みるく🍼
2026-01-17 12:11:21
4599文字
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硝子の揺り籠(ロザリー+クレア+ミシェル)

⚠️R15+/精神的虐待・薬物・嘔吐描写アリ⚠️

ロザリー視点で進むクレアの「おくすり」のお話。

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「いけないわね、クレア。こんな所で寝ていては風邪をひいてしまうわよ?」

ロザリーはその言葉に、頭を鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。

そして確信した。この女は、クレアの事なんかちっとも考えていない事を。
ロザリーは彼女が、クレアが、自分が、とても恐くなった。



ロザリーはそろそろ床に就こうと、薄暗く長い廊下を歩いていた。最近の夜は少し肌寒く、ロザリーの小さな足も忙しなく動く。

ロザリーが保護された教会は住居一体型で、2階にはそれなりに趣のある居住スペースが確保されていた。
憧れとは異なるがそう遠くもない。ロザリーはこの生活を、何とはなしに気に入っていた。

今日は何匹の羊と遊べるかしら? そんな事を考えていたロザリーの靴に、ふと硬いものが当たる。躓きそうになったロザリーは"ソレ"に苛立ち、蹴り上げる。敷物の捲れか何かだと思っていた"ソレ"は、

「うっ」

と呻くと、廊下はまた静かになった。

違う。"コレ"は敷物なんかじゃない。"人"だ。
心当たりは1人しかいない。いつも憎まれ口を叩き合っている、彼だ。

「__クレア? こんなところで、……たおれているの?!」

クレア。この教会の神父で、ロザリーを拾った張本人。顔はきれいなのに、口も性格も悪くて、外にはいい顔をする胡散臭い人。
何を言ったってくたばらなそうな強い人。そんな彼が、廊下で倒れている。
ロザリーは直ぐに、彼の母親であるミシェルの部屋へ向かった。

3人の部屋は廊下を進めば等間隔で配置されている。
ノックもなしに入ろうとすれば、ドアノブには鍵が掛かっていた。

「何方様?」

分かっているハズなのに意地の悪い人だ。

「わたし。ロザリー。クレアがたおれているの。早くきてちょうだい!」

カチャリと音がして扉が開けば、覗いた体を引っ張り出すように、ロザリーは彼女の腕を掴み、走った。

「貴女、気をつけなさい。これでは服が伸びてしまうわ」

「そんなこと今はいいでしょ!これを見て!クレアが!!」

倒れているクレアのもとに着き、彼女が放った言葉は。

「いけないわね、クレア。こんな所で寝ていては風邪をひいてしまうわよ?」

表情こそ変わらないが、ロザリーにはこの女が、この状況を楽しんでいるように思えた。
慈愛に満ちたように話しかけておきながら、本心では何を考えているか分からない。だって、ミシェルには、クレアがねているように見えるの?

ロザリーは衝撃と同時に彼女に失望し、何もかもが恐くなってしまった。
彼女が、クレアが、自分が、とても恐くなってしまった。


ミシェルは魔法でつい、とクレアを浮かせ、クレアの部屋へと進んでいく。
自分より重いはずのクレアが、遊園地の風船のように高く、軽く、力なく浮かんでいる様はとても恐ろしかった。

震え気味の足を誤魔化し駆け出したロザリーは初めて、クレアの小綺麗で生活感のない部屋に入った。

「そういえばもうすぐおくすりの時間だったわね。今日は少し早いけれど__手を出して」

ミシェルはクレアをベッドに座らせると、どこからか錠剤を取り出す。

クレアは震える手で、差し出された紫と白のカプセルを摘んだ。手袋をしていない彼の手はいやに青白く、細く、関節と血管が浮き出ている。

薬。もしかしたら彼は普段、強がっているだけで身体が弱いのかもしれない。少しホッとしたロザリーだったが、クレアは唇に薬を当てたところで、動きが止まった。__どうして飲まないの?

ミシェルはそんな彼の背中を摩りながら、「クレア、飲みなさい。これは貴方の為なのよ。それとも私が飲ませてあげましょうか?彼女の目の前で」と言った。

クレアは一呼吸置いてからカプセルを飲み込んだ。
ミシェルは横で、クレアの喉元をじっと見つめ、嚥下を確認すると、目を細めて彼の喉仏に触れ、そのまま頬に両手を添えた。そうして作り笑いで自分の額を、彼の同じそこに当てた。

「クレアはいい子ね。また明日。お休みなさい」

音も無く閉められた扉。部屋に沈黙が訪れる。

クレアはスっと立ち上がり、ゆらゆらと静かに震えていた。
腕を抱え、ネコ耳はイカのようにピンと張り、普段服の下に隠れて見えないふさふさの尻尾も、今は体の内側へとすっかり縮こまってしまっていた。

ロザリーが声をかけようと口を開いたところで、クレアは更に大きく震えだし、膝から崩れ落ちて蹲った。

ロザリーは見た事もない彼の姿にただ純粋に恐怖した。顔が引き攣り喉からヒ、と声が漏れ出た。
本当は今すぐ逃げ出して暖かい布団に入りたい気持ちを、苦しむクレアが発する現実の音で上書きした。

ロザリーはクレアの顔を覗き込み、何となく背中を摩ってみる。
ロザリーがかつて、ママにやってもらった事。熱が出て苦しい時、摩ってもらった背中がじんわりとあたたかくて、気持ちが良かったから。
そして、こうでもしていないと、自分自身も壊れていきそうだったから。

彼の背中は、血が通っているとは思えない程に酷く冷たかったが、ロザリーはその事実を摩擦熱で誤魔化した。

クレアの呼吸は速く、荒くなっていき、歯を食いしばっては口を開け、金魚のように口をパクパクさせていた。………過呼吸だ。
次第に舌が飛び出し、唾液で床がべちゃべちゃになる。
目は固く閉じられているが、睫毛の根元が若干湿っているように見えた。

ロザリーが彼の背中を摩り続けていると、やがて 「ェポ」 という音と共に、胃の中の物が吐き出された。
薄く黄ばんだ粘り気のある液体は白く泡立ち、クレアの夕食であったスープの豆が、コロコロと床を転がっていく。
ロザリーが思わず後ずさると、クレアは続けて二度、三度と吐き出した。

吐くものもなくなりやがて目を開けたクレアは、どこを見ているようで見ていなかった。

「ね……ねぇ!あなた、大丈夫?」

怖い、恐い。ロザリーはその言葉をかける事で精一杯だった。
しかし、彼の耳にロザリーの声は届いていない。

「ねぇ!おねがい!目をさまして!おねがい

クレアの肩を掴み、無理矢理にでも揺さぶり、ロザリーは彼の回復を願った。

(あなた……あなた、いつもこういう思いをしていたの?一体、いつから……だってそんなこと、わたしには全然ッ)

ロザリーはクレアの服を、より一層力を込めて握った。

揺さぶられていたクレアは段々と意識を取り戻し、遂に「ろ、……ざりぃ……?」と呟いた。

「クレア!!」

「ろざりー……どうして、ここに……

舌足らずにゆっくりと尋ねるクレアに、ロザリーは言い放つ。

「おかしい。くるってるわよ、こんなの!」

クレアは何も答えず、ぼーっと天井を見つめている。
ロザリーは今にも泣きそうだった。

やがてクレアは、ぼんやりとした口調で、ロザリーの言葉を反芻した。

「そうだね……。おかあさまは、おかしいんだ

クレアは静かに呟いた。

「ぼくは……うまれた時から、知っている……

そう言って、クレアは力なくロザリーに微笑みかけた。いつもの胡散臭さは感じない。これは彼の、素?
ロザリーはクレアのそんな表情なんて見たくなかった。

「ねぇ、ねぇ、にげましょうよ、こんなとこ!」

ロザリーは冷たく薄いクレアの手を取ろうとしたが、クレアはそれを避け、弱々しく首を振った。

「ここ、汚いから……子供はもう寝る時間だよ。また明日ね」

ロザリーはとうとうその場に崩れ落ち、声を殺して泣き出した。

「どうして?どうしてなの!あなたのママ、おかしい!それなのにあなたは、どうして、……!」

ミシェルの支配は、クレアから"逃げる"という正常な意思さえも奪ってしまったのだ。

あぁ、嗚呼、なんて可哀想なクレア。

ロザリーの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、眼帯をも濡らした。

クレアは何も応えず、吐瀉物の片付けを始める。それ以降、ロザリーの方を見ることはなかった。


-硝子の揺り籠 END-