青色
2026-02-08 21:22:34
3893文字
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燭鶴「リビング」

真夜中に眠れなくて弱っている光忠くんと、その光忠くんに寄り添う鶴さんの話。細かいことはぼんやりとしていますが、現パロで、同棲しています。
同じ世界線というわけではないのですが、以前書いた「キッチン」(https://privatter.me/page/696cee2a33c16 )という話と対になるというか同じテーマで、起きているのが光忠くんの場合の話、のつもりです。

 ふと、なんだか寒い気がして鶴丸が目を覚ますと、一緒にベッドで寝たはずの光忠が隣にいなかった。
 枕元のスマートフォンの画面をつける。AM2:38。まだ十分に真夜中だ。

 光忠が途中で起き出しているのはめずらしい、と思って鶴丸は身体を起こした。もちろん、好きなときに寝床を抜け出して夜中に何かをしていようと、それは彼の自由だとは思うけれど。

 鶴丸はベッドのそばの椅子にかけてあった薄手のパーカーを羽織ってリビングに向かった。別に、光忠を放っておいてもよかった。子供でもあるまい。でも、今は、彼のもとに向かうことが必要とされている気がして。

 藍色の夜の中、リビングに通じるドアを開けて身体をすべりこませると、ソファに身体を沈めている光忠の後ろ姿が見える。見慣れたカーディガンを羽織った身体はやや深めに背もたれにめりこんでいて、それが彼の気だるさとか憂鬱のような、そういう何かを示しているように思えた。
 部屋の片隅の小さな間接光を灯して、ローテーブルにタブレットを置いて何かを観ているらしい。タブレットに映る映像の雰囲気からして、それは何やら辛気臭そうな映画みたいだ。

 イヤホンをつけて観ているのか、彼はこちらの気配に気づいていないようだった。だから鶴丸は静かに光忠の背後に近づいて、ぽん、とその頭に手のひらを置いた。光忠の肩が驚きを示すように大きく跳ねて、彼はイヤホンを外しながらこちらを見上げるように振り返る。

「び、……っくり、した、……
「はは、驚かせたな、すまん」

 鶴丸は光忠の頭に乗せた手のひらでそのまま彼の黒髪をくしゃくしゃと乱し、そしてソファを回り込んで隣に腰掛けた。

「何を観ていたんだい」
「なんか、分かんないけど、……古い映画だよ」
「へぇ、一緒に観てもいいか」

 鶴丸は手を伸ばしてタブレットを操作すると、スピーカーを切り替えた。先ほどまで光忠のイヤホンに流れていた音声が、タブレットから直接リビング全体に流れはじめる。

 そうやって、しばらく二人で映像を眺めた。眺めていたのだが、驚くほど内容がつまらない。さっきから暗い中で二人の男が、無表情なジムノペディをBGMになんだかくだらない押し問答を繰り返している。

……なぁ、これ、今だけが退屈なのか、ずっとこの調子なのか、どうなんだ」
「あはは、ずっとこの調子だよ。でも、なんか、面白いものを見る気になれなくて」
「そうか」

 光忠が苦笑しながらもなんとなく力なく言ったので、鶴丸は多くを返さずに、彼の太ももをあやすように軽く叩いた。

「ちょっとばかし冷えるな。何か飲むっていうのはどうだい。俺が準備しよう。希望はあるかい」
……ホットミルク。えっと、できたら、はちみつを入れてもらえる、かな」
「ん、分かった」

 鶴丸はソファから立ち上がってキッチンへ向かった。ホットミルクは電子レンジで作ることもできるけれど、今夜は鍋であたためることにする。時間と手間をかけることが、一つの愛の示し方だと思ったから。

 鍋であたたまるやわらかな白を見つめて、鶴丸はしばらくキッチンに佇んだ。

 二人分をそれぞれマグカップに注いで、光忠のほうにはたっぷりはちみつを入れた。ついでに一つ思いついて、光忠のカップにはシナモンをおまけに振りかける。

「すまんな、待たせた」

 二つのカップを両手に持って戻ると、光忠は映画を見るのをやめていた。

「おや、続きはよかったのか?」
「うん、なんか、もういいかなって。内容、よく分かんないし」
「そうか」

 鶴丸はカップを彼に手渡し、自分のカップに口をつけながらまたソファの隣に腰を下ろした。

「あれ、これ、シナモン?」

 光忠がカップの中身を覗き込みながら言う。カップをぎゅっと両手で持っている姿は、なんとなく幼い子供のようにも思えた。

「あぁ、お好みじゃなかったかい」
「ううん、ありがとう」

 光忠は微笑んで一口飲んだ。甘いね、と少し安心した声音。

「ならよかった。まぁ、なんだ、ちょっとしたまじない入りってわけさ」
「おまじない、……?」
「きみが、きみを眠らせない何かから少しでも楽になれるように、とな」

 鶴丸が少し下から顔を覗き込むようにして光忠を見上げたら、彼は少し困ったような顔をした。

……
「詳しいことは聞かないが、ま、そうだな、俺はいつでも隣にいる」
「うん、……ありがとう」

 光忠は頼りない声で礼を言った。それは詳細を聞かないことへの礼なのか、あるいは隣にいることへの礼なのか。たぶん、どちらも。

 しばらくそれぞれが黙ってホットミルクを飲んだ。やわらかな沈黙。

「鶴さん」
「ん?」

 不意に光忠が口を開くので、鶴丸は彼の方を見た。彼はこちらを向いていないので、横顔を見つめることになる。彫刻のように整った顔には陰が落ちていて――それは夜中であるせいかもしれないけれど――、憂いを帯びているように思えた。

「あの、……もたれかかっても、いい?」
「おいおい、訊くまでもないぜ、そんなの。きみの重さを支えられないくらい俺が頼りなく見えるか?まぁ、鍛えている光坊と比べりゃこの身体は見劣りするが」
「ふふ、そうだね、……ごめん、ありがとう」

 光忠は少し小さくなって、頭を鶴丸の肩に預けた。肩がずん、と少し重くなる。そうやって、またしばしの沈黙が満ちた。言葉を交わす代わりにホットミルクを飲む。
 カップに口をつけるのが四度目になろうかというタイミングで、光忠が「あのさ、」と口を開いたので、鶴丸はミルクを飲むのをやめた。

「ん?」
「なんか、変なことを言う、けど、…………、僕はね、格好悪いところを見せたくないって思うのに、同じくらい、僕が格好悪いって知ってもらいたいんだ」

 揺れるように不安そうな声音で紡がれた光忠の願いはなんだか切実で、鶴丸は一瞬、言葉を探した。とりあえず、続きを促す。

……、それは、誰に、だい?」
「あなたに」
「はは、そうか」
「だからね、鶴さんに格好良いって言われたいけど、同時に、格好悪いなってひどく呆れてほしいんだ」
「ややこしいな、きみは」

 鶴丸は肩に預けられている光忠の頭に、自分の頭を預けた。寄り添うように。

「光坊、きみはな、かわいい。格好良いか悪いかは、今はどっちでもいいだろう。真夜中ってのは、あらゆる曖昧さを許してくれる時間だからな。だから、きみはかわいい、今はそれだけでいいんだ。そういうきみで俺の隣にいてくれ」
……うん、……ありがとう」

 礼を言われることじゃない、これは愛なのだから当然だ、と鶴丸は思ったけれど、それは言葉にせずに、代わりにただ肩の上の彼の頭を撫でた。

 また何度かカップに口をつけたら、中身のホットミルクはなくなってしまった。光忠のカップも、どうやら空になったらしい。

「もう一回寝ようとしてみるのはどうかと思うんだが、……どうする」
……うん、そうする」
「よし、なら、ベッドに戻るか」

 二人分のカップをローテーブルの上に置いて、光忠の手を引いて鶴丸は寝室へと入った。

 ベッドに横になった光忠に並んで横になったら、彼はこちらをくるりと向く。そこにブランケットをやわらかく肩までかけてやる。

「鶴さんは、その――、すぐに寝ちゃう?」
「いいや、光坊が眠るまで起きてるさ。とんとんとしてやろう」

 鶴丸は腕を少し伸ばして彼の身体に触れると、とんとん、と寝かしつけのリズムを優しく叩いた。

「ゆっくりおやすみ、光坊」
「うん、おやすみ、……ありがとう」

 光忠が目を閉じる。鶴丸は引き続き寝かしつけのリズムをとった。

 しばらくすると光忠の呼吸は深くゆっくりになって、どうやら眠ったらしい。鶴丸は光忠が眠ってからもしばらくその身体に触れてやり、余韻を持って腕を引いた。

 こうしてあれこれしてやることで、何かが、できているのかは分からない。

 鶴丸は二人のあいだに投げ出されるようにある光忠の手のひらに、自分の手のひらを祈るような繊細さで重ねながらぼんやり思う。

 目にはっきりと分かる身体の怪我ならそこに触れてやればいいと分かるけれど、心が怪我をしているとするなら、どこを手当てしてやればいいのか。分からない。だから、これでいいのか自信はなかった。
 でも分からないから触れられるところにそっとこうやって手を重ねておくのだ。せめて。

 そうして自分は、いつでもこの青年が好きなだけもたれかかれる大樹でありたい。

 そんなことを考えながら鶴丸は大きく息を吐いて、眠る光忠の頬を撫でた。

「おやすみ、光坊。俺はきみのそばに深く深く、根を張ろう」






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力強く自立している人たちが弱っているところが好きなのですが、それはその人たちを弱いと思ってるわけではなくて、たとえば力強く燃える火がたまにふっと揺らめく瞬間はとても美しいと思うんですね。
だから同じように、力強い人にときどき現れる弱さのような揺らぎ、そういうものがとても綺麗だなと思って惹かれていて、こういう話を書いている、そんな感じです。揺らぎという現象はとても美しいです。
こんなこと言い訳する必要もないとは思うんですけど、なんか哲学みたいなの喋っちゃって照れますね(?)、すみません。
でも人の哲学みたいなのって聞くのは好きだなって思うのでちょっと言ってみました。