篝火
あの後、地図にしめされたルートを頼りにし、ニールは巡礼をこなしていった。そして次が三箇所目。
「流石にこの辺は再起動してもしなくてもそこそこ明るいな」
「まあ、この辺だいたいガス灯だしね」
現在、ニールたち第一区画の装置まで戻ろうとしている最中である。
このあたりは他の区画と比べると、遥かに明るい街並みが広がっている。もともと明かりをガス灯にたよっているということもあるのだが、それを差し引いても明るいと思えた。
「アカデミーでそう言えば言ってたよな。街の深い所であればあるほど、街の恩恵を受けているって」
「言ってたねえ」
「
……あの装置とか神様のことだったんだなあ、って今はしみじみ思ってんだけど」
そう言ってから、ニールは首を横に振った。
「いや、しみじみしてる場合じゃねえんだけど」
「そうだねそういう場合じゃないね」
おつかいのときと同じルートをたどり、装置の方へと向かう。あれからとくに変化はないようだ。道にも、周囲の壁にも。
ちょうど装置の近くに来た頃だ。ちょうど休憩中だったらしい整備員がニールたちの方を向いてこう言った。
「お、何だ? 手がかりもってきたんか?」
「聞いて驚けおっさん、前者だ」
ランタンを掲げてニールは言った。具体的にどういうことなのかは、簡潔に伝えておく。「なんかこう、昔はこうしてたとかなんとからしくて、今からそれをやるみたいな?」と言った具合に。
その上で、ニールは先程やったとおりにランタンで装置に火を灯す。
ぱっと、装置の上部に赤い光が灯り
――ゆっくりと動き始めた。その一部始終をしっかりと見届け、ニールは驚いた顔をしている整備員を見る。
「
……こりゃあ、たまげたな」
「だろ? 俺もめっちゃびびったんだけどよ」
どこか感慨深いような表情で整備員がつぶやく様子を、ニールはじっと見ていた。
「で、ニール。あと一か所だっけ?」
「あ、たしかそうだけど」
声がする方を向く。ライラの姿ともう一つのものが、ニールの視界に飛び込む。
古い壁画のようなものだ。よく見れば地図にも見える。道の入り組み方から見るに、この街の古い地図といったところか。丸と文字で示されている箇所は、位置から察するに装置があった場所だろう。現在の第一区画を示すエリアにも丸の印がある。街と駅をつなぐ昇降装置の位置らしき場所、現在でも行き止まりであるが当時からそうだったらしい。
そうして、一つだけ覚えのない場所に印があった。
「これ、最後のやつの場所じゃね?」
「
……言われてみれば」
「てか第四区画の地下かよ
……」
「はいはい。行きたくないのはわかるけど、乗りかかった船でしょ。行くよ」
「へいへい」
取り急ぎ、地図は書き留めておくことにした。
◇
ところかわって、アパートの一室。
ニールたちは現在、改めて壁画の地図と現在の地図を見比べている。
「ここが今の教会のあたりで、ここが今の駅あたり
……」
このあたりが第一区画、第二区画、ここは第三区画で
……とエリアを大雑把に色分けしていく。
その途中で、手が止まった。
次の目的地は、第四区画の地下にあるという装置だ。しかし、第四区画は現在移動が制限されている。そのうえ、あそこは教会の関係者がすむエリアでもある。生贄として連れてこられたニールの顔を見たという人間がいないとも限らない。
要するに。
「地上、やばくね?」
「でも現状手段としては陸路でしょ。というかこの街に陸路以外の移動手段があると思ってんの」
そんな二人の作戦会議の最中、訪問者が現れた。
訪問者というべきか、この建物の持ち主というべきか。
「帰ってきていきなり作戦会議かなんかかい。慌ただしすぎやしないかい」
大家はトレイに乗せていたお茶を、ニールたちの前に配っていく。
淹れたてなのか湯気が立っている。熱い、明らかに熱い。とはいえ一回思考をリセットすることも必要だろうと、ニールはお茶に手を付けた。
「大家さんお茶ありがとー」
「ババアこのお茶熱すぎね?」
「あんた自分が文句言える立場だと思ってんのかい」
ふと、ニールは大家の目線が机に広げたままの地図に向いていることに気づいた。
なにか知っているのだろうか、という疑問は本人の手によって解消される。
「へえ、懐かしい地図じゃないか」
「懐かしい、ってババアもしかして見た目以上に歳
……」
「子供の頃にアカデミーの教科書で見たっていう意味だよ。何勝手に人をバケモノにしようとしてるんだい」
「すいませんでした」
わかればよろしい、と大家が言った。
そうしてどこか感傷に浸っているような声で話しだす。
「たしかあの時の先生がねえ、地下のこのあたりから小舟で第四区画まで行って怒られたっていう話をしてたんだよ。懐かしいねえ」
その言葉に、ニールたちは顔を見合わせた。
陸路がだめなら、答えは一つ。
「ニール」
「俺も同じこと考えた」
そうして声を張って言うことは、一つ。
「ババア! 物置に雑においてるばかでかいタライ貸してくれね?」
「貸してください、も言えないのかいあんたは」
「貸してください」
「最初から素直にそう言えばいいんだよ、そう言えば。入り口近くに立て掛けてあるから勝手に持っていきな」
◇
「大家さん、理由聞かないんだね」
「俺が家出して転がり込んできた時にも理由聞かれなかったからそういうもんなんじゃねえの?」
タライを舟にして水路をゆく。
そう判断したはいいが、タライは地味に重かった。運んでいく時点で一苦労である。とはいえ、その苦労の価値は十分にあった。
妙に乗り心地の良いタライを漕ぎながら、先をゆく。手元の地図と、曲がった回数などを慎重に見極めながら。今右へ曲がったから、次は左。次は曲がらずまっすぐ。次は
……。
「そろそろじゃない?」
「マジで?」
「さっきここ曲がったでしょ、だから多分もうすぐ」
不意に、視界に映り込むものがあった。
「あ」
ニールは舟代わりのタライからいち早く降りる。
装置
――祭壇が、目と鼻の先にある。
足を進める。
祭壇の前で足を止める。
儀式をするなら早めにやったほうがいいはずだ。
そうしてランタンを掲げて、揺らす。
――すると。
目の前の装置から、青い光の柱が立った。
今までは赤い炎が灯り、装置が動き出していたはずだ。それが正しく儀式を行えた証であったはず。手順を間違えてしまったのだろうか? 一瞬疑問に思うニールは再び異変を目撃する。
「な、なんだこれ
……!」
掲げたままのランタンが勝手に揺れた。
なんだろう。ニールは視線をランタンにむける。そこから青い火の玉が浮かびだしている様子が見てとれた。火の玉が一つ弾け、また一つ浮かんでは弾けていく。それは確かに火なのだろうが、不思議と熱くないし、どことなく
「
……きれいだな
……」
と、思えた。
そう口にした後、はっとしたようにライラの方を見る。
彼はどこか具合が悪そうな、嫌そうな表情をしていた。そうして目を限りなく細めている。なにかから目をそらすように、あるいは拒絶するかのように。
一体どういうことだろう、とニールは思うが、すぐにその理由に気づいた。
(これは、あの)
気づいてしまった。
(あの幽霊が言ってた)
青白い炎のようにも見える無数の人影が、たしかにそこにいることに。
(導かれる魂
……か
……? こんなにいたのかよ)
ざっと数えても十、いや確実に二十はいる。
炎そのものの姿をしているものもいれば、人に近い姿をしているものもいる。
その全員が、ローブのようなものを身にまとい、顔あるいは顔らしき位置をフードで覆っている。
その全員が、口々にこう言っている。
『導き手様』
『我々を神の御下までお導きください』
『導き手様、どうか』
『天国への道を示してください』
その全員が、ニールに向かって祈りを捧げている。
美しくもあり、どことなく恐ろしさも感じる光景だ。ニールは息を呑んだ。そうして、彼らに向かって一礼する。導き手の役目を引き受けた以上は、彼らを導かなくてはならない。知ってしまったものから目をそらすことなどできない。正しく儀式を行わなければならない。
ニールは深く息をした。友人の方を向いて、何かを言おうとした。
言おうとしたところで、ライラの言葉に遮られた。
「ニール」
「なんだよ」
「ここから先はニールだけで行って」
「
……まあ、俺もそのほうがいい気がするからいいんだけど」
ライラの顔は青ざめていた。目をニールと合わせないようにしているようにも見える。
「
…………」
「大丈夫か?」
ニールはこの友人が霊感持ちであることを知っている。知っているが、今の今まで何がどのように見えているのかを知ることがなかった。
いつもああいうものを見ているのだとしたら。
いつもあれよりも酷い姿を晒しているものを見ているのだとしたら。
本人の意思とは無関係に見せつけられているのだとしたら。
それはとても、きついものなのだろう。
「正直、大丈夫じゃない。こんなに、いっぱいいるとちょっと
……」
「
……わかった」
ライラの方を見ないように、ニールは地上へ続く階段へと急ぐ。
壁が、床が大きく揺れ、思わずよろめいた。なるべく座らないように、と壁に背をつけていると、しばらくしてその揺れは収まった。そろそろやばい、ということだろうか?
こういうときこそ、普段どおりに振る舞ったほうがいい。ニールは、いつもの調子でライラに言った。
「じゃあ、俺は行ってくるから
……たらい舟の監視よろしく!」
「おー、行ってらっしゃい行ってらっしゃい」
「それから、戻ってきたら相談したいことがあるからそれまでには体調整えとけよ」
「はいはい」
いってきますの言葉と、約束を。
巡礼|
もくじ|
回帰
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.