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織音
2026-02-16 00:00:00
10299文字
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一千年後も、覚えていて。
「僕たちが此処に居たこと。それが嘘じゃないんだって」
『指揮官と任意の構造体による任務』という企画に参加させていただくために書いたもの。黄金時代末期に存在した植物園の調査する任務に就いたリーと指揮官の話。里指♂です。保全エリアとか都市とかについて捏造がいっぱいある。
1
2
「ねぇ、リー」
「はい」
揺れる輸送機の中で無言のまま眺めていた作戦情報から顔を上げ、傍らの構造体を見遣る。端正な横顔の構造体は返事はしたものの、その視線は先ほどまでの自分と同様にこちらの手元の端末に落とされていた。
「今回の任務、『植生調査』なんて大層な名前ついてるけど
……
これほぼ休暇だよね?」
これ、とリーに手渡した端末に表示された任務情報の一番上、『152号都市0番エリア植生調査』と書かれた任務を指差す。彼の蒼穹のような色をした瞳が僅かに指差した場所に向けられ、白い塗装の指先が幾つかの操作を実行する。しかしなんの成果も得られないままに彼の指先は端末の上を滑り続け、やがて止まってしまった。
「
……
そのようですね。任務報告の提出先はおろか提出書類すらありませんし、ほとんど休暇といっても差し支えないでしょう」
任務情報、添付するという目的だけ達成された空白のファイル、文面に暗号化されたメッセージがないかまで解析と確認をしていたリーは、全てを確認し終えてようやく諦めたように息を吐いた。
普段用意されているはずの任務報告の電子フォーマットが任務情報に添付されていなければ紙の報告書もなく、いわゆる提出書類といった物が一切見当たらない。更に言えば、調査任務にもある程度の人員が配置されるのが通常であるが、今回配置された人員が自分と隊員のリーの二人だけ。
「調査なのにサンプル採取もないし、なんというか
……
任務情報が驚くぐらい白いね」
植生調査という割にその任務でこなすべき詳細が一切書かれていないなんて、本当にいつも見ている作戦情報と同じものなのか?と疑ってしまうほど、普段は隙間がないくらいぎっしりと埋められるはずのフォーマットには空白が目立っていた。記載されているのは任務地とその地形、今回の任務期間と任務期間中の滞在場所、帰投の輸送機の時間。たった五つの項目が簡潔にまとめられただけのフォーマットではそう思うのも無理はないだろうが。
「まさか議長から任務があるって言い渡された時は何事かと思ったけど
……
まさかこんな任務とはね」
この任務は数日前、ハセン議長直々に言い渡されたものだった。
……
とは言っても伝えられたのは任務の日時と集合場所だけだったが。幾つか質問をしても回答がない上に詳細は後日、と極秘任務を想起させるような言葉で部屋から出されてしまった。この時のリーの不服そうな顔はよく覚えている。
執行部隊の中でも、他の小隊ではなくわざわざレイヴン隊を議長が指名したのだ。その時点で間違いなく特化機体の力を以て遂行しなければならない何かがあるのだろうと推測した。赤潮や重篤汚染区域、代行者の問題は特にパニシングに完全な耐性を持つ超刻機体や誓焔機体、或いはストライクホークのカムに頼らなければならないことが多い。しかしそれならば何故、今回の任務を任されたのがリーと指揮官である自分の二人だけなのだろう。そう考えながら休憩室に戻る帰路、リーは不服そうな顔のまま、声のトーンを抑えて言った。
『指揮官、どう考えても危険です。極秘任務にしても、事前に何一つ知らされないなんて今まで一度もありませんでした』
『今は伝えられない何かがあるのかな、それこそ、伝えてしまったら任務に影響を及ぼすような』
『ないとは限りませんが
……
』
『
……
君の心配はよくわかってるよ』
リーにとって、事前の情報が一切ないということは作戦についてミーティングができないだけではない。事前に危険因子の調査や対応策を講じることすらできないという悔しさもあるのだろう。貴方を失うのは二度と御免ですから、なんて毅然と言い放った時の姿が脳裏に過ぎる。
『今回は君もいるんだから、危険じゃないかその目でちゃんと見てて。自衛だってできるし、いざとなったらリーが助けてくれるでしょう?』
『
……
言われなくてもそうするつもりですし、何があっても貴方のことは守り抜きます』
なら大丈夫だよ、と言葉を交わしたのが任務を言い渡された日と同日。そうして今日、危険度の高い極秘任務を覚悟の上で集合場所にやって来たわけだったが、僕たち二人に渡された任務情報が、この空白だらけで形式だけの任務、というわけだ。
……
正直に言えば、今までの心配を返してほしい。
「休暇を取ってくれってことなら取るのに。議長も随分強硬手段に出たものだね」
休ませるにしてももっと他の方法があっただろうに、とぼんやりと戦術端末を眺めながら思う。
おそらく、議長直々に任された任務に就いている、という口実が欲しかったのだろう。他の任務に就いているとなれば容易に他の仕事を割り振ることもできない。あとは形だけの任務を与えて自由にさせるだけ。そうすれば何者にも邪魔されることもなく休むことができるだろうと推測を立てたらしい。特化機体の有用性や英雄と称えられるが故に働き詰めのレイヴン隊を休ませる口実としては百点と言えるだろう。
「ルシアとリーフが一緒に来られなかったのが残念だね」
「リーフは新機体適合もありますし、ルシアも長期任務の最中ですからね。僕と指揮官だけでも任務を口実に休ませたかったのでしょう。そうでもしないと我が小隊の指揮官は隊員の忠告も聞かず、いつも働き詰めで休もうとすらしませんから。貴方の最近の平均睡眠時間、お聞きになりますか?」
「
……
平均睡眠時間を知るついでに小言が飛んできそうだから、丁重にお断りしておこうかな。本当は少しくらい休みたいけどね」
「
……
貴方が言うと嘘のように聞こえますね」
「またワーカホリックとか言うんだろ、悪かったなワーカホリックで」
あんなに自分からどんな業務も引き受けるくせにという念が透けて見えて、僕は肩を落とす。僕だって、好きで徹夜をしているわけではない。時折密かにワーカホリックなどと形容されるが、全く不本意な話である。
少しくらい休みたい、それは決して嘘ではないのだ。現にこの任務が休暇とわかって安堵しているし、久しぶりにゆっくりできると喜んでいる。少なくともこの四日間は多すぎる書類のうちのどれかの提出期限に追われて徹夜で作業する必要もなければ、徹夜をしたことで隊員達に必要以上の心労をかけることもない。
……
いつも少しばかり過保護すぎる、とも思わなくもないが。
「少なくとも、ちゃんとこの任務期間は休むから許してほしいな」
「
…………
その言葉が嘘でないことを祈りますよ」
本当だって、と慌てて付け加えた言葉も信用はされていないらしく、帰ってきたのはどうでしょうね、という懐疑の言葉だった。いつもは全幅の信頼を寄せてくれているのに、健康管理の面については全く信頼されていないようだ。
「まあ僕の健康管理の話については置いておくとして、本題に入ろうか」
「
……
納得はできませんが、いいでしょう。まずは今回の任務地についてからです」
まだ懐疑が残る声色のまま、リーは小さく息を吐いた。そして戦術端末に表示された0番エリア地形図といくつかの注釈がまとめられている152号都市全体マップを重ねて、丁度保全エリアの辺りを指差した。
「152号都市は周辺の都市に比べて面積が非常に広く、パニシング濃度が低いので1番エリアから10番エリアまでの全域が大規模な保全エリアになっています」
「それで、僕たちが調査するのが保全エリア外の0番エリアか」
「はい。指揮官もご存知の通り0番エリアは大規模かつ長期間にわたって封鎖されていたようなのですが
……
このエリア一帯は黄金時代の末期に作られた植物園だったようなのです」
植物園?と聞いたことのない単語に首を傾げる。空中庭園でいう温室のような場所、ということだろうか。
「僕も構造体になってからデータベースで存在を知った程度なので、詳しくは知りません。植物の収集、栽培、保存、展示を行う都市的公園機能と植物学的機能を有した場所だったようです
――
そうですね、植物に関する調査や研究を行っていた公園のような場所だと思っていただければ」
「本来開かれているはずの場所が閉鎖されてたってことになるのか
……
普通に考えたら、惑砂みたいな昇格者や代行者に拠点になっててもおかしくはないけど、休暇としてこの任務を出してくるくらいだから危険性はないんだろうね」
「ええ。先に調査をした部隊の報告では代行者は確認されず、侵蝕体や異合生物もいなければパニシング濃度も平均値以下
……
というよりはゼロに近いです。中央エリアだけが実際に入って調査できなかったものの、外部からのドローンを使った調査では中に侵蝕体がいる可能性はほぼないと」
「パニシング濃度がほぼゼロ、か
……
」
パニシング濃度がゼロ、加えて人命を脅かすような脅威もないならば防護服も血清も荷物になってしまいそうだ、なんて頭の端で考えるが、この任務の同行者は我がレイヴン隊で指揮官に対して最も過保護と言っても過言ではないリーなのだ。まあ、過保護になっても仕方がないと言えるくらい精神的にも過剰な心労をかける出来事も続いていたし、予備として荷物が増えてしまうのはもう諦めよう。それよりも今もずっと気を張り詰めて有事に備え続けている彼の容易にほどけない、ぐちゃぐちゃと絡まった不安を一つずつ解いていくことの方が大切だ。
「指揮官、もうすぐ目標の地点に到着します」
思考の海を漂っていた意識がリーの声で現実に引き戻される。今は不要な心配をさせないためにも、まずはこの任務期間中、ちゃんと休むところから始めなければならない。
「ああ、了解。
……
そういえば、今回の任務期間って何日だっけ」
「四日です」
「四日か。それなら隅々まで『調査』できそうだ」
「
……
指揮官。先に言っておきますが、今回の任務はあくまで休暇ですからね」
「勿論ちゃんと休みはするよ。でもただ休むだけだと手持ち無沙汰になってしまうし、せっかくちゃんとマップまで用意されているなら散歩ついでに『調査』しようと思ってね」
その言葉にリーは眉を寄せて不服そうにじっとりと睨んでくる。それに柔らかく笑顔で返事をすれば、最後は諦めたように仕方がありませんね、とこちらの耳に届く一番小さな声とふっと息を吐くように笑顔でそう呟いた。
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