天知り師知る花の中

MHRウ教×ハ♀。
相思相愛。

ある風が強い日の里、狩猟を終えて里に戻った彼女のしたこと。



「あ……!」

呆然と、思わず娘がぽつりと声を漏らす。風の中、しなやかに空を翔ける見慣れた体躯たいくの人影に、彼女の胸は甘く高鳴り躍った。

横顔を見て何者か確信した娘が見守る中、影はそのまま軽やかに風と共に空を舞い、里の彼方へ飛んで行きそうだった彼女の花結を優しく掴むと、空で、くるりと軽やかに回転する。

そのまま重心を下に傾け、人影は娘の前に綺麗に着地した。

「やあ愛弟子! 今日は風が強いね! お疲れ様!」
「ウ、ツシ、教官……! お疲れ様です、来て下さったんですね……
「ふふふっ。これが飛んでるのが見えちゃ、ね?」

笑顔で娘の前に降り立った人影は、彼女の師であり想い人、里の教官ウツシ。

彼はその手に握った花結を「はい、どうぞ!」と、娘の前に元気に差し出した。

ウツシと花結を交互に見やってから、彼女は少々照れた様子で穏やかな笑みを浮かべながら「ありがとうございます」と、両手でそれを受け取る。

「まさか、腕からこれが外れるとは思わなくて。咄嗟に掴めなかったので、教官が取って下さって本当に助かりました」
「どういたしまして! ふふふっ……

意味深に笑声を溢れさせながら、ウツシが幸せそうに目を細めて、娘の手の中の花結を一瞥する。
 
「えへへ、嬉しいなあ……それを、そんなに大事にしてくれているなんて……
「えっ?」
「んーん! いつもみんなのために頑張ってくれているキミの助けになれたなら、俺も嬉しいなあって!」
「ふふふ、ありがとうございます。でもわたし、教官や里のみんなに助けてもらってるから頑張れているんですよ?」
「謙虚ないい子だね、まさに英雄の器だ! さすがは我が愛弟子! そんなキミを、俺はいつだって見守っている! だから……

ふわりと意味深に睫毛を倒し、ウツシは柔らかに目を細めて。

「ちゃんと、見ていたよ。愛弟子、キミは本当に……本当に、とっても偉い!」
「えっ……えっ?」

脈絡があるような、ないような、少々掴みどころのない満面の笑顔のウツシの言葉。

彼は娘が里のために、狩猟や依頼を頑張っていることを言っているのだろうが、娘には彼の言葉の選び方や語り方からそれだけには思えなかった。

先ほどのウツシの『見ていた』とは、果たしていつからのものか。

狩猟のことを指しているのか、それとも──帰還後のことか。

疑問を覚えつつ娘が小さく目を見開いて首を傾げると、ウツシは「んふふ」と吐息混じりに笑声を溢れさせ、とろりと蜜のように目尻を下げて笑みを深めた。

「狩猟以外でも、誰も見ていなくても……みんなのために行動しているキミを、俺はちゃんと知っているよ! ワカナさんもハモンさんたちも、きっとキミに感謝するだろう!」
「えっ! 見てたん、ですか。あんな小さなこと……
「その積み重ねこそが、人として何より大切なことじゃないか! ふふふっ……優しいキミには、きっととってもいいことが起こるよ」
「もう、起きましたよ? あなたに会えた上に、こうして大切な花結も取って頂けましたし」

先ほど飛んでいった花結を両手で大切そうに持ったまま、娘は最愛のウツシへ「ありがとうございます」と再び、花散らしの笑顔で微笑む。

花結そのものは切れてしまったが、風に散る前にウツシが救ってくれたので、形が崩れてしまったわけではない。
結び直せばまた腕に着けることができるだろう。娘にとってはそれもまた『いいこと』だ。

娘を見つめるウツシはどこかうずうずとして、愛おしさともどかしさを混じり合わせながら唇を結ぶ。

初めて里から巣立とうとしている愛弟子への想いを、期待を、信頼を、無事の祈りと精魂込めて作って渡した花結。
それをこんなにも大切にしてくれている事実と、幸せに満ちた最愛の人の笑顔。

(かぁわいい……! 俺の、愛弟子……!)

自然と、ウツシの胸に溢れた言葉。彼はもっともっと、彼女に笑顔を咲かせたくなった。

健気に身を屈めて風から野菜を守ろうとした姿も、さり気なく札を直した姿も、花結のことも──彼女の積み重ねの全てが報われるべきだと思えてならなかった。

「まだだよ? 愛弟子。いい子のキミには、これからきっと、もっと、もっともっといいことが起こる!」
「もっと、いいこと? わたしは、もう十分──」

いいことがありました、と語り終えようとした娘の頬から、ちゅっ、と甘く響いた音。

不意に屈んで彼女の頬に顔を寄せた、ウツシの唇から紡がれた音だっだ。

いつの間にか、彼は自身の口元を覆っていた鎖帷子くさりかたびらを片手で下ろしていた。

「──ッ……!?」

言葉にならない声を溢し、娘は大きく目を見開く。

彼女の心臓は激しく震えながら甘い鼓動を刻んでいて、その音と共にたちまち顔を真っ赤に沸騰させつつ、恋人の、ウツシの方に顔を向けた。

彼は既に姿勢を戻している。娘を見つめながらうっとりと目を細め、露わになった口角を楽しげに上げ、悪戯っぽく微笑んでいた。

「ふふふっ……どう? もっといいこと、あったでしょ?」
「──ず、るい……!」
「そうだね、少しずるかったかな」

ごめんね──と続けながら、ウツシは素早く視線だけできょろりと周囲を確認する。
変わらず人の気配がないことを確認してから、彼は今度は正面から、娘に顔を近付けた。

「お詫びの気持ちも込めて、もう一回、いいかな? これなら……ずるくない?」
「ッ……!? わざわざ、そうやって聞くのが……
「ずるい? 」
……です。で、も……


夢中でウツシを見つめたままの娘が、とろんと瞼を落としていく。
飢餓感にも似た甘い感覚に胸を締め付けられ、もっと彼を欲してしまいそうになる。

いつの間にか娘はウツシに続きをねだるように目を閉じ、その様子に彼は「いい子だね」と囁いて、そっと唇を重ねた。

熱く柔らかな至福の感触に、互いの中の時の流れは固着する。

実は二人の周囲には、少しずつ人の気配が戻りつつあった──のだが、気まぐれに吹いた花嵐の花びらは、ほんの一時だけ、二人を隠してくれた。

恋人たちが互いを欲しながら、想いと共に唇を重ね合うには、十分過ぎるほどの時間。

貪ることはできず、重ねるだけに留まったそれ・・に、娘とウツシは名残り惜しそうに離れた。

見つめ合いながら共に花に、そして風に感謝する。

いいことあったね──と、笑い合いながら。



@acadine