誕生日が幸せな日だった記憶は確かにある。一人っ子の期間が長かったから、父ちゃんと母ちゃんと、三人で誕生日祝いをして。母ちゃんが俺の好きなものをいっぱい作ってくれて、ケーキも手作りで、それがいつも楽しみで。父ちゃんも忙しい中で家族で出かける日を作ってくれたり、プレゼントを用意してくれた。妹が生まれてからもそれは変わらなかった。三人が四人になっただけだ。まだ赤ん坊だった妹は多分よくわかってなくて、それでもみんなが嬉しそうにしてるからか笑顔になっている、そんな家族写真が残っている。
……そんなのが、ずっと続くと思ってたんだ。誕生日に撮った四人の家族写真は、俺と妹の分を合わせても十枚にも満たない。
幸せだった記憶が後悔と罪悪感に塗り替えられて。俺なんかが。俺じゃなかったら。何度、そんな風に思ったかしれない。家族や友達が祝ってくれたことはそれからもあったけれど、息苦しさも同時に感じていた。
アイドルになって、もっと多くの人に祝われるようになって。
でもどこかで思ってたんだ。申し訳ねぇって。俺にそんな資格、ないのにって。
あんまり得意じゃあないが、SNSのコメントに目を通していく。見ろ、と蓮巳の旦那に言われて見ていたが、その間にもポコポコとメッセージの到着の通知が来るし、画面が忙しない。落ち着いて読んでられねぇだろうが、まったく。
苦笑していると、プロデューサーが近づいてきた。会ってすぐ祝ってくれたが、なんでか俺より嬢ちゃんのが嬉しそうな顔してんだよな。
「撮影の準備ができました」
「ん? あぁ、ありがとな」
簡単に、段取りの最終確認をして現場へ向かう。これはES所属のアイドルたち、全員が誕生日にやる共通の仕事だが、今日は俺の為にこれだけの人数が集まってくれている。それにおめでとうって祝いの言葉までくれて。俺たちの仕事は、大勢の人の力で成り立ってるって実感するし、気が引き締まる。スタッフに挨拶してまわって、撮影が始まる時に、プロデューサーと目があった。
「よろしくお願いします、鬼龍先輩!」
そう言って笑顔でガッツポーズをしてくる。それだけで期待と信頼が伝わってくるし、やる気が出るから不思議なもんだ。
「おう、期待は裏切らねぇよ」
あとは行動で示すだけだ。アイドル鬼龍紅郎としての仕事を。
撮影を終えてからもつい話し込んでたら思ったより遅くなった。でも、早く帰るよりも良いだろう、今日は。
寮に入った瞬間に、賑やかな声が響いてくる。
「できたぞ、神崎!」
「うむ、流石は蓮巳殿である!」
なんとなく予想はついていたが、どうにもキッチンが騒がしい。まあ、蓮巳の誕生日の時に話を振ったのは俺だが。思わず笑いが漏れる。何が飛び出してくるのやら、楽しみだ。
「ドーラちゃん、誕生日なんだって?」
「うおっ」
ガサッという音と共に肩に衝撃が来て、思わず変な声が出た。両手に何か入ったビニール袋を持った天城先輩に、不意打ちで後ろから肩を叩かれたらしい。キッチンに気を取られて完全に油断してた。俺もまだまだだな。
「そんなドラちゃんにぃ、プレゼントやるよ!」
そう言って持っていた袋を一つ渡されたが、中には雑多に菓子が入っている。
「って、またパチンコの景品かよ……」
「今日は大勝ちしたからなぁー! ドラちゃんの誕生日効果か?」
「んなわけねぇだろ」
一人で大笑いしてる天城先輩に肩を竦める。
「まあ、くれるもんはありがたくもらっておくけどよ」
そうして手を振りながら部屋に帰っていった天城先輩を見送って、今度こそキッチンに入る。
「鬼龍殿!」
「おかえり、鬼龍」
真っ先に声を掛けてきたのは神崎と蓮巳だった。ただ帰ってきただけなのに嬉しそうな顔してくれちゃって。二人は日付変わってすぐにメッセージを寄越してきた。早寝早起きの二人はいつも寝てる時間なのに、わざわざ日付変わるの待っててさ。ほぼ同時に来た通知に、思わず笑っちまった。
「おかえりなさいっす鬼龍くん!」
「椎名も来てくれたのか」
「うむ、今日の料理は蓮巳殿と椎名殿と一緒に作ったのである!」
「僕はさっきまで仕事だったから、ちょっとだけっすけどねー。鬼龍くんのお祝いなら腕を振るうっすよ!」
椎名の持つフライパンにあるパスタは、この前に食べた日替わりメニューと同じだ。すげぇ美味かったから何が入ってるのか聞いたけど、また食いてぇと思ってたんだよな。
ふと、肉屋の包み紙が目に入る。竹みたいな模様ついてるやつ、名前わかんねぇけど。それに包まれてる隙間から、何枚かステーキ用の肉が見えた。視線に気づいたのか、神崎が笑った。そしてテーブルに皿を並べていた乙狩の方を見て言った。
「この肉はアドニス殿が用意してくれたのだ」
「鬼龍先輩には、やはり肉だと思ってな。買ってきた」
「ありがとよ、乙狩。また一緒に食いに行こうぜ」
乙狩はたまにトレーニングルームで一緒になった時とか、そのまま飯食いに行く時があって。二人だと大体肉を食う。社内の食堂だったり、牛丼とか豚カツとかの店とかだったり。乙狩とだと気兼ねなくがっつり肉が食えて楽しいんだよな。
部屋の飾りつけは蓮巳の時と同じで守沢と、あとは鉄か。今回は折紙だけじゃなくて、バルーンまで使われている。百均とかに売ってるやつ。
「随分凝ってんな」
「大将の誕生日ッスから!」
まだ作りかけの文字を、鉄が並べている。HAPPY BRTH……? 首を傾げていると、守沢が慌てて言ってきた。
「南雲、一文字抜けてるぞ!」
「えっ!」
「ビー、アイ、アール、ティー、エイチだ!」
「すぐ直すッス!」
瞬時に出てくるあたり、守沢はすげーな。こんなこと言ったら、それくらいわかれって蓮巳に説教されるかもしれねぇが。
守沢の手にはなんかキラキラしたものがある。
「俺は王冠を作ってみた!」
「ガキじゃねぇんだからよ」
上手くできてるが、流星隊はちびっこ相手が多いからこうなんのか? まあ、せっかく作ってくれたんだしな。そう思って頭に乗せてみる。
「似合うぞ鬼龍」
「格好良いッス大将!」
「えぇー」
褒めてんだろうがなんか複雑だ。でもせっかくだし、写真を撮っておくことにする。守沢と、鉄と、二人で撮ったり三人で撮ったりして。これはちっと恥ずかしいし、表に出す気はないがな。
そんなことをしている間に、三毛縞が何か山盛りになった大皿を運んできた。キッチンは神崎と椎名が使ってるから、部屋の方にいたんだろう。
「焼きおにぎりか」
「俺の自信作だ! 紅郎さんにも喜んで貰えると思うぞお!」
「三毛縞さんの作る焼きおにぎりは美味しいからなぁ」
俺も食わせてもらったことはあったな。茶漬けにしても美味そうとか言ったら、それも用意してくれたっけ。
「こっちはパンの山?」
テーブルに、カゴに盛られたいくつかのパンがある。パン屋で売ってるようなやつ、種類も惣菜系と甘いのと色々だ
「それは満さんからのプレゼントだなあ」
「Ra*bitsはこれから仕事だからって置いていったんだ。ほら、そこに」
ホットプレートは仁兎だ。キャラクターの焼き目がつくやつ。『誕生日おめでとう紅郎ちん! 妹さんと作ってくれよな』ってメッセージが添えられている。前に『妹がやってみたいって言ってたけどすぐに売り切れてて買えなかった』って話をしたことがあるの、覚えててくれたんだな。
紅茶の茶葉は紫之で、このキッチンミトンは真白だろうな。ダチの仁兎はともかく、後輩たちにはそんな気ぃ使ってもらうほど特別なこともしてねぇのに。学院時代の後輩で同じ事務所の仲間だから、困ってたら手ぇ貸すのは当然だろ。
ここにいない連中もさ。斎宮は年始に会った時に、海外にしかないリボンやらビーズやら布やらいっぱい渡してくれた。瀬名からは次に帰国する時に渡すって予告されたし。衣更も朝から仕事だったけど、昨日の夜にプレゼントくれたし。気になってたけど読んだことねぇって言ってたスポーツ漫画。一巻から全部、漣と合同で買ってくれたらしい。ズラッと並べられた時は驚いた。
テーブルに並んでる料理も、神崎が中心になって考えてくれたんだろう。
エビと鶏ささみ、卵の乗ったサラダと手作りのドレッシング、鍋にあるのは味噌汁か。
「なんだ、気になるのか」
神崎と椎名にキッチンを占領されていて、今は手持ち無沙汰っぽい旦那が寄ってきた。肉を焼きながら神崎が教えてくれる。
「サラダと味噌汁は蓮巳殿の手作りである! あと、その牛丼用の具であるな」
「……と言ってもかなり神崎に手伝って貰ったからな。味は保証するぞ」
なるほど、神崎は比較的簡単な作業を旦那に頼んだんだな、と納得する。そりゃ神崎のに比べたら切り方にばらつきがあるけど、普段あんまり料理しない旦那が俺のために頑張ってくれたんだ。旦那の誕生日の時に、俺の時は旦那の手料理楽しみにしてるとか無茶振りしたけど、本当に作ってくれるなんてな。
これまた山のようになってる唐揚げは神崎だろう。あと蓮巳のときにもあったカルパッチョと、煮付けもある。
そこに椎名のパスタと、今作ってる前菜的なやつと、乙狩が買ってきてくれたステーキが入るのか。本当に豪華だな。料理するの、神崎も椎名も好きなんだろうが。作るの結構大変なのに、こんなに用意してくれて。今日に限らず誕生日とか何かの祝いごととかやってると、寮にいる奴らが加わって騒いで盛り上がってる部分もあるけどよ。色んな奴が来てみんなで飯食って、ってそういうのが楽しいんだし。
俺の好みに合わせてくれたからか、肉と主食系のメニューが多いけど、これだけの人数がいたら結構消えていくもんだ。後から飯食いに来るやつもいるだろうしな。
それにしても、何もしないでいるのも落ち着かない。そんな俺の様子を察したのか、蓮巳に無理矢理座らされた。主役なんだから大人しく待っていろ、という圧を感じる。
これは始まるまで話し続けて引き留めようとしているな、と察して苦笑する。
はいはい、ちゃあんと良い子で待っててやるよ。
料理が出揃ったら、ケーキが出てきた。
先に祝ってから一旦冷蔵庫にしまって、また後で出すんだろう。
神崎が運んできたのは、定番の苺と生クリームのやつかと思ってたら、予想と違っていた。
「なんだこれ、すげぇな」
ケーキの上に、俺がモデルになったぬいぐるみの絵が描かれている。まわりの連中も驚いていた。
「我が本体を作って、蓮巳殿に絵を描いて頂いたのである!」
「正確には、俺は下書きを作っただけで、仕上げたのは神崎だがな。上手くできているだろう」
「ああ、可愛らしいじゃねぇか。ちぃと可愛すぎる気もするが」
蓮巳のメインの仕事はこれだったらしい。ただ料理するだけじゃなくてこんなサプライズまで仕込んでくれるとは、予想してなかった。
「これならばぬいぐるみを模写しただけだから、俺の絵柄もバレることはないしな。撮影しても良いんだぞ、鬼龍」
「そうかよ。じゃあ、三人で撮ろうぜ」
ケーキを持って座る俺の横に、左右に蓮巳と神崎が立つ。守沢が撮影してくれた写真を確認してみれば、いい出来だった。これなら後でSNSにあげてもいいかもな。
もう一つはチョコレートのやつだ。ガトーショコラか。俺は甘いのが特別好きなわけじゃねぇが、神崎は何を作っても上手いからなぁ。神崎の作る菓子は甘過ぎなくて美味いし、いくらでも食えそうなんだよな。
それから今ここにいるメンバーで席について、バースデーソングを歌ってくれた。俺は早生まれで誕生日が遅いから、ここにいる奴らの誕生日は大体祝ってきたけどさ。こうして自分がやってもらえるの、やっぱり嬉しいもんだな。胸がいっぱいになる。あったけぇ感じ。
「泣いてもいいんだぞ、鬼龍?」
「泣かねぇ……」
なんで楽しそうな顔してんだよ。まあ、蓮巳には今の俺の気持ちがわかるんだろうけどよ。自分の時ちょっと泣きそうになってたもんな。そんなことはないって言い張るんだろうけど。
「どうしたどうした、胸を貸すぞ☆」
「要らねぇ……」
守沢も両手広げてくんじゃねぇよ。
「それともママの胸の方がいいかあ?」
「要らね、っていう前にくっついてくんじゃねぇ」
「おい三毛縞ふざけるなそこは俺の場所だ」
「いや旦那の場所でもねぇだろっていうか何張り合ってんだよ」
「じゃあ俺もハグしよう☆」
「どさくさに紛れて何てめぇも加わってんだ守沢」
なんで三人に囲まれて抱きしめられてんだこれ。暑苦しいというか、むさくるしいというか。
「わ、我も……!」
「先輩たちばっかりずるいッス! 俺も大将とハグしたいッス!」
神崎と鉄まで加わってきやがった。悪ふざけが過ぎんだろ。
「あんだよこれ」
なんでこんな野郎共にまとわりつかれてんだ俺は。遠巻きに乙狩と椎名が困惑しているのが見える。
「鬼龍先輩はみんなに好かれているんだな」
「面白い光景っすね~」
「乙狩と椎名が困ってんだろ」
くっついてる奴らを追い払って、ため息をつく。
まったく。……泣いてる暇もありゃしねぇな。こんな時だけ結託してくんじゃねぇよ。
それに、きっと。後悔してる暇だって、与えてはくれないんだろうな、こいつら。
「ささ、鬼龍殿、冷めないうちに!」
「そうだな、美味そうな料理見てたら腹減っちまったしな」
神崎に勧められるまま、料理を取っていく。ケーキ以外は普段から食べてるようなやつだけど、大事な奴らが心を込めて準備してくれて。それをみんなでテーブル囲んで、それだけで特別になるんだよな。
首から下げてる指輪を握りしめる。今は遠い、もう見ることはできない優しい笑顔を思い出す。
家族写真は、また形が変わって三人になった。でも、もう一つの家族みたいに大事な紅月と、アイドルの仲間と。俺の幸せな写真は増えていって。そんな想い出を詰めたアルバム、絶対見せに行くから。
だからさ。だから。……申し訳ないって気持ちは消えなくても。
「俺ぁ幸せ者だよ」
これだけは堂々と言える。ろくでもない息子だったけど、産んでくれてありがとうって。俺、まだまだこいつらと一緒に、たまにはこんな馬鹿しながら、これからもやっていきたいんだって。
今ならそう思えるから。
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