憂依
2026-01-30 12:39:27
7049文字
Public さのぱち
 

愚かな夢を願ったことを、どうか許さないでほしいのです①(さのぱち/原永)

弊カルデア設定さのぱちの馴れ初め
己の幸福を許せない男と、己の後悔をやり直したい男の話




特異点でかつての新選組の仲間と再会し、原田左之助と藤堂平助はカルデアの一員となった。
同じく特異点で行動をした局長、近藤の姿は未だないが、それを悲しむ者もいなければ、責める者もいない。
「なんとか石をかき集めるから! 近藤さんも絶対召喚するから! そしたらみんなの歓迎会をしようね! だからもう少しだけ待ってて!」
なんて、マスターである立香に必死な顔で宣言されて、一体誰が彼女を責める事が出来るだろう。召喚に必要なリソースをかき集めるために東奔西走する彼女の姿はあまりにも悲痛であり、同時に鬼気迫るものでもあった。
そんなわけで、石集めの周回に勤しむマスターに変わり、原田と藤堂の二人はカルデアの中でも最古参に近いという沖田に連れられ、ストーム・ボーダーの案内を受けていた。
カルデアに来て原田がまず驚いたのは、カルデアの本拠地だというストーム・ボーダーが空を飛ぶ船だという事だった。座から得た知識で現代ではそういった乗り物があることは理解しているものの、実際に自分が乗って雲の上を飛んでいる光景には何度でも驚いてしまう。
ストーム・ボーダー自体も、とてもではないが一日で回り切れるものではないくらいの広さがあるらしい。魔術で内部の空間を広げて拡張を行っているため、外観よりも内部はかなり広いのだとか。案内をしていた沖田からも、詳しく案内していたら日が暮れると、最低限主要な設備の案内にとどまった。
その道中、道行く廊下で何人ものサーヴァントとすれ違った。
サーヴァント達は見慣れない顔に気づいて物珍しそうに興味を向けてきたり、積極的に話しかけてきたり、気に止めた様子もなく通り過ぎたり反応は様々だ。沖田は最古参を自称するだけあって顔が広く、サーヴァントとすれ違う度にあれはどこそこの英雄だとか、あれは別世界から来た魔法少女の小学生だとか、こちらが聞く前に説明してくれた。和洋折衷古今東西、カルデアには400人を超えるサーヴァントがいるというのだから、その層の厚さも納得であろう。
最も、カルデアの方針により常時全てのサーヴァントが実体化しているわけではなく、実体化のシフトが組まれていたり、日によっては全員実体化しない日もあったりするらしい。今は先日の特異点攻略が終わったばかりで警戒中であるため、実体化しているサーヴァントも多いとのことだ。

「サーヴァントの実体化を維持するだけでもエネルギーが必要ですからね。省エネってやつです!」

聞いたままをそのまま言っているだけだろうに、沖田は胸を張って偉そうに二人に講釈を垂れていた。そんな姿も、原田にはひどく新鮮に見える。
原田の記憶の中で、最後に見た生前の沖田は病に陥り、療養のために新選組を離れていった後ろ姿だった。ただでさえ細く小さな身体がなお小さく見えたのを、今でもよく覚えている。
けれど、今の沖田はかつてのように明るく元気に振る舞い、戦闘でもその実力をいかんなく発揮している。
彼女の病は霊基にまで刻まれ、時々喀血をする時もあるけれども、いつかのままの沖田の姿は、原田の目には、あまりにも眩しく映っていた。

「よお、沖田の嬢ちゃん。後ろの二人は新入りか?」
「あ、ゴールデンさん! そうなんですよ、沖田さんと同じ新選組のメンバーが、新しく来たんですよー!」

そんなことを原田が考えていると、またもサーヴァントから声を掛けられた。
沖田にゴールデンと呼ばれた筋骨隆々の青年は長い金髪を高く結い上げ、上半身裸で左腕だけに袖を通した、和を思わせる奇妙な武者装束姿をしていた。原田も背が高い方ではあるが、男の方が少しばかり背丈が大きい。一見すれば威圧感すら覚えそうな体躯であるのに、男の朗らかな笑みが親しみやすさを与えていた。
男の問いかけに沖田が嬉しそうに返事をして、「そうなのか、それは良かったじゃねえか!」と男も快活に答える。

「オレは坂田金時。気軽にゴールデンって呼んでくれよな! よろしく、お二人さん」
「金時……って、足柄山の金太郎伝説の?」
「おう! その通り、よく知ってるなあ。でも、オレもお前のこと知ってるぜ。赤毛の新選組の槍使い! 原田左之助だろ、アンタ! 新八からよく聞いてるぜ!」

バシバシと原田の肩を叩きながら告げる坂田に、藤堂と原田が揃ってまたかという顔をした。
原田が名乗ったり、新選組の一員だと分かると、一部のサーヴァントが「もしかして、君が例の原田左之助?」「永倉から話は聞いてるよ」「あー、あの」「噂はかねがね」「新八が良く自慢してたぜ」等々、永倉から新八の話をよく聞いたという証言が山ほど出てきたのだ。
藤堂も最初の方は「なんで原田さんだけ……」と疎外感を覚えていたが、永倉にとって藤堂の結末故にあまり話題に出しづらいのだろうという気持ちもわかる。
しかし、それも最初のうちだけ。あまりにも同じようなことがここまで続くと、次第に呆れが勝ったようだ。ついには「永倉さんはカルデアで原田さんの話しかしてないんですか?」と聞いてしまったくらいである。そう問われた若い姿をした李書文は、呵々と笑いとばしていたが。

「俺のこと知ってるんすね」
「おうよ! 新八とは同じバーサーカー同士、よくシミュレーションで訓練してるんだ。その度にお前のことを自慢してたからな。今度時間できた時は手合わせしようぜ!」
「ええ。あの頼光四天王と手合わせできるなんて光栄っす」
「そっちの坊主も良かったらどうだ? えっと……
「藤堂平助です。クラスはアヴェンジャー。よろしくお願いします、坂田さん。良ければ、僕もその手合わせに参加させていただけますか?」
「おう、勿論だぜ! 藤堂だな。こちらこそよろしく!」

ぺこりと頭を下げた藤堂に、坂田は気さくに手を差し出した。二人は握手を交わすと、そのまま坂田は「そんじゃ、俺は用事があるんでこの辺で!」と去っていった。
去っていく坂田の背中を眺めながら、原田はつい、己の親友へと思いを馳せずにはいられないのであった。


 * * * *


沖田による案内も一通り終わり、カルデア内に設けられた屯所に戻ったところで、いい時間だからと新選組全員で夕食を食べることになった。
新選組の皆で連れ立って食堂へと向かい、カウンターで思い思いのメニューを注文する。
原田からすれば見たことも聞いたこともない名前が並んでいるので、ひとまず沖田おススメの和定食を頂くことにした。
鯖の塩焼きとみそ汁、里芋の煮物にたくあん、お新香とつやつやの白米が並んだ膳。食事にあまり関心がない原田でも、見るからに美味しそうな料理だというのが分かった。事前に「カルデアの飯はすげえ美味いから期待していいぜ!」と、自分が作るわけでもないのに永倉が自信満々に言っていたが、成る程、と食べる前から納得してしまった。
そのまま空いている一角を陣取って、皆で食事を始める。
と言っても、皆は食事なんて後回しとでもいうように原田や藤堂に質問が集中した。カルデアを見てどうだったとか、沖田はちゃんと案内できたのかと、他愛のない会話が続く。その流れで、原田が先ほどまでの疑問を口にするもの至極当然のことだった。

「そういえば、新八」
「あ? なんだ」
「沖田先輩に案内されてる時に、色んなサーヴァントに会ったんだがよ。会う奴会う奴に、お前から話を聞かされてるって言われたんだが、どんだけ俺の話をしてんだ」

自分の隣に座った男に視線を投げかければ、心底心外だと言わんばかりに眉根を寄せた。

「はあ? なんだそれ。俺はそんな覚えねえが」

だてに長い付き合いではない。この発言には嘘はない。
そもそも、永倉は嘘をつくのが上手くない男ではあるが、だとすると辻褄が合わない。
どういうことだと原田が首をひねりそうになったところで、永倉の正面に座った斎藤がうへぇ、と悪態を吐いてきた。

「おいおい、お前それマジで言ってんのか新八」
「そうですよ、今日だけで原田さんがどれだけの人に声をかけられたと思ってるんです? まずノッブと森さんでしょう、宝蔵院さんでしょう、川中島のお二人に、その次は清姫さんと刑部姫さん、円卓の方々に、ナーサリーさん達ちびっこトリオに、ドゥリーヨダナさん、ベオウルフさん、若い方の書文先生に、プトレマイオスさん、ゴールデンさん……
「待て待て待て。おい沖田、流石に冗談だよな……?」
「永倉君。もしかして、あれ無意識だったのかい?」
「は?」

斎藤が信じられないという顔をして、追撃するように沖田が指折り原田の名を出したサーヴァント達の名前を上げていく。その数に永倉が頬を引きつらせるが、トドメとばかりに山南までいいだすのだから、完全に永倉の動きが止まった。
流石に山南にまで言われてしまっては信じるしかないのだろう。永倉は、まるで自身の記憶を手繰るように額に手を当てて考え込む。

……ん? んん?」

己の過去の言動を思い返し、反芻し、思い当たる節が山のように出てきたのだろう。瞬間、ぶわ、と永倉の顔が赤く染まった。

「は? な、いや、ちが……。左之助、これは、だな、その」
「何が違うのさ。そんだけ左之助にカルデアに来てほしかったんだろ、お前」
「ちげーよ! あ、いや、違わねえが! そうじゃなくてだな!!」

にやにやとした斎藤の物言いに、ガタリと、永倉が衝動的に立ち上がる。立ち上がって、一斉に周囲の注目が集まったので慌てて座りなおした。
そのまま呆然と「うそだろ……」と零して、顔を覆って俯いてしまった。けれど、その顔は赤くなったまま、いや、耳まで真っ赤になっている。
そんな永倉の反応に、原田はいつもと変わらない冷ややかな視線を向けていた。
永倉が無意識に自分の名を出すくらい、自分に会いたがっていたことが嬉しくないわけがない。……ないけれども、こんなことで喜ぶ自分を、絶対に悟られるわけにはいかなかった。

「じゃあ、なんでそんなに俺の話ばっかりしてたんだ。平助を見ろ、行く先々でお前から俺の話を聞いたと言われ過ぎて、自分のことは話してないのかと目が死んでたぞ」
「え、あ、違うぞ平助! お前に会いたくなかった訳じゃねえからな?!」
「別に気にしてないですよ。ただ、そう言うということは、やっぱり原田さんに会いたかったんですね?」
「ぐ、う……!」

原田が己の心中をごまかすかのように藤堂へと話題を向ける。永倉は藤堂を案じて声を上げるも、それは同時に、己の想いを自白したようなものだった。
彼は皆の追及にしどろもどろになって視線をさ迷わせ、「あークソ!」と悪態を吐き出した。

「そうだよ、悪いかよ! 俺はカルデアに来てから、いや、サーヴァントとして現界してから。左之助にまた逢えたらって、ずっと思ってたんだよ……!」

文句あるのか!と顔を真っ赤にして吼える。それに斎藤や沖田は「はじめからそういやいいのに」「本当に素直じゃないですねえ」とにやついた笑みを浮かべていた。二人の姿に藤堂は呆れてジト目で眺めているし、山南は微笑ましそうに生暖かい眼差しを向けている。土方は一人、我関せずと黙々と箸を進めていた。
そうして、原田は。

「俺は、お前に逢いたくなかったけどな」
「っ……!」

いつも通りの表情の乗らない顔で端的に己の胸中を吐き出せば、目に見えて永倉は動揺をした。
原田の横顔を見つめる瞳が揺れる。反射的に何かを叫ぼうとして、口を開いたまま、言葉にならずに唇が震えた。
その様に、見守っていた皆が口を挟もうとして、

「だって、そうだろう。あんな別れ方をしておいて、今更、お前にあわせる顔なんてあるわけねえだろうが」

永倉の顔を見る事も出来ずに、自分の膳に視線を落としたまま、彼は零した。
彼をおいて勝手にいなくなった自分と再会することを喜ばれるなんて、欠片も思っていなかった。罵詈雑言を向けられることばかりを考えていた。永倉新八がそんなことをするような男ではないとわかっていたのに、あの頃の自分はそうなることばかりを考えていた。
彼から真っ直ぐに向けられる好意は酷く胸を締め付ける。
自分はそんな風に思われる人間ではない。お前に好意を向けられるような存在ではないのだと、心が血を吐きそうになる。

「それに、俺が密偵だってことも、知らないままの方がよかっただろ」

本当に知られたくなかったのは、原田の方だ。
永倉にだけは、自分が密偵であることを知られたくなかった。自分が親友であると思っていた男が実は新選組を、かつての仲間を裏切っていたと知れば、この真っ直ぐな男が傷付くことは目に見えていた。
あの別れに彼が何を思っていようとも、死んだ後に彼へと追い打ちをかけるような真似など、したくはなかった。
でも、現実は原田にとってあまりに都合が悪かった。
原田が密偵であることは永倉どころか新選組の皆にバレてしまった。永倉は原田が裏切り者だった事実に傷付いて、傷ついたのに最終的には受け入れて、許してしまった。裏切られたことも、傷ついたことも飲み込んで、彼は今まで通り、かつてのままに原田を親友として扱った。挙句の果てには、密偵と分かってなお、原田と再会できたことを嬉しかったと語るのだ。
……あまりにも、自分にとって都合がよすぎる。
こんなこと、あっていい筈がないのに。
こんなに、幸福であっていい筈がないのに。
傷つけられたままに罵ってほしかった。裏切り者だと断罪してほしかった。
なのに許されて、受け入れられて、こうして今も、彼が自分の隣にいる。これを、奇跡と言わずなんという。


——こんな奇跡を、原田は望んでなどいなかったのに。


……俺は、知れてよかったって思ってるぜ」

一瞬悲痛な面持ちを浮かべていた永倉は、今はいつものように太陽のように笑っていた。

「確かに、知った時はいろいろショックだったけどよ。それでも、本当のお前を知れて嬉しかった」
…………お前がそういう奴だから、俺は」
「あ、原田くーん!」

重苦しい空気を切り裂くかのように、軽やかな少女の声が割って入ってきた。
誰と確かめるまでもない。ここにいる全員が知っている人物……マスターの立香が小走りで駆けよってきた。

「こんなところにいたんだね。見つかってよかった。今ちょっといいかな?」
「はい、大丈夫っすよ。何か用っすか?」

ほう、と息をはいて、何事もなかったかのようにマスターへと振り返る。
これ以上この話題を続けたくなかったので、原田にとっては渡りに船であった。その後ろで、永倉が何とも言えなさそうに顔を顰めていたが。

「うん、あのね。ご飯食べ終わったらでいいんだけど、少し時間を貰えるかな。実は……原田君に、聖杯をあげようと思って」
……聖杯、っすか?」
「えええええええ!?」
「左之助に!? マスターちゃん本気!?」
「そうですよ、原田さんだけズルいです!」

突然のマスターの申し出の意味が分からずに首をかしげる原田に対し、沖田が非難の声を上げ、斎藤が驚愕に悲鳴を上げる。山南も驚いて目を丸くし、流石の土方も箸を止めてマスターに視線を向けていた。
原田と藤堂はなぜ皆がこんなに驚いているのか、ましてや聖杯をあげるとはどういう意味か分からずに困惑して、マスターの言葉の続きを待っている。

「マスターが左之助に……聖杯を……?」

だから。零すように呟いた永倉が顔を蒼白に染めていることに、気づいた者は誰ひとりとしていなかった。