ロザリー視点で進むクレアの「おくすり」のお話。
👇🏻クレアの設定はコチラ👇🏻
https://privatter.me/page/68d53d4b4cc13
👇🏻ミシェルの設定はコチラ👇🏻
https://privatter.me/page/68d53dc547c15
👇🏻ロザリーの設定はコチラ👇🏻
https://privatter.me/page/68d53e2df1a7e
「いけないわね、クレア。こんな所で寝ていては風邪をひいてしまうわよ?」
ロザリーはその言葉に、頭を鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。
そして確信した。この女は、クレアの事なんかちっとも考えていない事を。
ロザリーは彼女が、クレアが、自分が、とても恐くなった。
ロザリーはそろそろ床に就こうと、薄暗く長い廊下を歩いていた。最近の夜は少し肌寒く、ロザリーの小さな足も忙しなく動く。
ロザリーが保護された教会は住居一体型で、2階にはそれなりに趣のある居住スペースが確保されていた。
憧れとは異なるがそう遠くもない。ロザリーはこの生活を、何とはなしに気に入っていた。
今日は何匹の羊と遊べるかしら? そんな事を考えていたロザリーの靴に、ふと硬いものが当たる。躓きそうになったロザリーは"ソレ"に苛立ち、蹴り上げる。敷物の捲れか何かだと思っていた"ソレ"は、
「うっ」
と呻くと、廊下はまた静かになった。
違う。"コレ"は敷物なんかじゃない。"人"だ。
心当たりは1人しかいない。いつも憎まれ口を叩き合っている、彼だ。
「__クレア? こんなところで、
……たおれているの?!」
クレア。この教会の神父で、ロザリーを拾った張本人。顔はきれいなのに、口も性格も悪くて、外にはいい顔をする胡散臭い人。
何を言ったってくたばらなそうな強い人。そんな彼が、廊下で倒れている。
ロザリーは直ぐに、彼の母親であるミシェルの部屋へ向かった。
3人の部屋は廊下を進めば等間隔で配置されている。
ノックもなしに入ろうとすれば、ドアノブには鍵が掛かっていた。
「何方様?」
分かっているハズなのに意地の悪い人だ。
「わたし。ロザリー。クレアがたおれているの。早くきてちょうだい!」
カチャリと音がして扉が開けば、覗いた体を引っ張り出すように、ロザリーは彼女の腕を掴み、走った。
「貴女、気をつけなさい。これでは服が伸びてしまうわ」
「そんなこと今はいいでしょ!これを見て!クレアが!!」
倒れているクレアのもとに着き、彼女が放った言葉は。
「いけないわね、クレア。こんな所で寝ていては風邪をひいてしまうわよ?」
表情こそ変わらないが、ロザリーにはこの女が、この状況を楽しんでいるように思えた。
慈愛に満ちたように話しかけておきながら、本心では何を考えているか分からない。だって、ミシェルには、クレアがねているように見えるの?
ロザリーは衝撃と同時に彼女に失望し、何もかもが恐くなってしまった。
彼女が、クレアが、自分が、とても恐くなってしまった。
ミシェルは魔法でつい、とクレアを浮かせ、クレアの部屋へと進んでいく。
自分より重いはずのクレアが、遊園地の風船のように高く、軽く、力なく浮かんでいる様はとても恐ろしかった。
震え気味の足を誤魔化し駆け出したロザリーは初めて、クレアの小綺麗で生活感のない部屋に入った。
「そういえばもうすぐおくすりの時間だったわね。今日は少し早いけれど__手を出して」
ミシェルはクレアをベッドに座らせると、どこからか錠剤を取り出す。
クレアは震える手で、差し出された紫と白のカプセルを摘んだ。手袋をしていない彼の手はいやに青白く、細く、関節と血管が浮き出ている。
薬。もしかしたら彼は普段、強がっているだけで身体が弱いのかもしれない。少しホッとしたロザリーだったが、クレアは唇に薬を当てたところで、動きが止まった。__どうして飲まないの?
ミシェルはそんな彼の背中を摩りながら、「クレア、飲みなさい。これは貴方の為なのよ。それとも私が飲ませてあげましょうか?彼女の目の前で」と言った。
クレアは一呼吸置いてからカプセルを飲み込んだ。
ミシェルは横で、クレアの喉元をじっと見つめ、嚥下を確認すると、目を細めて彼の喉仏に触れ、そのまま頬に両手を添えた。そうして作り笑いで自分の額を、彼の同じそこに当てた。
「クレアはいい子ね。また明日。お休みなさい」
音も無く閉められた扉。部屋に沈黙が訪れる。
クレアはスっと立ち上がり、ゆらゆらと静かに震えていた。
腕を抱え、ネコ耳はイカのようにピンと張り、普段服の下に隠れて見えないふさふさの尻尾も、今は体の内側へとすっかり縮こまってしまっていた。
ロザリーが声をかけようと口を開いたところで、クレアは更に大きく震えだし、膝から崩れ落ちて蹲った。
ロザリーは見た事もない彼の姿にただ純粋に恐怖した。顔が引き攣り喉からヒ、と声が漏れ出た。
本当は今すぐ逃げ出して暖かい布団に入りたい気持ちを、苦しむクレアが発する現実の音で上書きした。
ロザリーはクレアの顔を覗き込み、何となく背中を摩ってみる。
ロザリーがかつて、ママにやってもらった事。熱が出て苦しい時、摩ってもらった背中がじんわりとあたたかくて、気持ちが良かったから。
そして、こうでもしていないと、自分自身も壊れていきそうだったから。
彼の背中は、血が通っているとは思えない程に酷く冷たかったが、ロザリーはその事実を摩擦熱で誤魔化した。
クレアの呼吸は速く、荒くなっていき、歯を食いしばっては口を開け、金魚のように口をパクパクさせていた。
………過呼吸だ。
次第に舌が飛び出し、唾液で床がべちゃべちゃになる。
目は固く閉じられているが、睫毛の根元が若干湿っているように見えた。
ロザリーが彼の背中を摩り続けていると、やがて 「ェポ」 という音と共に、胃の中の物が吐き出された。
薄く黄ばんだ粘り気のある液体は白く泡立ち、クレアの夕食であったスープの豆が、コロコロと床を転がっていく。
ロザリーが思わず後ずさると、クレアは続けて二度、三度と吐き出した。
吐くものもなくなりやがて目を開けたクレアは、どこを見ているようで見ていなかった。
「ね
……ねぇ!あなた、大丈夫
…?」
怖い、恐い。ロザリーはその言葉をかける事で精一杯だった。
しかし、彼の耳にロザリーの声は届いていない。
「ねぇ!おねがい!目をさまして!おねがい
…ッ
…」
クレアの肩を掴み、無理矢理にでも揺さぶり、ロザリーは彼の回復を願った。
(あなた
……あなた、いつもこういう思いをしていたの?一体、いつから
……だってそんなこと、わたしには全然ッ)
ロザリーはクレアの服を、より一層力を込めて握った。
揺さぶられていたクレアは段々と意識を取り戻し、遂に「
…ろ、
……ざりぃ
……?」と呟いた。
「クレア
…!!」
「ろざりー
……どうして、ここに
……」
舌足らずにゆっくりと尋ねるクレアに、ロザリーは言い放つ。
「おかしい。くるってるわよ、こんなの!」
クレアは何も答えず、ぼーっと天井を見つめている。
ロザリーは今にも泣きそうだった。
やがてクレアは、ぼんやりとした口調で、ロザリーの言葉を反芻した。
「そうだね
……。おかあさまは、
…おかしいんだ
…」
クレアは静かに呟いた。
「ぼくは
……うまれた時から、知っている
……」
そう言って、クレアは力なくロザリーに微笑みかけた。いつもの胡散臭さは感じない。これは彼の、素?
ロザリーはクレアのそんな表情なんて見たくなかった。
「ねぇ、ねぇ、にげましょうよ、こんなとこ!」
ロザリーは冷たく薄いクレアの手を取ろうとしたが、クレアはそれを避け、弱々しく首を振った。
「ここ、汚いから
……子供はもう寝る時間だよ。また明日ね」
ロザリーはとうとうその場に崩れ落ち、声を殺して泣き出した。
「どうして
…?どうしてなの
…!あなたのママ、おかしい!それなのにあなたは、どうして、
……!」
ミシェルの支配は、クレアから"逃げる"という正常な意思さえも奪ってしまったのだ。
あぁ、嗚呼、なんて可哀想なクレア。
ロザリーの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、眼帯をも濡らした。
クレアは何も応えず、吐瀉物の片付けを始める。それ以降、ロザリーの方を見ることはなかった。
-硝子の揺り籠 END-
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.