2026-02-08 17:39:04
2509文字
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お楽しみはここから

2月7日、夜。終わりかけのパーティー会場にて。後方彼氏面のガラさんと、ウキウキハイドさん。
ハイドさんお誕生日おめでとう~~!の気持ちで書いたもの。

 友達と遊ぶことを覚えたばかりのティーンみたいだ、とガラは思う。ハイドの話だ。
 彼はこのところ特に楽しそうで、写真の仕事で知り合った仲間や、同じ業界の先達や、または昔馴染みの人々と、いつの間にか予定を増やしては楽しげに帰ってくる。いつかのように酔い潰れさえしないでもらえば、ガラは別に構わない。が、今夜の豪勢さには久々に目眩がした。約束の時刻に迎えに来てみると、ロータリーには外車がずらりと並び、お決まりの金色のライトに噴水までセットときた。様々なタイプの思い出が否応なしによぎる。ガラはなるべくそうっと車を寄せて、ハイドに連絡を入れた。やがてエントランスに人影が増える。ガラは車を降りてドアの様子を窺った。
 ハイドは、何人かと一緒に現れた。わざわざエントランスまで見送りに来てもらったらしい。またきっと、絶対ね、とはしゃいだ挨拶が聞こえる。宮殿じみたシャンデリアが、彼らを一層華やかに映し出す。ああ、楽しそうだ。笑っている。絵になるなあと思う。きらびやかで、高級で、華々しい空間と人の輪。出会った頃から、ハイドはそうした空気にしっかと存在していた。モデルの仕事なんて最たる例だ。彼には華があり、良くも悪くも、人々を惹きつける。ガラはそれを誇らしく思うし、少し呆れもする。
 ハイドは彼らとドアマンに機嫌よさげに手を振って応え、その輪から柔らかく送り出された。エントランスの照明がハイドの身体のあちこちを金色に輝かせている。一線を退いて尚、ああしてとびきりゴージャスなのが似合うのだ、ハイドさんは。――ガラが、きらびやかな姿のハイドに対して少し呆れるというのは、こういうときだ。似合うよ、似合っている。その、多分高いだろうスーツとか、あちこちのアクセサリーとか、この豪勢なパーティー会場も。エントランス・キャノピーには花の王様みたいなアレンジメントが為されているが、それらはすっかりハイドの背景に収まっている。見送りの友人たちはまだハイドの背を見つめている。さぞ美しいだろう背中を。――夕方、遅れそうだとか騒いで、ジャケットを引っ掴んで出て行った背中を。明日を完全にオフにするためにと意気込んで、他の予定を強引に調整し、満足してソファで寝落ちしていた男を。先週も今週もあれこれの予定を前倒しにして詰め込んで、今夜はこんなに高そうな会場でパーティーに参加して、そのハイド氏の明日の予定は、特になし、だ。明日はそんなに高そうなスーツは着ない。あんなに光るアクセサリーも外す。「1日のんびり過ごすんだ」とハイドは笑っていた。「何か望みをと言うのなら、それが私の希望だ。おまえと、思い切り」その続きはキスだったので、はっきりとは聞いていないことだけが不安だが、ともかく、明日の予定はお互いのんびりと決まっている。今夜はあんなに着飾っているのに。
 ハイドが顔を上げた。目が合う。
 きれいに微笑を浮かべていた頬がほどける瞬間を、ガラは確かに見た。
 優雅だったはずの足取りが一歩ごとに早まる。ハイドはガラのもとまで大変軽やかに、文字通り舞い降りるようにやってくると、じいっとガラを見た。ああ、楽しそうだ。にんまりしている。
「ガラ」ハイドは勿体つけて発音した。赤い舌がちらと覗いた。「運転ご苦労。完璧なタイミングだった。ちょうどおまえのことを考えていたんだ」
「そりゃどうも。さては酔ってるな、ハイドさん?」
「少しだけだ、少し」
 ハイドの手が伸びてきて、顎をついと撫でられた。思っていたより温かくない。本当に「少し」で抑えてきたらしい。ご機嫌には違いないが。好きなように撫でさせてやりながら、ガラはざっとハイドの荷物を確認した。
「会場に忘れ物も思い残しもないか?」
「ああ、ない。充分に祝われてきた。あとは、おまえだけ」
 顎を撫でていた手が、今度は首にするりと回される。誘われるままにキスすると、間近に楽しげな吐息が溶けていった。
「ようやくオフの日だ。ここ2週間は嵐のようだったよ」
「おまえが勝手に起こした嵐だけどな。俺をほったらかして予定しまくったパーティー週間は楽しかったか?」
「そう拗ねるな」ハイドの手がガラの背骨をなぞった。「すべては明日を空けるためだ。私のために自ら休みを取ってくれた、クールな相棒のためにな。今夜のうちから存分に甘えなくては勿体ない」
「そうか」ガラはハイドの額と、次いでつむじにキスした。「じゃあ、取り敢えず早く出よう。日付変わっちまうよ」
「いいんだ、時間なんて、もう8日だ8日。今からが私の誕生日当日だ」
「また適当言いやがって……
 ハイドはご機嫌のまま助手席に乗り込んだ。ガラが運転席に回ると、既にジャケットとコートが後部座席へ放られていて、つやつやのシャツの袖は捲られ、ついでにボタンも二つ開かれている。今まさにオフに突入しようとしているハイドを横目に、エンジンを掛けてシートベルトを締める。ハイドが座り直したので、なんとなく助手席を見遣ると、ハイドは上を向いて首を回しているところだった。惜しげなくくつろげられた胸元から喉までの肌が、街灯に照らされて、淡く浮かび上がる。ガラはその手触りを知っている。
……さあ、もう出すぞ、車。おまえの誕生日を始めよう」
「そうしてくれ。早いところ帰りたい。せっかくのラメが落ちかねん」
「ラメ?」
 ハンドルを慎重に切りながらガラが訊き返すと、ハイドは心底楽しそうに声を弾ませた。
「今さっき盗み見たろう? 今夜の私はきらめいているんだ、物理的にな。まあ帰ってからのお楽しみだ」
「盗……人聞き悪いことを言うな」
「フン、どうだかな」
 ぎりぎり視界に映るハイドの横顔は、もうすっかりオフのいろだ。会場に背を向けたときの澄まし顔はどこへやら、楽しげに、にやにやしている。遊ぶことを覚えたばかりのティーンみたいだ。自分で様々お楽しみを用意して、自分で待ちきれなくなっている。その点については俺も人のことは言えないか、と気付いてガラは苦笑した。慎重にハンドルを切って、あまたの外車をきっちり避けながら、2月8日へと走り出す。