山茶花
2026-03-05 13:45:48
8145文字
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トゥルーエンド【195SK042】

続編/同棲中のシルバーがお留守番をする話/穏やか、甘い/7600字程度

*シルデュ同棲しています(将来捏造)
*デュース口調呼びタメです
*シルバーがひたすらご機嫌でお留守番しているだけです。
*『おるすばん 』の続きになります。
*『花持たせ 』(※ポイピク)を読んでいると、もっと楽しめるかもしれません。

以上大丈夫な方はスクロール↓





 




  リリリリリリ、と鳴る目覚まし時計の音が、やかましい。手を伸ばしカチリとスイッチを押せば、別の目覚ましが鳴った。
『さっさと起きやがれ、オラァ!!』
……んん、デュース……。まだ眠い……
 時計に許しを請いながら、学生の頃の、今よりもずっと若い頃のデュースの声が吹き込まれた時計の声を止める。
 すると、すぐにシーツが剥がれて、止めた目覚まし時計よりも少し低く凛々しくなった声がした。
「こら。アンタってやつは、毎日目覚まし時計止めるんだからな。シルバー、起きろ」
「んん……
 まだ寝ていたい、とシーツの中に潜り込む。すると、眩しい日差しが俺の目を刺した。
 どうやら、カーテンの隙間から朝日が射し込んできたようだ。
「ほら、お日様も起きろっつってるぞ。おはよう、シルバー」
「んん、デュース……
「先に部屋行って、朝食の準備してるからな」
 早く起きて来いよ、とデュースはぽんと俺の頭を撫でる。
 寝室に残された俺は、ぼーっとしながらシーツを抜け出し、身体を起こす。
 それからのそのそと洗面台へ向かい、歯磨きと洗顔を済ませると、朝食を準備して待つデュースの元へ赴いた。

 朝のルーティンを終え、ようやく冴えてきたような頭で、ダイニングテーブルに着く。
 テーブルの上には、スクランブルエッグと、カリカリに焼かれたベーコン、そしてミニトマトとレタスのサラダを載せたプレート。それから切れ目の入ったブールパンと、間に挟むためのマーガリンやマヨネーズ、りんごのジャムが置かれていた。
 昔はバター派だったが、ある日うまいマーガリンを見つけてから、そちらを愛用している。デュースは、エペルから貰ったりんごジャムが気に入ったそうで、彼の故郷の村から、定期的に買っている。
 スクランブルエッグが目玉焼きであれば、いつもの俺たちの朝食だ。だが、今日は目玉焼きじゃないということは、卵がなんらかの理由で崩れてしまったのだろうな。朝からフライパンを掻きまわしながら、「やべっ、崩れた。まあいっか混ぜよう!」なんて言いながら作っていたのだろうかと考えれば、自然と頬が緩む心地がした。
 スクランブルエッグには、いつも塩だが、たまにはケチャップも借りてみようか。デュースは目玉焼きもスクランブルエッグも、ケチャップ派だからな。たまには冒険してみてもいい。今日は同じ色になった朝食を、いつものようにデュースと食べた。明日はどんな色をしているだろうか。
「うまいだろ」
「ああ、うまい。いつもありがとう」
 穏やかな朝食を終え、 仕事へ出ようとするデュースを玄関まで見送る。俺たちが住んでいるのは茨の谷の敷地内だ。昔はこの辺りにしか電波や電気が通っていなかったが、風車を使った風力発電のように、自然と調和する発電機などを少しずつ取り入れていき、今では茨の谷のほぼ全土で、スマートフォンやインターネットを使った通信も出来るようになった。
 茨の谷の発展にもなるが、実はかつての学友たちと連絡を取り合いたい、という気持ちもなくはなかったとマレウス様が仰っていたな。ここだけの秘密だぞ、シルバー、とも。
 だが、それでもデュースの勤め先はここから遠い薔薇の王国のままだ。だから、国を跨ぐ移動ができる、魔法の鍵を使っての出勤となる。俺も同じ合鍵を持っているが、だんだん錆びてきた気がする。今度、デュースの鍵と一緒に錆び取りをしてもいいかもしれないな。
 隙があれば、薔薇の王国へ出かけてみるのもいいだろう。俺もこの鍵で、もう何度も薔薇の王国の敷地を踏んでいる。今では向こうの商店街も、見慣れたものだ。
 玄関先で靴のつま先をトントン、と鳴らすデュースの背中を、俺は見つめている。
「デュース、こちらを向け」
「ん? ああ、ハイハイ。いつもの、な」
 デュースはくるりと俺の方を振り向き、手を広げてみせる。
「どうだ? 変なとこないか?」
「大丈夫だ。……が、ネクタイだけ、少しよれているな。どれ、貸してみろ」
 デュースのネクタイを、しゅっと締め直してやる。終わったぞの合図の代わりに、頬へとキスをした。
……これでよし。格好いいぞ。行って来い、お巡りさん」
「ありがとな! 行ってきます」
 デュースは俺の頬にキスを返し、今日の休み、ゆっくり楽しめよ、と扉の向こうに広がる鮮やかな景色の中へと出かけていく。
「気を付けて」
 扉が閉まるまで手を振って見送る。……そして、笑った。
 若い頃は、本当にデュースがもう行ってしまったのか、なんて淋しがって玄関を開けたりしていたな、と。
 そんなことを懐かしがりながら、俺はリビングへと戻った。

 するとやはり、どうだ。デュースが、ジーンズやシャツ、靴下、ネクタイなんかを脱ぎ散らかしたままじゃないか。
「まったく、アイツは……。この癖は治らないものだな」
 俺が世話してやらないとやらないのだから、と当たり前のように喜びを感じつつ拾い集め、それから自分のものも持ってきて、洗濯機を回し始めた。さあ、洗濯機が回り終わるまで、1時間程度あるようだな。今日はどうしようか。
 そこで俺は、思いついた。そうだな、最近作っていなかったし、そろそろオムライスを作ってやる時期か。オムライスを作ると卵好きなアイツが喜ぶから、定期的に作っているんだ。決めた、今日の夕食はそれにしよう。
 そう思って、すぐに上着を羽織り、冷蔵庫の買い物メモを一度見る。
 冷蔵庫の買い物メモには、『卵、牛乳、マヨネーズ、バター』なんて書かれている。切れかけのものが多いようだな。
 買うものを忘れないように持っていこうと、マグネットからメモを外した。
 それから、財布を持って靴を履き、玄関の扉を開く。
「行ってきます」
 答えがないのを分かっていて、俺は挨拶をした。これは、習慣であり、礼儀だった。俺とデュースが過ごしてきた時間を守ってくれる、この家という空間への。
 さて買い物に行こう。近所の商店街なら、なんでも揃う。
 近くにある桜並木から春の匂いがする街を歩きながら、何が必要だったかと思い出す。
 今日の献立はオムライスだから、卵、鶏肉、玉ねぎ、きのこ。我が家のオムライスはきのこ入りだ。このきのこ入りのオムライスを作る度、デュースは「うちの味だ」と笑う。俺はそれが好きだった。
 あとはそうだな、野菜が欲しい。野菜とスープだな。おや、今日はにんじんが安いようだな。なら、にんじんのサラダにしよう。
 スープはとうもろこしのポタージュを作ることにするか。裏ごしからするのは大変だから、紙パックのものを買って鍋で温めよう。
 毎日、身体を張って仕事を頑張るデュースの助けに、支えになるように、栄養のつくものをバランス良く選ぼう。
 そんなことを考えながらかごに食材をいれていると、ふと誰かが俺にぶつかった。
「あっ、すいません!」
「こちらこそ」
 どうやら、学生のようだな。スーパーで、母親の買い物の手伝いだろうか? 母さんピーマンあったよとすぐ傍にいた女性に声をかける学ラン姿の男の子を見て、デュースも昔、幼い頃にはこのようなことをしていたのだろうなと想いを馳せ、口元からふっと笑みがこぼれた。
 さあ、俺も帰ろう。散歩がてらに桜並木の帰り道を歩いていると、ふと、何かの現場が目に入った。
「親方ァ! これ切っていい枝ですか!?」
「切っていい! 太いのだけ残して、細いのから切れ!!」
 どうやら、桜並木の剪定作業をしているようだな。毎年お疲れさまだ。
 そういえば、10年くらい前に、この桜並木で老爺を助けたら、桜のひと枝を頂いたことがあったな。
 家の花瓶に飾っていた花が枯れかけていたのを思い出し、俺は花屋にも寄っていくことにした。
 
「ただいま」
 玄関を開けて挨拶すると、しんとした静寂が俺を迎える。まだデュースは帰っていないようだな。
 たまに仕事が早く終わったと言って、家にいて驚くときもあるんだ。
 いったん荷物を置いてから手洗いなどを済ませ、買ってきた花を花瓶に飾る。
 今日は春らしく、菜の花を買ってきて飾ることにした。いい感じに、食卓が春の飾りに彩られそうだ。
 元々飾ってあったサクラソウを処分して、花瓶の水を入れ替え、菜の花に移し替えた。良い感じだ。
 それから俺は買ってきた荷物を分別して、冷蔵庫に入れてしまう。デュースの買い物メモ通りに牛乳もマヨネーズも買ってきたから、冷蔵庫のストックに入れておいた。これで明日の朝、デュースが困ることはないだろう。
 そんなことをしていると、ちょうど洗濯機が「ピー」と終わったという合図を俺に知らせてくれたので、次は洗濯物を干すことにした。
 ちょうどいい。これが終わったら昼食にしよう。自分の昼食にと、おにぎりをいくつか買ってきた。
 この間デュースが美味しいと言っていた、エビマヨネーズの味付けおにぎりと、和風のツナマヨネーズのおにぎりだ。
 まだ食べていないが、これは確かにおいしかったなと夕食時に感想を言い合うのを楽しみにしている。
 洗ったばかりの洗濯ものを持ってベランダへ出れば、春の風が俺の前髪を揺らす。
 洗濯物を順番に干せば、ふわりと洗剤の匂いが香った。まだ洗剤は切れていないよな。ついこの間、買ったばかりだ。
 俺の洗濯物と、デュースの洗濯物が混じった景色を、ひと段落したなと満足して眺め、カラカラと窓を閉めて部屋の中に入る。

 次は昼食だな。デュースおすすめの、スーパーのおにぎりを食べる。
 テーブルについて、ぺろりとおにぎりを食べ終わったあと、キッチンに赴くと、そういえば米を炊くのを忘れていたことを思い出して米を炊いた。オムライスに米がないと、困るからな。
 ……デュースは、今日は何を食べているだろうかな。弁当を持っていっているといいが、朝から失敗したのなら、慌てて弁当を作り忘れてやしないだろうか。菓子パンなどで済ませていたらひとつ小言を言わねばならないが、俺もおにぎりで済ませているから強くは言えないな。
 米を炊き終え、リビングのソファに座る。そういえば、デュースが最近ハマっているドラマがあったな。
 サブスクで見れるらしいから、少し、試しに見てみるか。若い頃からずっと、デュースが見ているというドラマを見てみようと挑戦し続けているのだが、どうにも1話も終わらないうちにうたた寝が始まってしまうからな……
 今日こそは、とテレビをつけ、リモコンを操作すると、やがてドラマは再生された。
 ……やがて刑事ドラマは佳境に入り、画面の中の刑事が犯人を追い詰めている。そんな緊張感とは裏腹に、俺は、こくりこくりと船を漕いでいた。
「ぐう……
 やがて、そうなったことにさえ気づかないまま、意識が落ちる。暖かな春の空気が、部屋でうたた寝する俺を包み込んだ。

 ……
 これは、いつの記憶だろう。
 若い頃の、俺の記憶だろうか。
『どうして……、デュース……!』
 冷蔵庫に縋りつきながら、泣き崩れている。
『ひとりに、しないでくれ。俺を置いて、逝かないでくれ……!!』
 海の見える丘の上で、泣き崩れている。
 今はもう帰ってこない、失ってしまったデュースとの日常を想い、俺は、泣き崩れている。
 それを見た俺は、懐かしいな、と一言こぼした。
 
 ――ああ、本当に。ずいぶんと懐かしい夢だな。10年ほど前の昔。その頃は、もう、ある日デュースが帰ってこないんじゃないかと、そんな不安に、押しつぶされそうな夜もよくあった。だが、言ってやりたいな。泣き崩れる、夢の中の俺に。『デュースは、今日も毎日帰ってきてくれているぞ。だからそんなに、不安にならなくていい』と。
 だが、この夢の中の俺にそれを言うのは、酷か。静かに立ち去ろう、と。

  そんなことを思ったとき。ピー、とけたたましい音がして、俺は目覚めた。
 どうやら、炊飯器の米が炊き上がったらしい。俺はソファから立ち上がり、テレビを消した。
「ずいぶん懐かしい夢を見たものだな……
 皿を洗い、軽く布巾で拭いて、スタンドに立てる。うたた寝してしまったからか、結構な時間が過ぎていた。 
「そうだな。まずは洗濯物を取り込んで……。今のうちに、風呂を入れてしまうか」
 洗濯物を取り込み、自分のとデュースのを分けて軽く畳む。
「ああ、このシャツと靴下はデュースのものだな。袖が少し汚れている」
 ……手首で顔を拭う、アイツのクセのせいだ。洗濯ものを一度大事にぎゅっと抱きしめる。
 どことなく、デュースの匂いがするような気がした。
 それから洗濯を畳み終えると、風呂掃除を済ませて、湯船に湯を張ることにした。
 我が家の風呂は、湯船を掃除さえしてしまえば、タイマーをかければ求めた時間に湯船にちょうどいい量のお湯を張ってくれるのだ。湯船をスポンジと洗剤で洗い流しながら、今日も頼むぞ、と湯船に声をかける。
「おっと」
 昨日は少なくなっていた石鹸が、補充されているな。どうやらデュースが気づいてやってくれたらしい。
「気の付くやつだな」
 俺は機嫌が良くなりながら、鼻歌混じりに風呂掃除を終えた。
「さて。今日も、いつも通りに頼むぞ」
 20時20分に固定されたタイマーのスイッチを、ボタンひとつでかける。
 仕事に疲れて帰ってきたデュースを、暖かく迎えてやるのが俺の仕事だからな。
 入浴剤は森の香りにした。アイツの身体の疲れが、少しでも取れますように、と。

 さあ、次は夕食の準備だ。今日はせっかくの休日だから、いつものように簡単に済ませず、手塩にかけて作ってやらねばならない。
 今朝買ってきた玉ねぎや鶏肉を包丁で切り、オムライスに相応しい姿にしていく。炊き上がった米と混ぜてフライパンで炒めれば、良い香りが辺りに漂った。塩胡椒で味を調える。少し胡椒を強めに作るのが、俺たちの味だ。はじめのうちは甘党なデュースに合わせて薄味で作っていたが、デュースがこれはこれでおいしいというから、今は俺の味覚に合わせて作っている。
「ケチャップはどこに置いたか……あった」
 オムライスに使うのならたくさん必要だろうと、小さめのボトルも1本買ってきたから、量はこれで十分なはずだ。
 ケチャップを混ぜ合わせて、チキンライスを完成させる。それから俺は一度皿にチキンライスを盛って、被せるための卵を焼き始めた。もう、卵は破れない。何度も作ったオムライス、卵を焼くのもお手の物だ。
 それから、こちらは俺の得意技だ。若い頃、ケチャップに顔を書こうとして失敗することを繰り返して、ようやく最近は綺麗なスマイルマークを書けるようになった。これも練習の賜物だな。
 できあがったオムライスの皿を、テーブルに運ぶ。一緒に暖めておいたスープや、合間で作ったにんじんのサラダも。
 すると、ちょうどそのタイミングで、デュースが帰ってきた。玄関の鍵を回す音が聞こえたんだ。
「ただいま、シルバー」
「お帰り、デュース。ちょうど今、夕飯ができたところだぞ」
 デュースからのただいまのキスを頬に受け、お帰りのキスを頬に返す。
「腹空かせて待ってた! 今日はなんだ? いい匂いがするな」
 靴を脱いで玄関へ上がりながら、デュースはにこやかに話す。
 ……生傷が増えているが、まったく。また、仕事の上で何か無茶をしたらしい。
 だが、まあ。今日も無事に帰ってきてくれたので、良しとしてやるか。 
「さあ、手を洗ってきてくれ。さっそくご飯にしよう」
「はーい、今行く」
 そうして、ふたり食卓につき、食事を摂る。
「あ! 今日オムライスの日か! そろそろだよなと思ってたんだ~」
「そうだろうなと思っていた」
 嬉しいな、いただきます、とデュースはにこにこと笑って、オムライスを口に運び始めた。
 俺も、それに倣って、いただきますと合図をしてデュースと共に食事を始める。
「ケチャップで絵描くの、上手くなったよな」
「何度も練習したからな」
「あはは、確かに。なんかオムライスばっか食べてた時期あったよな」
 練習の成果が出てるようで何よりだよ、とデュースは笑う。
 破けていない卵に、きれいにかかったケチャップ。今日もよく出来たものだと俺は満足して、食事を終えた。
 
 食べ終わって食器を片付けていると、デュースが尋ねた。
「今日は菜の花なんだな。春って感じがする」
「ああ。花屋で買ってきたんだ。そろそろ花瓶の花を取り換えた方がいいと思って」
「よく気が付くよな。助かる」
 ありがとう、とデュースは笑う。若い頃のように、お前のためにあれをしたこれをしたと幼い主張をしたりはもうしないが、この笑顔のためなら、なんだって出来る気がしていた。
 
 それからデュースを風呂へ押し込み、俺もその後に風呂に入り、寝間着に着替えてリビングでゆったりと過ごした。
 デュースと過ごす、毎日の団欒の時間だ。
「今日は花屋以外にはどっか行ったか?」
「いつも通りだ。商店街で買い物をしたり、家事をしてゆったりと過ごしていた。そう言えば、お前がうまいと言っていたおにぎりを昼に食べたぞ。うまかった」
「そっか。あれ本当にいいよな。そういや、ドラマは見れたか? 挑戦した?」
「それが、挑戦はしたのだが……。また、眠ってしまった」
「はは、そっか。じゃあまた挑戦しないとな」
 不覚だ、と悔しがる俺を、デュースは笑う。もうすぐ、明日のために寝る時間が迫っていた。
「今日は一緒に寝るか、シルバー?」
「いいのか?」
「そんな気分なんだ」
 俺たちには、仕事で疲れている日は別々のベッドに寝るというルールがあった。今日は生傷が増えていたし、疲れているのではないかと思ったのだが。
「なら、歯磨きなどの支度を終えてくる」
「あ、僕も歯磨こうっと」
「ほら」
 取ってくれと言われる前に、デュース用の、歯ブラシが立てられた青いマグカップを差し出す。
「ありがと」
 それから、俺は自分用の白いマグカップで歯磨きをしてしまった。
 順番交代で洗面台を使い、ようやく寝る支度が整う。
 デュースがベッドに入り、俺を呼ぶ。
「シルバー」
「ああ、今行く。電気、消すぞ」
 電気を消し、隣に入ると、デュースは甘えるように俺に抱き着いた。
「どうした、今日は甘えたなのか?」
「や。ちょっとシルバーの体温感じたかっただけ」
「そうか」
 俺は、デュースに問う。
「デュース。お前は今日、どんな一日だった? 俺は、いい日だった」
「んー、そうだな。ちょっとヤベッ、って思うときあったかも。でも、まあ、いい日だったよ、結局は」
「そうか」
 ベッドへ横になるなり、俺の身体を眠気が襲ってくる。デュースのおやすみと響く声を聞きながら、意識が遠のいていく気がした。
 今日は何も起こらない、なんでもない一日。だけど大切な、間違いなくいい日だったと言える、俺の思い出の一日だった。



 すう、と寝息を立てるシルバーの吐息が聞こえる。僕はそんな寝顔を、じっと見つめてから眠りに落ちる。シルバーは横になるとすぐ寝ちまうから、この時間は僕のものだ。 
 この寝顔を見ると、明日もちゃんと、ここへ帰って来ようって思うんだ。その意地が僕を、今日までこの家に帰らせてきた。きっと明日も、意地で帰る。そして言うんだ、『ただいま』って。
「おやすみ、シルバー。明日もいい日になるといいな」
 すう、と幸せそうな顔で眠りにつくシルバーに、言葉だけで挨拶をして、僕も目を閉じ眠りについた。
 
*おしまい