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水樹咲夜
2026-02-15 23:43:11
21933文字
Public
笙主
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その深層に手を伸ばす(笙主6)
一応笙主にはなったはず。笙悟視点。
BL、男部長固定。自分の所の主人公設定。
ゲームにはありませんが、笙主の部長のキャラエピ6という感じです。彼の心に踏み込みますか?の回。
1
2
連絡のつかなくなった奏を探しに、校内でよく彼が好んでいた場所を見て回る。最後に一番いそうな屋上へと来てみたが、やはり見当たらない。屋上にすらいないとなると、他の場所なのか。そう思いかけて、ふと笙悟は彼が一度、屋上の梯子を登っていく更に高い場所にいた事を思い出して、奏がその時にいた場所へと行ってみる。
そこには、隠れるように小さくなりながらも、床に倒れている奏の姿があった。
「おい、奏!?」
慌てて駆け寄り、そっと体に触れてみるとちゃんと温かい。眠っているだけのようで呼吸もしているが、どこか苦しげな表情をしていたし、顔色は真っ青を通り越して白く見える。
アリアが言っていたように、本当に酷い顔色だった。どこか体調が悪いのかも知れないが、それにしてもこんな所で寝ているなんて思わなかった。そこまで狭い場所ではないとはいえ、もしもここから落ちたらどうするんだよ、と笙悟は頭を抱えたくなった。
とりあえず、まだ探しているだろう帰宅部メンバーに、部長が見つかった事と、これから話をして何かあったのか聞いてみる、と手早くメッセージを送ってから、改めて奏の様子を見る。
「
……
生きてるよな。聞いてたけど本当に顔色悪いな」
とにかく、倒れているようにしか見えなかった彼が生きてる事にホッとして、そっと肩を叩き揺すると、奏はうっすらと目を開けた。こちらを見てくる彼は、まだ頭が働いていないのか、何とか身を起こしながらも、どこかぼんやりとしているようだった。
「お前なぁ
……
こんな所で寝てるとか何考えてんだよ」
「
……
笙悟」
「お前に連絡つかないって皆探してるぞ。まぁ、どうやら寝てたみたいだけどな」
「うん、ごめん、いつの間にか眠っていたみたいだ
……
あと、あまり覚えてないけど、多分スマホも家に置いてきた気がする」
「何かあったのか?誰にも連絡ひとつしないなんて、お前らしくもない」
「
…………
俺らしい、か。俺らしいって、どういうものなんだろう。俺はもうずっと前に、俺らしさなんて忘れてしまった」
そう言いながらぼんやりした表情で空を見上げるその銀灰色の瞳は、青空を映しているのに曇り空のような色をして、どこか虚ろに見えた。奏には珍しく危うい感じがした。むしろ何かが限界になったような、不安定な感情が出ているような、そんな気がする。
言葉は静かではあるが、どう見ても今の奏は何かがおかしい。それなのに、『卒業』したの時のようにパニックになるのではなく、ただひたすら感情的にならず冷静に見えるのに、明らかにどこかおかしいのが恐ろしく感じた。
お前らしくもない、という笙悟の言葉が、彼の心にある何かに触れてしまったんだろうか。奏の中の堰き止めていた何かが決壊したように、その唇から言葉が溢れ出す。
「ずっと周りからは母さんの面影を重ねられて、母さんと同じ道を歩むように言われてきた。俺らしさなんて誰もいらなかったし、むしろ邪魔なものだったんだろうね。俺自身なんて誰もいらない、俺はずっと誰かの面影を重ねて見られるだけの存在なんだ」
笙悟には、何て声をかけたらいいのかわからなかった。顔色が悪かったのは、現実の事を思い出してしまったからなのかも知れない。溢れ出す言葉は、ひどく静かで感情が凪いだようなのに、それはどこか悲鳴のようにも聞こえた。
このまま話を聞いて、零れ落ちる言葉を聞いていた方がいいのかも知れない。けれど、奏の現実の事を自分は受け止められるのか。笙悟がそう迷っている間にも奏は一度目を閉じると、すぐに心の中で何かスイッチを切り替えたように表情を変え、自嘲するような笑みを浮かべて笙悟の方を見る。
「笙悟も、俺に誰かを重ねていた?それとも、頼れる部長という理想を重ねて見ていたかな。本当の俺は、そんな存在じゃない。俺なんて、ろくでもないんだ」
「お前
……
何を言ってるんだよ」
どうして彼が急にそんな事を言い出したのかはわからない。ただ
……
何となく、もしかすると奏が嫌われようとしているんじゃないかと思い至る。
笙悟がヤケになりつつ現実の事を話した時に似た、いや、それよりもっと明確に、こんな自分なんてきっと嫌われるだろう、嫌われてしまえばいい、と思っているようなそんな表情にも見えた。
「
……
俺が、あの時あの子の自殺未遂を止めようと言ったのも、これ以上、笙悟の心に深く残る傷になる人を、増やしたくなかったからかも知れない。俺は、羨ましかったんだ」
「
……
羨ましい?」
「笙悟の
……
誰かの心に深く残る傷になった人のことが、羨ましいんだ。笙悟を大切だと思っているのに
……
好きなのに、こんな事を思ってしまった」
懺悔をするような表情で、けれど淡々と
……
感情が凪いだような声で、奏はひたすら静かにそう語る。自身の罪を告白して、許しを求めるのではなく裁きを与えられたい。嫌われて、突き放されて、終わってしまいたい。今の彼はそんな風に見えた。
「俺だって
……
笙悟の、傷に、なりたいと
……
傷になれた人が羨ましいって
……
そう、思ってしまったんだ。こんな事考えるなんて、最低だ」
そう思ってしまった事に、誰よりも怒り失望し罪悪感を抱え嘆いているのは奏自身なんだろう。少し前の自分だったら、こんな言葉でも耐えられたかわからない。いつも微笑んで見守っていた彼が、こんな事を思っていたとするなら、確かにショックではある。
でも、いくら彼が装おうとすれば装えるらしいとはいえ、そんな事を考えながら落ち着いているように見せる事が出来たのか、笙悟には疑問だった。
奏は基本的には素直な部分が多い。もしも装えたとしても、そんな罪悪感を抱えたままで、あんな風に落ち着いて微笑んで見守っていられたんだろうか。
「だから、もう
……
こんな俺に構う必要なんてない。もう、優しくしないでくれ。そんな価値は俺にはないんだ」
罪悪感と自己嫌悪でもう消えてしまいたい、とでも思っていそうな表情をされて、放っておける訳もない。しかし、どう言葉をかければいいのか。きっと中途半端な言葉では意味がないだろう。
彼は笙悟も含めた帰宅部のメンバー全員の心に躊躇なく触れて、そうして前を向かせたのかと思うとすごいとは思うが
……
自分に奏と同じ事が出来るのかといえば、きっと出来ない。
笙悟がそう思いかけた時、ふと、初めて彼を構い倒すなどという理由をつけて触れ合いをした時の会話を思い出した。
『
……
覚悟が出来て、もしもお互い向き合う事が出来たなら。それを理由にするのもいいかも知れないね』
『覚悟?』
『うん、お互いの現実を知る、知られる覚悟。向き合って心に触れて
……
お互いが傷付くとしても相手の心を知ろうとする。そういうのってきっと、覚悟が必要だと思うから』
その時、どうにも奏が離れて行きそうな気がして、現実に帰る理由を笙悟や帰宅部のメンバーと現実で会う事にするのではダメか、と笙悟が言うと、彼はそう言ってやんわりと断った。
覚悟を決めなければ、言葉は届かないという事なのか。それとも、奏がこうして自ら曝け出した傷口から心の奥底まで触れて、仮面を引き剥がしてみせろと言う事なのか。
「
……
ちゃんと、『帰宅部の部長』として笙悟を、みんなを
……
現実には帰すから、ちゃんと責務は果たすから、安心してくれ」
自嘲の笑みを浮かべながら、奏はそう言って拒絶しようとする。いや、拒絶というには弱々しい。何にしろ、ここで手を離せば、きっと彼は離れていって、言葉も何も届かなくなる。それだけはわかる。
奏の言葉よりも、彼が勝手に自己嫌悪して自己完結して、そうしてこっちの気も知らずに、目をそらしたまま罪悪感を抱えて離れて行こうとしている事に色んな感情が膨れ上がってくるが、笙悟はそれを抑えて問いかける。
「どうして奏は、そんなに
……
俺の傷になりたいんだ。俺の事が嫌いになったのか?」
「違う、嫌いな訳ないだろ!
…
あ、いや、嫌いって言った方が嫌われたんじゃ
…
でも嘘でもそんな事言えない
……
言いたくない」
問いかけに明らかに混乱し動揺しているし、そのせいか、うっかり全部言葉に出てしまっている。その様子と言葉に少しだけホッとして、笙悟はようやく決意を固める。奏が言っていた、このままだと取り返しのつかなくなるような焦燥感、というのが、今の彼を見ていてよくわかった。今ならまだ間に合うはずだ、いや、今じゃないともう本当に、取り返しがつかなくなるような気がした。
奏のようには出来ないだろう、彼は話を聞いている時もあまり感情的にはならなかった。お互いに傷付くだけかも知れない。それでも
……
奏が自ら離れ、壊れて落ちていこうとしているなら、いっそ壊すくらいの気持ちで向き合ってやる。
お前が手を差し伸べて、いつも傍で見守って、心の深層まで踏み込んで触れて救ってくれたからこそ、少しは前を向けたのに。今更勝手に罪悪感を抱えて手を離し、独りで落ちていこうなんて許さない。笙悟はそう思いながら、奏が逃げたりしないようにその腕をしっかりと掴む。
「奏
……
まだ間に合うなら、俺に話してくれないか、お前の現実の事を。どうして、奏は死ぬ事で心に遺る傷になりたいと、そうする事でしかひとの記憶に遺ることが出来ないと思ってしまうようになったのか。俺に教えてくれ」
「
……
え?」
「お前は俺の現実を受け止めてくれた。そうして支えて救って、前を向けるよう背中を押してくれた」
「お、俺は、自分に出来る精一杯をしただけで、何も出来てなんていない」
「俺にとってはそれが救いだったんだ。遅れてしまったかも知れねぇが、もう見ないフリはやめる。今度は俺の番だろう。奏の現実という地獄を、話してくれ」
「笙悟
……
」
戸惑ったように奏は笙悟を見て、笙悟が掴んだ腕を見て、逃げられないと思ったんだろう。観念したような表情で俯きながら頷く。
「わかった。聞かないと納得出来なそうだから
……
話すよ。でも、それで笙悟は嫌な気持ちになるかも」
「それでもいい、聞かせてくれ」
本当は奏も、自分の現実の事なんて話したくないし、自分の事なんて他人に知られたくもないんだろう。それは笙悟にも気持ちはわかる。しかし、ここで引き下がる訳にもいかない。
笙悟の言葉に少しだけ迷った後、諦めたように目を伏せると、奏は静かにその現実の事を話し始めた。
「
……
俺はずっと現実で、両親の後を追って死んで、そうして誰かの心に僅かでも、ほんの一時でもいい、心に遺る傷になりたかった。それしか、誰かに思い出してもらえる方法が思い浮かばなかったし、そうするしかないと思った」
「思い出してもらえないって、どういう事だ」
「親戚も周りの人たちも、俺自身の事なんて誰も見ていなかったから。現実での俺は、お母さんの後を継がせるための代用品か、サンドバッグのように殴るための人形か、大人たちの理想通りに動かすための傀儡でしかない。誰も俺自身なんていらないし、思い出す事もないし、俺の自我なんて必要ない。それでも、もしも死んだら
……
ほんの少しでも、一瞬でも、誰かが俺自身の事を思い出してくれるかもしれない。そう思うくらいしか、希望がなかった」
声からも表情からも感情がなくなり、ただ淡々と静かに奏は自分の現実の事を語る。それはむしろ感情的にならずに話そうとしているからなんだろうか。こんな時にまで、心を装う必要なんてないのに。
「
……
誰がお前に、いらないとか必要ないなんて言ったんだ」
「俺の周囲の、現実世界の人たち。俺じゃなく俺の両親に生きててほしかった親戚や大人たち。両親、特に才能ある母が生き残ればよかったと、ハッキリ言われた時もあれば、陰口で言われていた時もあった。それに、母のようになれともずっと言われていた。学校の子たちには、気味悪がられたり、上手く動けない事を馬鹿にされたり、色々言われていたよ」
こちらを見る事もなく、言葉を止める事もなく、ただひたすら淡々とその現実の事を吐き出していた奏の表情が苦しげに歪む。
「あの時両親じゃなく、俺が死ねばよかったんだよ。本当はきっと、お母さんが生き残ればよかったのに、俺がいたせいで
……
誰にも俺の存在なんて求められていないのに。だから、それなら俺も両親の所へ逝ったほうがいいんだと思って
……
ここへ来る前、死ぬ場所を探していたんだ」
彼のその顔色はよりいっそう悪くなっているが、ここで休む訳にも止める訳にもいかない。お互いに苦しくなるとしても、全部語り終わるまで吐き出すしかないと、笙悟は既に自分自身の時に知っていた。
「今も、奏はそう思ってるのか?俺が
……
帰宅部の皆がいても、お前は死にたいのか?死んで、俺達の心についた傷になりたいのか?」
「
……
だって、そうするしかない。傷になるくらいしかない
……
そうじゃなきゃ俺の事なんてほんの一時すら、誰も、誰も見てくれないんだ!」
やっと、感情がその声にも溢れ出た。正直、その言葉は笙悟にとって
……
帰宅部のメンバーにとっては、こちらを見ていない哀しいものではあったけれど。今の奏は苦しみに飲まれて、こちらを見ているようで見えていないようだった。
「誰も俺の事なんて必要なくて、必要なのは、生きてて欲しかったのは俺の両親だったんだ!!俺はここにいるのに、ここで
……
生きてるのに。俺の事は誰も要らないんだ。才能がなくても、お母さんみたいにならなきゃ、俺なんかが生きてちゃダメだったんだよ!」
泣きそうな顔をしているのに泣けないままで、奏は血を吐くように言葉を、感情を吐き出す。曇り空のような昏い灰色に染まった虚ろなその瞳は、笙悟の方ではなくどこか遠くを
……
恐らく、現実という地獄を、このメビウスにいながら今も見ているようだった。
奏はその地獄に囚われて、こちらを見ていない。きっと、現実を思い出してからずっと。それが哀しくて腹立たしい。
「誰かに
……
俺の事、思い出してほしかったんだ。生きてていいって、俺が存在しててもいいって、許してほしかった。母さんや父さんの代わりじゃなく、俺自身に、生きてていいって、言ってほしかった」
「生きればいいだろ」
「
……
え」
ようやく、虚ろだった奏の目が笙悟の方を見る。信じられないものを見るように、不思議そうに、何を言われたのかわからないというような表情で。
「お前が死んだら確かに俺の、帰宅部の皆の傷にはなるだろう。でも傷になんかなるなよ、傍で生きててくれよ」
「
……
お、俺に
……
誰かを重ねて見ているから、生きててほしいの?」
「お前なぁ、流石にそれは聞き捨てならねぇしひどすぎるだろ!いいか、俺が見てるのはお前だよ、お前自身だ!奏に生きててほしいんだ」
「笙悟は
……
俺に何かを、重ねて見てはいないのか?俺自身を、見ている
……
?」
「そうだよ、俺は今こうして、お前自身を見てるんだよ、奏」
そんな事もわからないのかと言いたくなるが、きっと本当に、それがわからなくなるほどに、母親の幻影を、大人たちの理想を、現実では重ねられていたんだろう。それは哀れではある。けれど
……
だからって、現実のそんな奴らのせいで、奏がこちらを見ないのは嫌だった。
「
……
俺、は
……
ずっと、俺自身を、見てほしかった。俺がここに存在しててもいいって。そうして、親みたいにじゃなくてもいい、ほんの少しでもいいから
……
愛してほしかった。忘れないでほしかった。でも、どうしたらいいのかわからないから、心に遺る傷になるしかないって思ったんだ。ほんの僅かな間でもいいから、ひとの心に残りたかった、俺がここにいたって事を思い出してほしかった」
感情を吐き出させてやりたいと、笙悟はそう思っていた。ずっと奏が押さえつけて心の奥底に隠してしまっていたものだろうから、自分の方が年齢的には歳上ではあるから、奏だって笙悟の現実の事を聞いてくれていたのだから、そう思っていた。
けれどもう、抑えきれなかった。このままでは彼はずっと、現実と、その周囲にいる奴らに囚われたままで、こちらを見ようとはしない。そうしてそのまま生きる事を諦めてしまいそうに見えた。それが奥底に隠していた奏のトラウマだとしても。笙悟にとっては、我慢ならなかった。
「
……
っ、僅かな間じゃねぇんだよ!もしもお前が死んだらずっと、俺が生きてる間ずっとだ!心に深い傷を残して、きっともう今度は俺だって皆だって、二度と立ち直れなくなるような傷だ!!それくらいに、お前は俺や帰宅部にとって、なくてはならない存在なんだ!!奏は、俺を
……
俺達をそんな絶望に叩き落としたかったとでもいうのか!?」
「笙、悟
……
?」
びくりとして、笙悟の声に怯えたように奏が見つめてくる。無意識になのか僅かに笙悟から逃げようとした彼のその体を抱き締めるように捕まえて、つい感情をぶつけてしまう。それが正解なのか不正解なのかなんて笙悟にはわからなかったけれど、そうする事しか出来ない。
「俺はお前を大切だと、大好きだと
……
一緒にいてほしいと思ってるんだよ!帰宅部の皆だってお前を大切に想ってるのに、どうして伝わらないんだ!何でこっちを見ないんだよ、現実のお前の周りの奴らなんてどうでもいい、俺を、今お前の傍にいる俺達をその目でちゃんと見ろ!!」
「み、見てる
……
つもり、だった。でも、俺も、見えていなかった
……
?」
「見えてるなら、どうして俺たちの気持ちが伝わってねぇんだよ!奏が俺の、皆の心の中にまで踏み込んで、手を掴んで引っ張り上げたんだろうが。それなのに、お前から勝手に諦めて手を離して、自分だけ奈落へ落ちていこうとしてるんじゃねぇよ!そんなの、俺も帰宅部の奴らも誰も望んじゃいねぇんだよ!!」
動揺しているのか、混乱してるのか、声に怯えているのか、奏はちょっとかわいそうになるくらいに震えているのが手に伝わってくるが、もうここまで来たら逃がしてやる訳にも逃げる訳にもいかない。ここで止めたところで、お互いが傷付いただけで終わってしまう。それでは意味がない。
それでも奏は震えながらも、笙悟の言葉を聞こうとはしている。やっとこちらを見て、想いを理解しようとはしていた。
「お、俺は
……
俺からの一方的にじゃなく、みんなに、大切に、想われて、いたの
……
?」
「むしろどうして伝わってねぇんだよ
……
大切に想われてるに決まってるだろうが」
「だって
……
俺は、帰宅部の部長だから、みんなと関わるのは当然で、親しくしてくれるのも、俺が部長だからだと思って」
「なるほど
……
お前にとっての強固な仮面みたいなもんなんだな、『帰宅部の部長』ってのは。帰宅部の部長だとか、お前の母親の身代わりだとか、誰かの理想の姿だとか、そんな仮面、全部引っ剥がして、本当の奏を見てやるよ
……
だから、俺に本当のお前の心の奥深くまで見せてみろよ」
「ほ、本当の俺なんて、誰も
……
」
「勝手に決めるな。俺は確かに今まで目をそらしてた、けどな、それは本当の奏を知りたくなかったからじゃない。俺が弱いから、何もしてやれないだろうから、受け止める自信がなかったからだよ」
こうして覚悟を決められたのは、奏が見守って引っ張り上げて、背中を押して一歩前へと進ませてくれたからこそだろう。
そして、多分
……
死ぬ事から逃げ出して、情けなくもここまで生き残ってしまった自分だからこそ、ずっとその現実と死に囚われ続けてきただろう奏に言える事もあるはずだ。生きてほしいと伝えられるはずだ。笙悟はそう信じて、必死に言葉を紡ぐ。
「死んで傷になんてならなくても、俺は奏を見てるし、想ってる。もう心にずっと残ってるし
……
愛してるんだよ
……
酷な事を言っているんだとわかってる、お前の現実も本当に地獄でしかないんだろうって、話を聞いてるだけでも思う。それでも、生きてくれよ、ここでも現実でも、俺と一緒に生きてくれ」
「いっしょ、に」
「ああ、現実でも何とか再会して、それで一緒にいよう。俺に何が出来るのかなんてわからない、ひきこもりの俺になんて、本当は何も出来ないかも知れない。ここと同じように、お前に迷惑をかけるかも知れない。それでも俺が奏と一緒にいる。だからお前も、他の誰でもない、奏自身として
……
生きろ」
笙悟の言葉の何かが奏の心に突き刺さったのか、急にぼろぼろと奏の目から涙が溢れ出した。一瞬驚いて焦りそうになったものの、笙悟はそっと奏の頭を撫でる。ようやく、その強固な仮面を剥がして、その心の奥底まで触れられたという事だろうか。
これではまるで子供のようだと思ったが、もし奏が両親を喪った時からずっと心を装い続けていたなら、その心の奥底に押し込められていたのは本当に、生き残った事を罪として背負わされ、子供でいることを許されず無理をし続けていた、弱く脆い子供の頃の奏なのかも知れない。
「そんな、こと、言われたら
……
頼って、しまう
……
期待して、希望を持って、ひ、独りに、戻れなくなってしまう」
「独りになるなって言ってるんだ」
「本当、は
……
死にたい訳じゃ、ない
……
ただ、俺として見てほしくて、生きて、いたかったんだ。でも、方法がわからなくて
……
俺はどんどん、自分が、わからなくなっていたし、死んだら、両親に会えるかも知れない
……
それにこんな俺でも、多少は、誰かの記憶に遺れるかなって思ったんだ」
「現実の奴らなんかのために、お前自身が生きる事を諦めなくていい」
「絶望なんて
……
させたくない。笙悟に、みんなに、そんな思いさせたくない。知ってるのに、置いてかれる悲しみと絶望、俺はよく知ってたのに
……
本当は、悲しませたくなんかない。笙悟にもみんなにも幸せでいてほしい。傷付いてほしくない、心の傷で、俺のせいで、苦しませたくない」
涙が止められないのか、必死で拭ってすっかり目を赤くしている奏の手を掴んで止めながら、笙悟はやっとその心の奥底から引きずり出した言葉を聞く。
こんな風に感情を引き出すのが奏のためなのかはわからない。ただ笙悟が彼をあのままにしたくなかった、手を離されたくなかった、傍にいてほしいというエゴかも知れない。
「ここで、独りじゃないのが、幸せで
……
現実に、帰るのが余計にこわくなった。もう、二度と、会えないと思って
……
帰宅部の部長は、帰ったらきっともういらないから」
「俺も、多分他の帰宅部のメンバーも、現実戻ったらお前と二度と会わないとか全く思ってなかったんだけどな。むしろ、まだまだ現実でも、奏に支えてもらわないとだよ、特に俺みたいなひきこもりはな」
「お、俺なんか
……
きっと、一緒にいても面倒なやつだし、重くて、笙悟だって俺の事嫌になるよ」
「お前がもし重くて面倒なやつだったとしても、好きだし傍にいてほしいんだ。それに、俺だって重くて面倒な奴だと思うが、お前も俺が好きって言ってたろ。似た者同士なんだよ」
臆病で、目をそらして逃げてきた。きっと、逃げ方が少し違うだけだろう。笙悟はひきこもり動かない事で逃げていたし、奏は心を装う事で逃げてきたんだろう。本当は弱くて情けない二人だからこそ、一緒にいて、支え合って行けるはずだ。
「みんなと
……
笙悟と、いっしょにいたい、いっしょに、いきていたい」
「ああ、一緒にいて、一緒に生きよう」
「ひどいこと言ってごめん
……
ひどいことを考えてごめんなさい、笙悟。ごめんなさい
……
おかあさん、おとうさん
……
いきてって言われたのに、い、いきるの、くるしくて、もう俺、自分がいきてていいのか、わかんなくなって」
子供のようにぼろぼろ涙を流しているのに、ただ声を殺すようにしてすすり泣くしか出来ないようだった。それでも、泣けないよりはずっといいだろう。
「俺、いていいのか
……
笙悟と
……
みんなと一緒にいて、いいのかな。現実でも、こんな俺でも、生きてて、いいのか」
「いいに決まってるだろ、いてくれよ、俺と一緒に生きろ」
その後はもう言葉にならず、しばらく奏は何も言えずに泣き続けていた。もしもずっと泣けていなかったなら、十年以上分だろうか。もうこれは自然に止まるまで泣かせてやった方がいいだろうと思い、笙悟も止めずにその間はただ頭を撫でていた。
「
……
少しは落ち着いたか」
「は、恥ずかしい所を、お見せしました
……
わめくし泣くしで本当に
……
申し訳なくて、何というか、とてもダメな感じで」
やがて、しばらくしてやっと泣き止んだ奏は、ものすごく恥ずかしそうでいて申し訳なさそうに、しょんぼりして笙悟に頭を下げる。
その顔色はさっきまでよりは、少しずつよくなってきていたから、感情だの涙だの、色々なものを吐き出させた事は一応効果があったのかも知れない。その代わり、目や目の周りはもう擦ったせいで痛々しい程赤いが。ものすごいボロ泣きしてたから、これは仕方ないだろう。
「まぁ、子供みたいに泣くとか、かなり貴重な姿を見たというか、お前もちゃんと人間らしくて安心したよ。最初のパニック状態以外は滅多に感情的にならなかったしな」
「人間じゃなきゃ、メビウスに堕ちてませんし。でも、こんなに、俺自身を見せる事になるなんて本当に恥ずかしすぎる
……
流石に嫌になっただろ」
「奏は俺も含め、帰宅部メンバー全員のカッコ悪い姿や情けねぇ姿を見てきたんだろ、多分。むしろお互い様だ」
「このレベルで弱くて情けない姿を見せた人って、いないと思うんだけどなぁ
……
」
「それを見たのは俺だけだからまだいいだろ、アリアもいないし」
「笙悟には俺のダメダメな姿ばかり見られている気がする」
本気でヘコんでいるようだから、背中をぽんぽんと撫でてやりつつ、今は一応落ち着いている様子の奏に、気になっていた事を聞いてみる。
「さっきのは、俺に嫌われようとしてわざと言ったんじゃないのか」
「言ったのはわざとだけど、思ってしまったのは本当だよ。だから、笙悟に申し訳なさすぎて
……
こんな醜くてダメな自分の事を話して、いっそ嫌われてしまった方がいいって思ったんだ」
笙悟はその言葉に思わず頭を抱えたくなった。やはりわざと嫌われようとして言っていたらしい。
「奏は思いつめると迷走して黙ったまま暴走して、そのまま自滅しようと突っ走るタイプなんだな
……
そこまで思いつめる前に、今度からは話してくれ」
「思いつめてたのかはわかんないけど、多分パニック状態になってたのは確かだと思う」
「どうしてあんなひどい顔色で、そんなパニック状態になってたんだ?」
「それは
……
その、言ったほうがいい、のか?」
「そうだな」
「うぅ
……
情けないからあんまり言いたくはないんだけど。でも、迷惑かけちゃったし、もうここまで情けない姿見られたらあんまり変わらないか」
はぁ、と溜息をついて、少し話したくなさそうではあったが、迷惑をかけてしまって申し訳ないと思う気持ちのが強いんだろう。奏は素直にそうなった原因を話し始めた。
「現実の夢を見たのもあるんだけど
……
その前から、こう、よくわからないけど心の中がぐちゃぐちゃになってる感じだったんだ。それで今朝、どうしてなのか自分で自分の心を探って考えてみた」
「何でそんな、自分で自分を追い詰めるような事をしてんだよ」
「このままだと何か現実に帰るまで心がもたない気がして、それで考えてみたんだけど。俺が笙悟に対して恋愛感情があって、でもそんなの叶う訳ないだろうし。しかも無意識に、それが叶わないなら出来れば笙悟の心に遺る傷になりたかった、俺も少しでも思い出してもらいたかった、って思ってたの自覚して、自己嫌悪でどうしていいかわからなくなった」
現実の夢だけでもダメージが大きいだろうに、その後自分で自分の心を抉るように、自分の深層を見ている時点で何をやってるんだお前はと言いたくなったが、そうしなければもっと壊れそうだったのか。
誰もいない所で、ひとりで自滅しようとするのは本当にやめてほしいが、どう言ったものか。つい笙悟は話を聞きながら少々頭を抱えてしまった。
「そのままどうしていいかわからず、無意識にメビウス内の『実家』まで走って
……
そうしたらもうそれも消えてて、余計に自己嫌悪が強くなった。でも、死ぬ訳にはいかないから、この場所まで何とか来て、そのままここで意識を失ってたらしい。その後、笙悟に起こされて、俺もうこの気持ち隠せないや
……
いっそこれを話して笙悟に嫌われてしまおう、って思ったんだ」
「相変わらずタイミングが悪いというか、何と言うか
……
そもそも、何で俺がそれでお前を嫌いになると思ってるんだよ」
「だって
……
嫌だろ、こんな事を考える人間なんて。俺は、嫌だよ。笙悟がもう既に傷付いているのを知っていたのに、心に遺る傷になりたいなんて考えてしまった事が嫌だ。大好きだと思っているのにそんな事を考えてしまったなんて、自分で自分が許せない」
「だからってそうして自己嫌悪して自己完結して、そのまま奏が離れていく方が俺は嫌なんだよ」
念の為、奏が逃げる事が出来ないようにもう一度しっかり抱き締めるようにしてから、笙悟はお互いにお互いの想いから逃げる事が出来なくなるよう改めて確認する。
「あ、あの
……
何で俺、また捕まえられて」
「さっきまでの俺の言葉、ちゃんと聞いてたよな?」
「うっ、はい
……
いや、あの、大好きとか、あ、愛、とかは
……
その、俺の、聞き間違えとかでは」
「お前は耳がいいんだろ、いくら混乱しててもちゃんと聞き取れるよな?もう俺は奏に対しては逃げるのをやめたから、お前も勝手に聞き流して手を離して、俺を傷付けたくないとかいう理由で、俺から逃げようとするなよ」
勢いで言ってしまった部分もあるお互いの感情を、しっかりお互い自覚して、相手もそうなのだと改めて確認する。どうやらお互いに恋愛感情のようだし、下手に遠慮なんてしたら、こいつは勝手に手を離して自滅しようとする。そんな事させるものか、と笙悟はここまで奏の事を聞いて思っていた。
「し、笙悟先輩は、俺と同じく逃げるタイプだったのでは!?」
「奏に対しては押す方が正解っぽいし、うっかり引いたり離したり逃がすと、二度と戻って来ないだろうなと、さっきので嫌でも理解したからな」
「俺なんかに君が縛られる事ないんだ、だって笙悟はきっと、色んな人に好かれるよ」
「縛ろうとしてるのは俺だよ。俺が奏を、俺の傍に縛って生かそうとしてるんだ。お前は実際には、色んな奴に好かれてるだろうけどな、俺がお前を離したくない。俺が奏と一緒にいたいから、お前に好かれてるのも利用して俺の傍に縛り付けようとしてるんだよ」
奏の話を聞いている時、許せなかったのは傷になろうとした事や傷付けようとしたからじゃない。彼が勝手に離れて行こうとした事や、こちらを見る事もなく生きるのを諦めようとしていた事だった。
身勝手なのはきっとこちらの方だろうと笙悟は思っていた。傍にいてくれていた事に勝手に安心して、離れて行こうとした事やこちらを見ない事に怒って、こんな風に傍に縛り付けようなんて。本当に愛情なのかとも思う。
それでも、奏を生きる事に縛り付けて、現実に帰っても一緒に生きていけるなら、そうする事を選ぶ。それが正しいのかなんて笙悟にはわからなかった。ただ、彼に生きて傍にいてほしいだけだ。
「
……
俺、現実でも男なのにいいのか。傷もあるし、体は全然上手く動かないし、あと多分、味覚障害で栄養失調だし」
「味覚障害と栄養失調は何とか治そうな。流石に色々聞いてると、健康状態本当にヤバそうだし」
「それ以外は?」
「お前だからいい」
「俺だから?」
「お前の事が好きだから、気にならない、だと語弊があるか?奏だから大丈夫というか」
「
……
笙悟は、その、女性じゃないとダメなんだと思ってたから、俺が笙悟の事を好きで、しかもひどいこと考えてしまったから、どうしたらいいのかわからなかったんだ」
「まぁ、同性を好きになったのはお前が初めてだけどな、確かに。だからって暴走して、勝手に自己嫌悪して俺に嫌われようとするなよ」
「それは
……
本当にごめんなさい」
奏はずっとしょんぼりしてヘコんでいるので、少々言いすぎてしまったかとも思うし、ヘコませたい訳ではないが、また同じような事をされたくはない。
「奏の方こそいいのか」
「何が?」
「俺相手でいいのか」
「そもそも俺は、初めてひとを好きになったから何もかもよくわからないけど、俺は笙悟が好きで
……
笙悟も、お、俺の、ことが
……
好きで
……
?」
そう言いながら、急に今自覚したように、奏の顔が一気に赤くなり、その表情も動揺している。今まで話していた時は、ひたすら申し訳なさそうにしょんぼりヘコんでいたから、その表情の違いは明らかすぎた。
「おい、まさか今やっと、そこを自覚したのか?嘘だろ、今まで話してたのにそれかよ!?」
「
……
その、ちゃんと言葉は聞いてたんだけども!今、急にすとんと、腑に落ちたというか、意味を、こう、言葉として理解してたものが、感情として心でわかった、みたいな感じ?」
「
……
やっぱりもう一度言っておいた方がよさそうだな、変な方向に突っ走らないように」
「いや、えーと、言葉として理解はしてると思うんだけども!」
思わず笙悟は溜息をついて、既に逃さないように抱き締めるようにしているが、片方の手で奏の頭をがしっと掴んで、顔をそらせないよう笙悟の方へと向かせる。
驚いたような顔をして、目をそらそうとして、それもしきれず目を泳がせる奏を、笙悟は至近距離でじっと睨むように見つめる。お互いの吐息がかかるくらいに近いが、とりあえずそこを今は意識しないようにしておく。
「俺は、奏の事が好きというか大好きだし、愛してもいるから、勝手に自己嫌悪して暴走して俺から離れようとするな」
「うぐっ、はい
……
暴走してごめんなさい。いや、近い、顔近い、近くで睨まれるとどうしていいかわかんない、こわいのに笙悟だと何かドキドキする」
「お前、心を装わないとそんなに色々だだもれになるのかよ」
「ち、違うって。今はこう、笙悟に全部、剥がれちゃったから
……
だと思う
……
多分。あとこの至近距離は、流石にドキドキするのは仕方ないと思うんだ」
「なるほど、今の奏は丸裸だと」
「心が、丸裸だとしても心のみだから、服は全部ちゃんと着てるから!!」
「何でそこ必死なんだよ」
服を着ているのは見ればわかるから、そんな必死になる事でもないだろうに。まぁ、着てても胸元辺りは割と無防備かも知れないが。つい苦笑を浮かべつつ、話を戻す。
「ここではもちろんだが、現実でもだからな。暴走して俺から離れようとするな。現実でも何とか再会して、一緒にいればいいだろ」
「
……
えーと、現実の俺は、こう、色々と、微妙な外見の可能性ありますが大丈夫でしょうか
……
ここでの俺の姿は、μが色々調整してくれてるから」
「それを言ったら俺も現実では当然この姿じゃねぇし、高校生どころか三十路だよ」
「お、俺なんかで本当に
……
」
「これだけで混乱しそうになるのやめてくれ、ほら、深呼吸でもしとけ」
笙悟の言葉に、奏は素直に深呼吸をして何とか落ち着こうとしている。これが完全に素の状態の奏だとすると、混乱したり動揺したりしやすいようだし、確かにこれだと心を装わなければやっていけなかったのかも知れないとは思う。
ボロ泣きした後から、彼は心を装う事が上手く出来なくなっているようで、笙悟の言葉や行動にさっきからあまりにも素直な反応を見せていて大変そうではあった。まぁだからって、あまり装ってほしくはないが。むしろ装わずに隠さずにいてほしいとは思う。
「だってこんなに近くで人と見つめ合ったことなんてないし、今まで誰かに好意持たれたこともないし。こういう時はどうすればいいものなのか、俺にはよくわからないんだよ」
「ここではお前かなり色々と、好意持たれてると思うんだけどな。ほぼわかってなさそうだけど」
「え、笙悟に言われた以外に、そういうの言われたことないよ?」
ものすごく不思議そうな顔をしているし、これは本気で言ってるんだろう。親愛や友愛から淡い恋愛感情まで、恐らく帰宅部メンバーの中だけでも既に色んな好意を向けられていると思うが、恐らく全く気付いていない。
現実でひどい目にあい、自分自身を見てもらえず、何かを重ねられ周りから強制されていたトラウマと、素の部分の長く時を止めていた幼さと天然ボケが、全部混ざり合ってひどい鈍感を生み出しているようだった。仕方ないのかも知れないが、困ったものだ。
「
……
やっぱりちゃんと言葉にしないとダメそうだし、言葉にも行動にも出した方がよさそうだな」
「えっ、笙悟が言葉にも行動にも出すようになったら、俺の心臓がおかしくなりそうなんだけど」
「いっそもうおかしくしてやろうか、この天然ボケ鈍感め。ああ、一応言っておくけど、社交辞令とか、奏を止めるためにああ言ったとかでもねぇからな。そんな理由で告白なんてしないぞ」
念の為そう言ってみると、奏があからさまに目をそらした。やっぱり咄嗟に装うのは下手な奴だし、別に装う必要ないのに、と思いつつも笙悟は溜息をつく。
「
……
そう思いかけてたな」
「ちょっとだけ、思いかけてました
……
俺を止めようとしたからかなって」
「油断も隙もねぇな。頭はいいはずなのに、他人からの感情の変換がポンコツなのかその頭は」
「さっきから俺、地味に色々言われてない?まぁ、ポンコツなのは否定しないけども
……
俺は自分の事さえよくわからないし」
「さっきみたいに感情出していけよ」
「さっきって
……
ボロ泣き?いや、いやいや、難しいよアレは、男の子は泣いちゃダメらしいし」
「まさか、小さい頃に誰かにそう言われて、それを律儀に守り続けて、長い間泣けなくなったとかじゃねぇだろうな」
奏はまた黙って、困ったように目を泳がせている。いくら真面目で律儀で素直だからって、そんなのにずっと従う事もないのに。それであんな風に壊れかけられては、こっちはたまったもんじゃない。
「図星か?図星だな。お前の現実の周囲の奴らどうなってんだよ本当に」
「どう、なのかなぁ
……
俺は子供だったから、ただ言う事聞くしかなかったし、そうしなきゃならないと思わされていた。そういうものだと思ってた。でも
……
現実に帰って生きていくなら、きっと俺も、こわいけど変わらなきゃならないんだろうな」
「そう、だな。今まで変われなかった俺も、奏も、変わっていく必要があるんだろう。独りでは変われなかったけど、お前が傍にいて見ててくれるなら、きっと少しは前を向ける気がするよ」
「うん、見てるよ
……
笙悟が一緒にいてくれるなら、俺も頑張れる
……
と思いたい」
「奏の場合、頑張りすぎるのもなぁ」
頑張りすぎた結果、自分を押し殺して装って自分を見失い自滅しようとしていたのを見てしまうと、また頑張りすぎるんじゃないかと思ってしまう。
「むしろお前は、頑張りすぎず多少気を抜く時間を作った方がよさそうな気もする」
「そうかな
……
でも頑張らないと変われないだろうし、気を抜くと立てなくなりそうなような」
「いや、立てなくなりそうな程頑張るなよ」
奏の様子から、多少の動揺や混乱は時々するものの、そろそろ変に突っ走らない程度には正気になっているのを確認して、笙悟は奏が逃げないように捕まえていた手を離し、問いかける。
「とりあえず、そろそろこの場所からは下に降りないか?せめて屋上までは」
「え、あ、そうだね
……
誰にも見つからないように、ついここに来たけど、笙悟は、その
……
嫌だよね」
「嫌というか、気を抜くとお前が衝動的に落ちそうだからほぼずっと捕まえてたんだよ」
「そんな落ちそうに見えるくらいに俺、危なっかしかったって事か。ここ一応それなりに広めだけど、そんなに?」
「ものすごく、危なっかしい状態だったよ。かなりマシになったが、今も心配ではある」
「ええぇ
……
確かに精神は不安定にはなってたけど、俺そんな風に見えてたのか。わ、わかった、じゃあ降りようか」
とりあえず梯子を降りて、屋上までは戻ってきてホッと息をつく。全く、とんでもない事になった、とは思うが、もしもあのまま現実に戻っていたら、または奏が隠し通したまま限界が来ていたら、本当に取り返しのつかない事になっていた可能性がある。そう思うと、ここで暴走しそうになってくれて、状態としてはまだマシだったのかも知れない。
「あの、笙悟
……
さっきからちょっと気になってたんだけど、時々WIREの通知鳴ってない?」
「鳴ってるだろうな。一応奏を見つけた事と、話をしてみるとは送ったけど、そのまま放置してるし」
「そ、そうか、その通知、俺のせいか
……
何か本当にごめんなさい」
「そうだなぁ
……
じゃ、皆にも謝っておくか?」
「えっ?」
「どうやら皆、部室に戻ってきてるみたいだしな」
「え、でも、俺今、思いっきり泣きましたって顔だし、というか、部長として装える自信が今はあまり」
「はいはい、行くぞ」
「俺、猫の子じゃないし、ちょっと、あの、笙悟?笙悟先輩?俺の話聞いてください
……
あぁ、ダメだ、何か意外と強引だ
……
」
首根っこを掴んで引っ張っていくと、口ではそう言いつつも、諦めたように抵抗する事なく、笙悟に連れられ素直に大人しくついてくる。お前はもう少し抵抗を覚えた方がいいんじゃないのか、と思いながらも、笙悟はそのまま帰宅部の部室まで奏を引っ張って行った。
部室に着くと、皆がこっちを一斉に見て、奏の顔を見て驚く。まぁ、思いっきり泣きましたという顔をしてるから仕方ないだろう。アリアがすっ飛んできて、一番近くにいた鼓太郎も驚いたように奏を見る。
『ちょっとYOU、顔色自体は朝よりよくなってるのはいいとして、目とその周り真っ赤なんだけど!?』
「え、どうしたんだよお前、笙悟に叱られたとか?」
「えっと、叱られました」
「仕方ねぇだろ、何つーか
……
無茶しようとしてたというか、暴走しそうになってたというか」
「その、ちょっと、現実の夢を見た後、俺がパニクってしまって
……
自滅しそうになっていたから、笙悟に叱られて、一応正気には戻れたんだけど、そこでボロ泣きしてしまいまして」
嘘ではないが、かなりの部分を切り取って、当たり障りない程度にして、奏は皆にそう説明する。まぁ、もちろん笙悟も全部説明するつもりはなかったが、そんな風に説明したのは、多分奏自身が色んな意味で恥ずかしいからだろう。
「もしかして、『卒業』した時レベルでした?」
「そのレベルだったかも知れない」
『やっぱり一人にするんじゃなかったかなぁ。でもアタシがいても、そんな状態だったならどうにかするのはきっと難しかったよね』
「今はもう大丈夫なの?」
「大丈夫、だと思う
……
多分、きっと。みんなにも迷惑をかけてしまってごめんなさい。そんな状態だったし、ちょっとうっかりスマホも机に置いてそのまま忘れてしまったみたいで、連絡も出来なかった」
奏はいつも通り部長として装おうとしているようだが、困ったような微笑みになっていて、完璧には装う事が出来ていないようだった。そんなもの上手く出来なくていいと笙悟は思っているが。
『本当にもう大丈夫?また変に突っ走ったりしないように、もういっそ、男子メンバーに交代で見ててもらっちゃう?』
「いや、流石にそれは
……
もう大丈夫だよ」
「まぁ、実際俺は部長の状態を目の当たりにしたから、一人にするのが心配ではあるな。しばらくは俺の家に来ておくか?」
「えっ?」
正直、多少は下心があるかも知れないが、実際、奏のあの状態を見てしまうと、もしアリアがいたとしても一人にして大丈夫なのか、笙悟にとっては心配ではあった。今は一応落ち着いているとは思うが、彼はどうやら誰にも言わずに一人で抱え込んで悩んで考え込んで迷走し始めるようだし、そうなった場合アリアでは止められないだろう。
笙悟の言葉に、奏は困惑した表情で考え込む。流石にそんな事を急に言われても困るかと思ったが、そうではなく本気にしていいものなのか悩んでいたらしい。
「
……
社交辞令とかではなく?」
「社交辞令でそんな事言わねぇよ」
「うーん
……
笙悟が本当にいいなら、うん、お邪魔させてもらおうかな。今日は笙悟にもみんなにも心配かけちゃっただろうから申し訳ないし」
『じゃあ、部長の事は笙悟にお任せしちゃうね。アタシは女子の所に行っておくよ』
その後は解散になり、一度スマホや着替えなどを取りに行くというので、奏の部屋に寄った後に、笙悟の家へと向かう事になった。
「本当によかったの?笙悟のとこに行くのって」
「よくなきゃ言わねぇよ。奏こそよかったのか」
「俺は笙悟がいいなら別に、特に困る事はないし。もしも寝る場所なさそうなら床の上でも寝られるし」
「いや、客を床に直接寝かせるとかは流石にねぇよ」
「親戚の家だとたまにあったんだよね、布団がなかったりとか。予備の布団なんてないって言ってた」
「本当に、お前の現実の周囲の奴らはどうなってんだよ
……
というか、もしかして床で寝落ちてるのってそういう理由か?」
「
……
そう、かも?」
奏から話を聞けば聞くほど子供に悪影響しかなさそうな親戚や周囲で頭を抱えたくなるが、しかし現実ではひきこもりな上に他人である自分に何が出来るのか。笙悟は現実に帰るまでに、いや、帰ってからも悩む事になるんだろうと思う。
「それにしても、何だか不思議だ」
「何がだ?」
「俺が、何かを必死に装ったりせずに、今は多分ちゃんと、俺自身として過ごせてる。それに、現実の事を話しても、笙悟が一緒にいてくれるなんて」
「装わずにすんでるならよかったし、現実の事の方はお互い様だな。俺も奏に現実の事を話して受け入れてくれてホッとしたし、一緒にいて安心もするしな」
「笙悟もそう思ってくれてるならよかった
……
一方的なものじゃないって、嬉しいね」
「もう一方的なものと勝手に思い込んで、思い詰めるのはやめてくれよ」
「それは、うん、そうだね。そういう風に考えないように気を付ける」
奏が受け止め受け入れてくれたからこそ、前を向く事が出来た。そうして、そのおかげで彼の手を繋ぎ止める事が出来て、こんな風に穏やかに笑う事が出来ているなら、本当にお互いに助け合っているという事だろう。
「そういえば、しばらくは笙悟の家にって、どれくらい?」
「それは考えてなかったな
…
数日か、数週間か、何なら現実に帰るまでか」
「えっ、そ、そんなに俺いたら迷惑なんじゃ」
「うちはNPCもいないし別に問題はないと思うが、奏がもしも俺といるのが嫌になったら、もちろん戻ってもいいけどな」
「俺は嫌になるとかはないと思うけど、笙悟のが嫌になるんじゃないか?」
「多分、嫌にはならないと思う。今までお前といた感じだと、何かこう、一緒にいると静かであったかくて心地いい感じだしな」
「そっか
……
なら、その間は居候になる訳だし、家事とか何か色々と、俺を家政夫だとでも思って使ってくれていいから。何でもするよ」
「お前は、何でもするとか簡単に言うんじゃない。まぁ、家事とかはしてくれるなら助かるけどよ」
嫌になるより、うっかりどこかで我慢しきれず手を出しそうな可能性の方が高いかも知れない、と笙悟は思いつつ、それは言わないでおく。
「ひきこもりの俺にとっては、他人と一緒にいる事自体が練習みたいなものだし、奏も練習すればいいんじゃねぇか」
「俺も?」
「他人の前で自分を装わない練習だ。もう俺は本来の奏を見ているんだから、何かを装う必要ないだろ」
「そ、それは
……
出来るかなぁ」
「恥ずかしいのか?」
「うん、恥ずかしい、だって本当の俺は弱くて脆くて何も出来なくて情けない事を思い出したから
……
すぐ動揺したりするし」
「情けないそんな姿を見せとけばいい」
「ええぇ
……
まぁ、練習?練習なのかなぁ」
装って無理するくらいなら、装わずにいてほしいとは思うが、恐らく奏は割とカッコつけたがりな部分もあるのか、余裕あるように見せたいんだろう。気持ちはわからなくもないが、お前は他人の素の部分も弱さも重さも受け止めているんだから、自分も素の部分をもっと出せとも思う。
「でも俺、笙悟から部長を引き継いだり、そうして頑張ってた部分は、後悔してないんだ」
「無理したり装っていたとしてもか?俺はお前に部長をやらせてしまった事を少し後悔したんだけどな。他に選択肢がなかったとはいえ」
「俺は、嬉しかったんだ。こんな俺でも、笙悟の、帰宅部のみんなの役に立てて、力になれるんだって。俺は多分、そうする事で、自分がここに存在してていいって思おうとしてたんだ」
「だから、壊れそうなくらい必死になってたのか」
「うん、そうだと思う。気付いたら俺は帰宅部の部長として装うようになっていた。それをここにいられる理由にして、しがみついて、みんなの役に立とうと必死になっていた」
「そんな奏に俺も救われた。部長であるお前も、お前の一部ではあるんだろうな。真面目に頑張りすぎるし優しいせいで無理してたんだろうが」
「俺は別に優しくはないと思うよ。ひとに優しくされてなかった俺が優しくはなれないだろうし。結局そうしてたのだって、俺がここにいていいと思えるように、そして周りの人たちにもそう思ってもらえるようにだと思うから」
「俺にとっては、奏は優しいしお人好しだと思うし、そんなお前に救われた。俺が勝手にそう思ってるんだよ」
奏が笙悟に向けて言っていたように、笙悟はわざとそんな風に言ってみる。すぐに意図に気付いたのか、彼は一瞬きょとんとした後、少し困ったような顔で微笑む。
「
……
それ、もしかして俺の真似?」
「真似でもあるけど事実だな。まぁ、だからって無理して壊れそうになるのはやめてくれ。さっきは本当に肝が冷えたからな」
「そう、だね、多分無理してたんだ。最初は確かに、みんなの役に立てて、力になれて嬉しいって気持ちだけだったと思うのに。最初のうちは純粋な気持ちだったと思う
……
多分。でも、いつの間にか、みんなと一緒にいるために、部長としての自分でいることに必死になってたんだ」
「そんな無理しなくても、お前はもう帰宅部の中心なのにな」
「そう、なのかな。俺は大した事はしてないと思うんだけど」
「奏は本気でそう思ってるんだろうな
……
でも、お前に受け止められてなきゃ、現実に戻っても上手くいかない奴のが多かったと思うぞ。俺に至っては、現実の事を知られた後からは特に、現実に帰ってからもお前に協力してもらう気満々だったし」
笙悟の言葉に、奏は少しの間沈黙して、言葉を理解して驚いたように言う。
「えっ、そう思ってたの?知らなかった」
「思ってたけど、言ってなかったしな。現実でずっとひきこもってた俺が、戻った所で頼らずにいられると思うか?」
「う、うーん
……
メビウスの笙悟を見てると大丈夫そうかなって思ったんだけど、現実だとまた違うだろうから、キツそうな感じ?」
「キツイだろうな。だから、きっとまた奏を頼ると思う、協力してくれるか」
「そっか、うん、現実の俺だと、何が出来るのかはわからないけど、俺でよければいくらでも協力するよ」
少し自信なさそうな表情ではあったが、そう言ってくれて笙悟はホッとする。むしろそれは、部長としてではなく、現実に不安と恐怖を抱えている奏自身の言葉だろうから。
そうして二人で話しながら笙悟の家に着いて、奏を招き入れると、前とは違って見回す事なく微笑んで素直に家に入ってくる。
「笙悟の家に来るのは2度目だね」
「前は体調悪い俺を送ってくれたんだったな。客なのに律儀にコーヒー用意して、皿洗いまでして」
「コーヒー淹れる時、目についたからつい。今度はしばらくここにいさせてもらう以上、家政夫でも何でもさせてもらうよ」
「本当にいいのか?遠慮しないぞ」
「うん、いいよ。しばらくここでお世話になります。よろしく、笙悟」
そう言って嬉しそうに微笑んだ奏を見て、笙悟も嬉しくなった。あの状態を放置する事なく止められて、こうして連れてきて本当によかったと思う。
壊れかけていたのか、それとも抑え続けていた自我が苦しんでいたのか、その辺はわからない。その心に土足で踏み込んで苦しませてしまったかも知れない。それでも、もうこの手を離す気はない。
いずれ現実へ帰って、お互いそれぞれの現実に苦しむとしても、それでも一緒に支え合い、生きていくために。
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