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number21
2026-02-14 18:10:09
6807文字
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天照
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プロローグ【天照】
※暴力の表現を含みます
---
現代サイド→
プロローグ【雨照】
次の話→
1話『傘の思い出』【天照】
1
2
◇
「こっち避難終わりました!」
城下町から少し離れた郊外、フストルという町の森の一帯。明るい金色のショートヘアを風になびかせ、右手には自分の背丈程ある槍を持った少女、ワス=ジメントは叫ぶ。
「遊びに来てた子が2人だけで、他は誰もいなかったです!」
息を整えながら、ワスの青色の瞳は真っ直ぐに、目の前の赤髪の男を見つめる。
「うん、ありがとう。人的被害はなさそうだね、よかったよかった」
「ういっす! そっちはどうでしたか?」
「うん? ああ、1体は倒したよ」
「おお~やりますね! さっすが~! テラスの出現は2体って町の人言ってたから~
……
残り1体ですね!」
「そうだね」
剣と盾を手に、少し錆びついた鎧を身に纏った男、レド=ガネイトがワスに軽く微笑みかけたところで、鋭い氷の塊が、ワスを突き刺すように飛んできた。
「おっと、危ない」
落ち着いた声と裏腹に、素早い動作でワスの前に立ったレドは盾を構える。
盾で受け止められた氷は、一瞬にして溶けて水になった。
「わわ~っ
……
助かりました! ありがとうございます!」
「俺は熱魔法
……
特に火とか燃やす方が得意だし、あっちが氷使うなら相性いいかもしれないね」
「やった~! じゃあらくしょーですね!」
「だからと言って油断は禁物
……
って言おうとしたばっかりだったんだけどな」
ワスより幾分も背が高く、体格も良いレドはその貫禄ある風貌とは裏腹に、柔和な振る舞いをする人物だ。
元気よく声を上げるワスの緊張感のなさに困ったように笑った後、敵のいる方向を見据える。
その視線の先には、黒く蠢く怪物がいた。
ワスよりも、彼女の隣にいるレドよりも一回り大きい球体の体。そこから短く太い4本の脚が生え、体を支えている。
球体の真ん中に一つ、大きく見開かれた真っ赤な瞳が、ぎょろりと動きワスを見る。
テラス。その生態は他に存在する生物の枠に当てはまらず、様々な生物の特徴を併せ持った上で独自の性質も持つ化け物。
「ところで今日、王立軍の人遅くないですか? いつもならそろそろ誰かしら駆けつけてそうなのに」
「うん、そうだね。町から少し外れたところだし、知らせが届くのが遅れているのかな」
ワスたちは国の公的な組織としてテラス討伐を請け負っているわけではない。自警団として活動しているいわゆるボランティアだ。
ルシア王国の公式の軍、王立軍とも協力関係にあり、彼らの手が行き届かない郊外での突発的な事件などの初動対応にあたることも多い。
今日もその活動の一環で、ワスとレドはパトロール中にフストルの住民からの通報を受けて駆けつけていた。
「そんじゃ、軍の人が来る前にちゃちゃっと終わらせて、いっぱい褒めてもらいましょう!」
「そうだけど、油断は禁物、ね」
「手っ取り早く核を見つけて倒したいですよね。ちょっとぐるぐる回って見てきます!」
レドは忠告に聞く耳を持たないワスの様子に、困ったように苦笑する。
「はぁ
……
分かった、俺が気を引いておこう。危険を感じたらすぐに離れてね」
ワスは手に持った槍を今一度強く握りしめ、一つ息を吐き槍の柄で片足ずつちょん、と触る。まずは右足、そして左足。槍が振れた部分を中心に、淡い緑の光が灯った。
「よし、
……
これでOK、と。そんじゃ、お願いします!」
とん、と床を足で軽く蹴ると、凄まじい勢いをもって身体が前に進む。テラスの横をすり抜けようとしたところで、異形の眼はワスを追いかける。
「こっちが相手だ!」
レドが剣を構え、炎の斬撃を飛ばして威嚇すると、異形は再び氷の槍を生成し、彼の方へと放つ。
先ほどと同じ要領で、盾で氷を溶かしながら、レドは異形の気を引き続けている。
「どこだどこだ~?」
ワスはテラスの背後に回るも、そこに目的の物はない。
「核しまってるタイプかなー
……
そうじゃないと楽できていいんだけどなー
……
」
槍を両手で握り、たん、と踏みしめ、上への力を強くイメージしながら地面を蹴る。ワスの体は大きく上に跳び上がり、テラスの体を上から見下ろす形になる。
「あ、あった
……
! 剥き出し
……
!」
異形の頭頂部に、赤く光を放つひし形の結晶があった。テラスの核だ。
テラスという異形の怪物はどういうわけか、普通に傷つけただけであれば何度でも再生する。
とどめを刺す方法は一つ。彼らの弱点である「核」を壊すことだ。
核は体内で守られていることもあれば、今回のように剥き出しになっていることもある。
成人男性よりも大きな体の頂点にある核は、いくら剝き出しとはいえ、普通に戦っていれば手が届かない。
しかし、王立軍やワスたち自警団の人間は、魔法によってそれを可能にする。
「これで
……
どうだ~~っ!!」
ワスは空中で槍を下に向け、急降下して核に突き刺した。
赤い結晶にひびが入り、その瞬間、怪物は動きを止めた。
ウウウ、と低い唸り声を上げ、怪物の体が崩れていく。
一度槍から手を離し、とんと軽く着地をした後、崩れゆくテラスの体から得物を抜いた。
「レドさん! やりましたよ~っ!」
「よくやった! お疲れさん!」
くしゃっとした笑顔を浮かべ、槍を持っていない方の左手をレドに向かってぶんぶんと振るワスの背後に、
――
黒い影が落ちる。
「え?」
「ワス!!」
目を見開き、こちらに駆け出すレド。それを見て、何事かとワスは振り返る。
大きな黒い翼。鋭く尖ったかぎ爪。
翼には金色に光る無数の眼があり、その全てが無機質な光をワスに向けている。
鳥のような形をしたテラスが、ワスの頭上を覆っていた。
翼の一部が溶けるように細くなり、ワスに向かって伸びる。
こちらに伸ばされたレドの手は、届かない。
大きく見開かれたワスの青い瞳に、
――
白く眩い光が映った。
◇
ワスはぎゅっと閉じていた目を開く。それから1回、2回と瞬き。
視界に映ったのはあの怪物ではなく、金色の髪だった。
ワスと同じ金色で、ワスより少し短く毛先が跳ねた髪。
黒いマフラーの先が2つに分かれ、ふわりと風に舞っている。右手には、木でできた大きな杖。
「
――
やめておけ」
少し高い少年の声が告げると、テラスは遠くへと飛び立っていった。
呆然とするワスの目の前、少年が振り返る。
血のような真っ赤な瞳と目が合った。
「
…………
え。クラ
……
ネ
……
?」
気づけば声が出ていた。それは酷く現実味のない響きを持って自分に返ってくる。
クラネ。
ワスは彼を知っている。
◇
ワス=ジメントは極めて普通の少女だ。
商人である父と喫茶店で勤める母というありふれた職の親の下に生まれ、普通に学校に入り、そして何事もなく卒業した。そんな極めて普通な彼女が、唯一普通でない過去があるとすれば、それは兄の存在だ。
クラネ=ジメントはワスの2つ上の兄だ。ワスと一緒に育った、気弱で少し頼りないが、人を思う心を持った心優しい少年。
その兄は、5年前に突如として姿を消した。
どこかに出かけたきり、帰ってこなかった。
死んだとさえ思われていたワスの兄。
その彼が、あの時と全く変わらない姿で今そこにいる。
(あの時と変わらない
……
?)
「え、えぇ~~~!? ちょっと待って、あの時と、変わらない!?」
そして思考より先に声が出る。至近距離で大声を浴びた彼は、不機嫌そうに目を細めた。
その後一度ゆっくりと目を瞬き、静かに口を開く。
「
…………
ワス」
「あれ
……
? いや少しだけ変わってる
…
? 目が赤い! 青じゃない!? え、待って、何がどうなって」
「
……
相変わらずうるせえな。一旦落ち着け」
「いや落ち着けな
…………
」
そこでもう一つ、若干の違和感に気づく。彼は「うるせえ」と言わなかったか。少なくともワスの知る彼は穏やかで、むしろ気弱とも言えるくらいで、そんなことを言う性格ではなかったはずだ。
「落ち着けないよ! いやでもクラネなの!? 5年経ったから~、18歳だよね!? わ、わたしの方が背ぇ高くなってる! 待って待って待って
……
ほ、本当に理解が追いつかないぞ
……
?」
「まあ、オレはクラネだ。年は18だ見た目のことは何も言うな」
「ワス、無事でよかった。
……
そっちの彼は、知り合い?」
ワスが目を白黒とさせていると、レドが駆け寄ってきた。クラネとワスの顔を交互に見る。
「あ、えっと、わたしの兄
――
」
「知り合いでもなんでもねえよ」
ワスがクラネを紹介しようとした声を、彼は鋭く遮った。
「え?」
ワスが怪訝に思ってクラネの顔を見た、その時。
「王立軍、テラス出現の知らせを受けて現着しました!」
武器を携えた人物が数人、こちらへ近づいてくる。装備は人によって異なるが、共通して太陽を象った紋章が刻まれていた。
彼らに向かってレドが答える。
「ああ、お疲れさまです。我々自警団で対処済みになりますよ、被害者はなし」
「そうでしたか! ありがとうございます、お手を煩わせて申し訳ありません
……
昨夜王宮内で侵入者騒ぎがあったみたいで、そちらの対応に追われており遅れてしまいました
……
」
「侵入者? そちらは大丈夫だったんですか」
「ああ、はい。我々一般兵にはそこまで詳しくは知らされていませんが、恐らくは」
彼らの会話をワスが眺めていると、クラネがその場から離れようとする気配を感じた。
ワスは咄嗟に彼の手を掴む。
「待って!」
「
……
もうオレに用はねえだろ」
「あるに決まってるよ!」
「現場に居合わせた子どもですか?」
ワスとクラネの様子を見て、王立軍の青年1人はレドに尋ねた。
「ああ、いや。こちらの女の子は俺と一緒に自警団として戦ってくれた後輩です。もう一人は
……
」
レドはクラネの方を見て、少し考え込んだ後、迷いながら言葉を作る。
「テラス討伐後に、ワスのことを助けてくれたんですが
……
その
……
俺の誤解かもしれませんが、彼の言葉に、テラスが従ったように見えました」
クラネの赤い瞳が、冷たい光を帯びたように見えた。
「テラスが従った
……
?」
王立軍の青年は訝しげな表情を浮かべる。レドは困ったように頭を掻き、弱々しく苦笑を浮かべる。
「いや、気のせいかもしれませんけどね。とにかくワスを助けてくれたことは事実です」
「念のため、一緒に来てもらえませんか?」
青年の後ろから顔を覗かせた、帽子を被った落ち着いた雰囲気の女性がクラネに声をかける。
「時間をいただいて申し訳ないのですが、一応、お話を聞かせていただきたいのです。テラスを使役できる術を持つのなんて
――
魔王、だけですから」
その場に緊張感が走る。
「もしそれに近い現象が起きていたなら、王立軍としては見過ごすことはできません。何もなければそれで良いので、念のため、お願いできないでしょうか」
「はは、こんな子どもが魔王だなんて、そんなはずはないと思いますけどね~」
場の緊張を和らげるように、レドは明るい声で話をする。
「まあ疑いを晴らすって意味でも、どうだい? 少年。
……
俺もワスも一緒に行って、王宮で美味しいお菓子でもいただけないかな~、なんて? どうでしょうかね」
「そうですね、ご同行をお願いしているのはこちらですから。茶菓子などかけあってみますよ」
クラネへの敵意がないことを示すように、王立軍の女性も穏やかに笑う。ワスがクラネの顔を見ると、彼もまた同じようにワスの顔を見た。
赤い瞳は、冷たい光を放っていた。
「
……
悪いがそれはできねえ」
彼は右手に持った杖を掲げる。
再び、白い光が視界を覆った。
◇
「
……
って、なんでずっと手ぇ掴んでるんだよ! 離せ!」
「やだに決まってるじゃん! せっかくクラネとまた会えたのに! どこ行こうとしてるんだよーっ!」
クラネはその場にいる人間の視界を眩ませている間に姿を消そうとしていたらしい。
「言っただろ! もうお前に用はねえって!」
「知らないよ! クラネがなくてもわたしがあるもーん!」
「お前の我儘押しつけんなよ!」
「ええ~!? 我儘じゃないよっ! 兄ちゃんと一緒にいたいことのどこが我儘なの!? というか、クラネなんでそんなにグレちゃったの!? 酷いこと言って怒鳴りまくって、普通だったら今頃泣いてるよ!?」
「グレてねえし、いや、これには理由がある、んだけど! あーでもそうだなお前は図太くて良かったなッ!」
言い争う兄妹の緊張感のなさと裏腹に、王立軍の面々は表情を固くして武器を構えた。青年がクラネに語りかける。
「強引に逃亡を試みたように見えたんですが、こちらへの敵意と見て間違いありませんか?」
「
……
ふん、間違いねえな」
クラネは杖を構える。その先に青白い光が集まり、氷の塊が生み出される。
それはワスの両手首を拘束する枷となった。兄の手を握っていたワスの手は、あっさりと引きはがされる。
「わっ、ちょっ!?」
「これ以上近づいたらこいつを殺す」
氷のように冷たい声だった。ワスは目を見開いてクラネの顔を見る。その横顔には、明確な殺意が宿っていた。眼光の鋭さは先ほどまで妹と争っていた少年のものではなく、そう、例えるならば、物語に出てくる悪役
――
魔王のような。
彼は隣のワスではなく、正面に対峙するレド、王立軍を真っ直ぐに睨みつけたまま、ワスの首元に杖の先を突きつける。バチバチと火花が散っており、少しの熱と共にチクリとした痛みが走った。
レドたちはその場から一歩たりとも動くことができない。彼らを嘲笑うように、クラネは口の端を引き上げる。
「はっ、守らなきゃいけねえ立場の奴は大変だな」
「ねえ、クラネ待って、なんで、こんなこと
……
!」
「オレがお前の敵だからだよ」
クラネはワスの方を睨みつける。
「ったく面倒だ
……
正体がバレた。まあいつまでもコソコソ動くのには、無理があっただろうけどな」
忌々しい、といった様子で彼は舌打ちをする。
「面倒なら、なんでわたしを助けたの!」
敵意を持って歪められた赤い瞳を、ワスは真っ直ぐと睨み返す。
「テラスに襲われそうになったわたしのこと、助けないでほっとけば、今こうやってみんなに見られることもなかったじゃん!」
「
…………
ほんの気まぐれだ。もうオレは行く。じゃあな」
「待って!」
「もうオレに関わるな」
「やだ!」
「
……
ッ、あいつらが魔王って呼んでる奴! 国の敵! 女王諸共国を滅ぼそうとしてる奴! それがオレなんだよ! オレはお前が関わっていい奴じゃねえ、わかんねえのか!」
自分に火花が向けられている状況で、ワスは一切の迷いもなくクラネの方へと一歩踏み込んだ。
「わかんない! そんなのわたしは信じない! だってクラネは、すっごい優しいわたしの兄ちゃんなんだよ!?」
「そんな奴もういねえよ。オレはお前らの敵、それが真実だ」
「やだ! 信じないって言ってる! クラネはそんな人じゃない、それがわたしにとっての真実だもん!」
それまで冷たい表情を貫いていたクラネの顔が、一瞬強張ったように見えた。
彼は一度杖を下ろし、目を閉じる。
「
……
ふん、勝手にしろ」
また、視界が白い光に覆われた。
「
……
あ、あと! 君が生きててよかった!!」
普通であれば絶望してもおかしくない状況で、ワスは大きく口を開けて笑う。
眩い光の中、クラネの瞳にその表情が映ったかどうかは、わからない。
真実とは、一見揺るぎない事実に思えてその実、認識する者によって形を変える不安定なものだ。
少女の中で彼は優しい兄でも、世界から見れば彼は国を滅ぼさんとする魔王だ。
多くの人間が彼を魔王と呼ぶのなら、それが世界にとっての真実となる。
望んだ真実を掴みたいのであれば、全ての事実を暴いた上で、その手で世界を動かさなければならない。
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