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みがきにしん
2026-03-07 00:16:05
6874文字
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こんにちは、エンディング
アルカディアのオーナー解釈話の後半です。
が、前半よりも捏造が増しているのでもうほぼ全部捏造です!ご注意ください!
前半を見なくても読めます。
タイラントとメテムが出てきます。
前半はこちら↓
或る悪辣な大金持ちの話
https://privatter.me/page/69a259f05e38f
私は演劇が好きだ。
現実には起こりえないようなドラマティックな出来事も、舞台の上ならば起こりうる。あらゆる嘘も虚実も、絶対の約束も永遠の愛も、作劇の中では真実になる。
だが時に現実は、そういった創作物さえも上回る出来事が起こるものだ。そして現実には絶対も永遠もない。あらゆるものはいつかは壊れ、何もかもが変わりゆく。
永遠だと思われたこの国の障壁に穴が開き、『外』から来訪者が来たように。30年以上に渡り、連王の一人としてこの国に君臨し続けていたゾラージャが突然乱心し、多数の市民の命をその凶行の犠牲にしたように。そしてゾラージャもまたその来訪者たちに討ち取られ、それらの混乱の中で、理王さえも失踪し、その果てに崩御したように。
本当に僅かな期間だった。だがその僅かな期間で、この国の常識のいくつかは脆くも消え去った。国の庇護者だったはずの王は、一人は乱心し討ち取られ、長く民に寄り添ったもう一人ももはや居ない。絶対の国境であり世界の縁であった障壁にはついに穴が開き、『外』から人が入ることも、私たちが『外』に出ることもできるのだ。
幸い、張り巡らされたインフラは、変わらずに生活を提供してくれている。理王崩御の報を受けた直後こそ騒ぎになりかけたが、落ち着いた今、人々もまた安定した生活の中に戻っているように見える。
だが、変化は不可逆のものだ。何もかもが変わり始めていて、私たちはもう、前までのアレクサンドリアに戻ることはできない。
遠ざけていたはずの死は私たちの傍に舞い戻り、生活を支えていたはずの技術の脆さと危険性が露呈し、私たちの認知できる『世界』は大きく広がった。
だからこそ、今この機会を逃すわけにはいかない。
「
……
以上が、これからの筋書きだ」
アルカディアの最奥、一部の闘士とメテムしか知らない闘技場で、私はザ・タイラントと向き合っていた。数少ない真相を知る闘士の一人であり、今回の筋書きにおいても重要な役回りとなる彼は、説明が終わってしばらくしても黙り込んだままだった。
「不満そうだね」
私はアウトランナーに表示させていた今度の計画とその資料を消す。彼ともそれなりに長い付き合いになる。彼が今説明した筋書きに心から同意していないことも、表情を見ればすぐ分かった。人前での王者然としたその振る舞いから、時に不遜だ、尊大だ、そう言われるタイラントは、実のところただ真面目で真っ直ぐなことを、私は知っている。
「
……
オーナーのお考えは分かりました。ですが、私は反対です。なぜ部外者をこのアルカディアに招かねばならないのですか」
私に向かって声を荒げる姿もどこか懐かしい。今や滅多にないことだから。
闘士に誘ってすぐの、何もかもにとげとげしかった頃を思い出し、私はアウトランナーの表情設定を微笑みに変える。リンドブルムの身体は感情を表すのに向かないから、こういった操作ばかりが上手くなった。
「いいや、これ以外はないんだ、タイラント」
次のアルカディアの再開。それを口実にして、私はメテムにある人物をスカウトさせる手はずでいた。
あの『外』からの来訪者だ。
「かの人を招き、リンドブルムを斃してもらう。それが今、私が考える最善だ」
――
リンドブルムに身を窶してしばらくして、私はヘビー級闘士の一部に真相を明かした。悩んだ末の苦渋の決断ではあったが、そもそも接触の多かったタイラントをはじめとした闘士たちに状況を悟られずにいることは難しかったし、あらゆる手を尽くしてもリンドブルム自身はその再生能力を他者に分け与えることはできず、闘士たちの治療のためにはリンドブルムと化した私を斃す以外に道はなかったからだ。
だがタイラントもまた、リンドブルムを超えることはできなかった。闘士の中で圧倒的な強さを誇る彼でも駄目であるということは、彼以外の闘士たちでは、ただ闘うだけで命をいくつ消費するか分からないということでもあった。
タイラントが更に言い募る。その声は悲痛ですらあった。
「私たちを
……
闘士を信じられないというのですか?! 私たちではリンドブルムを斃せないとでも?!」
これまではそれでも、タイラントを超える闘士が現れることに賭けて興行を続けていた。だが、3年を経てもなお、彼は統一王者の座から降りられてはいない。彼を初めとしたヘビー級闘士の魂蝕症の進行も進んでいる。
もちろん、だからといって闘士たちの実力を信じていないわけではない。ここ1年でぐんぐんと力を付けた闘士たちの顔を思い浮かべる。あるいはあと数年あれば、リンドブルムを斃しうる闘士が生まれるかもしれない。
だが、その頃には何もかもが遅い。タイラントも含めた今のヘビー級闘士たちは魂蝕症により「引退」という名のコールドスリープ処置を成されているだろうし、何より、アルカディアは今、変わらねばならないのだ。
私はアウトランナーを浮遊させた。そして、出会った頃に比べてずいぶんと高い位置になった頭を撫でる。
「
……
いいや。何があっても私は、君たちを信じているとも」
ではどうして、とその顔いっぱいに問いかけるタイラントに、私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「信じているからこそ、あの来訪者をアルカディアに招くし、後のことを君たちに任せたい」
今も強く、後悔している。魔物の魂の導入を決め、彼らの人生に取り返しの付かない傷をつけたこと。彼らを救おうとリンドブルムの魂を注入したにも関わらず、それが叶わなかったこと。そして私自身の不始末のために、タイラントを初めとした闘士たちの力を借りねばならず、若く優しい彼に、一度とはいえ私を殺せなどという非道な命を強いてしまったこと。そして、彼らの命を天秤に掛けたまま、この数年興行を続けたこと。
だからこそ、私はあの来訪者を招く。
鬱屈や不安、閉塞感の元となっていた障壁にはその者たちの手によって穴が開いた。ならば、それらの苦しみを
一時
ひととき
慰めるための娯楽だったアルカディアも終わりを迎え、そして生まれ変わるべきだ。
――
私の死を以て。
「
……
タイラント、物事には何事も終わりがある。演劇にもいつかは幕が下りるものだ」
本当は君も分かっているだろう?
そう問いかければ、統一王者は幼い子供のような顔をした。帰る時間だと分かっているのに、まだ帰りたくないと首を振っているような。
少し歯がゆい。全くこの身体ときたら、そんな子に寄り添えもしないのだから。私はアウトランナーの小さな手でまた頭を撫でるに留める。今の私の手は、軽くひょいと振るだけで、人を引き裂くには十分すぎる。
だがそれももうすぐ終わるだろう。あの来訪者が統一王者となり、この場に来たときには。そしてそれは、遠い未来ではない。
とはいえ幸いなことに、
末期
まつご
としては十分すぎるほどの時間がある。これから来訪者をスカウトし、アルカディアに参加してもらうのだから。そしてそのためには、私は悪辣なオーナーを演じきり、今のアルカディアは間違った娯楽である、と人々に知らしめなければならない。
「
……
私が見定めます」
じっと撫でられるままだったタイラントがぽつり、と呟いた。拳を強く握りしめ、リンドブルムを見上げて。
「あの者が、本当にあなたの信ずるゲームチェンジャーなのかどうか」
私は目を細めた。散々彼らの人生に傷を付け、命さえ危険にさらしているというのに、タイラントを始めとした闘士たちは一心に慕ってくれる。その幸福と罪深さに、いつも息が詰まるような心地になる。
「
……
ああ。頼んだよ、私の統一王者」
答えれば、タイラントは僅かに顔を歪めた。が、すぐに目を拭って一礼し、闘技場を出て行った。メテムやほかのヘビー級闘士と今後の打ち合わせをするのだろう。
私は長い尾を静かにうねらせ、首を逸らせて遠くを思った。確かに焦がれていたこの国の『外』のことを、私が見たことのない、そしてこれからも見ることはないだろう景色のことを。
けれど、闘士たちにはどうか自由にそこに行き、見て、触れて、感じてほしい。
そのためにも、と私は祈る。願わくばその人が本当に、私たちのデウス・エクス・マキナでありますように。
無論そうでなければ、私はガバメントに自らの罪を告白し、討たれるつもりではあった。けれどもなぜか、そうはならないだろうという予感もまた、はっきりとあった。
――
その予感は中った。
アルカディアに参戦したかの人は、これも瞬く間にLH級、C級を制し、H級も順調に勝ち進み、統一王者だったザ・タイラントもとうとう伏した。
そして私もまた、じわじわと終わりの縁に追い詰められて行っていた。ずば抜けているとはいえ、リンドブルムの再生能力は決して無限というわけではない。それ以上の攻撃を加えられれば完全に癒やすことはできないし、再生をすることで体力も削られていく。
メテムが闘いを見つめながらマイクに向かって必死に叫んでいる。
「頑張れっ! 挑戦者~~~!」
私は繰り返す痛みに耐えながら、吹き出しそうになるのを堪えた。メテムの台詞は彼自身に任せている。筋書きを話したときは弱っていたが、声が揺れていることを除けば、なかなかどうして役者だよ、君は。
「生身の挑戦者、頑張れ! 勝ってくれ!」
常に身につけている操作端末から観客たちの応援の声が聞こえて、私は安堵する。よかった。これが聞きたかったのだ、私は。
ふらつく身体をどうにか支え、再生能力で生やした腕をリングに叩きつけ、毒のブレスを吐き出した。かなりの速度、かなりの範囲を攻撃したはずだったが、生身の挑戦者は先程までと同じようにそれらをするりと避けていく。
わぁぁあ! それを見た観客たちの歓声が上がり、私は口角を僅かに上げる。そうだ、よくよく見るがいい、この二度はない試合を。
その欲ゆえに巨大な蛇に身を窶し怪物に成り果てた悪辣な大金持ちが、若者を欺し搾取し、その命を弄ぶ巨悪が徐々に弱り行く様を。その巨悪と、命一つで勇敢に闘う強者の姿を。
眩しいだろう、美しいだろう。魔物の魂を使わずとも人はここまで来れるのだ。恐ろしいだろう、むごいだろう、人はその埒外の力によってここまで醜悪になれるのだ。
どうか大衆よ、よく見てくれ。私のもたらしてきた娯楽の正体を、君たちの望んだ闘いの『
真実
うそ
』を。
私は再び、腕をリングに叩きつけた。だがもうそれは随分脆くなっていて、叩きつけた瞬間に崩れて戻らなかった。私は再び、毒のブレスを吐き出した。だがもうそれは随分弱っていて、自ら吐き出した毒に身体が侵されていく。
同時に、ミシミシと私自身の内部が軋み、膿み潰れるような音が聞こえてくる。ようやく知れた、これが私の闘士たちの耐えていた痛みか。ああ、ああ、なんて痛い、なんて苦しい、私はずっとこんな目に君たちを遭わせていたのだ!
目から何かが落ちた気がしたが、それが涙なのか、それとも他の体液なのかは分からなかった。リングもまた、リンドブルムが出した細胞から染み出た体液、闘いによって流れた血で濡れていたから、それらに類する何かが少し増えても何も変わらなかった。
ただ、目から零れたその何かで私の視界は確かに霞み、長い肉体がふらついた。そして生身の挑戦者が、その隙を見逃すわけもなかった。
「
……
おや」
気が付くと、先程まで身体の大半を占めていた痛みが消えている。私はしぱしぱと目を瞬いた。おかしい、目を瞬く? リンドブルムには瞼がないはずなのに。うろうろと視線を彷徨わせる。どう見ても尾もなければ翼もない。どころか。
「戻って、いる?」
随分前に失ったはずの人の姿だ。ぺたぺたと顔を触ってみる。鱗などない肌がその手に触れた。
おかしい。私は、さっきまでリンドブルムとして生身の挑戦者と闘っていたはずだ。一度意識が薄れて、けれどまた戻ってしまって。そこに闘士たちがみんな駆けつけてきて
――
。
「ピィ!」
ふと足下で何かが鳴く。私は思考を中断させ、音の元へと目を向ける。そこにいたのは、黒い鱗の小さな蛇だった。
「どうしたんだい?」
小さな蛇はその場でくるりと回り、私の足に絡みつく。だが小さいので、絡んだところで痛くもなければ怖くもない。まして蛇はピィピィと幼く鳴いては、懐くようにその鱗を擦り付けてくるのだ。
「困ったな、私は何も持っていないよ
……
」
屈み、そっとその鱗を撫でる。意外とかさついた手触りに、ほの温かい体温。それに覚えがある気がして、私はもう一度思考を巡らせる。どこかで
……
どこで?
脳裏に浮かぶのは、かつて触れた大きな卵の温かさ。忘れようはずもない、私の一族の伝えてきた
――
「リンドブルム? まさか君はリンドブルムなのか?」
小さな蛇は問いかけに答えるようにピィと一声だけ鳴き、私の身体を昇り、首に巻き付いて、満足そうに蜷局を巻く。
「
……
そうか」
本来であれば戻るはずのなかった身体。そこに現れた、小さな小さなリンドブルム。
「私は
……
死んだのか」
納得できれば頭は勝手に今際の記憶を再生する。
駆けつけた闘士たちが手にそれぞれ武器を持ち、生身で闘う様も。その(少し格好は悪いけれど)素晴らしい協力技も。そして最後にヘビー級闘士たちが現れたことも。
「
…………
タイラント」
彼は言った。「勝者の手を汚させないことを託された」と。
だが私はそんなことを課してはいなかった。彼はもうこれまで十分に頑張ってくれていたし、何より以前私を斃そうとした時、その手が震えていたから。
もちろん、生身の挑戦者を呼んだのはそれが理由ではない。ただ、優しく若い彼らをこれ以上傷付けない方法を模索していたのは事実だった。
それなのに彼は武器を振り上げた。私にとどめを刺したのだ。
「ああ
…………
」
私は蹲る。急に動いたからか、小さな蛇が不満げな声を上げる。だが私はそれに応えることも出来ず顔を覆った。
「すまない
……
」
もう届かない謝罪が虚空に消えていく。優しい彼にそうさせてしまったこと。そして、何より、それをどこか嬉しく、そして頼もしく思っている自分の愚かしさに。
私を手に掛けたことは、永遠に彼らの傷になってしまうだろう。それでも、彼らはそれを自ら選んだのだ。課した役割に沿うのではなく、ただ彼らの選択として、ずっと背負って歩む覚悟を決めてくれたのだ。
それが嬉しくないわけがあるだろうか。彼らの人生を傷付けてきた大人が、これほどの僥倖を得てもいいのだろうか。
「ありがとう
……
タイラント
……
ありがとう
……
私の闘士たち
……
」
今度こそ涙が落ちた。頼もしくも彼らは、最後の贈り物で、私を送り出してくれた。生身の挑戦者の手を借りはしたが、きちんと古いアルカディアに幕を引いたのだ。
そういえば意識が途切れる直前、リンドブルムであった頃の私も「もう大丈夫だ」と安堵しながら視界が暗転したのを思い出す。私は再び安堵する。何にせよ、思い出せてよかった。
「
……
ピ!」
リンドブルムが急かすように私の頭の上まで昇り、忙しなく鳴く。そうだね、と私は答える。大切なことを思い出せてよかった。
「君にも迷惑をかけてしまった。すまないね」
一族が大切に伝えてきた君を意に添わぬ形で叩き起こし、こんな場所にまで連れてきてしまった。頭の上のリンドブルムの鱗を撫でると、小さな蛇はけれど嬉しげに鳴き、撫でる指に懐く。この罪深い人間を、それでも許すとでも言うように。
「全く私の周りの人たちも、君も、人が良いことだ」
こんなに悪辣な大金持ちを許すなんて!
そう言えば小さな蛇は、よく分からないというような声で高く鳴く。私は微笑み、一つ息を吐いた。全て終わった以上、そろそろ行かねばならないのだ、と何故か分かっていた。どこに行くのかはまだ分からないが。
「そういえば、私の国では死ぬと雲の上に記憶が預けられると言うんだけれど、そのシステムはもう止まってしまったらしいんだ」
そもそもリンドブルムの身体ではレギュレーターを付けることもできなかった。元々ほとんど付けてはいなかったけれども。
「ならば、私たちはどこに行くんだろうね?」
小さな蛇に問いかけるが、蛇は頭の上で機嫌よさげに鳴くだけだ。
「まあ、構わないか。とにかく、心強い連れができて嬉しいよ」
蛇を撫でれば、頭の上から降りてきて再び首に巻き付き、元気良く鳴いた。一緒に行こうと高らかに、歌うように。
――
魂のシステムにはヒビが入り、この国の障壁には穴が開き、世界は開かれた。アレクサンドリアは変わっていく。
ならばきっと、私たちはもうどこにだって行ける。行っていいのだ。
「行こうか、リンドブルム」
ピィ! と蛇が答える。
私は目を細めて、笑った。
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