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つきりま
2019-04-11 11:25:26
3412文字
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ジクグラ
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露は匂はず
心と体がばらばらになるような、そんな夜の話。
そういう日は決まって目が覚める。いや、今日は起きていた、わざと。
すでに月も中天に座す深夜のことだ。グランは自室の扉をじっと見つめてため息を零す。ビィが隣で眠っていた。むにゃむにゃと穏やかに。何やら楽しい夢でも見ているのか、時折笑う声がする。本当ならグランも一緒に眠りたかった。十分なほどに眠たかった。今すぐにでも横になってしまいたかった。
もう一度、息を吐く。内側に噛み殺した欠伸の端で、目尻を擦ると指先が少し涙で濡れた。毛布を被り、傍らのランプを小さく絞って手に取る。立ち上がる。扉の前に、立つ。
慎重に扉を開けていく。最初に見えたのは足だった。どうやら鎧を身に着けたままらしい。せめて着替えてきたらいいものを。血のにおいはしない。ただ、少しだけ埃くさい。砂と、汗の混じった感じ。さらに開けるとやっぱり鎧を纏ったままの長躯を、今度ははっきり確認できた。一応、兜は取っていたけれど。
「どうしたの? ジークフリートさん」
問いかける。待つ。何一つ反応を返さないまま、男はただ曇った目でグランを見下ろすばかりだった。まるで立派な置物のよう。頬に手を伸ばしてみると、それこそ血が通っていないかのように冷たくて、眼前の男の現実性を疑わせた。
頬に手を添えたまま、一度、振り返る。ビィの眠りの邪魔はできない。肩竦め、グランはジークフリートの手を取った。籠手を取ってやり、顔よりは体温のある手を引いて、艇内を進み始める。
ジークフリートは素直についてきた。何も言わず、無抵抗に。グランに導かれるまま足を動かすたび、甲冑が鳴っていた。
「鍵は?」
返事がない。弱ったな。試しにノブを回してみたら、こちらも無抵抗に開いてくれた。だめじゃないか、ちゃんとしないと。小言はひとまず置いておく。
以前に入ったときはもっと私物と呼べるものが少なかったように思われる部屋も、随分といろいろ、生活感が増していた。自分に贈ってくれたものとお揃いで買ったのだと言っていた〝いんてりあ〟も、ちゃんと窓辺に座している。ランプの光で影をつくるその顔は、ちょっと不気味でだいぶ可笑しい。くつくつ肩を震わせながら、グランはジークフリートをベッドに座らせた。
一つ一つ、鎧を剥ぎ取っていく。最後に鉄靴を脱がせると、何とも恰好が心もとなくなってしまって、慌てて毛布を被せた。寝間着があるのかすらもよくわからないし、さすがに着せてやるのは骨が折れる。
「座ったら寝そうだな
……
」
ジークフリートの両手を取って、ぶらぶらと遊びながらグランは男の正面で首を傾げる。どうしたものか、どうしようか。さすがに〝これ〟の訪れには慣れてきたものの、いつまで経っても対処の仕方がわからない。
大の大人が。自分よりも一回り以上年上の人が。つめたくてくらい、孤独の中で震えている。淋しさの吐き出し方がわからないまま、ただ茫然としている。低い体温を慰めるようにぎゅうっと手を握り込んでも、何が返ってくる気配もなかった。じょうずに泣けず、ただしく縋れない。我慢ばかりをしてきたツケだ。グラン自身にも、憶えがある。
「大丈夫、僕頑張って起きてるから」
ほんとうは眠たい。とにかく眠たい。だって今日の依頼は骨が折れたのだ。荷運びの護衛、少数で当たったら不運にも途中で壊れた荷馬車、よりにもよって積荷が水と塩、それから鉄器の類であったことを思い出しながらグランは瞬く。手のひらの温度が混ざり合う感触が、余計に眠気を誘ってきていた。
実際放っておいたところで、朝をめくってしまえばこの人が勝手に〝日常〟を取り戻せることくらい、知っている。きっと何もかもが夢幻の嘘に包まれたように、「おはよう」と笑ってくれることくらい、ちゃんとわかっている。
だが、しかし、だからといって。放っておきたくないというのが、グランの願いだ。グランは知っている、こういう夜を吐き出せずに過ごすことの苦痛を、嫌と言うほど奥歯で噛んできた。一人にできるはずがない。置いていけるはずがない。一人はつらい。ひとりは、さみしい。そう、さみし
――
、
――
……
いや、ぜんぶうそ。本当は頼られてうれしいのだ。これは醜悪な優越感だ。この人がかろうじて縋ることのできる場所が自分であったことに、グランは内心、胸躍らせていた。
汚れていく。ぐちゃぐちゃだ。首のうしろがちりちりと痛い。
いつもは見上げないといけない顔。見下ろせてしまう。血の気がない。覇気もない。だが、目の焦点はしっかりとグランをとらえていた。吸い込まれそうな虚の瞳。覗いているだけでのまれそうになって、何もかもを見透かされている気がした。おそろしくなって逸らすと、不意に手を握り込まれる。
「
……
、ジークフリートさん?」
そうっと、呼んでみる。慎重に小声で。大丈夫、この距離なら聞こえているはずだ。
「わっ!」
返事はなかった。かわりに引っ張られてそのまま抱きくるまれた。
「ま、まって、ちょっと、ちょっ
――
おえっ」
苦しい。痛い。息ができない。骨が軋んでいる。ミシ、パキ、鼓膜を打たずに脳に直接響いてくる。折れてはいない。でもこれ、放っておいたら折れてしまうのではないだろうか。いや、その前に呼吸だ。肺が潰れているみたいに、まったく吸えなくて、頭がぼうっとしてくる。
「おねが、ちょっと、ちょ、とでいいか、ら
……
ちからゆるめ、じ、くさ
……
」
聞く耳なしかこの野郎。グランはやけっぱちにジークフリートの髪を引っ張った。
「ばか! さすがの僕でも死んじゃうよ!」
思わず、叫ぶ。壁が薄いから、隣の誰かが起き出してしまったかもしれなかった。
「
…………
、すまない」
ようやく。よう、やく。ついにジークフリートが言葉を発した。同時にすっかりグランは解放される。
その肩に手を置いて、少しだけ距離を取りながらグランは男を見下ろした。生気が戻っていて、申し訳なさそうに寄せられた眉がどことなく幼い。どうにも、こちらの罪悪感を煽る顔をしていた。
グランは真似するように眉を寄せる。
「別に、怒ってない、けど
……
」
敗北の気分を舌の上で転がして、苦い味を飲み下す。
「落ちついた?」
問いに対する返事のかわりに、胸に額が押しつけられる。つむじ押したい。我慢して、すっぽり収まる頭を両腕で包んでみた。髪の感触が指先に引っ掛かって、少しだけ汗臭い。ひと眠りしたら、風呂場に押し込もう。いまはいい。いまは、いい。
砂が絡むようにざらつく髪を梳いてやりながら、グランはやっぱりつむじを押してみた。ぐりぐりと、少々強めに。首が動いて、何やらもの言いたげに見上げられる。
「痛いじゃないか」
「嘘吐かないで」
指に髪が引っ掛かる。無遠慮に引っ張ったら抜けてしまう。やさしく解いてやると、中から砂粒がざらざらと落ちた。これはあとで掃除が大変だ。やめておけばよかったと、後悔したって仕方がない。
「一晩中、一緒にいてあげるから、もう寝てもいい?」
ベッドに膝をつく。ぐっと体重をかけてみると、あっさりとジークフリートは倒れた。流れに身を任せるようにして、グランも横になる。ぐずぐずと抱きすくめられ、また骨が軋みかけて、指に絡めたままにしていた髪を引いた。
「苦しいと寝られない」
「加減が難しいな」
「
……
ワレモノ扱うときくらいの感じで」
「そんなに脆くはないだろう」
「何? 怒られたいの?」
「それは、困る
……
」
何が困るだ、何が。グランは鼻を鳴らして瞼を落とした。とろりと触れる睡魔のやわらかさにもはや欠伸もこぼせない。
「薄皮一枚が歯痒いんだ」
何か聴こえる。聴いていなくていい。どうせ明日には、ぜんぶ夢になる。
「隔てられていると、結局
――
」
あ、もう、聴こえ、
「グラン
……
、グラン
……
――
」
大丈夫だと、言ってやることもできない。意識はもう、ほとんど夢の底に沈みこんでいた。
だって疲れていた。だってそもそもずっと、堪えていた。横になって、一度目を落としたら、あとは落ちるだけだということくらい、ジークフリートも理解していたはずだ。
そう、だから、つまり。グランはそっと腕に力を込めてみて、内側の〝おとな〟の小ささをいとおしんだ。
結局、すべて、なにもかも。泡沫に消えて、嘘になる。
――
よるのまものの、はらのなか。
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