保科
2026-04-05 19:31:30
3863文字
Public 超かぐや姫!
 

痴話喧嘩は忠犬も食わない

いろヤチ オタ公!ごめん

なるほどね〜、と。ヤチヨはしげしげ目の前の企画書――であるところのテキストデータを読み込んで、その内容に頷いた。
「『ツクヨミにおける飲食物の実態調査』かぁ。つまり、見据えてる味覚実装に向けた施策の一環、ってことなのかな?」
「うん、合ってる。現段階における各種アイテムの視覚による影響調査……みたいなところかな。それで、フードフェスとか、そういう感じの小さなイベントを開きたいんだけど」
どうかな、と、こちらを見る彩葉の眼差しは、普段ヤチヨに向けられる親愛のものと言うより、研究者としてのそれだ。あくまでも、こちらを交渉相手として捉えている。格好はツクヨミの衣装のままなので、ちょっとチグハグめいているものの、普段2人が会う天守閣ではなく、態々ツクヨミ内の会議室の一室で話しているのも、その一環だろう。
ヤチヨはそれをほんの少し退屈に思いつつ、記載されている日取りや規模を再度確認する。――特に支障はない、控えている各種大型イベントもまだ先だ。
「勿論オッケーだよ。ツクヨミを盛り上げてくれるイベントは基本大歓迎だからね〜。
――というか別に、個人企画ならヤチヨの許可もいらないのですよ?」
指を振って付け加えた訂正。ツクヨミ内で企画を立てる際は、イベントページを使ってもらえば、小規模な撮影会から大規模なKASSENトーナメントまで大々的に告知ができるようになっている。倫理的に問題ないか、などはチェックしているものの、実施の可否自体は特に許可等は要らない仕組みだ。
そのことを言及すれば、当然のように彩葉は頷いた。
「知ってる。……でも、ちゃんと筋通しておきたいし。
えと、だから……話、聞いてくれてありがとう、ヤチヨ」
律儀な彩葉だ。そういう所がいつまでも杓子定規で、そういう所が可愛いなあ、と、ヤチヨは口元を緩める。
「いえいえ〜。勿論、ヤッチョも彩葉とはいつでもおしゃべりしたいですからなぁ。……最近構ってくれないし〜」
「う。それはまた意味変わってくる……。ごめんって、次の休みはいっぱい話せるから」
と、照れたように頬をかく彩葉は、すっかりいつもヤチヨと話すときの自然体に戻っていた。昔から変わらない人当たりの良さに、身内にしか向けない気さくさが滲んで、ずっと柔らかい印象だ。それが嬉しくて、思わずヤチヨも微笑みがこぼれる。
「えへへ。じゃあ、楽しみにしてる!
……ちなみにだけど、運営は?彩葉がやるの?フェスならMCとかもいるよね?」
「んー、どうしようかな、と思ってて。裏方やるのは間違いないんだけど、イベント自体の進行は誰かに任せたいから……
「なるほどなるほど」
ふむ、とヤチヨは考える。ここでヤチヨ自ら出張ってもいいけれど、流石に贔屓がすぎるだろう。大型企画ならともかくサプライズにも限度があるし、たぶん彩葉も困ってしまう。
であれば、誰か代わりの人を立てるとして、ヤチヨにできることはないか。折角声をかけてもらったのに、――ああ、なら、うってつけの人がいる。
「彩葉、ちょっと待ってて!」
「え?――あ、うん……?」
ぽかんとした彩葉を尻目に、ヤチヨはさっそく分身を飛ばしてダイレクトコール。



「ふぁいは〜い、わんわんお。呼ばれて参上忠犬オタ公でっ〜っていろPさんじゃん!?」
生あくびを噛み殺しながら登場したオタ公は、目の前でぽかんとしている彩葉を見て姿勢をただした。そのままちょいちょいちょい、と自分を引っ張ってきたヤチヨの袖を引く。
「や、ヤチヨ?相談したいことがあるって聞いたけど、これ、いつもの番組の打ち合わせじゃないの!?」
「じゃないよ?それは明日だよ。あぁ、オタ公もしかして寝ぼけてる〜?」
「曲聴いてのんびりくつろいでる人のイヤホンをジャックしてまで追い立てた側のがよっぽどボケてっしょうがい!
……っとああ、すみません!ついつい。
それでつまり……私になんかできることがあるっつ〜ことですね?」
「え?あっと……
目の前で突然繰り広げられる漫才を思わず見届けていた彩葉は、確かにこれ以上ない逸材に、ヤチヨの意図を把握する。普段からヤチヨとともに、ツクヨミ内のさまざまなイベントで活躍する忠犬オタ公なら、多分彩葉の意図するような所は正確に汲んでくれるだろう。
彼女の促しに、彩葉は戸惑いつつも、ヤチヨにしたのと同様の説明をした所。ふむふむふむ、と頷いた後、即座に眼光鋭く、オタ公は口を開く。
「ちなみに、ステージではどのような企画を?構想はあります?」
「えっと、クッキング企画みたいなのを行えればと思ってますが、まだあまり詰めてないです。一旦会場押さえを先行していて……
「了解。……そしたら、こっちで過去の似たようなイベントから実施候補洗っておきますね。あとでチャットで送りますので参考に」
……いいんですか?」
「勿論です!罠にかけられたような形ですが、折角なら協力させていただきたいので。当日も空けておきますよ!」
「あ、ありがとうございます……!」
に、と笑ったオタ公のなんと頼もしいことか。お忙しいだろうに、と恐縮しきりの彩葉の前でそうそうそう!とヤチヨがニュッと生えてくる。くるくる回って、そのままオタ公の手を取る。
「オタ公、どうせ暇ならおうちでゴロゴロしてるだけだからねー。働いてもらわにゃ損ってもんですよっ」
「いやいや、いいでしょうがオフなんだからどう過ごしても。ヤチヨもさあ、いい加減取り敢えず〜でこっちにふるのやめてよ?
昔と違ってもうちょい人脈あるよね?君さ」
「えーっ、つれない〜。
そしたらヤッチョはこの、自分でやるにはちょっと億劫だな〜、どうしよっかなぁ〜、流石に申し訳ないな〜みたいな微妙な案件を、一体、何処の誰に投げたらいいんだい!?」
「そんなの乙事にでも投げとけって!というかそこまで分かってるなら尚の事避けてくれない?犠牲になるこっちがいっとう不憫じゃん!?」
「たはー。8000歳の耳にはちょっと遠くなりにて……ヨヨヨ、悲しみ日本海……
「マージで都合いいなあ管理AI8000歳……絶対嘘だ……
「果たしてどれが嘘でどれが本当か〜!?なんてね、いろP。……いろP?」
………………。ふーん。
ぼんやり乾いた彩葉の瞳が二人を――正確にはよくよくはしゃいでいるヤチヨを映す。管理者然とした態度ではなく、けれど彩葉に対しての態度でもない、特有の距離感だ。
普段よりも明らかにお調子者の側面を出している分、その言葉は少しかぐやに近くて、それ故に――距離が、近い。
反応のなさに不思議そうなヤチヨが、彩葉の前で手を振る。
「いろぴーってば。ボーッとして、どうかしたの?」
……知ってたけども。仲いいんですね、二人」
「え、あ。あっ――いやいや?いろPさんこれはその」
「そうだよん!オタ公はねえ、まだツクヨミの運営が軌道に乗る前から色々手伝ってくれてるんだよー。番組とかも企画してもらってるし、勿論乙事もだけど。
永く孤独だったヤッチョの仲間。いやさ戦友……かね……?」
ぎゅ、と、否定しようとしたオタ公をハグしながら、ヤチヨはニコニコ嬉しそうに言う。言った。言い切った。
「へえ」
「おーーい、ヤチヨヤチヨヤチヨ、ストップ、おい聞きな」
「うわうわうわ。え、なに、どしたの」
即座にがばりと引き剥がしたオタ公の手によって揺さぶられたヤチヨが、キョトンとした様子で瞬く。それにため息をつきつつ、オタ公はどこか必死さがにじむ顔で滾々と説教する。「あのね、別に君と一緒にお仕事頑張るのは勿論なんだけど、推しと推しの間に挟まるみたいな悪どい趣味はこっちにはないわけ。分かるかい?分かって?」
「え?うん。勿論オタ公もヤチヨの推しだよ?」
「だーっよろしくない管理者目線っ!そういう話じゃなくてね!?いつもの聡さどうしたかな!?」
――近いスね」
彩葉がついボソリと呟くと、ば、とオタ公がヤチヨの方から手を離して三歩引く。
「?えー……えと。い、彩葉、どうかした……?」
じぬろ、と。オタ公の挙動不審の原因として、向けられる冷めに冷めた視線にやっと気づいたのか。こわごわとした様子でヤチヨが彩葉の名前を呼ぶ。動揺からか本名が出ているけれど、それを指摘する余裕もなく。彩葉は幾分低い声で、同じ問いかけをする。
「仲いいんだね、ヤチヨ。オタ公さんと」
「そうだよーん……?えっ、と?」
言葉の柔らかさに反した圧に耐えかねたヤチヨが、そろそろと、助けを求めてオタ公を伺うけれど。ぶんぶんぶん、と首を振られて仕方なく向き直る。うーん、うーん、と暫し唸って。
「彩葉、私、何かあったかな……?ごめんね、ヤッチョ、よく分かんなくて……
その、あまりにも素直な質問に、む、と、口元を引き結んだ彩葉は。バツの悪さから目線をそらして、ボソボソと本心をつぶやいた。
…………………………なんか。やっぱ、私より、仲、良いのかなって」
…………え。え!?」
固まったヤチヨからそろそろと離れたオタ公が、「彩葉、えと、それ」「……別に、ヤチヨが誰とでも仲良くなれるのは当然だよね。ヤチヨだもん。てか、私とか結局時系列的にポッと出のペーペーだもんね。知ってたけど」「そんな訳ないよ!?それだけはないよー!?」などというやりとりを二礼二拍手一礼で見送った後、静かに退出ボタンを押して消えたことに。
さて二人が気づくのは、10分後である。