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Hizuki
2026-03-14 23:08:31
3345文字
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あんスタ[薫あん]
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秘めた想いは、あなただけに
【あんスタ】薫あん。薫からバレンタインの時のとあることについて聞かれるあんずの話。過去に書いたバレンタイン話の続き。P.1にリンクと補足あります。本当に伝えたいことは。
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「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「大丈夫、俺もさっき来たところだよ。忙しいのに時間作ってくれてありがとう」
空との境にもたれる見知った後ろ姿を見つけて声をかけると、動きに合わせて金色の髪が揺れた。振り返ってこちらに向けられた笑顔は、仕事の時とは違う、羽風先輩の素に近い柔らかいそれだった。
先輩から『夕方以降で少し時間をもらえないかな』と連絡があったのは今朝の話。今日は夕方の打ち合わせが最後で、その後に予定はない。終わる予定の時間と合わせてそれを伝えると、待ち合わせ場所に指定されたのはESの空中庭園だった。今の時期にしてはかなり暖かい気候が続いている。日が落ちてきた時間に外にいても、そこまでの寒さは感じないくらいの気温だった。
「いえ。何かありました?」
内容については聞いていない。偶然遠目で見かけたことはあるけれど、よくよく考えれば先輩と直接顔を合わせるのも久し振りのような気がする。
「相談とかトラブルとか、そういう話じゃないよ」
くすりと笑った先輩は私の心配事を先に吹き飛ばした。
「ちょっとだけ早いんだけど、あんずちゃんに渡したいものがあってさ」
「
…
渡したいもの?」
一体何だろうと思いながら首を傾げる。先輩は肩にかけていたトートから何かを取り出すと、それを私の方に差し出した。
「うん。先月のチョコのお返し。すっごくおいしかったよ」
先月のお返しと言われて今日の日付を思い出す。なるほど、ホワイトデーだ。ちょっと早いと先輩が言った通り、今日はその前日の13日だった。先月のバレンタインデーには、みんなに感謝を伝えたくてささやかな手作りチョコを贈った。だから他の人からも『明日少し時間が欲しい』という連絡が来ていたのだと思い至る。
「わぁ、わざわざありがとうございます」
差し出された紙袋の持ち手の根元には白のリボンが結ばれていた。底を支えながら、持ち手を握る。
「
…
それでさ、ひとつ聞きたいことがあるんだよね
…
」
「何でしょう?」
先輩の声のトーンが少し落ち着いた。というよりは、迷っている、ような感じがする。聞きたいというものの、聞いていいのか躊躇っているような。答えられることならもちろん答える。内容を尋ねてみれば、先輩は目線をわずかにずらした。
「
…
気のせい、だったらそれでいいんだけど、俺のチョコだけ、味違ったりした
…
?」
瞬間、どくん、と心臓が大きな音を立てる。
「
…
えっと、その
…
!」
続けられた言葉には心当たりしかない。先輩の方を見られなくて視線を逸らした先には2人の靴が見える。
「
…
はい」
…
先輩が言う通り、先輩に渡したものだけ味を変えてあった。気付かれているのならもう隠しても仕方がない、と小さく頷いた。
「
…
やっぱり?試食させてもらった時より甘かったからさ
…
。理由、聞いてもいい?」
「ええと
…
あの
…
」
重ねられた質問には口を噤む。理由はもちろんある。けれど、それを先輩に面と向かって言うつもりはなかった。
「
…
ごめんね、答えたくないなら無理には聞かないよ。でも、いつか教えてもいいって思ったら、また聞かせてくれると嬉しいな」
沈黙を破ったのは先輩の声だった。私の意思を尊重してくれる優しい言葉。先輩が袋の持ち手から手を離したようで、ふっとその紐が私の手に触れた。
「
…
それじゃ、またね」
先輩の香りが私の横を通り過ぎていく。周りからは気付かれないように、ラッピングは全部同じにした。でも、先輩ならきっと味が違うことに気付いてくれるとも思っていた。そして、こうして正面から聞いてくれた。
…
だったら。
「
…
あんずちゃん?」
振り返って、風に混ざる香りを追った。
手を伸ばして、風でふわりと浮いた薄手のコートの裾を掴んだ。
先輩の戸惑った声が聞こえる。
…
あの時とは逆で、同じだと思った。
「
…
ら」
「ん?」
うまく声が出なかった。届かなくては意味がない。もう一度息を吸い込んだ。
「先輩が『もう少し甘い方が好み』って言ったから
…
その
…
!」
「えっ
…
?」
自分の顔が熱いのが分かった。さっきと同じで先輩の方は見られなくて、視線は落としたままだけれど。一つ理由を口にすれば、もう全部を隠しておく理由もなくなる。
「
…
元々試食をお願いしたのだって、先輩の好みが知りたかったからで
…
」
みんなに渡すためにチョコの試食をお願いしたかったのは本当のこと。でも、本当の理由は先輩の好みを知ることだった。
「
…
他の人の分はあの時先輩に選んでもらったのと同じ味です」
みんなの分はいくつかを食べ比べしてもらって、先輩に選んでもらった味。甘いものが苦手でも食べられるくらいの甘さで、食べやすい量にした。
「
…
甘いのは先輩の分だけです」
「ま、待って待って
…
どうして
…
!」
私の言葉で、あのチョコの味の理由を言い切って、視線を上げる。続きに制止をかける、慌てる声が聞こえる。そして、先輩を引き留めるために握り込んでいた手を離した。多分今の私と先輩の顔の色は同じなのだろう。
「
…
これは今の私が言ってはいけないことだと思ってます」
肩にかけていた鞄を置いて、その上に先輩から受け取った紙袋を置いた。
「
…
だから」
着ていたスーツのジャケットを脱いで、首からかけていたESのIDカードを外す。それから、髪を結んでいたゴムも抜き取った。
「
…
羽風先輩が、好きです」
ずっと心の中にしまっていた気持ちを、言葉にする。
「プロデューサーとしてじゃなくて、私個人の気持ちです。ずっと応えられなかった返事として、受け取ってもらえますか
…
?」
先輩からの想いを『アイドルとプロデューサーだから』という線引きで遠ざけてきた。仕事をするうえで、受けてはいけない想いだと思っていたから。
「
…
本当に、いいの?」
先輩が真っ直ぐにこちらを見つめている。期待と迷いが混じった視線が向けられていた。
「はい
…
ずっとお待たせしちゃってごめんなさい」
だけど、もう自分の気持ちに嘘を吐きたくなかった。許されるなら、先輩の隣にいたい。私が答えたのと、視界から景色が消えたのはほとんど同時だった。
「
…
嬉しい」
耳元で聞こえた優しい声。
自分の背中に添えられた手。
ふっと届いた穏やかな海を思わせる薫り。
先輩の腕の中にいるのだと分かった。込められた力に応えるように私からも先輩の背中に腕を回す。しばらくして、先輩の方から力が緩められて景色が戻ってきた。
「
…
ありがとう、あんずちゃん」
そう言って笑った先輩の目元に光るものが見えて、そっと手を伸ばした。指先を伝ったそれは、先輩がずっと大切にしてきた想いだ。それにつられて私の世界も滲んでいく。
「ごめん、格好つかないね」
「
…
先輩はいつだって格好いいです」
困ったように笑いながら言う先輩にふるふると首を横に振る。
「あんずちゃん、笑ってよ。君は笑顔がかわいいんだからさ」
事あるごとに、先輩は私に同じことを言った。時にはあえて場の空気を崩すような軽い声だったり、時には私を落ち着かせるような優しい声だったり。今日の声は今まで聞いた中で一番甘いような気がする。
「
…
うまく、笑えてますか?」
「うん、俺の彼女がとびきりかわいい」
鏡のないこの場所で自分の表情は分からない。自信ががなくて聞いてみれば、先輩は関係が変わった言葉を添えて、目を細めて笑ってみせた。ステージの上で見せてくれる顔とは違う、私だけに向けられた柔らかい表情だった。
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