ところで我が氷河高校野球部寮ではひとつの伝統として、誕生日のおかずは通常の二倍となった。メニューはもちろんいつも通りに巡っていくから、己の誕生日に好物があたるとは限らない。なんなら苦手な食べ物がいつもの二倍皿に盛られる可能性もあるわけで、誕生日が近づくとみな一様に天に祈った。「誕生日に嫌いなメニューがきませんように。できれば俺の好きな肉がきますように」と。当たり前だ。せっかく山盛り食べるのならば、好きなものを腹いっぱい食いたいに決まってる。凡人のささやかな祈りを誰も馬鹿にできないだろう。
でも、桐島さんはたぶん祈ったりしない。だって、誕生日にはちゃんと唐揚げが出るからだ。なんせ、この寮で桐島さんのことを恐れない人はいないし、桐島さんのことを好きじゃない人もいなかった。部員だけじゃない。コーチだって、寮監の方たちだって、面白くて野球が上手くてリーダーシップがあるあの人のことが大好きで、食堂のおばちゃんたちにもモテモテだった。まあ、イケメンなんだよな。だから、桐島さんの誕生日には肉が出る。それも美味い肉が。そして次の土曜日は桐島さんの誕生日だ。
山盛りになったほくほくの唐揚げを前にして、桐島さんは「あげへんで?」と胡散臭い糸目で笑う。そんなことをわざわざ言わなくても誰もこの人から奪うことはできないし、そんなことは思いもしない。もちろん桐島さんは俺たちが唐揚げを取る気がないのはよく分かっているのだけれど、俺たちが祝いの言葉を述べながら、食欲に勝てなくて口に涎をいっぱい溜めてるのが嬉しくて仕方がないんだろう。だからわざわざ注意するのだ。「あげへんぞ?」と。本当にいい性格をしている。そして場の盛り上げ方を分かっている。俺たちがこの人を担がないといけないのに、結局この人がこの場の賑やかさを作り出している。氷河の帝王は永遠に桐島さんだ。
昨年だったら、寺門さんや九条さんたち先輩たちが、「ずるい」「分けろ」「獲るぞ」と大騒ぎしていたのだが、今年はほとんどの先輩が秋には退寮してしまっていたから、この人はこうやって後輩と笑いながら、唐揚げを自席に運んでいた。
彼が席につき、いざ箸を手に取ったその時だった。
入り口がざわざわとして、大声が響いた。全員、球場の端から端までくっきり聞こえる球児ボイスだ。
「桐島、そんな、けちなこと言うなよ」「おかず二倍も食べねえだろ」「今日は絶対唐揚げだと思って来た」。大きな体の三年生たちが口々に言いながら、桐島さんのそばに寄ってくる。呆気にとられた桐島さんの目の前で、九条さんは本当に唐揚げをつまみあげようとするので、桐島さんは焦って皿を抱えた。
「あほ!やらんわ!」
「祝いたいだけじゃん?」
伸びてきた手を桐島さんは皿を抱えたままするりと避けた。試合の時でもあそこまで華麗な身のこなしはなかなか見れない。
「祝うんちゃうやろ!カツアゲやん!」
嬉しそうな狐目になった桐島さんは、飲むように唐揚げを胃に流し込む。すげえな。あんなにあった唐揚げが。
「はあ…………」
肩で息をしながら手の甲で口を拭う桐島さんは、相変わらず糸目だったが、ひどく満足そうだった。
「デザートいるよな?」
寺門さんはたくさんある歯を光らせながら、机の上に水色のアイスをばらまいた。わっ、と食堂中のみんなが華やぐ。
「桐島は2個な、誕生日だし」
「俺の誕生日なんやから、全部俺のやろ」
「馬鹿なこと言わないで後輩にもあげればいいじゃん」
「ほなら、せめて、三個にしてや」
「桐チャン、なんの交渉人なの?」
ゲラゲラと笑いながら、食べながら、みんなで騒ぐ。騒ぎすぎて食べながら馬鹿でか声でハッピーバースデーの歌を歌ってたら、寮監の先生に怒られた。
「おまえら、うるせえぞ!」
みんな焦って食堂を出て、誰も何も言わなかったのに全員一緒に練習場まで走っていった。
笑いながらみんなで球を投げる。
十八歳になった桐島さん。
春がきたら、もうここにはいない。
だけど今はみんなで一緒にいられる。
球を投げる。受け取る。また投げる。誰も何も言わないけれど、それが一番の祝福だと、みんな分かっていた。
〆
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