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蜂宮
2026-01-24 20:43:35
3696文字
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ルキルキオンリーのバレンタインデー用の🦎🦎
結晶体×実験体。
いざ考えてみたらめちゃくちゃハマってしまってこういうものを沢山書いていきたいなと思った。
砂糖とカカオをたっぷりと使った菓子が入った小綺麗な箱を光に照らす。
包装から微かに漏れる甘い香りに目を細めながら、結晶体は目の前の扉を凝視する。
中にいるのは彼とよく似た結晶を体に点在させた青い鱗を持つ同種の青年だ。
とは言っても、その実結晶体は彼を若かりし頃の自分、もしくはその感性と記憶を微かに引き継いだ半別個体という認識でいる。
そんな彼に内緒で本日結晶体が用意したのがこの、チョコレートという菓子だった。
世間はバレンタインだなんだと盛り上がり、菓子会社の陰謀だとすら思える勢いでチョコレートが売れている。
結晶体はその様を呆れたように毎年眺めていたのだが、今年ばかりは少々事情が変わってしまった。
病院の地下、ゴミ山に放り投げられるようにして廃棄されかけていたあの個体は、結晶体の甲斐甲斐しい世話のおかげか虫の息だったものが奇跡的に回復し、今では会話すら可能になっている。
実験体、という名前ですらない呼び名だけが与えられていた青い蜥蜴は確かに結晶体の記憶の中にある元の体そのものだった。
手にある鱗の剥がれた位置や、動かしにくそうに右脚を引きずる仕草にも結晶体は覚えがある。
鱗は痛みに耐えるために己で剥がした。右脚は、逃げ出そうとした際に医者に折られた。
その特徴をそのまま有している以上、体は間違いなく結晶体のものだ。それが、結晶体とは別の意識が宿って動くという荒唐無稽な状況は最初酷く彼の頭を悩ませていた。
それも、微かに同じ記憶を共有する以外は何も、それこそ自分の事すら覚えていない彼のまっさらな状態を知ってからは取るに足らないことへと変化した。
如何に結晶体がその頭脳を持ってして考えて、体に宿る精神が入れ替わっただけなのでは?という過程へと辿り着いたところで現状は何も変わりやしない。
体を元に戻す事も出来なければ、彼にそれを説明する義務もない。寧ろ、生命の尊厳を踏み躙るような実験の末にこうなった等と知らない方が幸せなのだ。
よって、結晶体は事実をほぼ確信しつつも口を噤み、実験体に伝えていない。
彼にとって結晶体は、健康管理と衣食住を保証する保護者のような立場に収まっていた。
…
本人は「弟みたいだ」等と宣っていたが、結晶体はその言葉の意味を努めて考えないようにしている。
とにかく、そんな相手が待つ部屋に、結晶体は帰還しようとしている。去年までの自分では絶対にありえないような物を手に持って。
「
……
ただいま。」
「あァ、おかえりなさい。
…
今日は随分と遅かったな、なにかトラブルでも?」
「いや
…
別に。」
自室の扉を開けた先には、結晶体よりもふた周りは小さな魔トカゲの個体がいた。
ベッドへと丸まりうたた寝をする姿は蜥蜴と言うよりも人間に近い動きだ。そして、声をかけてやればパッと顔を上げて尾を軽く揺らす。
分かりやすく、それでいて昨日よりも幾分体調も良さそうだ。
昨晩は高熱を出した実験体に縋られて結晶体はほぼ一睡も出来なかった。
「ほら、土産だ。」
ベッドに座る実験体に向かって右手に持った箱を投げて渡す。
慌てた様子でそれを受け取った実験体は、何度か瞬きを繰り返した後に首を傾げた。
「
…
これは?なんだか甘い匂いがする
…
」
「チョコレートだ。今日はバレンタインだろう。私は別に浮かれているわけではないが、普段あまり大したものを食べさせてやれていないからな。これくらいの贅沢は許されるだろう。食べても毒にならない事は、私が試食して試しているから大丈夫だ。」
実験室で別のもっと小さな箱に入ったチョコを数個、結晶体は事前に食して確かめていた。
チョコに毒が入っているかではなく、魔トカゲとしての体内に果たしてチョコが有害ではないかを調べる必要があると思ったからだ。
実験体は窓を開けて2時間ほど外の風に当ててやるだけで風邪を引きそうになる程の病弱っぷり。
とてもじゃないが、毒味をしてからでないと渡せない。
そう思った結晶体が先んじて試すのは自明の理であった。
だが実験体はそんな結晶体の言葉にギョッとしたように目を見開いて手元の箱と結晶体を交互に見比べる。
「
……
わざわざ私のために?それに、毒に犯されるかの実験なら私の体でやれば良いのに
…
」
それが本心から出た言葉であると、伏せられた瞳と絞り出すような声で理解できてしまう。
実験体にとって、己の体は結晶体の研究や生態を調べるための研究資材に他ならないと、今でもまだ心のどこかで思っている。
それが結晶体には我慢ならない。過去がなんであれ、始まりがなんであれ、今の彼は結晶体にとって居なくてはならない存在だ。
愛着だとでも執念だとでも、妄執だとも構わない。
「実験体を守り傍に置くこと。」
それが今の結晶体にとって最重要事項だった。当然、苦しませず幸福に。
そんな相手が自分の身を蔑ろにするような発言をした。その事実に結晶体は思わず盛大に顔を顰めてしまう。
「
…
あっ
…
」
その反応で実験体も自身の失言に気が付いたらしい。
慌てたように手元と結晶体の方を見ては、渡された箱の包装を解いて中身のチョコを躊躇いなくひとつ咥える。
最近の実験体は結晶体の出す食事になんの警戒心も抱かなくなった。あの施設での悪夢のような記憶が、結晶体との共同生活で上書きされ始めているという何よりの証左である。
おずおずと顔を近付けてきた実験体は、そのまま結晶体へとチョコを口移しで食べさせてくる。
鋭い歯と舌がチョコを支点に絡み合う。
結晶体よりも小さい体の実験体は、そのまま彼へと縋るように両肩へと手を置いて目を閉じる。
「
…
君には笑っていて欲しい
…
。」
祈りのような、何処か必死さを湛えた声が絞り出される。
思わず結晶体が実験体の方へと視線を向けると、いつの間に目を開けていたのか上目遣いのその青い瞳と目が合った。
反射的になのだろうか、実験体の表情が綻び嬉しそうにゆらゆらと尾が反応する。
己の表情が締まりのないものになっているという自覚があった結晶体は、ふい、と顔を背けるものの、その態度と実験体と同じようにゆらゆらと揺れる尾が彼の動揺と幸福を如実に表していた。
「
…
一緒に食べたい。君と、こうしてくっ付いたままで。」
「私は甘い物は好かないのだが
……
」
「結晶体。」
「
…
分かった、そんな顔をするな。飲み物はいるのか?」
その細腰を掴んだ結晶体はベッドへと実験体を座らせ、簡易キッチンへと向かう。
「
…
本当は恋人に贈るものなのでは?」
「お前はそれが本命のチョコだと思うのか?」
「あァ。だって
……
好きでもないものを手間暇かけて用意してくれるのも、体に悪くないか調べてから持ってきてくれるのも、君の愛だろう?」
否定はできない。無理矢理しても良かったが、きっと実験体には筒抜けなのだろう。
そう思った結晶体が無言を貫くと、それをどう受け取ったのか実験体はチョコを一摘みしてもう一度舌に絡める。
「チョコは苦手でも、私はどうなんだい?」
「
……
好きだとも。食べてしまいたいくらいに。」
ヤカンを火にかけ、誘うように舌を伸ばしている実験体の方へと足早に歩く。
…
あァ全く、随分と誘うのが上手くなってしまった。誰のせいなのやら。
◆
満足気に左右に揺れる実験体の尾が時折引き攣るようにその動きを止めるのを横目に見ながら、結晶体は擦り寄ってくるその身体を抱き寄せ舌を巻き付ける。
甘い味が舌を伝ってくる度に、結晶体の中で熱に似た衝動が膨れ上がる。
チラリと盗み見た実験体の隣には、すっかり中身を減らしたチョコの箱が転がっていた。
「
…
ん、ゥ
…
」
ギュッと実験体の舌を引っ張るようにして刺激すると尾と共に腰や肩が跳ねて、それがどうにも結晶体の目には扇情的に見えて仕方ない。
結晶体が目を細めて背を撫でてやると、顔を上げた実験体はキュッと尾を丸めて更に体を密着させる。感じている。結晶体がそう思うのに時間はかからなかった。
そして、考えていたよりもずっと、結晶体もその気になってしまった。
今日はゆっくりしようと思っていたのだが
……
と一瞬だけ考え、くたりと力を抜いてしなだれかかってくる実験体の喉が鳴るのを聞いてそんな思考を放棄する。
「ふ、ァ
……
んッ
…
!」
「
…
頂いてしまっても?」
「
…
っ、あ
…
あァ、君の好きにしてくれ
…
。」
恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、それでもはにかむように笑う実験体の表情は結晶体にとって何よりも欲を掻き立てられるものだった。
「
…
甘いな。」
「
……
?まァ、チョコレートはそういうものだろう?」
「そうではなくて
…
あァいや、そうだな。」
実験体の服へと手をかけて、チョコの箱へと向こうとする実験体の顔を引き寄せる。
今は自分以外を見て欲しくない。その感情が溢れてくる時点で、きっと結晶体の中にある独占欲は保護した同種に向ける量を優に超えている。
それでも良いと思ってしまうこと自体が、二人の関係性が変化し始めている証左でもあった。
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