John
2023-08-22 00:59:45
3154文字
Public 武新
 

海ピクとは?

武新。ワンドロに投稿したものです。
現パロ。
武市と新兵衛が社会人です。


濃い森林と岩礁帯 がんしょうたい
緑の そでを持ったスレートグレーの手が、紺碧 こんぺき白亜 はくあの宝石を抱きこむような。
それ自体が秘められた夏の宝石という具合の砂浜に、武市と新兵衛の姿はあった。

二人が立つ砂の上には、六角形の布が二本のポールと各頂点から張られた つなで支えられ、日陰が作られている。
それは見ようによっては、亀が両手足と首と尾をぐっと伸ばして日向ぼっこでもしているような様で張られていた。

「ヘキサタープは一人で張る事もできるんですが。やはり二人の方が早く綺麗ですね。海水浴場によっては禁止されている海岸もありますが、ここは整備された遊泳用 ゆうえいようの砂浜ではないですので」
……
「釣りも、し放題です。土日には先客が多いですが、私とっておきの穴場で、大物狙いの岩場ではなく浜なので貸切ですね。読み通りだ。先生、釣りのご経験は」

武市は、ビーチパラソルではなく布が張られて出来た日陰に、すでに組み立てられた折りたたみテーブルと椅子と、新兵衛が担いでいた大きなクーラーボックスが置かれているさまをぽかんと見ていたが。
はっと現実に戻って来た様子で新兵衛に答える。

「無い、いや。一度上司にヘラブナ釣りへ連れて行かれた事が」
「あまりいい思い出ではない?」
……なぜ判るんだ、とんでもなく大酒飲みの上司だったが飲めないと言ったら連れて行かれて」
「やれ高価な竿の自慢だの、この針は返しが付いていなくて、君は剣道も たしなむのだろうこの釣りの極意は云々蘊蓄 うんちく
「その通りだ! 田中君!」

武市はわっと顔を両手でおおった。
今日は彼にしては珍しく、動きやすい長袖Tシャツにジーンズで、バケットハットを被って新兵衛が用意した釣り用の手袋をしている。
そんな恋人の様子に新兵衛は、声を上げて爽やかに笑った。

「まあ、アレはあれで良い所もあるんですが。……先生の試合にはよく付いて行きますが、私のほうがこういった事に誘うのは初めてですね。海釣りは全く別物なのでご安心を」

そう言うと、竿袋から竿を取り出し。
リールを付けて竿のガイドにテグスを通し。
新兵衛は素手でテキパキと おもりの付いた仕掛けをセットする。
彼はサンバイザーをして、七分丈の赤いVネックシャツ。
下半身はベージュで七分丈のカーゴパンツだった。
シャツはマッシブな筋肉質の上半身にぴっちりと張り付いて、既に胸元は汗で濡れている。

リールの糸を出しながら竿が伸ばしきられるさまを武市は見ていたが。
遠投用の、長大で重く、穂先がしなやかな竿は。
思いの外、武市には巨大に見えた。

「そ、それをどうするんだ」
「先生、少し離れていてください」

武市は新兵衛の指示に従って、距離をとる。
新兵衛は長竿を肩に担ぐように穂先を後ろへ倒し。

「ッ……キェエエエエエエェエエエ!」

とんでもない叫び声とともに数歩踏み込んで、竿を縦に振り切った。

「!!?」

武市は流石にびくりと驚いて硬直する。
新兵衛は平然とリールを少し巻いて、アタリがわかるように糸を張りつつ。

「ふむ、まあまあじゃ。藻場 もばは避けた」

などと言っている。

「あ、あの。たなかくん……?」
「は、武市先生。あいすい……お聞き苦しい声を、申し訳ございません」
「い、いや。魚は逃げないのか、釣りだろう」
「今日は遠投ですので……どうにも掛け声があったほうが気合が入って、ですね」
「そうなのか」

少し気恥ずかしそうに、新兵衛は砂浜にロッドスタンドを刺して固定し、角度を持たせて竿を置く。
それから。

……今日は武市先生に楽しんでいただく」

と呟いて、放置していても魚が掛かった事が判るように、竿先に鈴を付けた。

新兵衛は自分の竿はそのまま置いておく構えで、もう一つの小柄な初心者向け万能竿に仕掛けを付け始める。
そう時間もかからず、新兵衛は先ほどより小ぶりな竿を準備し終えて、武市を招く。

「では、今から投げかたをお教えします」

武市より大柄な新兵衛は、竿を持った武市の手に、背後から抱きつくような形で手を重ねた。
そしておもむろに、自分から武市の ほほに軽く己の唇を重ねる。
そんな事をしておいてから、自分の行動に新兵衛は照れはじめた。

「今日は、キス釣りですので。願掛けです」

なんだ、軽いキスより凄い事を普段しているというのに、珍しく彼から積極的な行動をして来たと思えばなんと可愛らしい。
このデートが終わったら普段通り存分に愛してやろう。
武市は、新兵衛を抱き潰してやりたいような気持ちを覚えつつグッと堪えて。
気になっていた事をついに述べる。

「ふ……ところで田中君」
「何でしょう」
「これは……果たして、ピクニックなのか?」

もっとも重要な前提条件が失念されているかもしれない事を指摘され。
新兵衛はそこに、今、思い至ったという様子で、はっと目を見開いて止まった。