ぱら子
2026-02-05 22:18:53
6759文字
Public
 

花嫁泥棒

【ルカキリ】催眠結婚式ネタが書きたかった



「僕に縁談、ですか……?」
急に来て欲しいと連絡があり、報告書はちゃんと出したのにどうしてと思いながらピラミダに来たフリンズはニキータからの言葉に顔を顰めた。
縁談なんて宮廷にいた頃には数度あったが全て断ってきたし、今はライトキーパーとして生きる身であり風の国から来たあの騎士と想い合う仲である以上、全くもって必要ないものだった。
マスターライトキーパーのニキータもそれを分かっているようでため息をつく。
「私もマスターライトキーパーとして、そのような話は受け取れないと再三言ったんだが、これを君に渡して欲しいと聞かなくてな」
ニキータは一通の手紙をフリンズの目の前に置いた。蝋で封された手紙はナド・クライで流通するものとは異なり、高級そうな紙質と装飾があしらわれていた。
「あまりにもしつこいし、手紙だけならと思ってこれだけ受け取って帰ってもらったんだ」
「そんな事が……。迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、君が謝ることでないよフリンズ。非常識な向こうが悪いだけだ」
笑顔でそう返してくれたニキータに感謝の気持ちを、縁談を持ち掛けて来た非常識な相手に怒りの気持ちを抱きつつ封を切って手紙の内容に目を通してみる。そこにはまぁよくありがちな口説き文句が羅列していて、心に響いてこない何ともつまらない文章であったが文末に書かれた名前の文字が他とは違うことに気付く。これは妖精語の文字だ。
「ニキータ、これ持ってきたのはどんな方でしたか?」
「若い青年だったよ。服装としてはスネージナヤのでね、彼は『主人の使いで来た』と言っていた」
使い、ということはこの文章を書いた縁談の相手はその青年の主人とやらで妖精語の文字が書ける者。恐らくフリンズと同じフェイの種族だろう。それに便箋から微かに匂う花の香りは宮廷にいた頃、フェイたちの間で流行っていた香水の匂いだった。
フリンズは少し考えた後、ふぅと息を吐いた。
「すみません、何日か休暇を頂けますでしょうか」
「縁談を受けるつもりなのか?」
「まさか、そんな訳ありませんよ。ただ、手紙の装飾や使いを持つことから高貴な身分の方と思われます。こういう方はプライドが高く、手紙で断りをいれても諦めてはくれないでしょう。面倒ですが直接会って縁談を受ける気はないと、ハッキリ伝えるのが効果的と判断しただけです」
その答えを聞いたニキータは腕を組み、何か言いたげな様子だったが「君がそういうなら」と休暇をくれることになった。
イルーガにはニキータの方から事情は伏せる形でフリンズが休暇をとると話してくれることになり、フリンズは旅の準備をするためピラミダを出て夜明かしの墓へと戻った。



*****



「で、何故貴方がついてきたのですか?」
それから2日後、フリンズはナド・クライからスネージナヤまで行く船の上で一緒に海原を眺める男に問いかけた。自由の国出身を表す風の神の目を腰にぶら下げ、金髪に青い瞳を持つ西風騎士団大団長でもありフリンズの恋人でもある男、ファルカは「ん~?」と間抜けな声を出す。
「ニキータから頼まれたんだよ。やっぱ心配だから付き添ってくれって」
「騎士団の方はよいのですか?」
「2、3日空けるくらい問題ないさ。頑張って書類も片づけたし、俺がいない間の訓練メニューもアンセムに伝えたからな」
ピラミダから西風騎士団の駐屯地にまでわざわざ来て頼んできたニキータにファルカは二つ返事で承諾した。もちろん心配だからというのもあるが、大事な恋人を横取りしようとしてきた奴にフリンズは自分のだと牽制するためでもあった。
そんな真意を知らないフリンズは「まったくニキータは……」と腕を組んでため息をついていた。
「そんで、お前に縁談を持ち掛けてきたのってどんな奴なんだ?」
ファルカにそう聞かれ、懐からあの手紙を出して便箋の文末を指差したり、紙の匂いを嗅がせたりして説明した。
「なるほど。妖精語の文字と香水の匂いから相手はお前と同じフェイだと?」
「えぇ、妖精語の文字を書ける人物なんて今どきフェイ以外いませんから」
かつての氷神ツァーリ・ベールイが崩御してからフェイたちは貴族称号の名を捨てスネージナヤを去っていった。フリンズもその一人であり、此度縁談の話を持ち掛けてきたフェイもまたその一人なのかもしれない。そのような者が何故今頃こんな話を寄越すのか、その疑問もあり今回直接会ってみることにしたのである。
そうして船と馬車を乗り継ぎ、二人はスネージナヤの都市部からかなり離れた大きな屋敷の前にやって来た。
フリンズが扉を叩き、少し待つと若い人間の青年が顔を出した。
「キリル・チュードミロヴィッチ・フリンズ様ですね。お待ちしておりました。お連れ様もどうぞ中へ」
「ありがとうございます」
恐らくニキータに手紙を渡したのはこの青年だろう。二人で屋敷に入って青年を先頭に歩いていると、青年が立ち止まる。
「お連れ様はこちらの部屋でお待ちください」
すぐ横の扉を差し、この部屋に入るよう促されたことにファルカとフリンズは目を合わせた。どうやら縁談相手はフリンズと二人きりを所望しており、ファルカは邪魔のようだ。ファルカは何か言いたげな目で訴えてきていたが、扉や部屋に魔法での細工の気配はなにもないと判断したフリンズが一つ頷くと真意を読み取ってくれたようで「分かった」とだけ部屋の中へと入っていった。
ファルカが部屋に入った後、再び青年と共に進み、屋敷の中で一番大きい扉の前に連れてこられた。青年が扉に向かって声を掛けると「どうぞ」で男性の声が聞こえ、扉が開かれて中へと入ると目的の人物が立っている。フリンズと同じくらいの体格で金の短髪に蒼い瞳、何だかファルカを彷彿とさせるような風貌の着飾った男。
「こんにちは、キリル・チュードミロヴィッチ・フリンズ殿。私はエリク、お会いできて嬉しい」
「初めまして、エリクさん。僕のことはフリンズとお呼びください」
「ほう、かつてのように"蒼炎のキリル"と呼ばれたくはないと……
エリクの口から出た昔の呼び名にフリンズはピクリと眉を動かす。便箋から香った匂いといいもしやとは思ってはいたが、やはりエリクはツァーリ・ベールイの頃からいたフェイであるのは間違いない。しかもその名を口にしたということはフリンズのことも知っているらしい。
あまり触れられたくない所に触れてくるエリクに少し苛立ちを覚えるが悟られないように愛想笑いで対応する。
「おや、昔の僕を知っているとは。ですが、今の僕は"蒼炎のキリル"ではなく"ライトキーパーのフリンズ"ですので」
「それは残念。私は宮廷で貴方をお見掛けしてからずっと"蒼炎のキリル"のファンでね。是非お近づきになりたいと思っていたんだが皇帝がお隠れになられてから宮廷を去られたと聞いて、それから数百年、今はナド・クライでライトキーパーをしていると噂を聞いたもので、つい溢れる思いを手紙にしてしまったよ」
「そう、ですか……
この手の輩か、とため息をつく。宮廷時代から何人かいた蒼炎の熱狂的な信仰者、やたら言い寄ってくるその者たちが当時のフリンズには鬱陶しくてたまらなかったのだが、エリクもその一人だったようだ。それならいきなり縁談を持ち掛けてくるのは癪に障るが当然と言えることなのかもしれない。
「あぁ私としたことが、立ち話もなんだろう。こちらのソファにでも……
「いえ、その必要はありません。今回は要件だけを伝えるために来ましたから」
エリクには悪いがこれ以上彼と話していても時間の無駄になるだけだと思い、フリンズはソファへと促すエリクを呼び止めた。
「貴方は"蒼炎のキリル"だった頃の僕をお求めのようですが、今の僕は"ライトキーパーのフリンズ"です。ライトキーパーとしてやるべきことがありますので、貴方からの縁談を受けるつもりはありません。マスターライトキーパーや、他の同僚たちに迷惑がかかる行為も今後はやめて頂きたい。もしそのようなことがあれば僕は貴方を軽蔑します。それでは」
言いたいことは言った。踵を返して部屋の扉へと向かったフリンズにエリクが口を開く。
「職務以外にも関係することがあるのでないか?例えば、共に来ていたあの男」
エリクの言葉にフリンズは足を止める。
「見たところ、あの男はライトキーパーではないだろう。神の目からしてモンド人か」
……何が言いたいのです?」
「ふん、神の目があろうと普通の人間がフェイの魔法を前に歯が立つと思うかい?」
「っ!」
フリンズはファルカが入るよう促されたあの部屋のことを思い出した。扉にも部屋の中にも魔法で細工された気配はなかったはず。それとも気づけないほど隠されていたのか。どちらにせよ、エリクが何かしたのは間違いなかった。
「ファルカさんに何をっ!?」
問いただすためにエリクへ振り返ると、離れた所にいたはずのエリクが目の前にいて指で顎を掬われるのと同時に無理矢理キスをしてきた。軽く触れるようなものではなく、乱暴で貪るかのようなキスはファルカのとは違って不快でたまらなかった。
突き飛ばして離れようともしたが、先に腰を引き寄せられ身動きを封じられた。それでも藻掻き続ける中で、フリンズはエリクから流し込まれた彼の唾液を不可抗力で飲んでしまう。
その瞬間、エリクの瞳が妖しく光り出して至近距離で見てしまったフリンズは大きく目を見開いたが、徐々に光を失い虚ろになっていく。
「(まずい……あたまが、ぼうっとして……いし…………)」
意識が途切れ、力を失った腕がだらんと下がる。エリクは長く繋がっていた唇を離し、濡れた口元を拭うと目の前で俯いたまま立ち尽くすフリンズに呼びかける。
「キリル」
…………
名を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げたフリンズの表情は人形のように生気がなく、瞳も雲に遮られた月のように暗く陰っていた。口の端から垂れたままの涎をエリクが指で拭っても何の反応も見せないフリンズにエリクは満足そうな笑みを浮かべた。
縁談が断られるなど端(はな)から分かりきっていた。それでも蒼炎のキリルを手に入れるため、フェイの魔法の中でも禁術にされている催眠魔法をフリンズにかけたのである。禁術になるだけあって同族にも効く魔法の前ではフリンズも抗う術(すべ)なく餌食となってしまった。
エリクが手を差し出すとフリンズは素直に手を乗せる。魔法により意思をなくし催眠状態となった今の彼はエリクの言いなり人形になっていた。
「さぁキリル、私たちの結婚式を始めよう」
……はい。だんな、さま……



*****



月明りに照らされたステンドグラスと周りを囲うように置かれた蝋燭の光が包む古い教会の祭壇前でエリクとフリンズの二人は向き合って立っていた。身廊のチャーチチェアには誰もおらず、完全に二人だけの空間となっている。
「かの輝かしい皇帝の宮殿に比べればここは陰鬱で地味だが、我らフェイの今を考えるとこれはこれで相応なのかもしれない。貴方もそう思わないか?」
………
未だ催眠魔法の影響下にいるフリンズは頭にヴェールを被せられ、ぼんやりとした表情でエリクの言葉にコクリと小さく頷く。ツァーリ・ベールイからの寵愛を受け、エリクにとって高嶺の花だった蒼炎のキリルが己の言いなりになっていることにエリクは気を良くしたが、まだ終わりではない。
ここで婚配機密の儀式を執り行い、本当の意味でフリンズを手に入れ、永遠に我が物する。そのために色々と準備してきたのだ。
まずは聘定式(へいていしき)、結婚指輪の交換を主とする奉神礼である。
「キリル、右の手袋を外してくれ」
「はい……
フリンズは言われるまま手袋を外してエリクの手の上に自分の手を乗せ、エリクは祭壇の上に置いていた指輪を手に取ってフリンズの右手薬指へと近づける。蒼炎に合わせた青い宝石が光る指輪が薬指の第一関節まできた時、教会の扉がバンッと音を立てて開かれる。
エリクが目を向けると大剣を担いだ男が靴音を鳴らして入ってきた。
「よぉ。せっかくのところ邪魔するぜ」
「貴様はっ……!」
「面と向かって会うのは、初めてだな。俺は西風騎士団大団長、北風騎士のファルカだ」
大剣を地面へ差して自己紹介するファルカにエリクは表情をこわばらせる。
「部屋の結界魔法を破ったのか?あれは神の目の力をもってしても、そう簡単に破れるものではないはず」
「確かに、ありゃあ中々のものだった。流石の俺でも、あの部屋から出るのに骨が折れちまったぜ」
やれやれと困ったような笑みで肩を竦めながらファルカはフリンズに目を向けた。エリクの方を向いたままぼーっとした様子で立っている彼に一度目を閉じ、ふぅと息を吐いて開いた後、またエリクへと視線を戻す。
「騎士たるもの、他人の結婚式に割って入るのは無粋ではないのか?」
「そうだな。でも、こんな一方的な式でフリンズが幸せになれるとは思わない」
今までの余裕そうな表情から一変して、歯を食いしばって睨みつけるエリクにファルカは拳を握りしめる。
「悪いが、花嫁(フリンズ)は俺が貰っていく」
風元素の力で素早く動き、ファルカはエリクの顔を思い切り殴った。殴られたエリクの身体は簡単に吹っ飛び、壁に強く背中を打ち付けて気絶し床に倒れる。その姿は高貴とは程遠い無様な姿だった。
「フリンズ!しっかりしろ、フリンズ!」
フリンズの前に立ち、ファルカが肩を掴んで名前を呼びながら揺さぶると陰っていた瞳が元の色に戻り、光が宿る。
「ん……ここ、は……?ぼくはなにをして……
魔法が解け、意識が戻るがまだ少しぼんやり気味のフリンズはしばらく目をゆらゆらと彷徨わせたあと、ファルカを見て「あっ!」と声を上げて顔を近づけた。
「ファルカさん!大丈夫でしたか!?彼に何かされませんでしたか!?」
「えっ!?いやぁ、俺は何ともない。というかお前の方が大丈夫かよ」
「すみません。まだ少し、頭がクラクラしますが大丈夫です。そういえば、彼は……
フリンズは辺りを見渡し、床に伸びているエリクを見つける。右頬が歪んでいるのを見て、ファルカに目を向けると申し訳なさそうにぎこちない笑顔を浮かべていた。
「つい勢いでやっちまったんだ……。ちゃんと加減はしたから、そんな大怪我にはなってないはずだが」
……いえ。彼にはこれくらい痛い目にあってもらうのが丁度よいでしょう」
そう言いながら被らされていたヴェールを脱ぎ捨てるフリンズにファルカは残念そうな顔をする。
「取っちまうのか?似合ってたのに」
「貴方という人は……
好きでもない奴に被せられるよりファルカから被せられる方が断然いいと思い、目を伏せて手に持ったヴェールを見ていたフリンズからファルカはヴェールを奪い取り、優しく頭に被せると笑顔で手を差し伸べる。
「それじゃあ花嫁さん、俺と一緒にこんな結婚式から逃げ出してさっさと家に帰ろうぜ」
安い大衆演劇のセリフかのようなことを言うファルカに、フリンズもクスッと笑って手を乗せた。こういう時は彼に合わせるのがいい。
「えぇ。連れて行ってください、花嫁泥棒さん」
二人は手を繋いで教会を飛び出した。しんしんと空から降る雪が彼らを祝福するライスシャワーのようだった。