【バクリチ】偽りの幸せ

魔男のイチでバクガミ×リチア
――敬虔な贄の一人だった少女の小さな愚かさが今になって身を蝕み続ける
本誌再登場に居ても立っても居られなくて書いちゃった。やはりドブカスクソ野郎×心優しくも気高き魂を持つ者、癖。
※リチア不在のバクガミ独白
追記→2026/3/1時点 リチア部分加筆


国民の手本となるよう正しくあれ弱音を吐いている暇があれば一人でも多く民を救いなさい。
そう己を叱咤して昼夜問わずカガミ国とカガミ国に住まう民のためリチアは奔走した。
国中の隅々まで誰一人の声を聞き逃さぬようそれでいて笑顔を絶やすことなく職務を熟す彼女に家臣達は「まるで罪滅ぼしだ。」と悲しみ嘆いた。事実リチアの身を案じて休養の提案をするも困った顔で「もう少し国が落ち着くまでだから。」と言い首を横に振うばかり。
ひたむきに国の復興に心血を注ぐ女王の想いを易々無碍にも出来ない。ならばと、家臣だけにとどまらず国民全員が一丸となりいち早い国の復興に勤しんだ。

お世辞にも復興が完了したとは言い難い。だが、ようやく目途がつき始めた頃、無理を祟ってきたリチアの体が悲鳴を上げた。
張り詰めていた糸がプツリと切れた感覚だけが鮮明に残り、自分の意思に関係なくベッドに倒れ込んだ体が鉛のように重く沈む。
にわかに狭まり出す視野。それに危機感を覚えないほど無頓着でも無責任でもない。

「(国のため民のため、ここで倒れるわけにはいかない……。)」

負った傷は深い、されど前に進もうと立ち上がる国民の先頭に立って率いるのは王族の責務。

「(何より私は、あの偽りの神を国に招き入れた罪を償い切れていないっ。)」

感覚が鈍くなっている手で上等なシーツを掴み、動かし難くなっている体で懸命に部屋の入り口に目を遣った。完全に意識を手放してしまう前に人を呼ぼうと口を開きかけた瞬間、忘れたくても忘れられない耳触りの良い声が帳を下ろす。



≪さあ、私を抱きしめて。≫



瞬く間に自室の寝室から瑞々しい緑の香りが漂う仄暗い静寂が視界を埋め尽くす。
「(ここはどこ。)」
先程まで掴んでいた上等なシーツから草を巻き込み握った湿った土の感触が指先から伝わる。ゆるく頭を振るい纏まらない思考で体を起こしてぐるり周囲を見渡す。
どうやら見知らぬ土地に一人へたり込んでいるまでは分かったが、それ以外の情報が一切得られない状況にサーっと血の気が引いていく。
根拠も確証もない、ただ直感的に視界に入るもの全てが本物はおろか現実世界からズレている薄気味悪さにリチアは自分を搔き抱いた。純粋な恐怖に首を竦めるのに合わせ頭上から降ってくる気だるげな声にリチアの鼓動がひと際大きく跳ね。

「違う。お前が抱きしめるのはお前自身じゃない。」

バッと脊髄反射で見上げた先にいるカガミ国を滅ぼそうとした魔法と目が合った。
折角癒えてきた傷口を戯れに広げてくる悪夢がリチアに呼吸を忘れさせる。
ヒュッと悲鳴を飲み込む気配に機嫌よくバクガミの顔が愉悦に染まったかと思いきや、怯えながらも懸命に己を奮い立たせるリチアに苦虫を嚙み潰したように表情を歪めた。
――まあ、変に騒がれるよりマシか。ほら、さっさと私を抱きしめてお前の辛を寄越せ。」
……? 」
正直何を言っているのか理解に苦しむリチアの困惑に満ちた視線に苛立ったバクガミはへたり込んでいる彼女に合わせ腰を下ろした。
咄嗟に身を引く彼女を余所に今度は両手を「ん。」広げる様にいよいよもってリチアの脳内は混沌を極めていた。傍から見なくともその姿は子供が親に抱っこをねだるよう。
しかし、太々しいほど抱っこもとい抱きしめてと強請る子供改めまんまと幸辛の魔法の思惑通りになるリチアではない。不可抗力とはいえ偽りの幸福に縋ってしまった弱々しい過去の自分は消えないが、その弱さを乗り越え前に進むのを選んだ強い瞳が悪辣な魔法を射抜く。
「私の悲しい心を奪い、その悲しみで復讐するため私をここに連れてきたのですか……?」
「そうだって言いたいところだが私自身どうしてお前が此処にいるのか皆目見当がつかんな……。が、まあいい。あの生意気なガキに気付かれる前に寄越せっ。」
荒々しくリチアに掴みかかり詰め寄るバクガミ。憎悪宿る血走った眼光、華奢な肩に食い込む異形の指、およそ人と共存の道を歩めぬ存在に一瞬心が竦む。たとえ相手の脅しに屈しなかったところで女性一人痛めつけることなど造作もない相手に何が出来ようか。
少なくともカガミ国を救い弟ゴクラクを救ってくれた恩人イチの存在を異常なまでに恐れている様子にリチアは再び周囲を見渡した。月明りのない濃い木々の影が二人を囲み佇む森の中、生き物らしい気配の無い異様な場所が助けを呼んでも無駄だと囁く。
絶望の足音が近付く気配に背筋が凍る。
「さあっ、さあっ! 諦めて私にお前の辛を捧げろっ!! 」
「いやだっ」
「ほう、いいのか? 私に辛を捧げなければ元の場所に帰れないぞ? 」
「そんな分かりやすい嘘には騙されませんっ! 」
身を捩りどうにか逃れようとするリチアにバクガミはいやらしく口端をつり上げ彼女の耳元に口を寄せた。



――だろうな ならばお前自ら私に捧げるように仕向けてやろう

身の毛がよだつ何もかも縋りそうになってしまいそうになる声音にリチアは唇を噛んで耐えた。罠と分かっていて尚、救いを求めたい衝動が赤い筋となって口端から零れる。
≪自分の身を傷付けるのをおやめなさい≫
「やめて」
≪私は信仰心溢るるそなたが傷付くのを望まぬ≫
おかしいおかしいと、頭で分かっていても名状し難くおぞましい力がリチアを深淵へと招き誘う。不幸を奏でる異形の指先が赤い筋を掬い取り薄ら笑う口元に運ぶ。
強者が弱者を弄ぶ久方ぶりの高揚感。ニヤけた唇で彼女の名前を紡げば面白いくらい肩が跳ね上がり、視線を頑張って外そうとしてくる健気な光景にバクガミは興奮しきりだった。幸か不幸かこの魔法円の中では自分の力が増幅され如何様にも作用させられる。
事実断固として拒み続ける姿勢を崩さなかったリチアの固い意思が崩れ始めている。その憐れで愚かしい姿を糧にバクガミの中で嗜虐心が膨れ、指通りの良いリチアの髪を梳きわざとらしく愛でた。
じりじりと抵抗心を削る愉悦感に浸り、必死で無意味な抵抗を嘲笑う。これは勝ち確待ったなしの――

……は? ≫

はずだった。
今にも泣きだしそうな面持ちでバクガミの頭をそっと膝の上に乗せるリチアの奇行に膝枕をされた側の脳内は混乱の一途を辿る。
……おい、なにをしている。はやく私を抱きしめ、」
「ね、寝てください……っ」
「話を聞けっ?! 」
震えた声と手でバクガミに語りかけ頭を撫でるリチアが打ち出した打開策は抱きしめたい衝動を他のことにすり替えることだった。そして、何故バクガミを寝かしつけるに至ったかは至極簡単。偽りの姿で祀られていた頃は寝ていたのを思い出したからである。
馬鹿馬鹿しいにもほどがあるリチアの行為に思わず声を荒げるバクガミだったが、中々どうして突っ撥ねることも起き上がることも出来なかった。
自分自身の気を紛らわせるため歌う子守唄。震えていた唇の震えがなくなるにつれ、朗々と安心感を誘うリチアの歌声がささくれだったバクガミの心を半ば強制的に寝かしつける。
「歌うのをやめろっ! やめないかっ!! 」
這い寄る眠気を振る払うべく吠えるバクガミを包むやわい声。一定のリズムを刻むリチアの手が動くたび、鼻腔をくすぐるやわい匂いに意識が霞みだす。
惨めにもしがみ付く意識に別れを告げさせる歌声を忌々しく睨む間もなくバクガミは、白魚のような手に不揃いな指を絡め握りしがみ付いたまま眠りに就いたのだった。