なえつき
2023-01-20 18:43:43
5965文字
Public 『うちの上司は情緒がヤバい』
 

『墓前に花』

『うちの上司は情緒がヤバい』の2次創作小説です。不安(カプ名)です。不笠䙥花と安定緒が、緒波御幸のお墓を訪れる話です。

 二年前に亡くなったかつての同僚――緒波御幸の墓は、都心から少し離れた海沿いの霊園にある。
 お盆休みだからか、ちらほらとお墓参りに来ている参拝客と何度かすれ違った。
 久しぶりに訪れた緒波の墓石は亡くなったばかりの頃と同様、綺麗なものだった。きっとどなたかが定期的に手入れをしているのだろう。おかげでせっかく購入してきた掃除用具が無駄になってしまった。
……ま、掃除する手間が省けたんだから、いいんだけど」
 近くのコンビニで買ってきた仏花を生ける。線香を点し、両手を合わせ、目を閉じた。

 私――安定緒と緒波御幸は、とある飛行機事故の被害者遺族だった。
 私は両親を、緒波は姉を喪っており、その事実を知ってから私たちは単なる職場の同僚という関係を越えていたように思う。いわば、同じ傷を共有できる理解者といったような。
 あの事故以来、社会との断絶を意識せざるを得ない日々を送っていた私にとって、御波と出会えたことは救いだったように思う。自身と境遇を同じくする他者と接することで、私はひとりぼっちじゃないんだと安心できた。大げさに言ってしまえば、私にとって御波御幸は生きる希望だったのかもしれない。

 ――ねえ、安定さん。一緒に死のうか。
 心中に誘われた、あの大晦日の夜までは。
 
 空を仰ぐ。夕焼けの橙と夜の藍が混じり合って、昼と夜の境界線を曖昧にしている。日没が近いのだ。
 ……正直、あの日の出来事について私はよく覚えていない。
 医者が言うには事故の影響による記憶喪失らしい。事故当時、警察による事情聴取の際も曖昧な返答しかできず大変な思いをしたのはよく覚えている。
 はっきりしているのは、私と緒波が事故に遭い、共に病院へ搬送されたということ。その結果――私は一命を取り留め、緒波は亡くなった。
 それからは、常に罪の意識に囚われている。お互いに生死の境を彷徨って、私だけが生き残ってしまったという罪悪感を。
 だから結局のところ――私が緒波御幸の墓参りに訪れるのは、緒波を偲ぶためではなく、単なる自己満足でしかないのだろう。
 緒波を死なせてしまった罪を忘れないようにするための儀式。
 罪悪感で己を苛んでは心に傷をつける自傷行為。
 それで自分が許された気になりたいだけの、とんでもなく身勝手でエゴに満ちた自慰行為。
 あげつらえてしまえば、とんでもなく死者への冒涜なんだから、全くもって自分が嫌になる。
 それでも懲りずに、こうして頻繁に緒波の墓を訪れているあたり、私は本当に救いようがない。

 空を割くような重低音が鳴り響いた。
 頭上を飛行機が通り過ぎていき、飛行機雲を残して、遥か彼方へと飛んで行く。
 あの立派な軌跡すら、時間が経てば霧散し、跡形も無くなってしまうのだろう。私の罪の意識や、やるせなさも、喪われた人の声も姿も思い出も、同じように。
……帰るか」
 唐突に、スマホから着信音が鳴った。画面に表示された名前を確認する。職場の同僚からだった。
 ……まさかとは思うけど仕事の電話だろうか。今日はまだオフなんだけどな、私。
…………
 スマホを仕舞い直す。しばらくして着信音は収まったものの、またすぐに音が鳴り響き始める。私は観念して通話に応えた。
……もしもし」
「お疲れ様、安定さん。突然電話してごめんね? 今ちょっといいかな。忙しかったら後でまた掛け直すけど……
「や、そんなことないってば。暇。超暇。死ぬほど暇」
「そうなの? ……よかった。安定さん全然電話出てくれないから無視されてるのかなって思ってたんだけど、勘違いだったのかな。ふふ」
「アー、うん……運転中、運転中だったからさ……不笠さんからの電話を無視するなんてそんなまさか。はは」
 電話の相手は同僚である不笠䙥花だった。
 物腰柔らかな声色でとんでもなく図星なコトを言われたものだから、心臓が止まるかと思った。まるで私の様子をどこかから監視してるんじゃないかと疑うレベル。
 曖昧に笑って誤魔化そうとする私に構わず、不笠はふうん、と意外そうに相槌を返す。
「運転って……珍しいね、お休みの日に外出してるなんて。安定さん、今、どこにいるの?」
「どこって、それは――
確かに自分にしては珍しい行動かもしれない。私が休みの日はほとんど外出しないのを、不笠はよく知っているからだ。なら言ってしまえばいい、墓参りに言っていたのだと。
――コインランドリー、とか。二週間分くらい洗濯物溜まってて。あと買い物。エナドリ切らしちゃってさ……
 でも、私は嘘をついた。ちくりと胸が痛む。
 かつて心中を図った(と思われる)相手の墓参りに来ている、なんて言ったら要らぬ心配をかけてしまうと思った。事件当時、重傷を負った私を見て一番に取り乱していた不笠相手には、特に。
 はぁ、と不笠の溜息が聞こえた。
 まさか嘘がバレたのではないかと一瞬身構える。けれど、不笠の雰囲気がまるで子どもを躾ける母親のようなソレへと変わったのを通話越しに察して、別の意味で心配をかけてしまったのだと気がついた。
 安定さんさぁ……、と呆れ声をあげた不笠は、私の私生活について説教を始めたのだった。説教は数十分にも及んだので割愛するけれど、一部を抜粋すると内容は概ね以下の通りだった。
「エナドリ切らしたって安定さん、二日前も同じこと言ってなかった? そういうの飲みすぎちゃ駄目だって何度も言ってるじゃない。また身体壊しちゃうよ。ちゃんとしたご飯買わなきゃ駄目なんだから。どうせ安定さんのことだから、今日だってスナック菓子と栄養ドリンクだけで済ませようとしてるんでしょ。食事って言わないんだよ、そういうの。いっそ私が――
 こうなった不笠はもう、誰にも止められない。
 私は「はい……はい……」と肯定を返すだけのボットと化す。おかしいな、勤務中と同じことしてる。休日なのにね。
 それにしても。どうして不笠はこんなにも世話を焼いてくれるのだろう。私と不笠の関係は、単なる同僚に過ぎないというのに。
「じゃあまたね、安定さん」
「うん。また」
 通話が切れる。
 日没まであと少し。今にも雨が振り出しそうな黒雲が夜空を覆っていた。急いで帰らなくては。
――ん、そういえば」
 家路の途中、ふと疑問に思った。
 結局、不笠はどうして私に電話してきたんだったっけ……