基線◯号
2026-02-26 10:10:28
2229文字
Public エッセイ
 

エッセイ創作論ver.2026/02




 具体的なエッセイの作り方はここまでなのだが、なぜ創作論を公開しようなどと思い立ったのだろうか?
 
 最初に書いたが、創作論は1人1派レベルで細分化される。それは、創作が個々人でやるものであるからである。個々人の経験に創作は依存する、ということでもある。同じ人生を歩んだ人間は1人しかいない。双子ですら、考え方は違ってくる。
 最近はAIを使用した創作という形もある。創作のAIへの寄与度はまちまちであり、タネを出してもらうことから、決まり文句を出してもらうこと、はては大部分を代筆してもらうというケースも現に出てきている。悪いと言いたいわけではない。同じAIを使用していたとしても、プロンプトを打ち込むのは個々人であり、それ故に出力結果は同一とならないだろう。
 AIという共通プラットフォームは脳みそのプラックボックスをそれっぽく再現したものであり、それっぽい対話をしてくれる。パラメータが共通のAIを使っているから同じように見えるのであり、パラメータを変えてカスタムしたAIとともに創作してれば特に何も言われることはないだろうと思う。

 話がそれてしまった。基本的にAIを使っていようと特に何も言う気はしない。あくまでも出力された文章でしか判断はできない。ただ、自分で書いたほうが癖がでるし、人はそこに惹かれるよ、ということである。あと、できれば他の方のエッセイが読みたい。人生をチラ見したい。物語でもできるけれども、エッセイのほうがより生を感じるのではないかと思う。もちろんタダとは言わない。私も書く。人生を開陳するし、ほんの少し自慢話もする。だから、ちょっとエッセイを書いてみてほしいなと思う。完全に私利私欲である。でも創作って突き詰めると私利私欲ではありませんか?