試してなかったかもしれない」
そう言ってトレイが俺を見るので、仕方なく、カリムの手をトレイの横に置かせる。
一呼吸してトレイがカリムに触れようとすると、予想通り、するりと通り抜けてしまった。

「壁とか床は抜けないんだよな?食事も摂れるのに、不思議だな〜」のんきな声で頭にハテナを浮かべるカリム。
同じ疑問はあるものの、それよりもトレイに他の奴が触れないと知り、じわりと優越感が湧く。この感情もまた、レオナ自身理由がわからなかった。

寮長副寮長から部活仲間、他寮の後輩まで、隙あらば人を煽り傷口に塩を塗ることに余念がないNRC生とは思えぬほど、誰もが素直にトレイを気遣っていく。
「誰にでも愛想振りまいてるとは思っていたが、ここまで人たらしとは恐れ入ったぜ」
「うーん、別にそんなつもりはないんだがみんなが優しいだけだよ。俺は普通に過ごしてるだけだ」
優しい?あいつらが?寝言は寝て言え。

学園中の生徒・教師の協力もむなしく、1週間が過ぎた。
レオナとトレイが二人で行った検証はすでにノート3冊分を超えたが、そのいずれも、呪いを解くには至らなかった。


今日も今日とて、ケイトがレオナの部屋に訪れる。見えない相手に今日授業であったことからマジカメでバズった投稿まで、どうでも良いことを話しかける。
その全てを嬉しそうに聞くトレイ。
「レオナくんがトレイくんのこと見えて本当に良かったよね!」
ああそうだな、と見えずともトレイが相槌を打つ。

そうだ、今日はその方面で検証するか。なぜ俺だけに見えるのか条件をさらに詳しく調べよう。

俺だけに見える理由、今のところ最初に見つけたというのが最有力ではある。現場に何か残っていないかと調べにも行ったが何もなかった。

これまでは告白されて断ったとしか話していなかったトレイに、できるだけ詳細に話せと促す。

妖精が言った言葉はこうだ
「助けてくれてありがとう」
「君は人間なのに、なんて優しい心を持っているんだろう」
「君は僕のことが好きなんだね」
「お礼に君を僕と同じ妖精にしてあげる!」
「羽がなくても妖精の粉を纏えば飛べるよ」
「僕の国へ連れて行ってあげる」
「大丈夫、こわくないよ」
「愛するは君だけだ」
「僕はもう君しか見えない」
「さあ誓いを」
突然魔法で小さくされて、混乱しているところに捲し立てられ、手を引かれてようやくその手を振り払えたんだ。
怖かった。と無意識に腕をさするトレイ。

そのままトレイが攫われていたらと思うと心底ゾッとする。
これだから妖精なんて生き物は信用ならない。

すまない、あまり思い出したくなくて、重要な話なのにと真っ青な顔色で話すトレイを、今日はもうやめだと休ませる。

こんなとき、同じ大きさならトレイに尾を絡めて、肩を貸すくらいのことはしてやれるのに。震える手を握り、不安を軽くしてやるくらいのことはできるのにと、歯痒く思う。


***


トレイがレオナの部屋に来て、10日目の夜

今日は特に来客の多さに辟易した。
トレイと二人で原因究明するのは良い、だが騒がしい奴らがあれこれ絡んでくるのは別だ。ストレスが溜まって仕方ない。

「まったくここまで手をかけさせられるとはな、お前が戻ってからの礼が楽しみだ」
寝巻きでベッドに寝転がりトレイに嫌味を言ってやる。
すっかり寝床として落ち着いたアクセサリーケースに腰を下ろしていたトレイは、いつもの困った笑顔ではない、少し悲しそうな目で微笑んだ。

「なんだ?」なにか言いたいことがあるのかと先を促せば、
短く息を吐いたトレイは何かを決意したように真っ直ぐ俺を見た。

「悪いレオナ、この魔法、解けないかもしれない」
「あ?どういうことだ?」
「実は、この前話していて解呪の方法に一つ心当たりが浮かんだんだが、それが絶対に手に入らないものなんだ」
「なんだ?それは」
「悪いが言えない」
「言うことすらタブーってことか?」
「そう思ってくれて構わない」
「ちっ、煮えきらねぇな、まぁいい。
それで?解けないとして、お前はどうするんだ」
「どうって、どうしようもないよ」
「テメェの存在は今俺にしか見えないし聞こえない。俺が居なきゃ生きられないってことだろ」
「はは、これだけ面倒をかけておいて説得力がないかもしれないが、一人でも生きてくことは出来るよ。魔法は使えるし、何とかなるさ」
「俺にお前をそこらの森に捨ててこいって?」
「まぁ、食べ物が豊富そうなところだと嬉しいな」

はぁ……コイツは変なところで図々しいくせに、相手の負担になることを嫌う。
「普通はな、こういう時は『俺の部屋にこれからもずっと住まわせてくれ』って言うもんだろ」
「さすがにそこまで迷惑かけられないよ」
「どう考えても放置させて死なれたらその方がよっぽど迷惑だろ」
「いやいや死ぬつもりはないよ、でもそうか。レオナも逆に気にかかるよな。うーん、どうしたものか……
「だから、さっき言ったろうが」
「え?」
「俺に頼みゃ良いだろ」
い、良いのか?だってそんな本当に、ずっと戻れないかもしれないんだぞ?」
「さぁな。俺の気が変わらないうちに言ってみたらどうだ?」
……レオナの迷惑なのは分かってるけど、もう少し部屋に置いてくれないか?」
「良いぜ?ただし戻ったら覚悟しとけよ」
「はは、それはこわいな。でも、ありがとう」

トレイの瞳が弧を描き、俺を見る。
「こんなこと言ったら怒るかもしれないけど、小さくなったおかげでお前とこうして一緒に過ごして色々話せるようになって、よかったって思うよ」

そのトレイの笑顔は俺の心にほのかな明かりを灯していく。
ぽかぽかとした、いかにもアイツらしい平和ボケした温もりだ。
それが心地良くて、その顔がもっと見たいなんて俺も随分ボケている。

このままコイツとずっと一緒に暮らすのも悪くないか、とそんな気持ちになっていた。

俺は、トレイのことをいつの間にか、好きになっていた。


数日前に妖精の話を聞いてから、思っていたことがある。俺だけにトレイが見える理由、それは俺がトレイを恋愛対象として好きだからなんじゃないか?トレイを見つけた時にはすでに深層で惹かれていたんじゃないか。

妖精はトレイに好意を持っている自分にだけトレイを見えるようにした。その条件の歪みによりトレイを好意を持つ俺にも見えるようになったと考えられる。
妖精は嫉妬深い。大事な番を取られたくないばかりに、自分以外見えない聞こえない触れない呪いをかけることも、倫理を無視すれば出来るはずだ。

だが仮にそうだとして、何をすれば解呪できる?トレイが言えない条件とはなんだ?
行動を間違えばトレイの命が失われる危険がある。

俺がトレイを見える理由の推測を話すべきかも考えたが、自分の命を握っている者からの好意など、下手をすれば拒否権のない脅迫と同じだ。
なんとも思っていない相手からの好意がどれほど厄介かは、嫌というほど分かっている。もしトレイにも同じように思われたらと思うと胸が軋んだ。

それならいまは何も明かさず、小さなアイツと暮らすことが、お互いのためなんじゃねぇか。
そしていつか、トレイの心を俺のものにできればいい。


***


さらに3日後、クルーウェルから俺一人が呼び出された。

自分が居ぬ間に誰かが部屋に入らないよう、魔法で厳重に鍵をかける。
トレイにくれぐれも勝手に動くなと言い含めると、分かってるって小さな子供じゃないんだと苦笑していた。

もしも、居ない間にトレイに何かあればと想像するだけで血が冷える思いがした。こんな感情は初めてだ。
さっさと話を聞いて戻ろうと足早に職員室へ向かう。
クルーウェルを呼び出すと隣の個室へ促され、奴は真剣な面持ちで解呪方法が一つだけわかった、と言った。

トレイ・クローバーが愛する者からの真実のキスで、呪いは解ける

「キングスカラー、クローバーの想い人が誰か、心当たりはあるか?」
……知らねぇよ」
「そうか、なら直接本人に聞くしかないな」妖精との詳しい会話から解呪の条件が割り出せた、と、そのあともクルーウェルは話を続けたが、頭に入ってこなかった。

トレイは解呪の可能性を知っていた。
その上で絶対手に入らないないものだと言っていた。

トレイには、片想いしている相手が居る。
もし好きな人が居ないから解呪出来ないというのなら、その事実を俺に隠す必要はない。
つまり、あいつは成就しない誰かに好意を寄せているということだ。

導き出されたその結論に苛立ちが隠せなかった。

トレイのはにかむような笑顔も、困った顔も、全部が俺のものにはならないとわかってしまった。

俺にだけ見える小さなトレイ。
その呪いが解ければ、あいつはオレの元を去る。
俺をここまで誑かしておいて他の奴と結ばれるって?そりゃあねぇだろ。
手中にある獲物をみすみす逃してやるほど間抜けじゃない。

部屋に戻ると、書類の束に座ってぼんやりしていたトレイが、立ち上がり机の上を駆け寄ってくる。

「レオナ、どうだった?なにか進展はあったか?」
「ああ、残念だがお前は一生戻らないそうだ」
こともなげに言う俺にトレイの顔がこわばる。
「そっか……
落ち込む姿に腹が立つ。俺と過ごせて良かったと笑ってただろうが。

「ずっと俺が飼ってやるが、そうだな、腹が減ったら食っちまうかもな、こんなサイズじゃ腹も膨れないが」

苛立ちが収まらず、攻撃的な言葉が止まらない。
トレイは俺以外の誰かを好きで、いつかそいつがトレイを迎えに来ると言うのなら。
骨さえ残さず食ってしまえ。


「ああ、レオナに食べてもらえるなら俺も本望だよ」


トレイの言葉が一拍遅れて脳に響く。

「は?」

俯いて目を合わせずに静かに、トレイは続けた。
「もうこれ以上お前に負担をかけたくないから言うけど、レオナのこと好きなんだ。ごめん」
「この2週間、一緒に暮らせて夢みたいだったよ。黙ってて悪かった」
妖精のことを詳しく思い出したとき、もしかして、レオナと両思いになることが条件なんじゃないかとふと思ったんだ。でもそんなこと言われても困るだろうし、達成できないと思った。でもレオナがもう少し部屋に居て良いって言ってくれたことが嬉しくて、つい甘えてしまった。と、すこしずつ自分の気持ちを言葉にしていくトレイ。
「今日で終わりにするから、煮るなり焼くなりしてくれ」

言い終わって、一息吐いたトレイが顔を上げゆっくりレオナを見た。
寂しいような、諦めたような、でも言いたいことは全部言えたと納得した穏やかな顔で。



「はぁ」
レオナの大きなため息に、ビクリとトレイが揺れる。

「バカバカしい」

そんな俺の言葉に一瞬傷ついた顔をして、すぐに仕舞い込んでいつもの苦笑。

そうじゃねぇ。
俺が言った言葉は自分に対してだ。

トレイの好きな相手が俺じゃないと、なぜ思ったんだろう。欲しいものがいつも手に入らない俺が、みんなに好かれているあいつに選ばれることはないと思っていたのだろうか。

そんな寂しい顔で笑うな
俺を諦めるんじゃねぇ
絶対に欲しいと、しがみつけよ

トレイをそっと手のひらに載せる。
今から食われるのかとガチガチに固まるトレイを口元に持っていく。
覚悟を決めたトレイが目をつぶったのを見て、

優しくキスを贈った

瞬間、トレイの全身が光に包まれ、みるみる光が大きくなり部屋いっぱいに輝く。
眩しさから目をしかめ再び開くと、
驚き固まるトレイが自分と同じ目線で瞬きしていた。
強く抱きしめると、ビクッと大きく反応した後、おずおずと俺の背に手を回してきた。
あまりの愛しさに手に力を込めると、腕の中のトレイが、レオナ、いたいと、か細く鳴く
ははっ 嬉しさから思わず笑いが漏れた。

背中に回された添えるように弱い力の両手。
顔は見えないが、淡く朱に染まる耳と首元。震えた小さな声色が遠慮がちに聞く。
「え、と、そのつまり、レオナも、俺のこと好きって、思っていいのか?」
「それ以外に何があんだよ」
「だって、あり得なすぎて想像がつかないんだ」
「どうすりゃ信じられる?真実のキスで足りねぇなら、もう抱くしかねぇよな」
「えっ!そういうのは、まだ早くないか!?」
ばっと顔を上げて俺の腹を押し距離を取ろうとするトレイは林檎のごとく真っ赤だ。
「くくっ冗談だよ」
「っ!レオナ、揶揄わないでくれ!」
少し拗ねたような、想像してしまった自分が恥ずかしいという表情が俺を煽る。
「そんなにがっかりされると、やっぱ抱くしかねぇんだが?」
「が、がっかりしてない!」
「ああ、それならこれはどうだ?」
言うなりトレイの耳元に口をつけ、吹き込むように囁く。

「愛してる、トレイ。お前は?」


恥ずかしがり屋の三つ葉が言葉の代わりに頬にキスを贈ったのは3秒後のことだった。