ゑ/圓堂
2026-03-22 00:00:00
4269文字
Public 月詠サーバー(満月本丸)
 

【刀剣乱舞】さよならのその先へ【笹貫×創作男審神者】

笹貫×46歳人たらしおじさん審神者の刀さに♂。主を亡くしたり、問題起こして追い出されたり、先天性の異常を抱えて顕現した刀剣男士を引き取ってる満月本丸《みちづきほんまる》という本丸のお話です。みちさんBD2026。捨てきれずにいた現世との最後の繋がりとお別れし、心を新たに満月本丸の審神者として、また笹貫の生涯のパートナーとして生きることを決断するみちさんと、そんなみちさんの傍に変わらず在り続ける笹貫の、3/21から3/22にかけての話。過去作『黄昏供養』を先に読んでいただいた方がより理解が深まるかもです→https://privatter.me/page/67952970313aa

「ここに来るのは、これで最後にするよ。僕はもうこの世界には居ないんだから」
————さよなら、母さん」
小さなそよ風が躍る静かな墓地に、僕の独白はやけに響いた。



――――……

三月下旬の、一抹の肌寒さを纏った柔らかな陽射しが心地好い。
穏やかな光を背に少しばかり歩き、墓地からほど近い場所にある喫茶店の古めかしい扉を開けると、ガランとドアベルが掠れた音を立てた。BGMも何もない店内は閑散としていて、いつも必ず居る常連客の老人の顔が二三見えるだけだ。だから僕は、用事が済むまで待つように言いつけていた笹貫の姿をすぐに見付けることが出来た。
「ごめんね、待たせたね」
彼の待つテーブルの上の、既に空になった皿を見て僕は詫びを入れる。しっかり本丸で朝食を食べた上で、ピラフか何かを食べたらしい——時刻はまだ昼には暫くかかりそうな時間であったが、普段から食欲旺盛な彼にとってこれは間食程度のものなのだろう。
「ん、平気。——もう用事終わり?」
「うん」
僕が向かいに腰を下ろすのを見届けてから、笹貫は僕にメニューを差し出しながら問うた。現世用の私服に身を包んでいても尚、都会の繁華街にしかそぐわなさそうな彼が、不思議とこの年季の入った喫茶店の景色に調和している。彼の本質が数百年前の文化財だからなのかもしれない——僕はそぞろに思う。
少し悩んでアイリッシュコーヒーを注文した僕の横から、笹貫がコーヒーのおかわりとチーズケーキを追加で所望した。くたびれた顔の店主が、珍しく眠たげな目を見開くようにして、隠す素振りもなく交互に僕らを見つめる。普段は時の政府の担当統括官である乃木くんとしか来たことがなかった上、傍から見れば珍妙な組み合わせなのだろうから無理もない。
「君のその身体のどこにそんなに入るのやら……
「シンチンタイシャ、ってやつっしょ」
知らんけど、と歪なイントネーションで結んだのは、きっと彼の同僚である明石国行の受け売りだろう。適当だなぁ、と僕は苦笑した。

注文した品々が運ばれてきた後、僕らは近頃本丸で起きた他愛もない日常を共有し合った。
近侍の歌仙兼定が、一振りで引き受けた買い出しにて僕が頼んだ品を珍しく間違えて買ってきたこと。遠征先で笹貫と同じ部隊にいた大包平が、成り行きで現地の子供らのお守りをする羽目になったこと。僕が夜更けに水を汲みに厨に行ったら、こっそり夜食を作って食べようとしていた大倶利伽羅に遭遇したこと。笹貫が先日内番で相方になった大和守安定から、現世土産として女児が好みそうな髪留めをもらったこと。
僕の視点から語られる物語に笹貫は嬉しそうに目を細め、笹貫から語られる物語に僕は心の底から笑った。すべてが愛おしく、最早手放すことの出来ないものだ。僕は可笑しみの奥で、今日自分が決断したことは間違っていなかった——そう確信した。

琥珀色が凝縮したような木目のテーブルの上にコーヒーがふたつだけになったところで、僕は備え付けられた硝子製の小さな灰皿を手繰り寄せ、喫煙具を鞄から取り出し一服点けた。じり、と乾いた葉が火種に取り込まれる音を聞きながら深く煙を取り込み、間を置いてゆっくりと吐き出す。その一挙手一投足を笹貫がじっと見詰めていることは、目視しなくとも気配で判る。慣れた無遠慮な視線を一身に浴びながら、僕は目を伏せたまま口を開いた。
——今日、母親にお別れをしてきたよ」
いや、厳密に言えば母親だけでなく、父親や祖父母や、先祖も含めてか——僕がそう続けても尚、笹貫は黙っている。彼の表情が少しばかり気になったが、顔を上げるのは止した。
「身内の供養という名目だから乃木くんは黙って毎年墓参りに付き合ってくれていたけれど、今思えば審神者になると決めた時から、それも捨てなくちゃいけなかったんだろうね。君とのことと言い、肝心なことはいつも遠回りになってしまうな——でもそれも、今日で終わりだ」
僕は漸く顔を上げた。笹貫は——いつになく穏やかに、慈しみ深い微笑を湛えている。
美しい土国石トルコいしの眼球の奥へ、僕は笑んでみせた。
「僕は今度こそ君と、本丸の皆のために生きるよ」
あと何年残されているかは分からないけれど——というネガティブな言葉は続けずに、胸の奥へと仕舞い込む。
笹貫の微笑が、見慣れた仄昏い愉悦の色に染まる。短く「ん」と肯定すると、卓上で軽く拳を作っていた僕の左手を包むように握った。





――――……

あっという間に夜が更け、今日が終わろうとしている。
昼過ぎに本丸へと帰還した途端、僕らを待ち受けていたのは時の政府からの急な出陣要請であった。慌ただしく予定の調整に奔走しているうちに、笹貫は率先して出陣し、残された僕は努めて日常を立て直すことに尽力した。満月本丸みちづきほんまるの審神者として僕がやるべきことは、様々なものを抱えながら死闘に赴く彼らに安心して帰って来てもらえる場所を提供することこそが第一だと、そう信じている。

まだ戻らぬ笹貫のことを心の内に留め置きつつ入浴して人心地着いた後、夜着の浴衣に半纏を羽織り、僕はひんやりとした自室前の縁側に腰掛けて、本日何本目かの煙草を燻らせていた。湯上りに喫煙など、大学生以来のことかもしれない。普段は寝具に残り香が移りそうで敬遠しているのだ。辞めてしまえばいいのかもしれないが、今更辞めても健康上において手遅れのような気がする。そもそも辞められる気がしない。ヘビースモーカーとは呼べないが、これだけ長く連れ添ってきてしまったらそう易々と離れられるものではない。
ふう、と夜空にぽっかり光の穴を開ける満月へと、紫煙を吹きかける。霧散するそれを目で追いながら、僕は今日に至るまでの回想に耽る。

午前中の今生最後の墓参りは、去年の盆参りを済ませた直後から密かに計画していたものであった。特に何か大きなきっかけがあったということは無い。しかし、突発的な思い付きということでも無い。この月詠サーバー内で知り合い関わるようになった人々との交流と、満月本丸で積み重ねた刀剣男士らとの生活——特に笹貫と共に過ごす歳月を重ねるごとに降り積もった小さな想いが、やっと重い腰を上げさせたといったところだろう。
父母らが眠る墓を訪ねることを『現世への未練』と認識したことは一度も無い。どちらかといえば『義務』だと思っていた。しかし、それは僕が勝手にそう思い込んでいるだけのことで、それは即ちまだ現世に囚われたままであるということを示しているのではないか——墓前に手を合わせながらそんな思いがふと過った僕はつい数週間前までずっと、一人の時間に自問自答を続けていた。そしてやっと、この春彼岸を利用して真に現世と決別することを決めたのだ。
もし僕が先祖供養を続けることで『現世への未練あり』と判断され、審神者の任を解かれるようなことにでもなってしまったら——嫌だ。審神者を解任された後にどのような処遇が待っているかは知る由もないが、仮に命を代償にしなければならないとしても、それよりもずっと今の生活を手放すこと——そして笹貫と別離することの方が、嫌だ。心の底からそう思っている。だから、現世と僕を唯一繋ぐもの——須藤家との関わりの方を捨てることにしたのだ。
笹貫を同行させて、本当に良かった——僕はしみじみと実感する。真名を明かすわけにいかない以上墓まで連れては行けなかったが、それでもすぐ傍で彼が待っていてくれていることで大いに僕の心は救われた。喫茶店でのひとときも、帰路の間も、僕一人ではきっと余計なものを沢山抱えてしまっていただろう。笹貫が居たから無駄な思考をせずに済み、普段なら心の奥深くに仕舞い込んでいただろう本音を彼に明け渡すことが出来たのだ。

僕にとって、笹貫の存在は最早半身とさえ呼べるほど、大きく深く影響している。
だから僕は、こうして——

——あれ、珍しいね」
最後の煙を味わったところで声を掛けられ、僕は危うく噎せそうになる。堪えて振り返ると、いつの間にか帰還していたらしい笹貫が、すっかり寝支度を整えた格好で廊下の角から近付いてくるところであった。
「こんな時間まで起きてんのも、風呂上がりなのに煙草吸ってんのも」
「はは、そうだね。まぁ、こんな日もあるよ」
吸い終わった煙草を灰皿に押し付けているうちに、笹貫は僕のすぐ隣へと並んだ。鮮やかなあお双眸まなこが僕を見下ろし、ゆったりと唇の端を吊り上げる。
「待っててくれた感じ?」
容易く目を背けていた核心に触れられて、僕は苦笑した。
「そういうことになっちゃうね。——おかえり」
「ん、ただいま」
遅れた帰宅の挨拶を交わしながら、笹貫がおもむろに差し伸べた手を取る。重なる掌はぴったりと合わさり、僕の内側の欠けたところをすぐに埋め尽くした。

我が物顔の笹貫に導かれるままベッドへと潜り込み、彼の頑健な体躯にしがみつく。すっかり湯冷めしてしまった全身の皮膚が、熱い温もりにじんじんと痺れる。心地好い。笹貫とこうした仲になるまで、寝具の中などというプライベートな空間に誰かの侵入を許すことなど、到底考えられないことだった。独りでいいと、そう思っていた。否——やはり僕にとって彼は、半身なのだ。

笹貫は僕の旋毛に鼻先を押し当て、深呼吸を繰り返している。煙草臭くないかとくぐもった声で問うと、オレは好きと返ってきた。明け透けな惚気も最早日常会話である。僕は照れることもなく、ならいいやとおざなりに答えた。

「あ、」
「どうしたの」
暫くして唐突に声を大にした笹貫に、僕は横たわったまま背伸びをして顔を上げる。煌煌と窓から注ぐ月光が眩しい。彼は枕元を何やら手探りした後、やがて僕が普段から使っている何の変哲もない目覚まし時計を僕へと見せびらかしながら再び向き直った。

アナログ時計の針は丁度日付が変わったことを示している。三月二十一日が昨日になった。

「みちさん、誕生日おめでとう」
うっとりとした眼差しで、笹貫が告げる。首の付け根の辺りがそわそわとさざ波立ち、じくじくと心臓の辺りが甘く疼く。ありふれた言葉だとしても、彼が僕だけにくれる祝福というのは、それだけでどうしようもなく幸せな気持ちにさせられてしまう。

僕は返事をする代わりに、ありったけの感謝と愛情と——『君と共に生きていく』という想いを込めて、笹貫の顔を引き寄せると深く口付けた。