千草莱
2026-03-28 01:06:54
3444文字
Public 弟子バロ
 

【大逆転裁判】Over drink おかわり

お酒に関するネタの後日談。二人で場末の酒場に繰り出すお話。※港の漢時代の仲間を捏造しています

【Over drink】の続きです

Over drink おかわり


「今度、あの店に二人で飲みに行かないか?」

バンジークスと二人で晩酌をしている最中、亜双義が少し神妙な面持ちで告げる。
思いを交わして以来、馴染みだった酒場への足は遠のいていた。
一人で憂さ晴らしをするよりも、愛しい人と過ごす方が楽しいのは当然。
週に一度程通っていた店に、気が付けば三か月は行っていなかった。
店主がちょっとは心配しているかもしれないから、そろそろ顔を出したい。
市民感情に直に触れられる場というのも、検事としては大事なものだ。
だがバンジークスを一人残してまで行きたいわけではない。
あまり好まぬ場だろうが、一度くらいなら許してくれるのではないか。
そんな思いからの誘いであった。

「私が行ってもよいのか?店の者が委縮するのでは」

「大丈夫だろ。あいつはずっと海にいたから死神のことは知らないはずだ。
 お貴族様が来たことには驚くかもしれんがな」

「そうか。君が世話になっているなら挨拶したいと思っていたのだ」

バンジークスの保護者のような言い草に、亜双義は少し反抗心を抱くも
快諾されたことに安堵した。

「ああいった店には、社会勉強として一度だけ連れて行かれたきりだ。
 十年以上も経って、まさか君に連れられるとは」

手の中のグラスを転がしながら、懐かしそうな顔をする。
その様子に、亜双義は確信めいたものを感じた。

「連れて行ったのは、俺の父か?」

……そうだ。彼は検事ならば全ての階級の現実を見るべきだと言って
 私をいろんなところへ連れ出してくれたのだ」

貴族の当主であるクリムトと違い、玄真は労働階級の者とも交流があり
それは刑事としての能力にも大いに影響していた。
裁判は貴族だけが行うものではない。全ての人が対象であるからには
裁く側はあまねく実情を知る必要がある。
新しい時代の検事となるバロックに、玄真はそれを教えようとしてくれた。

不意に聞かされた父の話に亜双義の心はざわつく。
刑事としての立派な心構えに尊敬の念は深まるが、それを語るバンジークスの様子が、
まるで憧れの君を思うようなのは気にいらない。
既に故人である父が恋のライバルなんて、笑えない冗談だ。

グラスを空にした後、言葉もかけずにバンジークスの手を引いてベッドに向かう。
(初めての夜以降、晩酌=閨の誘いというのが暗黙の了解となっている)
肩や腰を掴む指に、少々苛立ちをこめてしまったらしい。
亜双義は翌朝、バンジークスの身体にのこる痕を見て密かに反省した。



 数日後、仕事を終えて二人連れ立って酒場へと向かう。
亜双義はいつもよりシワの多いシャツ、肘や膝ががこすれたジャケットとズボン。
すれ違う労働者たちにとけこむような恰好をしている。
バンジークスもいつもよりぐっとグレードを落とした服ではあるが
金持ちらしさは拭い去れない。ちらちらと視線は感じるが、目深に被った帽子の
おかげか、かの死神検事であることまではバレていないようだ。

店に入り、亜双義が店主に挨拶をする。厳つい身体に人懐こい顔をした店主は
久しぶりに現れた友人を笑顔で迎えた。
後ろに控えていたバンジークスを、今仕えている主人だと紹介する。
記憶が戻ったことと本名は教えてあるが、検事であることは伝えていない。
かたい職業の名前を出すことで警戒されるのは避けたかった。
バンジークスのことも検事とは言わず、ちょっといい家の主人、とだけ説明する。
店主は、主人がわざわざ使用人の馴染みの店に顔を出すことに驚いたようだが、
詳しく詮索するようなことはなかった。この気遣いが、亜双義が彼を気に入る所以である。

「こんな立派な旦那のところで働くなんて、偉くなったなあ!
 こいつは船にいる時から何かと目端が利いて重宝されてたんですよ。
 なかなかお役にたってるんじゃないですか?」

カウンターの向こう、手際よく酒を注いだり料理を盛りつけたりしながら
気さくにバンジークスに話しかける。
無礼だなどと怒ってくれるなよ、と思いつつ亜双義が“旦那”を伺うと
意外にも笑っていた。

「ああ、いつも助けられている」

この言葉を聞けただけで、この店に連れてきてよかったと心から思う。

口に合うものがあるか心配する店主にバンジークスはジンを所望した。
こういうところでなければ飲まない酒を飲むのだ、と涼しい顔をしている。
きっとこれも玄真の教えなのだろう、と思いつつ亜双義も同じものを頼む。
この店名物の料理もいくつか頼み、揚げた芋やら焼いた肉やら、
普段屋敷では出ないような皿が並ぶ。
店主のこだわりのおかげで、味は亜双義の保証つきだ。
繊細な高級料理とは違った、大衆の腹を喜ばせるおいしさがバンジークスには新鮮だ。
(かつて連れて行かれた店の料理は、料理と呼ぶのがはばかられるものだった)

忙しい合間をぬって、店主と亜双義は世間話をしていた。そのうち隣に座った知らぬ男たちも
輪に加わり、仕事の愚痴や流行りの娯楽について盛り上がる。
”亜双義検事”ではない、船や港で働いていた頃のような顔をしている彼を見て
バンジークスは従者として引き合わされたばかりの姿を思い出した。
肌は浅黒くかさついて、髪も日に焼けてバサバサで赤茶けていた。
今やよく知る滑らかな肌と艶やかな黒髪とはまったく違う。
従者の頃の彼の肌や髪に触れることはついぞなかったが、いったいどんな触れ心地だったのか。
そこまで思い至って、己の不埒な思考に気が付き紛らわすようにジンを煽った。

 二時間近くは過ごしただろうか。“旦那”を安酒で悪酔いさせるのも悪いから、と
二人は店主に挨拶をして酒場を出た。
店の外もひと時の楽しみを求める労働者たちがあふれ喧騒に満ちている。
亜双義は酔い覚ましに少し歩いてから馬車に乗ろうと提案し、バンジークスの手を握る。
バンジークスは人目を心配したが、亜双義は誰も気にしてないと笑い飛ばした。
肩を組んで歌いながら練り歩く酔っぱらいがそこら中にいるのだ。
澄ました顔で歩いている方が目立つくらいだろう。
バンジークスは自分が生きる世界との違いを肌で感じた。
この世界も確かに倫敦であり、自分たちが法廷で出会う人たちの多くはここで生きている。


 屋敷の使用人たちには出迎え不用とあらかじめ伝えてあった。
建物の中は静まり返っていて、少し前までさらされていた喧騒が夢のようだ。
廊下を歩きながら亜双義が服についた匂いをかぐ。

「まだあの店にいるみたいだ」

「確かに……なんだか落ち着かぬ」

酒と脂とタバコが混ざり合って、少し外を歩いたくらいでは取れない匂いとなって
まとわりついている。
亜双義がふと何かを思いついたように立ち止まり、バンジークスに抱きついた。
驚くバンジークスの目を掌で覆って隠すと、耳元に口を寄せる。

「こうしていると、知らない人に抱かれてる心地にならないか?」

「悪趣味だな」

くつくつと笑う亜双義に、バンジークスは渋い顔を返す。
抱きしめられた瞬間浮かんだのが、先ほど酒場で見た知らぬ顔の君だったなどとは決して言うまい。
ましてや、それに少し興奮してしまったなんて。バンジークスは秘密を悟られぬように顔をそらした。

「風呂の用意をしてもらってある。一緒に入って身体を洗ってやろうか。
 いつもの匂いになれるぞ」

腕を離さずに亜双義が続ける。いつもは廊下でこんなことはしないが、
使用人がもう休んでいて見られることもないせいか大胆だ。

「どうした。妙に絡んで」

「ずっと拗ねたような顔をしていただろう。
 帰ったらたっぷり構ってやろうと思っていたんだ」

頬に何度もキスをして、にやりとする。
酒場で味わった疎外感を見抜かれていたことに、バンジークスは気恥ずかしくて
亜双義の顔が見れなかった。

「拗ねてなどいない」

「では様子がおかしかったのはなんでだ?」

……慣れぬ場と酒で、少し悪酔いしただけだ」

「それは大変だ!早く寝た方がいいぞ」

亜双義はわざと大げさに返すと、がばりと身体を離してバンジークスの顔をのぞき込む。

「意地が悪い」

こちらを睨みながら消え入りそうな程小さな声でつぶやく“旦那”の手をひいて
亜双義は寝室へと導いた。

-完-