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織音
2026-02-16 00:00:00
10299文字
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一千年後も、覚えていて。
「僕たちが此処に居たこと。それが嘘じゃないんだって」
『指揮官と任意の構造体による任務』という企画に参加させていただくために書いたもの。黄金時代末期に存在した植物園の調査する任務に就いたリーと指揮官の話。里指♂です。保全エリアとか都市とかについて捏造がいっぱいある。
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ふう、と一息つくように丁度いい高さの瓦礫に腰掛けた。崩れた天井の隙間から陽光が差す薄い影の中はなんとなく居心地が良い。端末に表示されたマップにマークをつけながら小さく欠伸をこぼした。
「ようやく第四区域調査完了か。大規模な植物園なだけあって此処にくるだけでも時間かかったね」
「植物園全体を統括するシステムの再起動と復元コードの解析にも時間がかかりましたし、仕方ないでしょう。
……
全く、休暇として与えられた任務でここまでちゃんと調査をしているのは僕たちくらいでしょうね」
「休暇にはならなかったかもしれないけどリフレッシュにはなるでしょう?空中庭園じゃあ、こうやって本物の自然に触れることすら難しいからさ」
指先で眩しいくらいの生命の緑の輪郭をなぞりながら、リーフに植物の説明してもらいながら見た温室を思い出す。あの時触れた葉もこの目の前にあるものと同じくらいにしなやかで、眩しくて鮮やかな緑色だった。
記憶の中にある、構造体のみんなから贈られた花も全て、こうやって生命の兆しに溢れていた。数年前に贈られた、今の時代珍しい生花だった。造花よりも美しく咲き誇っていたが、造花のように永遠に咲き誇ることはできないから疾うに全て枯れてしまったが。端末には確かに咲き誇っていた時の繊細で嫋やかな姿が写真として残っている。
「
……
植物は強く生きていけるんだね。誰も手入れしなくても、こうやって育ってこられて」
「建物が倒壊しているお陰で水や陽光には困らないでしょうし、独自の生態系を築いてこの地に定着しているからでしょう。
……
さあ、残りは封鎖されている中央エリアだけです」
「それで、中央エリアはそこの通路を通って行くと」
はい、とリーが見ている方へ視線を向ける。その通路の先に鎮座しているのは当たり前に中央エリアへ繋がる扉だった。扉、なのだが。
「
……
気のせいかな、なんかこの中央エリアに繋がる扉だけ、軍事用の重厚な扉と似たような感じがするんだけど」
どう見ても空中庭園の軍事倉庫の扉と同じような重くて厚い金属のものに見える。中央エリアを囲んでいる壁も同じ素材に見えるし、これでは植物園というよりも堅牢な要塞と呼んだ方が相応しい気がするが、どうして植物園にこんな重厚な扉があるのだろう。こういうものは黄金時代には何処にでもあったものなのか?と首を傾げる。
「ええ、同じものだと思いますよ。見たところ認証キーによる開閉のようですし、ハッキングで開かないか試してみます」
「ちなみに開かなかった場合は」
「おそらく軍事用と同規格なので、ストークスの火力で強行突破します」
それをするまでもないでしょうが、という言葉通りものの数分で施錠を示していた赤色のランプが解錠を示す緑色に変わる。しかしいつものように振り返って開きましたよ、と声が聞こえることはなかった。何かを考えるようにその指先までもがぴたりと動きを止めている。
「リー?」
「
……
いいえ、なんでもありません。それよりも、解錠できましたよ」
早く行きましょう、とリーは開きかけの扉に手をかけた。長年誰に使われることもなく、降り注ぐ雨と流れる時間に錆びついた扉はギシギシと音を立てながら開かれていく。
――
開かれた扉の向こうから吹き込んだ風は、清らかな緑の匂いがした。
向こう側は陽光を遮るものが一切ないらしい。薄い影の中にいた視界は差し込んだ突然の強い光に眩んで、強く目を瞑る。顔を下げて光を遮る直前、視界をそっと機械の手が覆った。
「
……
大丈夫ですか」
「少し光に驚いただけ、大丈夫」
「それならいいのですが。少し目を慣らしましょうか」
指の隙間から差し込む柔らかな光に、少しづつ目が慣れていく。ようやく光に慣れ、視界を覆い隠していた機械の手の向こう側。この目が映した光景は、中央に聳える大樹と草原だった。
「あれは
……
木?」
「座標からして、あの木が植物園の中心ですね」
「なんというか
……
大きな草原を一つ此処に閉じ込めましたみたいな場所だね」
地形図を見ていた限りではあまり広くなさそうな印象を受けていたが、視界を遮るものがないせいか、目の前に広がっている草原は面積以上に広く見えた。
ざっと見渡しても、あの堅牢な要塞のおかげか戦闘痕及び侵蝕体も見当たらない。事前に目を通していた報告通りパニシング濃度はほぼゼロ。あと調査するのは
……
中央に聳える大樹くらいだろうか。
「
……
あの木、もしかしてプリア森林公園の木と同じくらい大きい?」
「あの木は戦火で焼け落ちてしまいましたし、正確な比較はできませんがおそらく同じくらいでしょう。この木の詳しい樹齢は調査しなければ分かりませんが、ゆうに一千年は超えていると思いますよ」
「こんなに大きかったらパニシング爆発後の戦火に晒されて焼けてもおかしくなかったはずなのに、よく残ってたね」
「
…………
いえ、おそらく違います」
リーは何かに気がついたように、先ほど入ってきた入口の方へ視線を向ける。そして最後に大樹へと視線を戻して、納得したように目を閉じた。
「
……
推測に過ぎませんが、この樹は戦火に晒されたことはないのでしょう。この場所には侵蝕体の一部どころか戦闘の形跡すら残っていない。此処に辿り着くまで幾つか管理ログを見ましたが
……
この中央エリアだけ、ロボットや機械による管理記録が残されていませんでした。先ほどの認証キーのセキュリティも、一番重要なはずなのに他のエリアに比べて異様に薄いんです」
「それなのに長期間にわたって閉鎖されてたってこと?」
「ええ。簡単に言えば、ここを守っていたのは機械やプログラムによるセキュリティではなく物理的な要塞です。異常事態が検知された際、復元コードが入力されるまで中央エリアに繋がる全ての鍵が施錠された状態でシステムがダウンする。万が一火災が起きても此処が焼失することはありませんし、物理的な攻撃手段を持つだけではあの重厚な扉に阻まれる」
それなら侵蝕体の反応がなかったことも、このエリアに戦闘の形跡がないことも説明がつく。だが、どうしてそこまでして此処を閉鎖したかったのだろうという疑問は言葉になる前に、リーがその疑問をさらっていく。
「
…………
この場所を、世界本来の姿を守っていたんです」
リーは木漏れ日の中で目を細め、そう言いながらこの地で静かに呼吸をし続ける大樹を見上げた。
「黄金時代の末期、技術の発展が目覚ましかった頃があったのは指揮官もご存知でしょう。技術が進歩して開発が進み、人類は宇宙を目指した。その裏で、貴重な自然が失われていくのを誰かが憂いたのでしょう」
確かに黄金時代末期は飛躍的な発展を遂げ、人類は宇宙を目指した。その開発が進み、発展していけばいくほどに必要な施設は増える。そうやってこの地表には無機質な建物の群れが増えていったのだろう。崩れ落ち、今は廃墟へと変わり果てた文明の残火しか目にすることはできないが、過去に目にしてきた廃墟たちがどんな姿をしていたのかなんて想像に難くない。
――
まるで鋼鉄の森だ。地に還ることもできないそれが地表を覆って、本来あるべき緑の森は他でもない人間の手によって少しづつ失われていく。そうやって消えていく世界本来の形をどうにか守りたかったのだろう。
「この一千年かけて作り上げられた自然が失われないように手を尽くした結果、生まれたのがこの植物園だったのでしょうね。確実に手の届く、目の前の自然だけは失われないようにしたかったのかもしれません」
「一千年か
……
途方もない」
一千年。人間には悠久と呼べるほどの時間だ。人間が産声を上げて生まれ、一生を全うし、その命果てるまでが約百年。埋葬され、棺桶が朽ち、肉も骨も何もかも形を失って地に還って、そこに弔われた『誰か』という存在を掻き消して余りあるだろう。人の身では到底見ることも生きることも叶わないほど永く、世界から何かが忘れ去られるには十分すぎる時間だ。
「僕は生きていられないけど、構造体のみんななら一千年後も生きてるかな」
人の身では決して生きられない時間ではあるが、構造体は適切なメンテナンスがあれば理論上は不死だ。脆く弱い肉の殻を捨て、戦場に立つことを想定された鋼鉄の体躯に命を吹き込んだ瞬間から、彼らは並大抵の怪我では死ねないように設計されている。
人の心を持ちながら、人とはかけ離れた躰を持つ。彼らならばきっとこの世界を長く永く生きて、この世界の変化をその目で静かに眺め続けるのだろうか。
「一千年ですか。
……
構造体は適切なメンテナンスさえあれば理論上不死、とは言いましたが一千年は難しいでしょうね」
木漏れ日の中、密かに光を放つ蒼穹の瞳に何処か寂しそうな感情が滲む。
もし、本当にリーが一千年後も生きていたとして。心を通わせ、彼の生という旅路の中で出会った者達を一体何度見送らなければならないのだろうか?今だって僕たちの手から零れ落ち、救うことができなかった命を見送ることも多いというのに。
それに、僕という人間が彼と共に生きていられるのはどんなに長くてもあと八十年程度が限界だ。あとたった八十年で、一千年後を生きている彼に僕は何を遺してやれるだろう。声も言葉も、僕という名前のつくものの殆どは形には残らない。形に残るものがあったとしても、きっと遥か先の未来まで残るかどうかすらもわからない。
――
それでも、彼が未来で一人にならないための一助となるのなら。
「でも、君がそんな途方もない先の未来まで生きている可能性は零じゃないんでしょう?だったらこうしようか」
一歩、リーよりも前に歩み出る。
「指揮官?」
何をするつもりですか、と言葉にせずとも疑問の色が見える彼の声に微笑みを見せる。そして腰辺りの装備品、そのうちの一つに指を這わせた。
有事の際、近距離での戦闘にも対応できるようにと携帯していた愛用の戦術刀だった。鞘から引き抜いて、特有の鈍色を木漏れ日の下に晒す。翳り一つない鏡のような鈍色には周囲の緑と陽光が柔らかく反射して、いつもの鋭い輝きがほんの僅かに和らいでいた。
それを躊躇いもなく地に突き刺す。容易には抜けてしまわないよう、この地に根を張る大樹のように深く深く。
「目印にしよう、リー」
ようやく刀身の四分の一が地に埋まって自立するようになった頃、僕は戦術刀に片手をかけたまま振り返った。
「一千年後、もし君が此処にきた時に思い出せるようにしよう。此処に僕たちがいたこと、それが嘘じゃないって」
「目印、ですか」
「僕は人間だから、長命な君たちに遺せるものは少ない。きっと何かを遺してもこれから先君たちが生きている間に風化されて、いつかは『グレイレイヴン隊』という存在すら御伽話になってしまんだろうね」
一千年後がどんな世界かはわからない。しかし僕たちレイヴン隊もいつかは唯一無二の剣を携えて魔王に立ち向かい、世界に安寧を齎した勇者のように、存在が曖昧になって実在したのかさえわからなくなってしまう日が来るのだろう。いつか世界が平穏を取り戻した先の未来で、御伽話というフィクションに成り果てて、最後には忘れられていくのだろう。
――
だから、覚えていてほしい。
「御伽話じゃないんだって。僕たちは確かに存在していて、此処にいたんだって君が覚えていて」
形に残らぬものほど忘れられていくのは早い。声も、言葉も、一時しか形に残らぬ足跡も、傷跡も。本来は記憶さえも、全ては残酷な時間の流れに置いていかれて消えゆく一つに過ぎない。しかし、彼は構造体だ。記憶領域の損傷さえ起こらなければ、褪せることもなく永遠にこの記憶を留めていられる。未来でも残り続けるこの地が今この瞬間の記憶と共に遺ってくれたのなら。彼が覚えている限り、何度だってまた此処に来ればこの日の中で会えるはずだ。その時、もうリーの隣に僕がいなくても。
「僕はこれしかこの場所に残せるものはないけれど
……
君なら、一千年後でもきっと見つけてくれるって信じてるから」
「
…………
戦術刀も、いつかは錆びて、朽ちるものです」
リーは躊躇うように、そっと口を開いた。珍しく言葉を選ぶようにゆったりと話し始める。
「この世界に朽ちて形を失わないものなど、一つとして存在しない。万物にはそうルールが定められています。それは僕たち構造体も
……
貴方も。誰一人例外ではありません。貴方が此処に残す戦術刀も一千年もの間、形を保つかはわからないでしょうね
――
ですが」
そうだねとその言葉を肯定するよりも先に、リーは隣に歩み寄る。そして戦術刀にかけたままのこちらの手に柔らかく自らの手を重ねて、静かに言葉を続けた。
「いずれ朽ちて消えてしまうものだとしても
……
貴方との約束の目印であれば。きっと、形を失っても見失うことはないでしょう」
――
全ての存在は、生まれた瞬間からいつか滅びる定めを背負っている。それは今此処にいる僕も、構造体であるリーも例外ではない。この世界に存在する限り、逃れることはできない絶対的な理である。
それでも、例えば。一千年後、今この世界に呼吸をする存在の誰もが滅びて、もうこの目印も誰も見つけられず意味をなさなくなってしまったとして。僕はそっとこちらの手を包んでいたリーの手を取って、僅かに力を込めて握った。人間よりも僅かに低い体温と僕の体温が混ざって溶け出し、僕たちを照らす柔らかな木漏れ日と同じ温度になっていく。この温度は手を離せばすぐに消えてしまうけれど、どうかこの温度が存在していた事実がこの戦術刀と共に一千年後でもあたたかな記憶としてこの地に残り続けるように。
そう祈るように傍らの蒼穹と同じ色をした瞳を覗き見る。その瞳も祈るように伏せられ、睫毛が薄らと影を落とす。やがてすっとこちらに向けられた瞳は木漏れ日の中で永い時間が経とうと褪せず、夜空で輝く星のように微かで、確かなひかりを放っていた。
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