子供の頃は誕生日が来るのが待ち遠しかった。親に連れられて行ったデパートの玩具売り場で、幾つもの棚に並べられたたくさんの玩具に囲まれて、目を輝かせてプレゼントを選んだ頃。それから夕食には自分の好物が並んでいて、メッセージプレートと歳の数だけ蝋燭の乗ったケーキが出てきて、家族みんなでお祝いしてくれた。
学生になる頃には、そこまで重大なイベントでもなくなった。一つ歳を取ったからといって、昨日と今日で大きく変わるわけでもなく、ただの日常が流れていくことを知ったから。それでも家族からは相変わらず、プレゼントやケーキと共に祝って貰えたが、多少の嬉しさはあれど幼少期ほどの感動もなかった。
そしてアイドルになってからは、逆に強く意識するようになった。誕生日はインタビューだったり撮影だったり何かしらの仕事があるからだ。なにより、家族だけではなく、アイドルの仲間たちやファンたちからもお祝いを貰うようになったというのが大きな変化だった。その一つ一つが嬉しくて、かけがえのない宝物になっていく。
今年も誕生日当日は、朝から仕事だ。ESビル内だけで終わるが、寮に戻るのは夕方頃になるだろう。
仕事の合間に少しずつ、直接送られてきたメッセージや、SNSでのファンのコメントなどを見ていく。追い切れなくなりそうなくらい多くの人が、自分の誕生日を祝ってくれている。胸の奥が温かくなって、自然と口元が緩むのを感じた。そして、ふと視線を感じて表情を引き締める。
「……なんだ、プロデューサー」
「次の撮影の準備が出来たので呼びにきました」
伝えられた内容は業務連絡だったが、その表情はまったく内容と合っていない。なんだ、その、保護者かなにかのような生ぬるい笑みは。という不満を露わにしていると、プロデューサーは何も言わずとも正確に読み取ったらしい。
「いいじゃないですか、誕生日くらい。今日の蓮巳先輩、良い表情だって撮影スタッフも褒めてましたよ」
「仕事なのだから当たり前だろう。まったく」
あまり気の緩んだところを見られるのは不本意だが、彼女も悪気があってのことではない。それに、今日会って早々に祝いの言葉もくれたのだから。
「さあ、行くぞ」
プロデューサーはアイドル全員の誕生日イベントを仕切っているから、慣れているだろうが。あとは仕事ぶりで返すべきだろう。
その後の仕事も順調に終えたが、プロデューサーやスタッフたちと話をしているうちに、少し遅くなってしまった。星奏館へと帰る頃には陽も沈みかけていた。
玄関に入ると、キッチンの方から賑やかな声が聞こえてくる。いつもこの時間は少し早めの夕食を摂っている者や準備をしている者などがいるが、今日は耳慣れた声があった。声をかけようとそちらに向かおうとした瞬間。
「蓮巳殿!」
満面の笑顔と弾むような声が飛び込んでくる。ひょこりと姿を現した神崎が、尻尾をブンブン振って喜んでいる犬のようで、少しだけおかしくなった。私服だけれどエプロンを着けているから、何か作っていたのだろう。
「ささ、どうぞこちらへ」
神崎を追って中に入ると、コンロの前には同じくエプロン姿の鬼龍が立っていた。
「おう、お疲れさん」
何か鍋を掻き混ぜながら、顔だけこちらに向けて労いの言葉をかけてくれる。
テーブルの上を見てみると、何種類もの料理が並べられていた。それから、飾り付けや何かの作業をしている者たちが数名。守沢、伏見、姫宮、衣更、紫之、というメンバーだ。
鬼龍には、今日は真っ直ぐ帰って来るように言われていたから、三人で食事をするのかと思っていたのだが違ったらしい。予想外のことに困惑しながらも、鬼龍の方に近づいて小声で訊ねる。
「どうしたんだ、これは。随分豪華だな」
「今日は旦那の誕生日だろ。だから神崎と一緒に用意したんだ。他にもここにいる奴らが手伝ってくれてよ」
鬼龍はしれっと言うけれど、食堂はこれから立食パーティーでもするのかという状態だ。
大皿のサラダの他は、麻婆茄子、甘辛いソースの添えられた唐揚げ、白身魚や野菜などの天ぷら、海老と鶏の二種類のチリソース、アラビアータ、だし巻き卵、などなど。和洋中様々だ。
「ところで、このメニューはどういう基準なんだ」
「今日は蓮巳殿の誕生日であるからな。今まで我と鬼龍殿が作った中で、蓮巳殿が好きそうなものを選んだのだ」
確かに料理をよく見てみれば自分の好物が多い。しかし、全部が全部ではないようだ。鬼龍が掻き混ぜている鍋の隣にあるフライパンの中身、サイコロステーキには首を傾げる。
「……これは貴様の好きなものではないのか?」
「堅いこと言いなさんなって。良い肉が半額だったんだよ」
人の誕生日祝いにかこつけて自分が食べたかっただけなんじゃないか。……とは、後輩たちもいる手前言わないでおくが。
「みんなで食うから、辛さは控えめにしてあるぜ。主役なのに悪いが、ソースとか唐辛子で調整してくれや」
「ああ、ありがとう」
自分の好む辛さが他の者に合うとは限らないのはわかっている。どれも美味しそうだが、全部自分仕様にされても食べきれないから、この方がありがたい。
こちらに近づいてきた伏見に、神崎が料理の乗った皿を渡した。白身魚を使ったカルパッチョは、神崎が魚を捌いて作ったものだろう。
「途中からですが、わたくしも手伝わせていただきました。敬人さまにはお世話になっておりますので」
「ボクも手伝ってあげたんだからね!」
伏見の隣で姫宮が胸を張る。日頃から料理をしているだろう伏見はともかく、姫宮まで、と驚いていると、伏見がサラダの大皿へと視線を送った。テーブルの上で一際大きな皿に乗せられたサラダは、具材の入ったマッシュポテトとブロッコリーの上に、星形にくりぬかれたチーズが散りばめられている。それから、隣にある野菜サラダのパプリカも型抜きがされていた。そこから姫宮に与えられた役割を理解して、頷いた。
「なるほど、見た目も華やかで美味しそうだ」
得意げにしていた姫宮も、褒められて嬉しそうだった。後輩のそんな表情が見られるのなら、悪い気はしない。
続いて、少し離れた所から声を掛けてきたのは守沢だった。
「俺は飾り付けの方を手伝った! どうだ、蓮巳」
「どうだ、と言われても、幼稚園の誕生日会みたいになっているが」
テーブルのまわりや壁に、折り紙で作った輪飾りや、動物や星、花などが貼られている。一つ一つは上手いが、統一感はあまりない。
「急だったからな、すぐ用意できそうなのがこれくらいしかなかった!」
誕生日自体は当然急ではないし、クラスメイトだったからか守沢は毎度祝ってくれているが、それにしたってこんなことをする予定ではなかっただろう。俺も知らなかったのだし。それでも、自分の為に用意してくれたのだから、その気持ちはありがたく受け取っておく。
「そうか、ありがとう」
「メダルも作ろうか、本日の主役☆」
「それは要らん……」
金色の折り紙を掲げる守沢に、明確に拒否を示す。そんなものをつけたら本当に幼稚園児みたいになるではないか。度し難い。思わずため息をつくが、守沢はあっけらかんとして笑っていた。
「ぼくはみなさんにお茶を用意しました」
テーブルの端には、ホットティーのポットとカップ、アイスティーのポットとグラスが並んでいる。
「紫之、いつもありがとう」
「お料理に合うと良いんですが」
そう言うが、いつだって相手のことを考えて淹れてくれているのは知っている。
衣更が、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「俺は来たばっかりで食器を出したくらいなんですけど」
「仕事も生徒会も忙しいだろうに。来てくれて嬉しいぞ」
「蓮巳先輩の誕生日ですから」
衣更とは、ユニットとしては敵対することもあったが、なんだかんだ生徒会で長く一緒に過ごした戦友という感じだ。姫宮や伏見もだが、生徒会に居た頃の目の回るような忙しさは大変だったが、後輩たちと過ごした日々は懐かしくもある。
「よし、これも完成だ。熱いから気をつけろよ」
神崎が鍋敷きを用意し、その上に鬼龍がずっと作っていた最後の料理が鍋ごと置かれる。
何を作っていたのかと思えばビーフシチューだ。特に好物、というわけではないのだが、寮に入ってから鬼龍が初めて振る舞ってくれたのが、今まで食べたどのビーフシチューより美味しく感じて、褒めちぎった気がする。本人は『いや大げさだな、普通に家で作ってたようなやつだぞ』などと謙遜していたが。きっとそれを覚えていたのだろう。
この寮にきてから、何故か俺の食生活を心配した鬼龍や神崎に食事に誘われる機会が多かった。二人が作ってくれたものはどれも美味しかったし、嬉しかった。実際、一人だったら社員食堂に頼り切りだっただろう。仕事の都合もあるし外で済ませることも多いから、そうしょっちゅうではないけれど。それでも、こうして俺の好きなものや、美味しいと伝えた言葉を覚えていてくれるくらい、一緒にいてくれたのだ。
「結構用意したし、もう少し増えても大丈夫だろ」
まだ仕事などで出払っている連中も多い。多分寮内にいたら、英智や朔間さんもここに居た気がするし。
神崎が刺身の盛られた大皿をテーブルに追加し、最後に冷蔵庫から大きなケーキを二つ取り出してきた。一つは生クリームと苺の定番のホールケーキ。もう一つは抹茶だろうか、緑色のケーキにチョコレートの飾りがついている。
そして神崎が苺の方に蝋燭とプレートを乗せて、鬼龍が着火ライターで火をつけた。それから、みんなで定番の祝いの歌を贈られる。
アイドル達の重なる歌声に、豪華なバースデーソングだな、とどこか冷静な自分が思う。
……学園生活は、決していいことばかりではなかった。泥に塗れて藻掻くような、そんな想いもしてきた。それでも。色んな形で繋がった縁が、自分の為にこうして集まって祝ってくれる。それは、学園を卒業し新たな生活となった今になって、過去の自分を少しだけ肯定してくれるような、そんな気もした。
揺れる蝋燭の火を吹き消すと、わぁ、っと歓声があがる。そんなに盛り上がられるとなんだか恥ずかしいではないか。でも。
「……ありがとう、本当に」
感傷、というのか。……泣いたりはしないが、俺としたことが言葉が上手くでてこない。
そうしていると、背中に強い衝撃が来た。
「っ、た!」
「ほら旦那、何から食うんだ? みんなも好きなの食ってくれや!」
鬼龍に背中を叩かれたのだと遅れて理解し、項垂れる。いや、叩いたというほど強くしたつもりはないのだろう、きっと。しかし。
「貴様、力が強すぎるだろ……」
「悪かったって」
今度はじわじわとわずかな痛みを訴える背中を擦られる。フォローしてくれたつもりなのだろうが、もう少しだけ加減してほしかった。まあ、鬼龍らしい、とも思うが。
「ささ、蓮巳殿、遠慮なく!」
鬼龍とのやりとりの間に、神崎が色々と取り分けてくれたらしい。皿を受け取って、礼を言う。他の者たちも、それぞれ楽しんでいるようだ。
それからの数時間、ずっとキッチンは賑やかだった。途中で何人か人も入れ替わって、自分が思うよりずっと多くの者たちが祝いの言葉やプレゼントを届けてくれた。
大量に見えた料理も綺麗に無くなり、最後まで残っていた鬼龍と神崎が片付けをしている。俺も手伝うと言ったのに、主役は座ってろと茶を出され二人が動いているのをただ見ている羽目になった。
「どうだったよ、俺たちからの誕生日祝いは、なんてその顔見たら聞くまでもねぇか」
「人生で一番幸せな誕生日だったと思うぞ」
「そうかよ。でもまた更新してやるからよ」
「うむ、来年も再来年も、我らは蓮巳殿をお祝いしたい!」
片付けながらも、二人は楽しそうにしている。
「つぅかよ、本当は神崎の誕生日ももっとちゃんと祝ってやりたかったんだけどな」
「そうだな。神崎の時は引越してきたばかりで何かと慌ただしかったからな……」
四月の神崎の誕生日の時は、夜に三人で近くの寿司屋で食事をして、昼の内に買っておいたケーキでお祝いしたのだが。あまり凝ったものを用意する時間がとれなかったのだ。
「我は三人で過ごした誕生日も嬉しかったのである!」
「次の誕生日にはこれくらい準備できたら良いんだけどな」
「その前に貴様の誕生日があるだろう」
「そうだなぁ。旦那の手料理楽しみにしてるぜ」
「俺も作るのか!?」
本気なのか冗談なのか、ニヤリと笑う鬼龍に、神崎は頷いた。
「それは良い『あいでぃあ』であるな! 我もその時は鬼龍殿の為に腕を振るおう」
なんだか不安な要素もあがったが、約束ともつかない未来の話を心に留めておく。
片付けを終えたタイミングを見計らって二人の間に入り込み、それぞれの肩に腕をまわして引き寄せる。
「……今日は本当にありがとう。それから」
愛している。もう一つの家族のようになったこの二人への、素直な感情。
くすぐったそうな二人の笑い声に、また明日からも頑張れる気がした。
祝ってくれた他のアイドルたちにも、貰った分を返していけたらと思うけれど。何よりもこの二人と、ずっと、ずっとこの先も一緒に過ごしていきたい。
鬼龍の誕生日も、神崎の誕生日も。……また、来年の俺の誕生日も。そう強く願うのだった。
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