そらごとに隠れ咲く

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
嘘をついてもいい日だからこそ。

命をすのが、当たり前。そんな日々に身を置いているからこそ、ふと、人間ならばつい思ってしまうことがある。

漠然とした不安や、それが当たり前になった煩わしさとは別の、淡い希望のようなもの。

月下の桜吹雪の中、人気の失せたカムラの里の集会所前で、里の英雄たる娘は飛花ひかに手を伸ばし、花びらに羨望の眼差しを向けていた。

「──わたしも、桜みたいになれたらいいのになあ……

その一言に、娘の隣で観桜を楽しんでいた彼女の師であり想い人たるウツシが、ぴたりと動きを止める。
意味深なその言葉にきょとんと目を丸くした彼は、愛する人を見つめながら小首を傾げた。

「桜みたいに? キミは、もう桜みたいに……ううん、それよりずっとずっと、可愛いよ?」
「んんっ、もう、そういうのじゃなくて」

聞いている方が気恥ずかしくなるようなウツシの言葉に苦笑した娘は、比較的慣れた様子で受け流しつつ、改めて桜を見やる。

「桜って特に、ほら……こんな風に、散る時も綺麗でしょう? それがたった1輪でも、心に残って、とっても素敵ですから……
「!」

丸くなっていたウツシの瞳が、驚いた様子で小さく見開かれる。
どくん、と心臓が大きく鼓動した彼の中でほんの一瞬、時は止まったことだろう。胸を刺すような痛みと、どこか悟りにも似た微かな安らぎや共感が複雑に絡み合いながら、じわじわと重くのしかかってくるような気配。それと重なるように、考えたくもない史上の悲哀が娘の口にした『散る』『たった1輪でも』という言葉の奥底に宿っているような気がして、彼は切なげに眉を下げた。

「そ、れは……どういう、意味だい?」

一頻ひとしきり、天満月あまみつつきが半分ほど雲の中に隠れ、まるで陽射しのようだった月光が弱まる。

それでも花びらは健気に、わずかな光の中でも銀白色ぎんはくしょくに輝いた。

「1輪になっても、散るならこんな風に潔く、綺麗に……って」

娘は笑顔で囁いたが、それに対して「散る……?」と、少し低くなったウツシの復唱が、疑問を帯びて返ってくる。

彼女はその声の中に、彼が抱いたのであろう、あまりにも巨大な不安を瞬時に、的確に感じ取った。
重くよどみかけた空気を吹き飛ばすように、彼女はウツシの正面で晴れやかに、どこか悪戯っぽく笑ってみせる。

「──嘘、ですよ」

下から舞い上がるような花風はなかぜが、地の落花らっかたちをも、ふわりと一斉に浮かび上がらせた。

……嘘?」

ぽつりと復唱したウツシに、娘は彼を安堵させるように笑顔で大きく頷く。

月の仄明ほのあかりの中で、彼女の笑顔は何よりもまばゆく煌めいた──が、すぐにその瞳の奥には、極端に驚愕して物哀しげな様子の最愛の人への、どこか申し訳なさそうな色が宿って。

「ごめん、なさい。今日は……嘘をついてもいい日だったなぁって、思い出して」

妙なほど無邪気に紡がれた娘の言葉に、ウツシの心臓が切なく震えた。そんな日だからこそ、本音が出てしまったのかと深読みが止まらなくなる。

彼にも覚えがあった。孤独に狩場に出続けて、命を賭し続けることが当然だからこそ、考えてしまうことがある。

大丈夫だよ、と口から飛び出そうになった言葉を、ウツシは一旦呑みこんだ。

今の、人里を脅かすモンスターたちを圧倒する天賦てんぷの才と実力を持つ強者ツワモノながら、嘘かまことか、散り際の願いを口にした、花も恥じらうほどに美しい愛する人。
そんな彼女に投げかけるには、あまりに陳腐ちんぷな言葉な気がしてしまったから。

(まさかキミも、あの頃の俺と同じことを……)

静けさの中に娘の声が流れた刹那、風に雲が散り、また姿を見せた天満月は天を飾って、燦爛さんらんと里に降り注ぐ。

真珠色の月光は揺蕩たゆた数多あまたの花びらたちに触れ、柔らかな7色の光を生んだ。

月華げっかの中、あまりにもたおやかな笑顔が咲いて──ウツシの目には、彼女がそのまま、花びらと共に散ってしまいそうなほど、泡沫うたかたごとき美しさに見えて。

「──愛弟子。俺は……キミを……!」

花びらの中に飛び込むように、ウツシが娘を両手で抱きしめた。

最愛の人の腕の中、驚いたような鈴眼すずまなこでぱちぱちと大きくまばたきをした彼女は、申し訳なさそうなまま、けれどその温もりに幸せそうに微笑む。

……ずっと一緒に、あなたと咲いていられたらいいのにな」 

大好きな腕の中で『嘘』を悔いるように、切に響いた娘の言葉に、ウツシが「ふふっ……」と小さく笑声をこぼした。

「そうだね。俺も、キミと一緒にずっと咲いていたいな」
……本当に?」
「うん? もちろん、当たり前じゃないか」
「絶対? 先に散ったり、しないですか?」
……!」

腕の中の娘を見つめたウツシが、はっと先ほど以上に目を見開く。

この言葉こそ、先ほど『1輪で散る時も』も語った彼女の本音であること。それが、微かに震える声と、瞳の中で月明かりをたたえて滲み揺れる、心許こころもとなげな光から確信できた。


──ああ愛弟子、ごめんね、やっと分かった……

──キミの恐れの根は、自分が散る時ではなく……


ウツシの胸が、強く締めつけられる。今度は彼の瞳の中に、申し訳なさそうな光が揺れた。

いつまでも幸せに、喜びに満ちて楽しく笑っていてほしい最愛の人を、どんな理由があれ、ほんの一時であれ、こんな形で怯えさせてしまったことが、そしてその恐怖をすぐにすくえなかったことが、とにかく心苦しかった。

娘にとって愛しいウツシの命は、ずいぶん早く、先に咲いた花。

だから、先に散る。

それは自然の摂理であり、共に散ることなど叶わないのだと。

命は儚い。狩場に出れば出るほど、それを日々痛感してきた彼女の中に芽生えた願望。

1輪でも気高く、散り際さえ美しい桜になれたなら──と。

(違う、違う、愛弟子、俺は。俺はキミにそんな思いは、絶対に……!)

懸命に、何かを否定するように首を横に振りながら、ウツシが娘を見やった。

@acadine