ぬすどり
2026-02-26 19:42:35
3725文字
Public 探索者SS
 

その歌、その舞、雛はまだまだ百に至らず。

CoCシナリオ「私立花ヶ丘高校秘密倶楽部」のネタバレを含みます。
現行未通過×




あたまのうえから、はなしあうこえがきこえる。

わかることばはすこししかない。

それでも、なにをはなしているかはわかる。

(あたしがこわいってはなし)

(あたしがいらないってはなし)

(あたしにいなくなってほしいってはなし)

かおをあげたくない。

いなくなれといわんばかりの、たくさんの『め』と、あってしまうから。

おでこをおしあてているひざを、もっとぎゅっとちぢこませる。

からだをなるたけちいさく、ちいさく、おりたたむみたいに。

(こんな『め』、みえなくなっちゃえばいいのに)

(こんな『め』、なみだでとけおちちゃえばいいのに)

(こんなにいらないっていわれるなら)

(こんなにかなしいなら)

(このまま)

(いなくなれたらいいのに……




ぴよぴよ ぴよぴよ



「っ…………

────間の抜けた電子音が鳴り響いて、少女の意識は浮上する。

…………ぅ」

畳敷きの部屋に敷かれた布団。ちんまりとしたふくらみがうごめいたかと思うと
そろ……と、伸ばされたちいさなちいさな手が、目覚ましを止めた。

「ぅ゛ぅ~~…………

『ふくらみ』の中からうめき声が漏れ、はみ出た手がくるしげに、何か恐怖に耐えるように敷布団を握りしめ、敷布団に皺を作った。
幾度かためらうように、もそもそと布団がうごめいたあと、
むくりと、ちいさな少女は……とどめは、顔をのぞかせた。

幼い顔立ちには不釣り合いなほど、感情という感情が疲れ果て、擦り切れ、ごっそり抜け落ちたような
虚無が、唯一露になっている左目に満ちていて。
見る者がいれば、前髪で隠れた右目も同様であろうことは容易に想像がついた事だろう。

「っ……はー……

布団の上で座り込み
ちいさな手でぽふりと、両目を覆い隠す。

……朝、です。おはよーございます、ですよ。
あたし(とどめちゃん)』」

まぶたからほほ、ほほからくちびる、くちびるからあごまでをゆったりと、撫でるように、両の指をすべらせる。
それだけの、彼女なりに考えた、彼女のためだけの『おまじない』。

ぱちっとまたたきをすれば、身に纏う雰囲気は一変していた。

強張っていた唇はやわらかくほころんで
色の失せていた頬は一筆薄紅で撫ぜたように膨らんで
暗く濁っていた瞳は飴玉のようにきらめいて
彼女が計算づくで作り上げた、『とどめちゃん』のできあがり。

……よぅしっ。今日も一日、がんばりますよっ」

小学校に通い始めて数ヶ月、ほとんど日課と化した『おまじない』を済ませて。
少女は気合を入れた、彼女が思う、彼女(とどめちゃん)らしく。

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……無理、してねが?大丈夫(さすけね)が?」

とどめが朝餉と身支度を済ませ、玄関で靴を履き終えた時の事だ、そんな言葉をとどめの祖母が投げかけたのは。

……
「おばあちゃま、ほんとの本当に、とどめちゃんはだいじょーぶですよ。
しぃちゃんもみっちゃんもいるから、学校行くの楽しいです」

祖母の憂慮はもっともなものだった。
両親を亡くした上にほとんどの親戚に厄介者扱いされ、塞ぎ込んでいた孫娘が、ある時期からやたら元気に振舞い始めれば、心配になるというものだ。
……本人が、本人の心を守るために始めた行為だと、理解した上でも。

……そぉか」
「気ィづけて行ってこォよ」
ぽん。
皺だらけの手が、少女の髪を撫でた。

……はい。いってきますですっ」

帰りを待つその手のあたたかさに今日も勇気を与えられて。
今日も深く被ったフードをくい、と直してから、少女は玄関の引き戸に手をかけた。


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少し歩けば、いつもの十字路に差し掛かる。

…………

登校班の集合場所は少し先。
直進するのが近道だ。

……ですけど)

近道の区間にあるブロック塀。
その中途。
遠目でも分かる3mは越える長躯。
針金細工のようなその身体にスリーピーススーツを纏い、棒立ちをしている。
シルクハットまで被り、そこまでであれば通学路に立つ変人、で済むが……

少女は知っている。

通行者を見下ろす頭部は、目も鼻も口もない『のっぺらぼう』だという事を。
そして、シルエットだけでも人型(ヒトガタ)をした長躯のそれが、自分以外の誰にも見えていない事を。

……今日も、います、ね)

やむを得ず数度その道を通った際に、何もされないのも知った。
が、触らぬ神に祟りなしというものだ────実際のそれが、妖にせよ霊にせよ……神にせよ。

いつも通り右に曲がって、ほんの少しだけ時間をかけた、遠回り。
遠回りの方の道の塀の上、いつもいる三毛猫があくびをしている所だった。

「みけさんっ。おはよーございますっ」

ほんの少しの寄り道をしてから集合場所に向かう……という建前だ。

ランドセルを背負った女子小学生が登校中にほんの少しだけ寄り道をして猫にあいさつをする。
日常的な光景に、違和感を持つ者はいない。

少女は、自分がどう見られるかを、そして、どう振る舞えば『日常』に溶け込めるのかを(さか)しく理解していた。

「とどめちゃん今日も早ェなァ。気ィつけてナァ」
「鈴木さんどーもっ。おはよーございますっ」

集合場所に向かう最中近隣住民に会えば、無邪気そうな笑みと共に元気よくあいさつを、『とどめちゃんらしく』 。


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何があっても……何に遭っても間に合えるように余裕をもって出発したからか、
集合場所への『いちばんのり』は今日も彼女だった。

ふと、道路上の水たまりが視界に入った。
『とどめちゃん』らしからぬ、いびつな笑みの自分(とどめちゃん)の顔が、見えた。

……いけません。いけませんねっ」

前髪を整えるフリで、表情を隠す。
誰もいないからと油断はできない。
いつボロが出るか、わかったものではないから、と。

(もっとちゃんと、『とどめちゃん』にならないと)

(また、おかしな子ってバレたら)
(また、あんなを向けられる……

ずっとずっと、そんな不安が彼女の胸中から消えた事は一度としてない。

本当の事を言えば、今だって人前に出るのは恐ろしくてたまらない。ずっと自室に閉じこもっていたい。

でも、

引け目や負い目もあるかもしれないけれど、『目』の事を知った上でも

会話をしてくれる。
触れてくれる。
労わってくれる。
そんな祖母には、感謝と信愛の念しかなかった。

(いつまでも、しんぱいそうな……かなしそうなかおを、させたくないです)

……それに)

これからやって来る、同年代の二人の顔を思い浮かべる。

(同じ学年の、しぃちゃん)
(一つ上の学年の、みっちゃん)

知らないから、だろうけれど。
隠せているから、だろうけれど。
自分の事を気にかけてくれる。
自分に話しかけてくれる、二人。

(ふたりとも。やさしくて、すき。
もっと、なかよくなりたい……

きっと、淡い期待をしてしまっていると彼女は自覚していた。
祖母以外にも、自分と関わってくれる……関わり続けてくれる人が、出来るかもしれない、と。

少なくとも、二人がいるから学校に行き続けようと思えているのは彼女にとって確かな事実だった。

二人のそばにいると春の陽だまりみたいに胸がぽかぽかして
二人のそばにいると夏前の木漏れ日みたいに世界がきらきらして
少しでも長くいたいと、想ってしまう。



まだまだ慣れない、幼気な『とどめちゃんらしい』 表情を作り終えた所で、足音がふたりぶん聞こえてきた。

彼女がやって来たのとは別方向から、少年と少女がやってくる。

振り向きざま、いつものように彼女は告げる。
無邪気そうな笑みに、心からの感謝と、少しの虚勢を込めて。

「しぃちゃんみっちゃんっ。おはよーございますっ」


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補足

・タイトルは『雀百まで踊り忘れず』のもじり。
百(歳)にも至ってないし
『とどめちゃん』の熟練度(?)としてもまだまだ未熟だし
百物語はまだまだ先のお話
みたいな感じ

・今の『とどめちゃん』になるまでの過程でこんな時期もあったよ、というイメージ。

・今の『とどめちゃん』はすっかり馴染んでいるのでこのおまじないにすら頼ってません。

・通学路の怪異さんはマジで無害。
多分とどめちゃんが見えるのにも気づいてるけど見たがらなそうなのも気づいてるからモーションかけない。
あの子色々見えちゃうの大変だろうなヤバいやつに目ぇつけられませんように(´・ω・`)