中也が帰宅すると、自宅のポストに覚えのない荷物が届いていた。中也の職業はいつどこで誰に命を狙われてもおかしくないマフィア幹部。当然、こういった物は常に警戒している。爆弾や毒入り食品、盗聴器にGPS、エトセトラエトセトラ。ざっと思いつくだけでも多数の危険が潜んでいる。自分で注文した物であっても荷物のすり替えなどを完全に否定することはできないので、中也は基本的にネット注文の類は使用しない。となれば、覚えのないその荷物をわざわざ開封する義理など存在するわけもなく。不審物として中を検めることもせず重力で潰して廃棄した。
翌日も、その翌日も不審な荷物が届いた。当然全て廃棄だが、こうも続けば流石に疑問が首を擡げる。上手くいかなければ手段を変えるのが普通だ。そうしない理由として考えつくものといえば、マンションのゴミ収集場に何らかを仕掛けるのが目的だとか、中也ではなくマンションの住人を無作為に狙っていて中也以外の住人のいくらかは罠にハマっているとかだろうか。
他にもあれこれ思いつくものはあるが、マンションの他の住人はともかく中也個人としては特段対処が必要なようには思えない。しばらく続くようなら話も変わってくるが、現時点ではまだ危険視する程のものとも思えなかった。しばらくは様子見だろう。中也はそう判断し、そのまま日常を過ごしていた。
不思議な荷物が届くようになって、4日目のことだ。その日も例に漏れず届いていた荷物を廃棄してから自宅に入る。いつものようにソファで寛いでいると、しばらくして太宰がやってきた。
「やあ、今日も相変わらず小さいね」
「縦にばっか長ぇ手前よりはマシだっつの」
挨拶代わりの軽口を叩き合う。
太宰の行動は気まぐれである。毎日訪れることもあれば、1ヶ月音沙汰がないこともある。構え構えとうるさく付き纏ってくることもあれば、中也など存在しないかのようにこちらに見向きもせずに寛いでいることもある。
その日も太宰が何かを要求してこない限り中也は好きに過ごすつもりだったが、太宰がきょろきょろと何かを探すような動きをしていることに気がついた。
「なんか探してんのか?」
「うん、荷物届いてなかった?」
「荷物ぅ? あれ、手前のだったのか?」
荷物、といえば心当たりはここ数日届いている不審な荷物だ。今日もゴミ収集場に放り込んできたばかりだ。太宰の仕業だったのか、と得心すると共に、どうせまた碌でもない嫌がらせの類だろうから捨てておいて正解だったと思った。
「ああ、そうそう。中也宛にしておいたの。どこにあるの?」
「いや、捨てたけど」
「……なんで?」
太宰の頬がぴくりと引き攣る。
「なんでって、不審な荷物なんて捨てるに決まってんだろ」
「はあぁあ!? しんっじらんない! 勝手に捨てないでよ!」
「うるせぇ捨てられたくねぇなら先に言っとけ! 大体俺宛に届いてんだから俺の物だろうが!」
「うわっ君そういうこと言うんだ! そういうのはモラハラって言うのだよ。はぁ〜こんなのがモテるなんて世も末だね。あのチョコ楽しみにしてたのになぁ!」
「は? チョコ?」
中也の勢いが少しばかり削がれた。太宰がチョコなどの甘い菓子を好むことは知っているが、今まで太宰がそんな物をこの部屋に送りつけてきたことはない。そもそも中也にとってチョコといえばコンビニやスーパーで買う物という認識だ。箱買いするならともかくわざわざネットで注文して買うような物ではない。届いた荷物はいずれも郵便受けに入るサイズで、箱買いと呼べるものではなかったはずだ。
「君もバレンタインくらい知ってるでしょ」
「いや、来月だろ?」
「君、お店とか行かないの? バレンタイン戦線はとっくに始まっているのだよ」
太宰は自信満々に胸を張る。太宰の言う通り、中也は昨今活発化している百貨店のバレンタイン催事からは縁遠かった。知識として存在は知っているが、自分には無関係の遠い世界の出来事だという認識だ。2月になればスーパーやコンビニにもチョコレートが並び始めるので中也だって意識するが、まだ1月の今はバレンタインなんて「そんな行事もあったな」という程度の認識だ。
「どうせチョコなんて興味ないだろう中也のためにせっかくこの私が自分で選んで君はお金だけ出せばいいようにしてあげたっていうのに、私の好意をドブに捨てるなんて」
太宰がおよよ、と泣き真似のようなものを始める。
確かに、太宰とは少し前に正式にお付き合いというものに発展した。が、関係に名前が付いたところで関係自体が大きく変化することはなく、軽口・悪口・嫌がらせは今まで通り。甘い雰囲気のひとつも覚えがない。
もちろん今までと全く同じというわけではない。何かをするのにいちいち言い訳を考えずに済むようになったとか、お互いに少しばかり意地を張ることが減ったとか。それなりに変わったこともあったが、それでも世の恋人たちに倣ってバレンタインにチョコを渡そうなどとは考えてもいなかった。正確にはもっと近くなれば検討くらいはしたかもしれないが、中也にとってはバレンタインなぞまだまだ先のことだ。
「何で俺が手前に渡すの決定なんだよ」
「だって君、チョコなんて興味ないでしょう」
「そうだな」
「ならチョコが食べたい私に君が渡すのは当然でしょう」
「そうか?」
バレンタインに中也が太宰に贈り物をして、ホワイトデーに太宰が中也に返礼する。という前提であれば、太宰にしては珍しく筋道の通った主張である。が。
「じゃなくて、クリスマスも誕生日もキャンセルしといてなんでバレンタインだけ……」
「なんでって、チョコ食べたいから?」
こてん、と首を傾げられて、中也はこれ以上何を言っても無駄であることを悟った。この男に道理や筋道なんかを説いたところで全く意味はない。交渉の場なら相手を手玉にとって上手く転がすくらいお手の物のはずなのに、中也相手には昔からそういうことを全て放棄している。そんな相手に真面目に拘うのも時間の無駄というものだ。
それに、中也だって恋人に「恋人らしいことがしたい」と強請られて悪い気はしないものである。太宰の主張がそんな可愛らしいものかは審議が必要だが、別にチョコを用意するくらいでくどくど文句を言うつもりはない。今まで付き合ってきた愛人たちにはそれ相応の物を選んで渡してきたつもりだ。
「へいへい、わかったよ。チョコな。けど手前が自分で買うならともかく、貰おうってんなら1個で我慢しやがれ」
中也が折れると太宰がにまりと笑みを浮かべる。
「バレンタイン当日、楽しみにしてるから。精々頑張って私の喜ぶブランドでも探したまえ」
宣言すると、ご機嫌に鼻歌を歌い始める。もしや失敗したのでは……? と今更になって気づいたが、完全に後の祭りであった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.