保科
2026-04-03 01:45:43
4595文字
Public 超かぐや姫!
 

look at me!

いろかぐ 哲学やってるかぐやさんとぶれのないヤッチョさんとお仕事終わりの彩葉

「やぁーちぃーよぉーーー」
おおなんと情けない声か。端末のマイクが拾った音に顔を出したヤチヨは、眼の前のへにょへにょな自分にあらら、と肩をすくめる。起動5日目、まだまだ試運転中のかぐやさんだ。
「どうしたのかぐやってば、よく見れば元気ないねえ?アホ毛も萎れてるよ」
「相談乗って話聞いてうんうんそうだねっていって!」
「えーそれホンモノヤッチョいる?」
「いる!」
いるなら仕方ないなー。話を聞いてしんぜよう、と、ヤチヨは雰囲気作りに画面の背景を変えてあげる。お悩み相談コーナーで使ってる2Dツクヨミ、まあ、画面端のコメント欄はリスナー一人では動かないけれど。
事実魂を分け合った鏡写しの自分は、しかしとある天才科学者の手によってその道を分かたれてからは随分と遠い存在になった。今彼女が何を相談したいのか、実際、ヤチヨにはあまり見当はつかない。――いや、まあ、大枠はわかるけれども。
……彩葉のことなんだけど、さ」
そらみたというか、それ以外あるはずもなく。だよねえ、という気持ちを飲み込んで、ヤチヨは任されたうんうんそうだね係としての責務をまっとうする。
「彩葉がどうしたの?」
……彩葉ってさ、その、かぐやのこと」
「うんうん」
頷く。――かぐやのこと大好きだよね〜、彩葉。もう毎日メロメロなのは見てれば嫌でも伝わってくるというか、同じ熱量で愛されている私ヤチヨとしましても、全くもって悪い気はしないというか3人揃ってハッピーエンドみたいな、
……かぐや、のこと、あんまり、キョーミない感じかなあ……?」
「うん……?」
おっと雲行きが怪しいぞう。ヤチヨはにっこり笑顔に、思わず困惑をにじませる。


……。かぐやは、どうして、そう思ったの?」
……なんとなく……
まるで見当もつかない質問にしばし黙り込んだ後。気を取り直して問い質せば、すっかり画面のヤチヨとすら目を合わせなくなったかぐやは、小さな声でそう呟く。
なんとなく。なんとなく、ね。ヤチヨは思わず繰り返す。そう、仮定でも思わせような態度を、彩葉は絶対にしていない。
真反対のダダ甘やかしだ、本人はあれでも自制しているつもりだろうけれど、子育てだったら大失敗なくらいに甘やかしている位には。
「嘘だね?」
観念しなさい、という圧を込め、ヤチヨはにっこりと微笑む。圧に押されたかぐやが、ごにょ、と小さく口をとがらせる。
……、うんうんそうだね〜って言ってよぉ……
「他の話題だったらそれでも良いけど、彩葉の話題は看過できかねるかなぁ。巡り巡ってヤチヨの問題にもなりかねないし」
「うぅ〜………
ディスプレイの端をつかんで首を振ったかぐやは、恨めしそうに中の人を睨む。
「やっぱし、ヤチヨになんぞ相談するんじゃなかった……!」
「ドンマイドンマイ!判断ミスを悔やむより前を向いたほうがいいよ〜」
「正論が一番むかつくの!てかヤチヨがゆーな!」
「ヨヨヨ〜、ごもっともだネ。
――で、その心は?」
……………
箸は休めど話は逸らさせない。軌道修正に噛み付く勢いをするすると失ったかぐやは、小さく息を吐く。ようやく、彼女の目がカメラを捉える。
……彩葉が……優しいの」
「うん」
良いことだ。頷くヤチヨに、かぐやは困ったように笑う。
「優しいのはさ、嬉しいよ?
嬉しくて、でも、……かぐやにじゃ、ないなって」
……じゃない?」
「かぐやを見るときの目が、……ヤチヨを見る目と同じままなんだ。分かるんだよね」
……それは」
だって、そうだろう。戸惑い気味のヤチヨの相槌に、かぐやはゆるく頭を振る。
「そう、間違ってない。正しいよ、でもさ。
――彩葉が見てる先にいるのが全部『ヤチヨ』なら、今のかぐやの存在意義って、なんなんだろって、……
……おもうんだよねえ、という呟きは、ため息の内側に溶けるように消えていった。――今のかぐやは、ヤチヨとしての記憶や経験を一定以上持ちつつも、ツクヨミにまつわる権限を持たず、原初たるべく意識をチューンナップされた存在だ。紆余曲折、やっと『私』が手に入れた還りたかった姿は、今や純然たる「かぐや」そのものではない。懸念する理由は、分からなくもない。
でも。
……かぐやさあ」
「ん?」
――ううん、なんでもない」
喉元まででかかった『ばかだなぁ』を、必要ないと飲み込んだ。自分を罵倒してもいいことなんてありはしないから。――そういうのは、適切な人に任せるのが吉だ。
「いやはや、やっぱり、私達ってば揃いも揃って面倒なプリンセスでありますなぁ」
「お〜?茶化してさぁ。かぐやってば真剣に悩んでるんですけど〜?」
「うんうんそうだね〜。
というわけで、親切なヤッチョがお悩みホットラインに繋いでおいたから、その続き含めてちゃんと解決するといいよ」
「はぇ?え、……いや待っ」
脈絡のない言葉に瞬いたかぐやが、即座に意図を理解して目を見開いた矢先。
『はい代わりましたお悩みホットライン窓口の酒寄です。
――かぐや。お話がありますので、そこから動かないように』
「い、彩葉ぁ……!?」
バックグラウンドで走らせていた音声通話、ミュート解除した通話口から早速漏れ出る絶賛不機嫌な声は、他でもない彩葉のものだ。
絶句したかぐやが、ぎぎぎ、と関節不調な動きでヤチヨに向き直る。てへぺろ、舌を出して茶目っ気の謝罪ひとつ。
「ごめんごめ〜ん。前々からかぐやの様子がおかしいので、もし何か分かるようなら教えて〜って、まあ、他でもない彩葉に頼まれちゃったらねえ?」
「う、裏切り者ぉ!」
「ノンノン、――ヤッチョは最初から彩葉の味方なもので!」
『どーもね。ヤチヨ大好き愛してる』
「ヤッチョもー!」
ラブコールに精一杯の愛嬌で返して。それじゃあさらばーい、と、通話アプリを表にあげたらば、ヤッチョはクールに去るのです。
さて、これから暫く、対ヤチヨについて不機嫌だろうかぐやのご機嫌取りの手段を考えなければならないが、これがどうして大変だ――だって『私』が、そんな簡単に蛮行に走った『私』を許すはずがないからね。いやはや。


さて。自分の面をしたアンポンタンが満足げに電子の海に帰るのを呆然と見送るかぐやに、しかし呆けてる余地はない。説教モードの彩葉のどすの利いた声が、かぐやを鋭く縫い留める。
『こら。逃げてない?』
……ないですぅ〜……
戸籍もない身の上、もとより彩葉の側以外に行く宛もなく。こうなったら自棄だ。ごろんとその場にひっくり返って、カーペットをなぞりこなす。
『ならよし。……で?正直、言ってることは半分くらいしか分かってないけど。
つまり、あんたは私にどうしてほしいワケ』
………分かんない。
でも、……かぐやを、見てほしーな、って……
そのまま、ゆるゆる回る天井のファンをぼんやり見上げた。8000年前に確かにあったはずの彩葉とかぐやの正解は、視界でどんどんかすんでいくハネのように、すっかりぼやけてしまっているのに。でも、ずっとヤチヨとして見てきた彩葉のまなざしは鮮明で、だからこそ、違うと思ってしまって仕方ない。
ヤチヨじゃない。ヤチヨだけど、かぐやは、――かぐやは。かぐやって、誰なんだろう。ぼんやりと毛羽立ったカーペットを眺めるかぐやの耳に、呆れた彩葉の声がぼんやり響く。
……竹割ったみたいにさっぱりしてる割に、よく分かんない所で駄々こねるよね、いつも』
「ええ、そーかなぁ?」
『そうそう、そうだよ。
――ほら。こうやって見てる。かぐやのこと』
…………
ちらり、見上げたディスプレイはサウンドオンリーだ。そんなかぐやの行動を読んだように、彩葉は楽しげに喉を鳴らす。
『仕方ないでしょ、今外なんだから』
「うぇ。何でわかるの……?」
『何でも。何だって。かぐやだから。
ヤチヨもひっくるめて、かぐやのことだけずっと見てきた。今もそう。これからも。
……だからさ、かぐやがいないと、かぐやじゃないと。
嫌だよ、私は』
―――……うん……
『存在意義とか、そんなお仕着せの話関係ない。私が、かぐやと一緒にいたいの。……わかってよ』
「うん、……そーだよね……そうだね」
その声はかすかに震えていて、彼女の悲哀が滲むようで。ああ、ひどいことをいったなあ、と思う。謝罪の言葉はすぐにこぼれ落ちた。
……ごめんなさい」
……はぁ。次、ないからね』
「うん。……わかってる」
怒ったフリの、柔らかな声がかぐやを叱った矢先。がちゃり。玄関戸の開く音に振り返れば、そこには当然のように彩葉が立っているので、かぐやは目を剥いた。――まだ勤務時間のはずだ。ディスプレイの通話アイコンと、イヤホンを耳元にかけた彩葉の口元がシンクロする。
『「ただいま。許す」』
……うぇ?あ――あれ!?彩葉なんで!?おかえり!?」
「へ?何でって、……あんな愚痴聞いたら誰だって帰るでしょ。早退ですよ」
通話を切りながら当然のように返されてしまい。え、えー……とかぐやは思わず上ずった声で聞き返す。言葉は分かるけど、理解が追いつかない。かつて、命よりだいじ、と口にされた言葉を思い出す。
「何、それぇ……?」
「疑問ばっかじゃん……そんなに変?」
「変、っていうか……
なんというか。やっぱり辻褄が合わない。――だって彩葉が、こんなに『かぐや』に優しいなんて。浮かぶ眼差しは柔らかな熱を孕んでいて、ほら、『かぐや』はこんなの知らない。
……彩葉、かぐやのこと大好きじゃん……
思わず、思ったままを口にすれば、彩葉は羽織っていた白衣を脱ぎながら、かぐやへ目もくれず口にする。
「今更。なんだと思ってんの」
……ヤチヨだから?」
……んー、それもそうだけど。今はちょっと違う。
かぐやだから」
うつむきかけていた顔を上げる。彩葉がかぐやを見ている。――彩葉のお疲れで眠たげな眼差しが、誰でもないかぐやをまっすぐ見ていて。目が合う。視線が混ざって、その瞳のなかの、あふれる愛おしさが、今、ただひとり自分に向けられる。
そこで初めて、かぐやは己の勘違いに気がついた。
「かぐやが好きだから、ですけど?」
…………あ」
――そっか。彩葉は『ヤチヨを見てる』んじゃなくて。
『大好きな人を見てる』んだ、これ。
一度気づいてしまえば、後は簡単というか、納得は容易かった。『――ううん、なんでもない』と飲み込まれたヤチヨの言葉も、あきれたような眼差しの意味も、今ならわかる――彼女からすれば、きっとかぐやの一人相撲は不思議に映ったことだろう。
ヤチヨを見ているんじゃなくて、ヤチヨと同じ、彩葉にとって大好きな人を――かぐやの、ことを。
人工皮膚がじわじわと熱を帯びるのに頬を押さえれば、少し照れくさそうな彩葉が、かぐや?と呼ぶ。
「取り敢えずさ、なんか勘違いしてるっぽいからそれ正すところから話したいんだけど、いい?……ちょっと、どうしたの」
「え、と、大丈夫、無問題、超絶理解ハイパーオーケー……
「大丈夫じゃない人の態度だけどそれ」
困惑気味の彩葉には申し訳ないけれど。八千年前からのアップデートの連続で、かぐやのキャパはもう、いっぱいいっぱいである。