柚子茶
2026-02-12 19:23:39
2549文字
Public 短編
 

さなぎのはなし

2025年の虫の日記念
ガラス工房でむしとり少年と職人さんが交流する話

 火の玉がみるみるうちに姿を変えていく。まるで、メタモンだ。メタモンはあんなに固くならないけれど。クルクルぐにゃぐにゃ、伸びて縮んで膨らんで。光が消えると、そこにはドームに足がたくさんついたような形のガラス。
 売り場にあるのとは形が違っているけれど、これは確か「フウリン」。風が吹くと綺麗な音が鳴るそれには、そっくりなポケモンがいるらしい。
「ほえー、相変わらずきれーだね」
「また君か。ここには来るなと言ったはずですが」
「きれいなものはみたいじゃん」
「君はそうでも、キャタピーとケムッソにこの環境は酷でしょう」
「対策済みだから! ね、ぴーちゃん、ピャーちゃん!」

 ここはガラス工房。ガラスを溶かす窯、再加熱する窯、冷やすための窯、ここで働くポケモンとついでに一部のおっちゃんや兄ちゃんたちの筋肉でとんでもなく暑い。むしろ熱い。外はまだ少し肌寒いのに、みんなもれなく半袖で汗だくだ。
 最初の見学の時なんて、みんなそろって目を回してしまったものだ。前に住んでたところは、暖炉を焚いていたってこんなに暑くなかったもの。
 しかしこちらも馬鹿ではない。失敗したら対策する。虫の成長は早いのだ!
「その首掛け扇風機なら逆効果ですよ。こんなに暑い所で使って、熱中症になったらどうするんですか」
「ふっふーん、それ含めての対策済みだもんね。これ、『とけないこおり』をひっかけてるの。こうすると、ずーっと冷たい風が出るんだよ!」
……左様で」
 持つべきものは、推しの影響を受けやすい姉である。推しが増える度に推しの概念とやらを集めまくるので、使ってない道具が家にたくさんある。さすがに増やしすぎたと頭を抱えていたから、断捨離のお手伝いと称して手に入れたのだ。
 ありがとう姉ちゃん。ありがとうジ・アイス。ありがとう絶対零度トリック。おかげでおれといもむしくんたちは、四十度近い工房でも元気いっぱいです。

 いつの間にかフウリンを徐冷炉にいれた職人さんが、椅子を持って来てくれていた。疲れてきてたからありがたく座らせてもらおう。
「そんなに手の込んだことをしなくても、表のショップに行けばいいでしょうに」
「それじゃあ作ってるとこ見れないじゃん」
「まったく、この半人前の仕事なんて見て何が楽しいんだか」
「楽しいよ。だってガラスってむしポケモンみたいだ!」
 さなぎポケモンのカラの中には、トロトロの中身が詰まっているらしい。……勘違いしないで欲しい。本に書いていたのを読んだだけで、解剖とかはしてないです。
 さなぎの中はトロトロで動くことはできないけれど、じーっと耐えながらエネルギーをたくわえる。そうして強くてかっこよくてきれいな姿に進化するんだ。
「なるほど、一度ドロドロに溶かして成形するのが似ていると」
「そうだけど言い方ァ! あと半笑いやめろ。笑うなら笑え!」
……くっ、こおりポケモンはよく言われますが、むしタイプは初めてだったので。では失礼して、あっははははは!」
 まったく、失礼な大人だ。笑うなら笑えと言ったのはこっちだけれど、腹を抱えて呼吸困難になるほど笑うなよ。こっちは真面目なんだから。あと笑ってるのに目が死んでるの普通にこわいぞ。
 ぴーちゃんとピャーちゃんの糸でグルグル巻にしてやろうかと思ったその時、何かを察知したのかスっといつもの無表情に戻った。急にスンとしないでほしい。

「さて、理由は分かりました。しかし、やはりここには来ないように。さなぎは我慢するものなのでしょう」
 そう言って指さされたのは、ギプスで固定されたおれの左脚。この脚で工房まで来るのは大変だけど、町に居るのは暇なんだ。だって何もやらせてもらえないし。
 出禁は困る。無理矢理にでも話題を変えないと、と目を付けたものは、意外にも職人さんの気を逸らすことに成功したようだ。

「作品のモチーフ、ですか」
「うん。いっつも同じの作ってるよね。似てるけどメノクラゲともプルリルとも違うじゃん。だからなんだろうって」
…………なんなのでしょうね。私にも分からないのです」
 小さなころに一度見ただけ。周りの大人に聞いても、だれも知らないポケモン。
 でも、夢でも幻でもない。忘れないようにその形を作り続けて、知ってる人が見つかればとSNSに投稿してたら、この工房の代表にスカウトされてこの地方に来たらしい。
 デザインの話を聞いたら職人さんの経歴に繋がるなんて思わないじゃん。会いたいポケモンのために、ずっと同じものを作ってたら仕事になるってすごい。
 ……でも、まだ会えてないんだよな。

「じゃあさ、そのポケモン、おれたちが見つけてやるからさ、これからもガラス作るとこ見せてよ! 指名手配書代わりに覚えるからさ!」
「は?」

 たっぷり三秒の間を空けて、炉で居眠り中のマグマッグが飛び起きる程の笑い声が響いた。
 
 大真面目に言ったことを大笑いするとは、本当の本当に失礼な大人である。契約は成立したからいいんだけどね! 契約書作るときもちょっと震えてたけど、見逃してあげよう。
 将来ガラスのポケモンを連れてくる代わりに、作業の見学を許可する。うんうん、しっかりハンコも貰ってるし、大人みたいだ!
 ……あれ、下に小さくなにか書いてある。

「なになに? 『ただし、左脚の骨折が完治してからとする』?」

 なんて卑怯な大人だー!!

――――

見学者
左脚骨折中。ポケモントレーナーのさなぎ。ガラル地方から引っ越してきた。
手持ちはキャタピーとケムッソ。

ぴーちゃん
ガラルから来たキャタピー。

ピャーちゃん
この地方でトレーナーに出会ったケムッソ。

職人さん
アローラから来た職人さん。目と表情筋が死んでる。
相棒を連れて消えた正体不明の生き物をさがしている。■■■のさなぎ。

正体不明の生き物
ガラス質の体を持つプルリルやメノクラゲのような形状の生き物。ポケモンかどうかすら定かではない。