窓の外から小鳥の囀りが聞こえる。ピヨピヨと可愛らしい声がするということは、もうとっくに朝を迎えている証拠だ。
もぞもぞと身じろいだルードべキアは、差し込んでくる陽射しに目を細めながらも起きあがろうとした。だが、絡みついてきた何かが動きを阻む。
「
……イース」
困ったように名前を呼ぶ。背後からため息が聞こえた。企みがばれたイースケは、いかにも不満そうなフリをしてからルードべキアの体をぎゅっと強く抱き寄せる。少し息苦しくなるほどの力強さで、それでいて心底優しいハグだった。
「まだ寝てろ」
「でも」
「いいから」
素肌が触れ合う感触に、昨晩を思い出して体がカッと火照る。ルードべキアが照れていることに気づいたのか、イースケはからかうように首元に頭を擦り寄せ、耳元に甘ったるく息を吹き込む。
「んっ
……」
思わず声を上げると、さらさらとした手触りの銀髪が首筋をくすぐった。愛する妻の素直な反応がおかしかったのだろうか。イースケはくつくつと笑っている。
「もう
……、からかわないでください」
「いいだろ、これくらい」
「よくないです」
どろどろに甘やかすような態度にどうしようもない居心地の悪さと、同じくらいの幸福が込み上げる。自分の感情を誤魔化すように、ルードべキアはわざとらしく俯き、意地悪な夫の態度に腹を立てたふりをしてみせた。
「
……もっと凄いことをしたのにか?」
「イース
……!」
「ん、首まで真っ赤だ」
「
……っ!」
もっとも、そんな子供じみた抵抗など、イースケ相手では無意味だとわかっていたけれど。
ちゅっちゅっと優しく首筋に唇が押し当てられる。食むようにゆっくりと触れられる感触に、肌がじりじりと熱を帯びるようだった。
ルビ。名前を呼ばれるたび、どんどん体が熱くなる気がした。昨夜も散々にお互いを求め合ったというのに。そう思うと自分のことが浅ましく思えて、堪らずイースケの腕を掴んだ。きゅっと縋るように手を添えれば、ルードべキアの意を汲み愛撫が止まる。
「
……嫌だったか?」
「そんなことは
……」
様子を窺うようなイースケの言葉に、胸がきゅっと引き絞られるような感覚がした。どうしてこんなに優しくするの。私なんかに。劣等感と罪悪感がもやもやと頭の中を支配していく。
だが、ルードべキアが葛藤していることすらも、イースケにはお見通しのようだった。優しい手つきで頭を撫で、髪を掬い上げ、優しく唇を落としてきたから。心配するなと言い聞かせるような仕草に、一瞬強張っていた体が緩んでいく。
「無理も我慢もしなくていい。お前が嫌だと思うことはしないから」
低く柔らかな声が耳元に吹き込まれて、頭の中が甘く解れていく気がした。
「違うんです、イース。そうではなくて
……」
誤解を解きたくて、もつれる舌をなんとか動かす。違うの。あなたに触られるの、ちっとも怖くないのよ。言いたいことはたくさんいるのに、どんな言葉を告げても物足りない気がした。
それになにより、いざ思っていることを口にしようとすると気恥ずかしくてならなかった。勇んで発した言葉が尻すぼみになって消えていく。
「そうじゃないならなんだ?」
「それは
……」
だが、イースケは逃してなどくれない。言葉にするまでは解放しないと言わんばかりに腕に込めた力を強め、再びルードべキアの首筋に顔を埋める。
今度は肩口に唇を落とされて、少し強めに吸われてしまった。痕を残しているらしい。自分のものだと所有の証を刻むような仕草に、ますます頬が赤くなる。
やめて欲しいのにやめて欲しくない。矛盾した気持ちをぐっと飲み込みながら、夫の腕を軽く叩く。
「
……いやではない、けれど。その
……、体が
……、変で
……」
なんとか自分の気持ちを伝えれば、背後から盛大なため息が聞こえてきた。
直後、肩を掴まれぐるりと体の向きを変えられる。
「っ! イース
……!」
いきなり対面するなんて。心の準備が出来てないのに。抗議の気持ちでイースケの胸をぱしぱしと叩いたルードべキアは、その時ふと違和感に気づく。
ぽかぽかと殴った胸元が、色の白いイースケの肌が真っ赤に染まっていたからだ。そんなに強く殴ったかしら。申し訳なさからちらりと夫の顔色を窺う。
「
……お前な」
そこには、見たこともないほど顔を真っ赤にしたイースケがいた。困ったように視線を彷徨わせる姿は、いつもの無表情で余裕たっぷりな彼の姿とはかけ離れている。
「あ、あの
……」
「クソ
……、無理をさせないと言っておきながら
……」
「イース? 大丈夫ですか
……、顔が真っ赤で
……」
どうしちゃったのかしら。心配したのも束の間、再びイースケがぎゅっと体を抱き寄せてきた。大きな体に包み込まれるような感触とぬくもりに、押し寄せていた不安がすっと引いていくのがわかる。
「
……キス、してもいいか?」
「えっ
……?」
「嫌ならしない。お前の気が乗らないなら
……」
抱きしめた体勢のまま、イースケが小さな声で尋ねてきた。少し不安げで、どこか頼りない縋るような声だった。
イースケが何を考えているか、どんな気持ちでいるのか。ルードべキアには手に取るようにわかった。わかってしまった。だから。
「
……して、ください」
気恥ずかしくてたまらなかったけれど、はっきりと返事をした。
抱きしめる腕に力が込められ、それから緩やかに解放される。背中を撫でていた手が頬に添えられ、ぐっと引き寄せられる。
優しい温度を受け入れるように瞼を閉じれば、唇にちゅっと柔らかな感触が伝わる。後頭部に手を添えてゆっくり撫でると、押し当てられていた熱がふっと去っていくのがわかった。
それから少し間を置いて、今度は唇を挟んで食むようにして口付けられた。何度か同じように愛撫され、やわやわと舌で唇をなぞられた。誘いに応じるように薄く口を開けば、ぬるりと舌が口内を犯す。
「んっ、ぅ
……」
「
……ルビ」
「ぅ、ん
……、ふぅっ
……」
互いの熱を交換し合うようにキスをした。どろどろと甘く蕩けた何かが体を焦がし、もっともっとと続きをせがむ。
イース。イース。声にならない声で何度も名を呼ぶ。そんなルードべキアに応えるように、イースケはますますキスを深める。
「ぷは、ぁ
……」
「
……大丈夫か?」
「はい
……」
夢中になって互いを求めあってからしばらく。息が上がって酸素が足りなくなった頃合いに、長い長い口付けはようやく終わりを迎えた。はあはあと息を乱している自分が恥ずかしかったが、イースケはそんなルードべキアが愛おしくてたまらないと言わんばかりに目を細め、ぎゅっと体を抱きしめた。
「
……イース、そろそろ起きないと」
「わかってる。わかってるけど
……」
「あと少しだけですよ?」
穏やかで優しくて、甘い甘い朝。骨まで溶かされるような愛情は気恥ずかしくてたまらないけれど。いつまでも二人で、こうして過ごしたい。わがままだってわかっている。だけど、それでも。
今日今この瞬間くらいは、私にも永遠を願わせて。ルードべキアはそっと目を閉じた。イースケの与えてくれるぬくもりにまどろみながら。
🐰「チェシアレお兄ちゃんが読後感を台無しにするおまけはこちら」
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愛なんてクソ喰らえ
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