John
2023-09-05 18:24:26
2524文字
Public 武新
 

艶書と遺髪

武新。生前の新兵衛の死に触れる内容ですが、カルデア時空でオチが付きます。
イゾーさんの素人あいまい土佐弁あり。

懐紙 かいしを広げると、一房 ひとふさ、見慣れた赤毛が元結 もとゆい しばられて包まれていた。

薩州 さっしゅうの奴らが気いまわして、わしらが新兵衛の死に顔も見んままに埋葬 まいそうしてしもうたからって」
「そうか」

武市瑞山は岡田以蔵から言われて。
ずいぶん細く小さく感じる義弟の遺髪 いはつを、無表情のまま指でつまみ、じっと見ていた。
以蔵はそんな武市の正座している膝元 ひざもとに、すっと書簡 しょかんを差し出した。

「悪いが、中身は見た」
宛名 あてながないのだろう、別段 べつだん仕方 しかたあるまい」
……

以蔵はそこで何故か、押し だまって眉をしかめてから。

「ともかく、両方おまんに渡すんがええと思うたき。もっちょけ武市」

と言うと、渡すものは押し付けたという風に、そそくさと去って行った。
心中は複雑な思いが渦巻 うずまいているに違いない。

遺髪を懐紙に戻すと、武市は一人の部屋で書簡を開く。
蛇腹折 じゃばらおりになった手紙は艶書 えんしょだった。
なんだ、彼も人並みに、遊女との遊びか芸妓 げいこ懸想 けそうかわからないが。
ともかく想う女性 にょしょうの一人や二人いたのか。
と、武市は あきれるような笑うような心持ちになった。

書簡は生前、新兵衛が大事そうにしていた私物 しぶつらしい。
風雅 ふうがな文字のさまで一見、彼の容姿と結びつかないが、武市には新兵衛の字だと確信できた。
書き上げてから送らず、手元に何故か置いていたという話だった。
懸想文 けそうぶみといって艶書に見立てた縁起物 えんぎものを売る商売も京にはあるが、新兵衛はそういった縁起物を頼る性根とも思えず、文面 ぶんめんも本当に恋文の様子で。
武市は己が彼を死に追いやったという罪悪感や、もう彼がいないという さびしさだけではなく。
好奇心も湧くことを抑えられず読み進める。

相手はずいぶん、見目麗 みめうるわしい女性のようだ。
容姿が言葉を尽くして褒められている。
胸の高鳴りが伝わってきそうなほど、惚れ抜いているようで。
しかし、遊女ではなく身分ある相手なのだろうか。
りんとしているだの、教養があるだのと、高貴な相手への懸想を伺わせる崇敬 すうけいじみた手触りがある文章だった。

代筆ではなくこの文は直筆だが、高氏 こうしの文が如く開けずに庭へ捨てられるべきものだとも、最後には書いてあった。
武市は驚いた。
新兵衛の懸想した相手はどうやら人妻 ひとづまらしい。
高氏の文が開けずに庭に捨てられた、とは、高師直 こうのもろなおが人妻の美貌 びぼうを聞き、兼好法師 けんこうほうしに艶書の代筆を頼む話のことだろう。
であれば、この宛名の無い艶書の空白を埋めるのは人妻の名だ。

あの表面上は硬派で薩州の気風然と女子 おなごにうつつをぬかさなかった男が、まさかそんな秘めた恋をしていたとは。
だが、それなら宛名を書かず新兵衛がずっと ふところに仕舞っていた意味も判る。

武市はふと思い出す。
新兵衛が生きていた頃、元は商家で奉公をしていた新兵衛の書く字が余りにも綺麗なものだから。
代筆業としても仕事を取れるのではないかと持ち上げ半分からかった事がある。

「私に恋文の代筆などという風流は出来ませんし、遊女が欲得尽くで出す、嘘の惚れたの腫れたのだのの手紙は関わりたいと思わんです。勘弁して下さい、先生」

新兵衛はそう答えた。
そんな彼の手紙だ、なんの遊びもなく余りに真実の恋だろう。

同時に武市は、手紙の真摯さに、何か新兵衛に裏切られたような、もはやどうしようもない瀬無 せなさが胸中にいてい回った。

翌日、武市は新兵衛の遺髪と手紙を焼いた。
手紙の相手を探したところで詮無 せんない事だと武市は思った。
自分の所にこれが来たということは、縁者 えんじゃの己なら手紙の宛先に察しがあり、その相手に遺髪も渡せるという見込みかもしれないと武市は思ったが。
何も存在しなかったことにした方がいいように思えてしまったのだ。
以蔵には持っているとも焼いたとも言わなければそれでいい。

それから、武市はそんな事があったというのを意識の外に置きっ放しにするような忙しい人生を駆け抜けた。