ウサギ
2026-04-06 00:00:00
2824文字
Public やや不健全な小説
 

愛なんてクソ喰らえ

イールビが幸せにいちゃいちゃする一方、遠く離れたロマーニャでは、諸般の事情でルビと感覚共有してしまったチェシアレが、マジでこの世の終わりのような顔をしていた——
という話です。お察しください。

お兄ちゃんが可哀想な話が書きたかったので書きました。満足です。
読後感を台無しにするので、チェシアレが好きな人以外にはお勧めできませんご了承ください。
チェシアレが好きな人にもお勧めはできません。
イールビ←チェシです。よろしくお願いします。

 北部の王妃が異教徒の呪術に精通している。報告を受け取った時、チェシアレは確信した。彼女の力が後々役に立つだろうと。
 とはいえ実力もわからないままでは不確定要素が大きすぎる。だからその力量を測るため、北部に送ったピエトロを通じて彼女にある提案をした。
 自分に力を示しそこで満足のいく結果を出せれば、北部を訪れた際に“交渉”のテーブルにつくことを約束すると。
「今朝も随分とお盛んなようですね。猊下?」
……うるさい」
「睨まないてくださいよ、寿命が縮みそうです」
 誘いに乗った王妃は問うた。どのような方法を望んでいるのかと。
 チェシアレの返した答えはシンプルだった。家出までした妹のことが心配だ、何か彼女の動向を知る方法はないか。言外にルードべキアの監視を匂わせたチェシアレの要望に、王妃はとある方法でもって応えた。
「僕が今どんな気持ちでいるかわかっているだろ」
「それはもちろん。心中お察しします」
 妹の感覚——具体的には触覚と、それに付随する感情を。遠く離れたロマーニャへ、そこで暮らすチェシアレへと転送させる方法だった。誰かがルビの肩を叩けばそれがチェシアレへ伝わり、ルビが悲しめばその感情がチェシアレにも伝播した。
 王妃の実力を知るには十分だった。いや、十分すぎたと言うべきか。なにせ感覚が共有されて以来、チェシアレは毎朝、義弟が妹にキスする感触で起こされているからだ。
……うんざりするよ」
「新婚ですからね」
「自分が失敗したせいだとは思わないのか?」
「初夜の件についてのお咎めなら、いくらでも受けるつもりです」
 おかげで目覚めは最悪だった。実際にキスされているのは自分ではないとわかっていても、唇の触れる感触が錯覚を引き起こす。その上、あの吐き気がするほど甘ったるいキスにルビが喜んでいることすらもリアルに伝わってくる始末。
 もはやどこから気分を害せばいいのかもわからなかった。
……っ」
「またですか?」
「ああ……
 耳朶を指の腹でさすりながら、チェシアレは深く深くため息をつく。断続的に伝わってくる忌まわしい感触。無視しようにも無視できないそれに身震いが止まらなかった。
 うんざりしながら前髪をかきあげれば、憐れんだような目をしたピエトロと視線がぶつかる。腹立たしいことこの上なかったが、あえて何も言い返さなかった。なにせ今、チェシアレは体をすっぽりと包むような感触と、じわりじわりと込み上げる安心感や幸福感を味わっている最中なのだ。
 不愉快すぎて、口を開くのすらも億劫だった。
「お聞きしないほうがいいかと思い、これまで黙っていましたが……
「なんだ」
「夜は大丈夫なんですか?」
……よくそんなことが聞けたな」
「猊下のことが心配なので」
 いけしゃあしゃあと宣うピエトロを睨みつけた。だがその間にも、チェシアレの肌を“あの感触”が伝っていく。
 いい加減にしろと怒鳴りそうになったが、ぐっと堪えてピエトロの軽口に付き合うことにした。少しは気が紛れるかもしれないし、頭をよしよしと撫でられる気色の悪い感触から意識を逸らすことができるかもしれないからだ。 
「よく言うよ。お前は単に僕が苦しんでるのが珍しくて、好奇心で尋ねているだけだろう」
「正直に言えばそれもあります。否定はしません」
「はっ……、随分素直だな」
 くだらない会話の応酬を続けている間にも、愛撫はどんどん大胆になっていく。今度は肩口だ。ちゅっと吸い上げられる感触は言葉にするのもおぞましい。だがそのおぞましい触れ合いで、愛する妹の胸が甘く焦がされていることすらも伝わってくる。体がカッと熱を持ち、じくじく疼く感触すらもチェシアレの身に降り注ぐ。
 王妃は何を思ってこんな悪趣味な真似をしたのだろうか。自分のことを棚に上げながら、チェシアレは顔も知らない相手への憎しみを募らせた。
……本当に聞きたいのか?」
「まあ、おおむね予想はできていますが」
「あえて僕の口から聞かなくてもいいんじゃないか?」
 肩を掴まれて体の向きを変えられる。いや、これは自分の身に起こったことではない。ルビの追体験だ。げんなりした気持ちで自分に言い聞かせてから、なるべく会話に集中しようと気を引き締める。
 どれだけくだらない会話であろうとも、この感触から逃れられる可能性に縋りたかった。
……まあ、お前の想像した通りだよ」
 吐き捨てるようなチェシアレの言葉に、ピエトロはますます哀れなものを見るような目をした。
 お前に僕の何がわかるっていうんだ。僕の愛する妹が、毎晩毎晩どんなことをしていると思っているんだ。罵りたくなったが、やめた。言葉にしてしまったら最後、あの二人の汚らわしい行為を認めてしまうような気がしたからだ。
……猊下に術がかかってから、確か今日で三日目ですよね」
「ああ」
「三日ともですか?」
……ああ」
「よく正気でいられますね」
「僕だって、いっそ狂ったほうが楽だと思うよ」
 苦悶するチェシアレをよそに、北部は——ルビと夫は大盛り上がりのようだった。頬に手のひらが添えられているのがありありとわかる。こうなったら最後、何が起こるかはこの三日で嫌というほど思い知っている。
 やめろルビ。目を閉じるな。身を任せるな。届かない怒りをふつふつと腹の底で煮えたぎらせたチェシアレは、覚悟を決めたように目を閉じた。
……ところで、術が解けるまであと七日ほどありますが」
「せっかく忘れようとしていたことを思い出させるのはやめてくれないか?」
 言いながら、何かを払いのけるように唇を手の甲で拭う。こんなことをしたとて無意味だとはわかっていたが、何もしないよりはマシだ。
「いっそお前が肩代わりするっていうのはどうだ?」
「それは構いませんが……。他人に妹君のことを知られるのはお嫌でしょう?」
「顔も知らない義弟にキスされて、口の中を好き勝手に掻き回されるよりも嫌なことがあると思うのか?」
……猊下も大変ですね」
 口でもゆすいでこようか。そんなことをしても意味はないとわかっていたが、何もせずただ黙ってこれを受け入れるわけにもいかなかった。腰掛けていた椅子から乱暴に立ち上がる。そばて控えていたピエトロが、すっと身を引く。
「くそっ……
 苛立ちを隠さない足取りで部屋を横断し、サイドチェストに置かれていた水差しに手を伸ばす。舌の上を這いずる形容し難い感触を洗い流してしまいたい。焦れた手つきで水を注ぎ、一息に煽った。
 途端に、甘い疼きが口の中を支配する。
……ルビ。僕のルビ。どうしてお前は……、こんな……
 胸に込み上げてくる甘く優しい幸福感に、どうしようもない苛立ちが燃え上がる。チェシアレは搾り出すような声で妹の名を呼び、それから深いため息と共に項垂れた。
 術が解けるまで、あと七日。