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くりやの卓報告置き場
2026-01-28 14:31:32
3056文字
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その他
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【SS】🍆
自探SS。静テロのネタバレあり。
1
2
「N。え、えぬ
………
あった」
おぼつかない操作でキーをタップする。スマホを前のように操作できるまではまだまだかかりそうだった。勝手は覚えていても、目が滑る。指が思うように動いてくれないのがもどかしい。
現代人としてこの問題は早急にどうにかせねば
……
そう思いながら、ハギノは自身の両手に収まる1枚の世界にゆっくりと文字を打ち込んでいく。
──『こっちの世界』に戻ってきて1週間ほど過ごした感想。
大げさに形容するなら『めっちゃ速いジェットコースターに乗せられて無限に酔わされてる』とかだろうか。虚無から解放された精神にとって、この世界はあまりにも慌ただしく、目まぐるしかった。
彼女のおかげで無事に帰ってこれたが、国どころか世界規模の時差に振り落とされないように、兎にも角にも歪んだ心身の調整をするのが現状の最優先事項だった。
まずは発声器官。急に気が触れて美術館で叫ぼうとしたことはあったが(普段ならこんなこと体験できひんし)、その際に声が掠れて出なかったのがトドメとなり、そこからは何も喋れなくなった。『無言の圧』とは本当にあるようで、喉奥までぎっしりと綿を詰められるような感覚がずっとあったが、話しかけてくれる人がいれば回復自体は早いものだった。たまに言葉に詰まるが、言語自体はわかること、筆記を飽きるほどしていたこと、25年間日常的に発声してきたこともあり、今はだいぶマシになっている。
次に視覚。動体視力は落ちたと思う。落ちたというか、イカれたというか
……
鳥が飛んでいる姿を見上げるだけでも若干目が回る。あと、光が眩しい。電子機器を一切使えなかったのもあり、手元の液晶に対して『ほんまに動くんや』『思ったより眩しいな』と何度も驚いてしまう。これが文明の利器か
……
。
目を慣らすために、とりあえず川を眺めるところから始めることにした。流れる水が揺らめくことなど当然の理のはずなのに、ずっと見てるとちょっと泣けてきた。
そして聴覚。これが結構しつこい。
ずっと無音の場所にいたからだろうか、油断してるとすぐに耳鳴りがする。耳鳴りが聞こえ始めたら、頭がグラグラする前に自分以外の雑音に意識を向けなければならない。かと言って、ちょっとした物音が聞こえただけでも身体が過剰に反応してしまう。心臓が跳ね上がれば全身で鼓動を感じるようになり、意識は呼吸の方へと集中していく。自分の呼吸音まで強く感じるようになってしまえば、次第に上手く息ができなくなり
……
とにかく本当によろしくない。
耳と心を適度に落ち着かせるため、テンポの遅い音楽を聴いたり、動画サイトでどこかの大学の講義を漁る時間を定期的に設けることにした。分野外の会ったこともない人だけど、もしオレの今までの恩人達をどこかにクレジットする機会があるなら、是非ともこの最近見ている教授の名前も入れておきたい。
…
そんな感じで。生活に支障があるのかといえば、全くもってある状態になってしまった。このまま帰るとかえって母を心配させるのではと思ったオレは、ある程度元の生活に慣れてから日本に帰ることにした。一連の事情を知っているというのもあり、しばらくは輪定さんの家に滞在させていただいている。ありがたいかぎりだ。
日中は外に出てリハビリ兼観光、空が暗くなれば家へ戻る。余裕があれば夜22時に母へ連絡。ここ数日はこれを繰り返している。
そして今は近場の公園のベンチに腰をかけ、思考整理に勤しんでいるところだ。
メモ帳アプリを片手に、もう片方の手で使い古した手帳を捲っていく。あの時は時間感覚なんて無いに等しかったので、その間に記した自分の手記を改めて整理し、軽い年表を作ることにしたのだ。
「
……
なんで急にこのページに書いとるんや」
異常な精神状態の自分が書いた文字をまじまじと見返す行為はなかなかにグロテスクではあるが、一種のけじめとして実行に移している。
存在しない時間。知られることのない時間。
彼女らが悠久の時をもって体験した、そして自分も少し踏み込んだあの世界がそういうものだとして。しかしそれが"時間"であることには変わりないのだ。
ならば記録を怠らないようにするのが学者としての定めというものだろう。
「"ちゃんと覚えときます"って言うたしなぁ
……
」
それに対して「ここまでとは思ってなかった」と苦笑したいところだが、すぐ近くに100年耐えた少年がいるのでここは我慢といこう。
しかしまぁ、天文学ほどではないが考古学の100年はなかなかに短いのだ。言葉でのみ聞くとどこか最近の話に感じてしまうところがあった。そんなわけないやろがいと過去の自分を殴りたい。
「密度の違いはあれど、たった数年でこのザマやわ」
ここらへんの記録は特に狂っている。怪我のある脚を切り落とすことについて数ページに渡り検証・考察している部分だ。勿論ナイフを使って実際に試そうとした。しかし刃を傷に突き立てたはいいが、戦士ではない自分にはそこから先ができなかった。理性と恐怖を飛ばせばいいのかと美味いとは思えない酒を必死に舐めとってみてもダメ。何かしらの仕掛けを作ろうにも物理法則が機能してないからダメ。では焼灼術はどうだろうか?火もこの世界では止まってしまう。なら外部ではなく自分自身から発生する炎はどうなる?摩擦でどうにか人体発火はできないのだろうか
……
?
今見ると正気ではない内容なのだが、当時は全て真剣に考えていた記憶がある。それが逆に怖い。
(まぁ、結局解決したんは岸本さんやけど)
そうぼんやり考えて、怪我も何もなくなった脚を軽くゆする。あの人はあっちで元気にやっているだろうか。いや、元気とかそういうの、あるのか
……
?
「世界を行き来できたら、また会えたりするのか」と思わないでもないが、約束は果たされたしリスクも大きすぎるのでやる気はない。多分オレはこっちの世界を真っ当に生きていくべきだ。
……
手記のまとめより旅行計画の方、考えよう。
物思いにふけった結果この結論に辿り着き、メモアプリを一旦閉じる。そこでやっと時計の表示が目に入り、思わずギョッとする。
「よ、16時
………
?」
この公園に来たのは朝の9時ぐらいだったが、気づけば時刻は夕方16時を迎えようとしていた。スマホの電池もごっそりと減っている。
……
あれ。朝から何か食べたっけ。
いや、ずっとここにいたから食べてるわけがない。思えばちょっと身体がだるいような気がする。限界になってようやく空腹を感じるクセも、どうにか矯正しないといけないみたいだ。
ベンチから腰を上げ、少しだけ日の傾いた空を見上げる。まだまだ大規模時差ボケが続いているが、空の色で大体の時間を知覚できるのは分かりやすくて、とてもたすかる。
今までは目が回ってしまうため通りの方を避けて歩いていたが、今日はもう行ける気がする。何も食べていないというのも皆を心配させそうなので、露店を見つけたら寄ってみよう。
ちょうどいい小さな目標を胸に抱いて、公園を後にする。
気が遠くなる思いはこれからも沢山するんだろうが、まぁ長い目で見てコツコツとやっていくしかない。
あー
…
ほら。千里の道も一歩から、って言うしな?
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