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沁月
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ウ教×ハ♀ 相思相愛 読み切り
久遠の恵方に幸甚を
MHRウ教×ハ♀。夫婦。
節分。『恵方』巻き。
1
2
「──ッ!」
感動の稲妻に打たれたウツシの金色の双眸が、小さく見開く。
ふんふんと声なき息が漏れてはいるものの、必死に声は封じながら、彼は目を輝かせてもぐもぐと食べ進めていった。
(お、おいしいいぃぃ! 巻き加減は絶妙でお米ふわふわ! 具もバランス良いなあ!お肉も柔らかくて味も染みてて、いっぱい入ってるっ! 愛弟子
…
本当に、お料理上手になって
……
俺の奥さんになってくれてっ
……
!)
至福の味を噛み締めるウツシの中には、娘にこの気持ちを早く語りたい気持ちと、ゆっくり恵方巻きを味わいたいという相反する二つの気持ちが、緩やかにぶつかり合う。
これほど幸せな葛藤は久しぶりだと、微笑んでしまいそうだった。
もぐもぐと口を動かし続けたまま、どうにも落ち着かない様子でウツシがちらりと隣の娘を見やる。
彼女は両手で恵方巻きを支え、一生懸命だが、とても穏やかに食べ進めていた。
表情が曇る気配はなく、ウツシお手製の恵方巻きはちゃんと口に合ったようだ。
(食べてくれてる
……
良かった
……
! 嬉しいし褒めたいしで声出ちゃいそうっ
……
! でもいけない、我慢っ
……
我慢だ
……
!)
いっそ目を閉じてしまえと思い至り、ウツシは一旦、瞼を下ろすことにした。
視界が闇になったことで味覚が研ぎ澄まされたらしく、彼はますます胸を高鳴らせて至上の恵方巻きを味わう。
すると不意に、隣に座っていた娘の体が、大きく動いたような気がした。
(
……
ん? 愛弟子、体の向き変えてる?)
せっかく恵方を向いていたのに何事かと、ウツシが少し驚いて目を開くと──恵方巻きを半分食べ終えた娘は、体の向きをウツシの方に向けて座り直していた。
「
……
!?
……
!」
恵方巻きを咥えたまま、ますます驚いたウツシが、片手だけで自分の口の恵方巻きを支える。
この時間が長く続くように願いながらゆっくり食べていたため、まだ半分以上が口から飛び出したままの恵方巻き。
その状態のまま、彼は空いた片手で、やや大袈裟な身手振りを
以
もっ
て娘に恵方である『南南東』を人さし指で示した。
(どうしたの愛弟子! 今年の恵方はあっち! 南南東! 何で急に体の向きを
……
!?)
懸命に合図するウツシだが、娘は彼を見つめながら、どこ吹く風。最愛の男性の方に体を向けたまま、これで良いんです、と言わんばかりに恵方巻きを食べ進めている。
彼女はウツシが手で伝えたい声なき言葉の意味も、南南東の方角も何もかも分かっていたが、無視をしているわけではない。
自身で納得して選択し、どこか得意げに、楽しそうにウツシの方を向いていた。
(愛弟子、どうして
……
? うう、早く聞きたいけど、早く食べるのは勿体無い
……
すごく
……
美味しい
……
)
一生懸命に声を封じなから、ウツシは小首を
傾
かし
げて恵方巻きを食べ進める。
それを正面から嬉しそうに見つめる娘も、体の向きを直すことなく、もぐもぐと食べ続ける。
一頻
ひとしき
りの沈黙。それを先に「ぷはあ」と破ったのは、恵方巻きを食べ終えたウツシだった。
「はあ〜、美味しかった
……
! ごちそうさまでした!」
「
……
ふう。わたしも、ごちそうさまでした」
やはりウツシに続く形で、娘も恵方巻きを食べ終える。彼女は意味深なほど、とても満足そうに微笑んでいた。
「とっても美味しかったです、ウツシ教官!ありがとうございました!」
「こちらこそ! 全部食べてくれてありがとう! 本当に美味しい愛妻恵方巻きだったよ! 美味しすぎて感動しちゃって、反射的に声が出そうで危なかった
……
」
「ふふふっ、良かった
……
ありがとうございます。あなたに喜んでもらえて嬉しいです」
言葉通りの意味に笑ってみせた娘に、ウツシも笑顔を返したものの、すぐにそれは彼の中の、先ほど浮かび上がった問いたくて仕方のない衝動に上塗りされた。
「ね、ねえ愛弟子。さっきのは、どうして?」
「さっきの?」
「最初は、恵方の南南東を向いてたのに
……
どうして半分食べ終わったくらいから、俺の方を向いて食べてたの?」
「恵方、ですから」
「え
……
えっ?」
ぱちぱちと目を
瞬
またた
かせるウツシに、娘は困ったような笑顔で「もう」と息をついた。
照れも交えた、皆まで語らせるつもりかと言わんばかりに頬を染めた、恋心と情愛が猛烈に行き交う笑顔。
「わたしの恵方は、こっちでもあるんです」
「
……
えっ?」
「あなたの居る方角が、わたしの恵方。昔からそうです。尊敬する、大好きな
……
あなたのいる、方角が」
「──え
……
あ
……
! あ
……
そう、いう
……
!?」
あまりにも素直に、ぼん、と音を立てたかのように、ウツシの顔が沸騰する。
幼い頃から、娘はウツシのいる方角を向いて歩み続けて来た。彼を師事してハンターとなり、里の英雄『猛き炎』と呼ばれるようになってからも、それは変わっていない。
娘にとって、ウツシの方角には常に安らぎがあり、目標があり、そして今や未来さえある。
(これ以上の福をもたらしてくれる恵方を、 わたしは知りません)
だからこそ、感謝と願いを自分の中に改めて満たすため、忘れないために食べたのですよ、と密かに胸の内で呟いた娘。その声はウツシに届いているのか、いないのか。彼は驚喜に目を見開いて、魚のように口をぱくぱくさせている。
だが、愛する妻の瞳の奥、至福を彩る
楚々
そそ
とした偽りのない光を見つめるうち、実は同じ想いである彼もまた、
それ
・・
を伝えたくなっていた。
「あ
……
りがとう、愛弟子
……
! お、俺も同じ気持ちだよ! 昔からずっと、俺にとって、キミのいる方角は
……
! 例え何処に居ても、大好きなキミのいる方角が、俺のっ
……
」
「も、もうっ! まねっこ駄目です! は、恥ずかしくなってきちゃいます!」
「ま、ま、まねっこじゃないよ! 本当に同じ気持ちなんだ!お、俺もキミの方を向いてもう一度恵方巻きを食べたくなってきた! お米残ってなかったっけ!? 炊いちゃおうかな!?」
賑やかにばたばたと立ち上がって、軽やかに框で草履を履き、土間の炊事場に向かうウツシの背中を見送りながら、娘が「もう
……
」と息を吐き出す。
口調こそ成熟し、吐息混じりに呆れた様子だが、とろりと蕩けた瞳の中にあるのは、安堵にも似た至福の光。
竈の前で「良かった、まだ残ってた!」と羽釜の中を覗いて喜ぶウツシの背中を見つめながら、娘は密かに、嬉しそうに口角を上げる。
妻の視線に気付いているのか、いないのか──ウツシはまた「よおし! 具材もある! 作るぞおおぉ!」と吠え、やる気満々だ。
手伝いを寄せ付けないような気迫を背中から感じ取った娘は、別のことを思い立って、ゆっくりと立ち上がる。
(この間に、豆まき用の升と福豆の用意しておこうかな)
ゆらりと畳の間の片隅にある戸棚に向かう間も、娘の口角にはほんのりと、笑顔が残ったまま。
戸棚を滑り開けば、毎年使っているためにくたびれつつあるウツシお手製の赤鬼面と、角が丸くなり始めた二つの
木升
きます
。
(今年も
……
『夫婦』で、あなたと一緒に、これを使える)
先ほど頬張った、切なくなるほど優しい恵方巻きの味を思い出しながら、先に両手で升を手にした刹那──炊事場の調理台に立つウツシから「よしっ! 完璧ぃ!」と、どこまでも賑やかで、楽しそうな声がして。
「愛弟子! あとは巻くだけだから、もうすぐできるよ! んふふ、俺もキミの方を向いて食べるんだぁ!」
「ふふふっ
……
はいはい。お待ちしてますね」
升をちゃぶ台に置いて、また戸棚の方に引き返して鬼面も手に持った娘は、それを持ったまま、体の向きをウツシの方に改めて向け直した。
一生懸命にまた恵方巻きを作っている夫の背中を見つめただけで、彼女の胸にはじわりと温もりが広がり、顔には春を呼び込むような爛漫の笑みが咲く。
この時間が心から幸せで、ずっと続いてほしいと願わずにいられなくて。
(この先もずっと、ずっと変わりませんよ、ウツシ教官。『あなた』の方角が、わたしの
……
)
最愛の夫を見つめる娘が柔らかに目を細める。
彼は賑やかに「もう少しだぁ!」と声を弾ませ、最愛の妻を想いながら、二本目の恵方巻きを作り続けていた。
娘は知らない。彼の瞳が回顧の光も入り混じり、万感の想いに潤みかけていることを。
(──キミは、きっと知らない。俺は、ずっと
……
ずっと、キミに救われてきた)
ウツシの脳内を鮮やかに駆け巡る記憶。狩猟時、任務時、あらゆる危険に晒されてきた。だが、どんな時でも、最愛の人のいる場所──あの方角に帰るのだと思えば、どこまでも強くなれた。どんなに無様でも、這ってでも、必ず帰るのだと。
そして今や、愛弟子でもある最愛の人は目を見張るほどの成長を遂げ、想いを通わせることができた。ウツシの中で揺らがぬ不動の想いと、未来への誓い。これからも愛弟子への、妻への想いは変わらないし、そして、師としても夫としても努力を怠るつもりはないのだ。
(愛しい人よ、我が妻よ
……
俺は、キミの
標
しるべ
でありたい
……
! キミが俺を今も救ってくれているように、キミの救いとなれる、標に
……
)
胸の奥で、娘に届かぬ深層の想いを呟き「ふふっ
……
」と吐息のような微かな笑声を溢したウツシだが、気付かれまいとするように表情を切り替えた。普段通りの、娘がよく知る、熱い声を響かせる教官であり、夫。
「よおおぉぉし!できたー! できたよ、愛弟子ー!」
振り返りながら、元気いっぱいに叫ぶウツシの両手には、できたての二本目の恵方巻き。最愛の妻の方を向きながら食べるのだと、ありったけの想いを込めたもの。彼は娘と同じように、最愛の人への不変の想いと共に、誓いと感謝を、そして願いを改めて、
己
おの
が
内
うち
へ刻み満たしたかった。
鬼面を持ったまま、娘はウツシを正面から見つめて「立派なのを作りましたね」と嬉しそうに笑い、密かに、改めて確信する。
鬼も福の神も仲良くさせてしまえそうな、大きな福を宿したウツシの人懐っこい笑顔は、人の心を励まし、導き、光を与える笑顔は、娘がずっと愛し続けて止まない笑顔は、昔と変わらぬ場所に在り続けている。
そのことに、娘と、彼女の手にしたウツシ手製の鬼面すら、数多の福と永劫の幸せを願うように、笑ってくれた気がした。
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@acadine
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