すだ
2026-04-04 15:58:40
16478文字
Public 主スバカグ
 

現パロ スバカグ

関係:幼馴染/ 文字数:16,479
エイプリルフール企画の現パロです。舞手スバルと嫁カグヤ風味。公式の学パロとは別時空です。
術師の家系に生まれた大学生スバルとカグヤが、神殺しを目的とするクラリスと戦った挙げ句、同じ学校で再会するお話。
あくまでエイプリルフールネタなので、何でも許せて興味のある方はどうぞ。

 駅前。喧騒の中、先程から大して進んでいない秒針にスバルはため息を吐いた。
「さっきから何回見てるんだよ。落ち着かねぇなあ」
 すぐそばの呆れ声に腕時計から目を離さないまま答えた。
「集合時間は十二時だから、そろそろ来るはずなんだよ。彼女はいつも十分前行動だろ」
「会うのは久しぶりだよなー。オイラも早く会いたいぜ」
 ふわふわと浮かぶ白い毛に覆われた生き物を横目で見る。
 彼は『アマカケルモコシロノミコト』、略してモコロン。スバルと、これから会う幼馴染のカグヤと契約している白い竜だ。いつもは羊のぬいぐるみのような小さい姿をしているが、正体はスバルを乗せて飛び回れるくらい巨大な竜である。
 ちなみに今は術師にしか見えないようにしているため、普通の人間にモコロンがいることは気付かれない。契約者以外に見えないようにもできるし、結構融通がきく。
 モコロンの言葉通り、今日は久しぶりにカグヤと会える特別な日だ。
 代々術師を輩出する家系に生まれたふたりは、幼い頃から互いに切磋琢磨した仲だ。幼馴染の類い稀なる才能を目の当たりにして、稽古をやめようかと思ったことは数知れず。兄のように慕ってくれるカグヤに失望されたくない一心で、今日までやってきた。
 小さい時から一緒だったふたりが、どうして離れ離れになったのか。それは本家の意向だった。中学卒業後、カグヤは山深い全寮制の高校へ進学することになったのだ。表向きは普通の学校だが、術師を目指す者達の学舎として有名らしい。
 スバルは、それはもう憤慨した。
 自分も同じ学校に転校したい、できないのならモコロンと家出すると言い張った。あのときの大人達の可哀想な者を見るような目は、今でも思い出しては恥ずかしさで悶絶しそうになる。
 カグヤはスバルのかたくなさに戸惑っていたものの、優しく笑うと手を取りこう言った。
『私もスバルと離れるのは辛いし、寂しいです。けれど、私が一人前になるため必要なことだと本家が判断したのなら、従います。術師となって大切なものを守ることは、幼い頃からの私の悲願ですから』
 真っ直ぐな瞳で告げられてしまえば、受け入れるしかない。
 スバルは一夜ほど泣き明かし、旅立つ彼女へ梅のネックレスを贈った。以前店頭で目を輝かせながら眺めていたのを覚えていたからだ。
 あの時のカグヤの笑顔はどんなきれいなものでも霞んでしまうような美しさだった。それから三年間、会いたくなるたび彼女の笑顔を思い出しては、会いに行きたくなるのをこらえた。会いに行ったら、更に三年間会わせないと本家からお達しがあったからだ。
 離れて修行をさせるのは、互いの精神を強くするためなのだとか。
 カグヤに諭されたから我慢しているが、スバルの本家に対する恨みは深い。本家、許すまじ。いつか当主をギャフンと言わせるのが目標である。


 話を元に戻そう。カグヤとようやく再会できる待ちに待った日。いつもより二時間も早く起床し、身だしなみを整え、一時間くらい前から指定の待ち合わせ場所でそわそわしている。
 手持ち無沙汰になったスバルは、ポケットからファスナータイプのミニポーチを取り出した。中には神竜達の鱗が入っている。モコロン達と契約した日、契約の証としてそれぞれから与えられたものだ。
「どうした? オイラたちの鱗を取り出して」
「今どの辺りにいるのか、黒竜の鱗から辿れないかなって」
「必死すぎるだろ……
「何かしてないと落ち着かないんだよ!」
 ぎゅ、とポーチを握りしめながら答える。
 初恋の女の子かつ絶賛片想い中の幼馴染と何年かぶりに会うなんて、必死にならない方がおかしいだろう。
 しかも本家では、スバルとカグヤを婚約させようと話が持ち上がっているらしい。自分たちの気持ちを無視して進めていることには腹が立つものの、許婚になれば、とびきりの美少女である彼女に群がる害虫を牽制できるので、表立って反対はしていない。
 ずるいことをしている自覚はある。それでも自分ひとりの魅力ではカグヤから想いを返してもらえる気がしないのだから、何だって使わせてもらう。
「せめてイカルガ兄さんの百分の一でも優秀だったらなあ……
「出たな、イカルガ」
 本家の跡取り息子、イカルガ。本家は嫌いだが、イカルガは別だ。
 幼い頃より卓越した力を持ち、中学に上がる頃には既に大人が請け負う任務を次々とこなしていた。
 現場に出れば持ち前の冷静沈着さで敵を調伏し、味方を統率する能力も高い。
 大学を主席で卒業した後は、当主の補佐をしながら、副業として立ち上げた新規事業が軌道に乗り始めているらしい。
 スバルにとって憧れの存在であり、いつか超えたい相手でもあった。
 スバルとカグヤの師匠——ヒスイとイカルガの師は昔から親交が深い。その縁で幼少の頃から本家に出向いてはイカルガと共に修行をするうち、スバルとカグヤはイカルガのことを兄貴分と認識してしまった。
「子供は嫌いです」とのたまう同じく子供だったイカルガは、年が近いことを理由にふたりの面倒を押しつけられ、いつの間にか保護者のような立ち位置になっている。
 何を隠そうスバルがひとり暮らしをしている賃貸マンションの保証人だ。
 眉目秀麗で頭も良く、良家の跡取りでお金があり心根まで優しい。完璧ではないだろうか。
「お前たちのイカルガ好きは筋金入りだよな……
「だって格好いいだろイカルガ兄さんは!」
「お、おう……? オイラは人間じゃないから良くわかんないな」
「モコロンの格好いい基準って何?」
「毛並」
「あっそう……
「それはそうと、居場所はわかったか?」
「うーん……
 鱗に意識を集中する。いつもであれば、近くにいれば白竜と黒竜の位置を大体把握できるのだが、不思議と黒竜の気配だけぼんやりしている。
「ちょっとよくわからないな……
 こんなことは今までなかった。カグヤと黒竜に何かあったのではないか。眉根を寄せるスバルに、モコロンも心配顔だ。
「どうする?」
「ひとまず師匠とイカルガ兄さんに連絡してみる」
 スマホを取り出しメッセージを打ち始めた途端、黒い影が目の前を横切った。
「何だ!?」
……カラス?」
 人間の住処にカラスがいるのはおかしくない。ただ、今横切ったアレに明確な意思があったように感じるのは気のせいだろうか。
 ヒスイ達に連絡を取ろうとしていたことを思い出し、視線を手元に落としたスバルの血の気が引いた。
「ない」
「何だって?」
「ないんだよ、鱗を入れたポーチが!」
「なにー!?」
 上空を見上げる。飛び去ったカラスの嘴には何かが咥えられている。
「カラスにとられた。追いかける!」
「追いかけるって、カグヤはどうするんだよ!」
「後で事情を説明する!」
「お、おい! 待てって!」
 駆け出すスバルにモコロンが並ぶ。
「慌てなくても、またオイラ達が鱗をやればいい話だろ! 契約の証といっても、身に着けたところで何の効果もない代物だぞ?」
「違うんだよ、あのポーチには絶対になくしちゃいけないものが入ってる」
「ああー……。あれか」
 委細承知したモコロンが肩をすくめた。
「そういうことなら話は別だ。追いかけるぞ」
「ああ。モコロン、案内よろしく」
「よしきた! このまま真っ直ぐだ」
「了解」
 スバルの住む街は、駅前通りから一歩入ると閑静な住宅へと姿を変える。人混みに邪魔されず追跡できるのは助かる。
 チカ、と日の光が目に飛び込んできた。なんとなしに視線を向け、目を瞠る。
 屋根からすぐ隣の塀に飛び移る影がひとつ。寄り添うように飛ぶ小さな影がもうひとつ。
「かぐ」
「駅を出たら、駆け出したのが見えたので追ってきました。積もる話は後です。あのカラスを追うのでしょう、支援します」
 そう手短に伝えると、カグヤはモコロンと目配せした後、追跡を再開する。
「わかった。あ、まって」
 まだあるのか、と問いたげな幼馴染に笑いかけた。
「久しぶり!」
……っ、お久しぶり、です」
 再会の挨拶を伝えられて満足したスバルは前を向き、走る速度を上げた。
「普通のカラスじゃない」
「そのようですね。式でしょうか」
「その割には術の痕跡がなかった」
 走りながら息を切らさず会話できるのは流石だ。こちらの伝えたいことを瞬時に理解する聡明さも変わっていない。
 帰ってきたんだなあ、と胸が熱くなる。ポニーテールが可愛い。もっと顔が見たくて、つい並走するカグヤを目で追ってしまう。
……集中してください」
「はい!」
 集中していないのを見透かされてしまった。カグヤのことを考えていたのがバレてしまっただろうか。彼女の前では格好悪いところを見せたくないのに、いつも失敗ばかりだ。
 しばらく飛翔していたカラスは、大きく旋回すると降下した。
……学校?」
 辿り着いた先は、スバルの通う大学だった。春からカグヤも通うことになっている。
 まだ春休みのため、学生の姿はない。
 ——いや、だれもいない。
 学生どころか、職員の姿さえ見当たらない。静寂が辺りを支配していた。
「スバルぅ、何か変だぞ。人の気配がない」
 涙目でしがみついてくるモコロンに、スバルも緊張した面持ちで周囲に気を配る。
 視界の端に黒いものを認め、その方角に目をやると、屋上へ降り立つカラスが見えた。誰もいないと思っていたが、人影がある。
「屋上に誰かいますね」
 隣に立つカグヤが耳打ちした。頷き、短く答える。
「武器を」
「はい。ヌバタン!」
 呼びかける声に、後ろで控えていた黒い影が近づいてきた。
「何かしら? カグヤのお願いなら何でも叶えてあげますわ」
「私の刀を」
「承りました」
 カグヤがヌバタンと呼んだのは、『アマカケルヌバタマノミコト』、モコロンと対になる黒竜の化身だ。カグヤと行動を共にしているが、スバルとも契約をしている。
 ヌバタンの首につけられた宝玉が光り輝くと、カグヤの手に白刃が現れた。
「久しぶり、ヌバタン」
「無駄話をしている暇はありませんわ。あなたも早く準備をなさい。アタクシのカグヤを危険に晒すおつもり?」
「まさか。モコロン」
「おうよ!」
 宝玉から現れたボウガンを手に取ると、印を結ぶ。
「結界を張った。思う存分暴れていいよ」
「人を暴れ馬のように言わないでください」
「そんなこと思ってないって!」
「本当ですか?」
 じとりと半眼で見つめられ、思わず頬が熱くなる。
 久しぶりにまともに向かい合う幼馴染は、想像以上に美しく成長していた。
 細身のデニムパンツに白いTシャツ。上から羽織った若草色のゆったりとしたニットカーディガンが淡い彼女の髪色と良く似合っている。胸元には、別れるときに贈った梅のペンダントが光っていた。
「カグヤは昔から……その……可愛い……よ、すごく」
 紅藤色の瞳が見開かれ、カグヤの頬も淡く色づく。
「何をイチャついてますの! そんな場合ではないでしょう! 早く屋上へ!」
「「は、はい!」」
 ヌバタンに叱られ、揃って返事する。モコロンも呆れ顔だ。
「まったく、お前達相変わらずだな……。オイラはいつでもいいぞ」
「アタクシもですわ」
「わかった」
 スバルが手首の内側に手をかざすと、紋が浮かび上がった。二対の竜が絡み合う紋様は、モコロンとヌバタンと契約した証だ。刺青のように見えるため、いつもは術で隠しているが、呪力を通すと発現する。
 カグヤも手首に手を滑らせる。視線が交差し、頷き合うと高らかに唱えた。
「顕現せよ、アマカケルモコシロノミコト」
「顕現せよ、アマカケルヌバタマノミコト」
 途端、周囲が真っ白に塗りつぶされる。光が収まった後には、白と黒の竜が宙に浮かんでいた。
 スバルは白竜の背に、カグヤは黒竜の背に飛び乗ると屋上へと向かう。吹きつける風に禍々しい力を感じ、思わず顔を顰めた。今までに感じたことのない強い力だ。
 屋上には、黒衣に身を包んだふたりの人影があった。ひとりはシルクハットを被った壮年の男。そしてもうひとりは、薄暗い空に不釣合いな明るい金の髪をなびかせた女。冷たい灰色の瞳がこちらを睨みつけている。まるで、こちらへ来いと誘っているような挑発的な視線だ。
 白竜の背から屋上へ飛び移ると、ボウガンを構えたまま対峙する。
「オレから奪ったものを返してもらう」
「ああ、これか? 竜の鱗など、何度でも剥がせばいいだろうに。まあいい、元々貴様らをおびき出すための餌だ。まさか鱗ごときでのこのこついてくるとは思わなかったがな」
 女はつまらなそうにポーチを振ってみせ、こちらへ放り投げた。
「鱗を抜くのは痛いんだよ。相棒たちに辛い思いはして欲しくない」
「神に心を寄せるなど、愚かなことを」
 忌々しげに吐き捨てると、目にも留まらぬ早さで間合いをつめる女。スバルを斬り伏せようと振りかぶった一撃は、
「させません!」
 割り込んできた幼馴染によって防がれた。
「ほう……面白い」
 興味をカグヤに移した女が一歩踏み出した。剣同士が火花を散らす。
「なかなかやるな」
 愉快そうに女が目を細める。見ただけでわかる、こいつは強い。カグヤだけでは押し負ける。敵の足めがけて放った矢は、黒衣の男の杖が叩き落とした。
「甘いですね、あの方を止めたければ、心臓を狙わねば」
 そのまま杖を投げられ、飛びすさる。ゆったりとした動作で男がトランクを開けた。
「ケルベロス」
 青白い炎と共に、三つの頭を持つ黒々とした獣が咆哮を上げた。突進してくる巨体を、間一髪のところでかわす。
「ケルベロス……冥界の番犬。西国の術師か?」
「左様。我らはアズマの神々を滅ぼすため参りました。手始めに、そこの白竜と黒竜を血祭りにあげましょう」
 余裕のある表情を崩さない男の手元へと杖が戻ってきた。飛び回る杖に魔物が出てくるトランク。さながら奇術師のようだ。
「そんなことはさせない!」
「威勢だけはいいようだ。しかし良いのですか? 私と話している間に、あなたの味方は窮地に陥っているようですが」
 男の言葉にカグヤの方を見ると、金髪の女に追い詰められ、屋上から落ちようとしている姿が目に入った。視界が赤く染まる。
「カグヤに触るな!」
 ボウガンから放たれた矢を剣で防ぐ女。その隙にカグヤへ駆け寄ったスバルは彼女もろとも屋上から飛び降りた。
「モコロン!」
 相棒の名を呼ぶと、疾風と同時に柔らかな感触を背中に感じる。白竜の上で体を起こしたスバルは、カグヤに声をかけた。
「怪我はない?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございます、スバル」
「良かった」
 ひとまず窮地は脱したが、相変わらず不利な状況に変わりはない。ふたりとも、かなりの手練れだ。
「モコロンたちを殺すと言っていた」
「神殺し……何と不敬な」
「男の方は、おそらく召喚術の使い手だ。トランクからケルベロスを呼び出していた。一定時間経つと消滅するみたい」
「西国の術師と戦うのは初めてです。スバルは?」
「オレも戦ったことはない。イカルガ兄さんに対処法を教わったことはあるけど」
「イカルガ兄さんが? どんな方法ですか?」
「まだオレ達には早い、出会ったら逃げて自分を呼ぶようにと」
……逃げましょう」
「うん、逃げるしかない」
 ふたりにとって、ヒスイとイカルガの教えは絶対だ。破ったらどんなお仕置きが待っていることか。考えただけで悪寒がする。
「式を飛ばせる?」
「先程飛ばしておきました。イカルガ兄さんなら気づいて下さるはずです」
 式を操る能力はカグヤの方が上だ。密かに式を飛ばしたことを敵に勘付かれていないのがその証拠だった。
「じゃあ後は、時間を稼ぐだけか。悔しいけど、正直相手の方が強い。どうしよう」
 スバルの言葉に、考えを巡らせていたカグヤが顔を上げた。
「こうなったら、封印を解くしかありませんね」
「うん……へっ!?」
 赤面するスバルに、カグヤは不思議そうな顔をする。
「何故赤くなるのですか?」
「だ、だって封印を解くってことは……!」
 モコロン達は神だ。本来、人間が扱いきれる力ではないので、封印を施されている。力の一端を発揮するには、その都度封印の解除が必要だ。
 だが、契約者が力を濫用しないため、封印はひとりでは解けない。解けるのは神竜の契約者同士のみ。すなわちスバルの封印を解けるのはカグヤだけ。
 ただ、解除方法が年頃の青年には悩ましい。人の魂が出入りする場所——唇で印に触れ、呪力を流しこまないといけない。
 平たく言えば、印にキスする必要がある。スバルの手首にカグヤがキスするということで、自分の唇が彼女の柔肌に……あとは察していただきたい。
「今はこの方法しかないのはわかっていますよね? ほら早く」
「う、うん……
 おずおずと華奢な腕を取る。こんな細腕のどこに、勇猛果敢に刀を振り回す力があるのか。腕から甘くていい匂いがする。これ以上固まっていると怒られそうだ。思い切って顔を寄せた。
 ヌバタンを顕現させたことで淡く輝く印に唇で触れると、微かな熱を感じた。そのまま呪力を吹き込む。
「は……
 吐息が艶めいて聞こえるのは自分の耳がおかしいせいか。
 カグヤもスバルの手を取り、手首を柔らかく食んだ。自分のものとは違う、清らかな呪力が巡るのを感じる。視界を閉ざし、燃えるような体の熱に耐える。力の奔流がおさまるとカグヤの方へ視線を向けた。
「ありがと」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「刀、貸して。さっきあいつと打ち合ったとき、少し手をひねっただろ? あとはオレがやる」
 逡巡の後、カグヤは素直に刀を差し出した。受け取り、代わりにボウガンを渡す。
「気を付けて」
「ああ。モコロン、カグヤを頼む」
「任せておけ」
 力がみなぎる昂揚感に身を任せ、屋上へ跳躍する。
「ヌバタン、やるよ!」
「わかった」
 黒竜が青白い炎を敵に吹きかけた。契約者以外を焼き尽くす神竜の息吹だ。
 シルクハットの男が咄嗟に女の身を守る。
 意識が逸れたのをいいことに、トランクを掴むと空へと放り投げた。飛んできた鞄をカグヤが受け止める。スバルは動きを止めず男へ斬りかかった。
「ベイロン!」
「問題ありません! 構わず姫様は神竜を!」
「ずいぶんとなめられたものだ」
 黒竜の瞳が蒼く輝いた。次の瞬間、女が苦悶の表情を浮かべくずおれる。
「息が……
「お前の周りの酸素を奪ってやった。呼吸ができない気分はどうだ? このまま我の体で締め殺してやろうか」
 くつくつと愉快そうに黒竜が嗤う。
「ヌバタン、殺生は駄目ですよ!」
「わかっとるわい! 本気にするでない!」
 何とまあ緊張感のない。カグヤと黒竜の仲の良さに嫉妬しつつ呆れていると、「よそ見をしている場合ですか」と黒衣の男が杖をくり出してくる。余裕がない様子に相手が焦っているのを感じ、スバルは刀を下ろした。
「スバル!? 一体何を」
 カグヤの慌てた声が聞こえる。任せて欲しいと手で制し、男へ話しかけた。
「もう、やめませんか?」
……今、何と?」
「ここで引いてくれれば、こちらも手は出しません。大切なんですよね? あの人のことが」
 男の視線がさまよう。この人は迷っている。うまくいけば、このまま退却してくれるかもしれない。推測が確信に変わろうとしたとき、男の背後から絞り出すような絶叫が響いた。
「ベイロン!」
「はっ」
 我に返ったように背を伸ばした男が、横薙ぎに杖を振るう。避けきれず、咄嗟に腕で脇腹をかばう。衝撃を殺すため、逆らわず転がり受け身を取った。
「スバル!」
「大丈夫!」
 やはり手加減をしている。もしかすると、戦うことを本気で望んでいないのだろうか。
 スバルが攻撃されたことで動揺するカグヤ達の隙をつくように、黒竜目がけ杖が飛ぶ。避けた拍子に術が弱まったのか、金髪の女が目にも留まらぬ速さでスバルの襟首を掴み地面へと押し倒した。
……こいつの命が惜しいなら、降りて来い、神竜ども」
「わかった! 言う通りにする、だから殺すな」
「駄目だ……みんなは、逃げて」
 スバルの訴えは、竜達にあえなく却下された。
「契約者の命が危ないのに、逃げる愚か者がどこにいる。やれやれ」
 ぼやきながら屋上に寄る黒竜。同じく屋上のすぐそばで止まった白竜の背から、カグヤが飛び降りた。金髪の女へボウガンを向ける。
「スバルを離してください」
「無駄なことを。神竜達をこちらに渡せば危害は加えない」
 あくまで目当ては神。人間を害するつもりはないということか。
「嫌です! あなたにとってはただの神でも、私にとって、この子達は家族なんです」
「家族だと? 馬鹿な……
 女が初めて明確な動揺を見せた。敵の視線を辿ったスバルも息を呑む。口を固く結び、紅藤色の瞳に涙を湛えたカグヤが女を見据えていた。
「お願いです、私から、家族を奪わないで」
……嘘だ、神が家族だと? 私は……私は……
 狼狽えている女の手から抜け出し、カグヤを守るように立ち塞がった。同じように、黒衣の男が女の前へ出る。
 再び戦いの火蓋が切られようとしていた、まさにそのときだった。
「そこまでです」
 凛としたよく通る声が響き渡ると、闇がスバル達の眼前を切り裂いた。
「イカルガ兄さん!」
「まったく無茶をする!」
「スバル、カグヤ! 無事かい!?」
 後からヒスイもやってきた。敵がふたり増えたことで不利を悟ったのだろう、女は剣を鞘に収めると隣に控える男へ言い放った。
「退くぞ、ベイロン」
「仰せのままに」
 去り際、女が銀鼠色の瞳をカグヤへと向けた。悲哀に満ちた色を目にしたスバルは戸惑う。どうしてあんな悲しそうな顔をするのだろうか。まるで、何かを後悔しているような。
 そもそも、何故西の術師がアズマへ出向き、この地の神を殺そうとしているのだろう。
 知り合いでもある六神を思い浮かべる。アズマでのんびり暮らしている彼らが、わざわざ西国で悪行をはたらくとは到底思えなかった。
「イカルガ兄さん、来て下さってありがとうございます」
 カグヤの声で思考から引き戻される。今は礼を言うべきだと思い直し、スバルもぺこりとお辞儀した。
「ありがとう、兄さん。カグヤが式を飛ばしてそんなに経ってないのに早かった…………
 じろりと冷たい視線を向けられ凍りつく。あ、駄目だこれ。完全にお小言コースだ。
 イカルガは大仰にため息を吐くと、「ちょっとそこにお並びなさい」とふたりを一列に立たせると仁王立ちした。
「何が早かったね、ですか! あなたが中途半端なメッセージをよこしたきり音沙汰がないから探していたんですよ!」
「あ」
 そういえば、メッセージを打っているときにカラスが鱗を奪い、そのまま追跡したのだった。
 スマホを見ると、『カグヤ』とだけ送信した履歴が残っていた。これは心配するに違いない。
「ご、ごめんなさい!」
「どれだけ心配したと思ってるんですか! 何度電話しても繋がらないし、待てど暮らせど式は飛んで来ないし! 周囲を手分けして探らせていたら、カグヤの式が飛んできたから良かったものの、下手すると死んでいたかもしれないんですよ!」
「兄さん、そんなに必死になって探してくれたんだ」
「イカルガ兄さん……
「ちょ、ふたりとも何をそんなに嬉しそうな顔をしているんです、私は怒っているんですよ……こら、抱きつこうとしない! あなたは成人済みでしょうやめなさい子供じゃあるまいし。カグヤも! 順番待ちみたいに並ぶんじゃありません!」
 段々とぐだぐだになってきた三人を見かね、ヒスイがスバルの頭を掴んだ。
「申し訳ありませんイカルガ様。不肖の弟子がご心配をおかけしました」
「痛い痛い痛い! 師匠、頭が割れるって!」
 老女とは思えない力で頭を握られ、抗議すると叱られた。
「やかましいわ! 未熟者ふたりで何とかしようなんて百万年早いよ! 大体式を飛ばすのが遅い! どうしてすぐアタシに知らせなかったんだい!」
 カグヤに会えて浮かれていました、とは絶対に言えない雰囲気だ。スバルは固く口を閉ざした。
「すみません」
 しょんぼりするスバルの頭を小突くと、ヒスイはカグヤに向き合った。師匠は幼馴染に甘いので、頭を絞めることはしない。その代わり、特大の雷が落ちそうだ。
「カグヤ、アンタもだよ! アンタがついていながら情けない!」
「すみません……
 しばらくガミガミ叱った後、腕組みをしたヒスイが高らかに宣言した。
「ふたりとも、しばらくは特訓だよ! ビシバシしごいてやるから覚悟しな!」
「ひぇ……
「何か言ったかいスバル?」
「いえ、何も!」
「よろしくお願いいたします」
 首を横に振るスバルと、深々と頭を下げるカグヤを一瞥し、ヒスイは嘆息した。
「無事で良かった……。本当にアンタたちときたら、小さい頃から世話が焼ける」
 柔らかい表情になったのは一瞬で、師匠は再び厳しい顔になるとカグヤにぴしゃりと言った。
「ツバメには伝えておくからね!」
「う……はい」
 カグヤの表情が苦々しいものに変わる。
 幼馴染は小さい頃から遠縁のツバメと暮らしている。血の繋がりが薄いとはいえ、ツバメは実の妹のようにカグヤの面倒をみてくれる気風のいい人だ。
 親代わりでもあるので、こういうときに目茶苦茶叱られるのは知っていた。頑張れ、と心の中で応援しておく。